|
◇ ◇
目標のある日々は明るく、遅々とした動きでも前進する事に新しい喜びがある。
時に躓き、時に悩みながらもエドワードは自分の進むべき道を歩き始めた。
ホーエンハイムもエドワードも、お互いが自分の道を歩き、前ほど一緒に居る時間は短い。
だけど以前よりもホーエンハイムの事を近くに感じていた。
生活する時間がずれ、すれ違う日も多くなってきた最近だが、繋いだ絆は深く固くなっている実感がある。
早朝の清々しい空気の中でエドワードは思う。
充実した日々。自分の進歩を手にする実感。
この世界に落ちて来たときには考えられない事だった。ここまでエドワードが来れたのはホーエンハイムの存在がある。
日々に疲れ、悩む度にホーエンハイムの腕を求めた。彼は温かく抱き、力強く包んでくれる。
慰められる度、抱きしめられる度に、エドワードの心の中で言葉にでは出来ない思いが湧きあがる。
そしてまたエドワードは歩く事が出来る。
・・・これは何と説明するべき気持ちなんだろうか?
・・・愛なのか。恋なのか。それとももっと違う表現にするべき違う思いなのか。
頭で考えれば考えるほど判らなくなる自分の気持ち。
ホーエンハイムを思う時に広がる暖かく優しく・・そしてジッとしている事の出来ない弾む気持ち。
エドワードはそんな気持ちを抱いた日々の中で、自分の気持ちを持て余しながら、ホーエンハイムに言っておかなければならない事がある事を実感していた。
・・・オレはオヤジに何も言っていないから。
自分を取り戻した事をエドワードは自分の言葉でホーエンハイムに告げていなかった。これまで、支えてくれた感謝の言葉も言っていない。
ホーエンハイムはエドワード自身が言わなくても気持ちの変化には気がついているかも知れないが。
だが、以前起こしたホーエンハイムの行動をホーエンハイムが後悔している事も判っていた。
エドワードの為を思い、自分を殺して悪者になったその行動。慰めの意味も持つ今、一人が悪い訳ではない。だがホーエンハイムはずっと悔い心を痛めているかも知れないと思うと悪いなと思う。
一度はキチンと自分の言葉を告げておかなければ次の段階に進めない気がエドワードにはしていた。
・・・自分のこの判らない気持ちを確かめるのはそれからだ。
◇ ◇
ホーエンハイムと二人の朝食。
紅茶にパン、ソーセージと卵にピクルス。
いつもの朝食のメニューを前にして、エドワードは体を硬くした。
朝思っていた事を言うなら今だという思いでエドワードは緊張していたのだった。カップを持つ手も力が入る。
ホーエンハイムはエドワードのいつもと違った様子に気がつき、不思議そうに首を傾げた。
「あの・・・オヤジ・・・」
エドワードが緊張した声を出すと、ホーエンハイムは持っていたカップを置き居住まいを正す。真面目な話をしようとした姿を察したのだろう。エドワードはホーエンハイムのその姿を見て、心を決めた。
「ごめん・・・オレ。ずーっと世話かけっぱなしで、甘えてて・・・」
思っている言葉をエドワードが告げ頭を下げる。感謝と謝罪。それとなくしか言えなかった言葉をハッキリと告げる。
ホーエンハイムはそんなエドワードの姿を見て少し驚いた表情をした。
何だか馴れない事をしている自覚のあるエドワードは顔を赤くして、体から緊張を解き苦笑いをする。頭を掻いた。
ホーエンハイムは寂しそうな笑顔をすると口を開いた。
「お前にはてっきり憎まれると思っていたよ」
「憎む・・・何で?」
思いもかけない言葉聞いてエドワードはつい問い返した。
「俺はお前に何度も何度もあんな事・・・」
ホーエンハイムの言葉は苦しげで、エドワードはやっぱり思った通りずっと心を痛めていたのだと実感した。
今までの痛みは取る事は出来ないが、これからは気にしないで欲しい。エドワードは思いを込めて口を開いた。
「だって慰めてくれたんだろう?オヤジは。自分の体で」
唖然とした表情でホーエンハイムは見つめる。
そのホーエンハイムの表情が可笑しい。
こう言うと変だが、エドワードには何だかホーエンハイムが可愛らしく思えて、いつもの意地悪な気持ちが出てきた。
さっきとは真逆の揶揄したい気持ちが湧き上がる。
「何だ・・・オヤジは自覚なかったのか。あんな辛そうな、泣きそうな顔してたのに。全部オレの為だったんだろう」
「まぁ・・・それは・・・」
たじろぐホーエンハイムの姿をエドワードが笑う。何だかとてもいい気分だった。
朝の気持ちを思い出してエドワードは気を取り直して口にする。
「あの頃のオレは、おかしかったんだ。上手く言えないけど、ここに穴が開いているみたいだった」
世界に落ちて来た後の事を思い返して、エドワードは遠く思い返す。時間的にはそんなに遠い過去ではないが、気持ちが変化した今、遠い出来事のように思える。
「開いた穴からオレの全てが流れ出して空っぽになっているみたいだった・・・怒りも哀しみも愛しさも全ての感情がなくなっちまったみたいだったんだ。オヤジが苦しんでいる事も判っていたけど、知らん振りしてた。生きる事も死ぬ事も何も出来なかった。なんにも選べなかったんだ」
エドワードが真っ直ぐホーエンハイムを見つめると、ホーエンハイムも瞳を捕らえて見つめ返してくれる。暖かな色と光。包み込み守ろうとするホーエンハイムの瞳。
・・・その瞳に支えられたんだ。
エドワードは確認して、微笑む。
「オヤジが何かするかと思っていたけど、あんな事されるとは思わなかった。はじめはビックリしたけどな・・・あの後オレも気持ち良くなったし。お互い様だろ」
口にした言葉の数々が照れくさくなり、エドワードはおどけた表情をすると馴れ馴れしく「なっ」とホーエンハイムに言う。
ホーエンハイムは緊張していた表情を解き、ちょっと困ったような苦笑をしてエドワードの言葉を受け流した。
「自分でもして無かったし・・・やっぱ溜まっていたのかな」
「ぶっ」
エドワードが思いついた言葉を漏らすと、ホーエンハイムが紅茶を噴出した。
前に座るエドワードを直撃する。
「汚ったねぇ。吹き出すなよ」
「あぁ・・・すまん。すまん」
ホーエンハイムは謝りながら慌てて汚したテーブルを拭き始める。
エドワードは紅茶に濡れた服を拭きながら、心に抱いた決意を口にした。真剣な思いだから真面目に言うのは恥ずかしかった。
「オレさ・・・アルの元に帰る。いつになるか判らないけど・・・その方法を探す事に決めたんだ」
エドワードの声を聞いてホーエンハイムは動かしていた手を止める。
「そうか・・・早く見つかると良いな」
嬉しそうにホーエンハイムは微笑んだ。
明るい笑顔でエドワードの思いを応援する。
・・・あんたへの気持ち。オレは逃げないで考えて確かめるよ。
・・・もしかしてこれが恋だとして、オレはオレの気持ちから逃げないから。
・・・どんな道を選んだとしても、オレはオレの道を歩きたい。どんな気持ちも想いからも逃げないで進んでいく。
・・・それがオレが生きて行くって事だから。
エドワードは決意し真っ直ぐな瞳で、ホーエンハイムに照れた笑顔を返した。
------------------------------------------------- おわり
|