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エドワードは息を切らせて、家の前に立った。
はぁはぁと息をついて、呼吸を整える。自宅から小走りでおつかい先の家にたどり着いたが、慎重に動いていたから転ぶことは無かった。
初めてのおつかいは大成功しそうだ。
エドワードは「オレって結構スゴイ」と自画自賛しながら家の扉の前に立つ。
見慣れた小さな一軒家。優しいお姉さんネリーの家だ。落ち着いた色の服装をして、穏やかな 微笑みをいつも浮かべている。エドワードもアルフォンスも大好きな、母親の友達のひとりだった。
扉を叩きながら「こんにちは」と元気良く言う。
「いらっしゃい。エド」
優しい声でネリーが扉を開く。
華やかな色で細やかな刺繍の入った、薄い布が何枚も重ねられている、ドレスを着ていた。顔もいつもと違っている。幼いエドワードに何処が違うかハッキリは判らなかったが、いつもより色艶良く、輝いているように見えた。
「わぁ」
エドワードは頬を赤らめながら、呟いた。
「すっげぇー。綺麗」
何だかいつもより緊張する。声が上ずって、エドワードは自分の変化が不思議だった。
「あら・・ありがとう」
ネリーにニッコリと笑顔を返されて、エドワードは見とれるようにネリーを見る。すぐに我に返り、母親から頼まれた事を思い出した。
「あぁ・・そうだ。母さんから、頼まれもの」
背中に背負ったリュックから、箱を取り出しネリーに渡す。ネリーはそれが何か判っているようで、「ありがとう」というと箱をエドワードから受け取り、家の中に入るようにエドワードを促す。
エドワードは促されるまま家の中に入ったが何となくネリーから目が離せず、目の前の足元に箱が置いてあることに気がつかなかった。
「エド!」
ネリーがエドワードに注意をするが、間に合わず、エドワードは箱に足が引っかかり、前向きに転んだ。
「痛てて」
「大丈夫?」
「へーきへーき」
前方不注意で転ぶなんてみっともなかった。エドワードは恥ずかしさで真っ赤になりながら、母さんから頼まれた箱を渡した後で良かったと思った。
ネリーは心配そうな顔をして、エドワードの前でしゃがみこむ。
その表情はいつものネリーで、エドワードは緊張する事なく、思った事をつい口に出していた。目の前にあるネリーのドレスをそっと掴む。鮮やかな色や輝く素材の糸で細かい刺繍がされているが、どこかで見たような見慣れた模様が繋がっている。それもそのはず、その模様は古くからリゼンブールで伝わる伝統の模様だった。
「あのさ・・どうしたの?・・これ・・」
ネリーはエドワードの視線の先を見て、微笑んだ。
「あぁこれ?花嫁衣裳よ。私ね。今度、結婚してお嫁さんになるの」
「結婚?お嫁さん?」
聞いた事はある単語だが、意味は判らない。エドワードは好奇心を真っ直ぐに出して、ネリーに疑問系で返答した。
「一番好きな人とずっと一緒にいるって事なのよ」
「そうなんだ・・」
・・・一番好きな人・・それなら判る。
エドワードは思った事を口に出す。
「じゃあ、オレが大きくなったら母さんをお嫁さんにする」
「うーん。お母さんは無理かな」
「どうして?だって一番好きな人なんでしょ?」
「だってお母さんはお父さんのお嫁さんでしょ?」
「だって父さんは母さんと一緒にいないよ。なのにお嫁さんなの?」
「一緒にいたいけど、お仕事で居られないのでしょ。心は今でも一緒にいるんだと思うわ」
・・・何だか判らない。
理解出来ない様子でエドワードは首を傾げた。
大好きな母さんの事を思い返す。父さんはいつも居ないけど、嬉しそうに父さんの話をする。
エドワードとアルフォンスを誉める時の言葉は「さすが父さんの子供ね」と嬉しそうに言う。そして、その言葉はエドワードにとってとても嬉しい言葉だった。
・・・目の前にいないけど、父さんはいつも一緒なのかも知れない。
心や精神の概念は判らないが、何となくその雰囲気は幼いエドワードにも判った。
「ふうん。一緒にいないのに一緒にいるんだ。でもそうかも。母さんと父さんって、いつも一緒にいる気がする」
「他にお嫁さんにしたい人は?」
ネリーが質問する。
・・・なら答えは決まっている。母さんの次に好きな人。
「じゃあ。アル。アルをお嫁さんにする」
エドワードは間髪入れずに答えた。
エドワードの答えを聞いて、ネリーはくすくすと笑った。
「エドは本当に家族が好きなのね」
思った事を口に出しただけなのに、エドワードはネリーに笑われる。
「でも残念。家族はお嫁さんにできないのよ。」
理解出来なくてエドワードはむくれた。真剣に話をしているのに、茶化すように笑われた。
「何だよ、それ」
「それにアル君はオトコのコでしょ。男の子はお嫁さんになれないの」
はじめに聞いた前提条件に幾つも追加が加えられ、エドワードの頭は混乱する。
「うーん。難しいなぁ」
真剣に悩み始めたエドワードにネリーは質問の仕方を変えた。
「家族じゃなくて、好きだなって思う女の子は」
「ウィンリィ!」
「じゃあ、今のエドのお嫁さん候補はウィンリィちゃんね・・でも結婚したかったら、ちゃんとウィンリィちゃんに好きだら結婚してって言わなきゃダメなのよ。そしてその約束はたった一人とだけなの。何人ともとは出来ないのよ」
「よく判んないけど。好きな人ひとりだけと一緒にいるって約束なんだね。ずっと、オレとだけ、いっぱい遊んでくれるって事だよね」
「それが特別って事なのよ」
「特別ってそうなんだ。お嫁さんってそうなんだ。オレだけって事なんだ。でも・・オレはみんなと遊んでいるのが楽しいなぁ。特別って嬉しくて楽しい?」
「エドの年だと、そうかもね。みんなと遊ぶのは私の楽しいけど。その人と一緒にいたら、誰と一緒にいる時よりも沢山嬉しくて楽しいの。いつか判るわよ。大人になったら、エドにも。そんな特別な思い」
「ふうん。オトナで特別なんだ」
エドワードは判ったような判らないような顔をして答えた。
母親から頼まれた品物は布で出来た繊細な花の髪飾りで、ネリーの着た衣装に良く似合っていた。
ネリーはエドワードの目の前で一周して、細かく意見を聞いた。
エドワードは質問一つ一つに真剣に答えた。
着替えてお茶の準備をするというネリーをエドワードは「判った。待ってる」と大きな声で見送った。
ひとり部屋に残されたエドワードは「お嫁さん」という言葉を思い出す。世界の秘密をひとつ知った。すごい事を聞いた気持ちになった。
・・・オトナで特別かぁ。
アルフォンスの病気が良くなったら早速教えようとワクワクしながら思う。
その後。
病から復帰したアルフォンスにエドワードはその事を教える事はスッカリ忘れて・・しばらく時が経った後にエドワードはウインリィに確認を取らないままアルフォンスに変な宣言をしてしまう。
それによって、エドワードとアルフォンスはウィンリィを取り合って喧嘩する事になるのだが、その時のエドワードはそんな想像は全くつかなかった。
幼いエドワードの在りし日の出来事であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー おわり 20060710作成
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