霧雨

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    4



 何度かの行為の中で二人はタイミングを掴み二人で気持ちよくなる方法を知っていった。
 暗闇の中で体を弄られる。
 何だか体が熱い気がしたが、気のせいかもしれない。不安定な感覚の中で自分の奥を触れられている

――――一体オレは何しているんだ?

 疑問が駆け巡る。
「兄さん」
 アルフォンスの声が耳元に届く。声を聞いて浮かんだ疑問はどうでも良くなった。アルフォンスに触れられているのならば何も不安など無い。浮かんだ疑問は多分時間が経てば払拭される事柄だと判断する。
「…アル…いいよ…」
 エドワードは甘えた声を出し、アルフォンスに縋りつく。縋りついた先が硬く違和感が心に昇ったが、思考は混濁して考える事が出来なかった。
 奥を探るモノが、いつもと何かが違う気がしたけれどいつもの様に身を委ねる。
 体を委ねて二人で高めあう行為を覚えてしまったら、嵐のような快感の波の後に安心感と充足感を感じる事を知った。繋がって体を使って一つになる快感を覚えてしまった。二人で揺れて揺さぶって、同じ開放の時を向かえる。
 何物にも替えがたい大切な触れ合う時間。
 だがエドワードはその思いが何であるのか判らなかった。愛なのか恋なのか、性の欲求からくる肉体的な反応なのか。
 だけど、いつか判るだろうとも思っていた。
 この時間が続いて行けば二人は成長していくし、時が全てを明らかにして行く。漫然とした確信をエドワードはその時感じていた。
 二人が母親の人体錬成を試みたのは、そんな経験をした、ほんの少し後の出来事だった。



  エピローグ



 遠くで自分を呼ぶ声がする。気づいたら、周囲は闇に包まれていた。
 真っ暗な闇。質量をもたない空間。
 体を動かそうとして、動かせない自分に気づいた。体が重いのか軽いのかすら判らない。オートメイルの体の部分は故障の事も考えられるが、そうでない生身の部分すら感じられないのだ。底冷えする暗い気配。本能的な恐怖に囚われそうになる。
「兄さん…大丈夫?」
 闇の中で声がする。優しい声がエドワードを導く。声の方へ向かおうと、そう思っただけで、どんなに動かそうとしても動かなかった生身の手の指が動いた。そして感じる急激な浮遊感。
 とてつもなく早い速度で闇から明るい光の方へと、銃口から射出される弾丸のように移動した。

――――抜けた!

 浮遊感の後に頭に冷たい湿った物を感じる。そうされる事でエドワードは自分自身が高熱を出している事に気づいた。
「アル?」
 エドワードは目を開けると、明るい部屋の中で自分を覗き込むアルフォンスの姿を確認する。
「良かった、目が覚めた。もう開かないかと思って心配しちゃったよ…往診してもらった医者の先生は流行りの風邪だって言ったけど…こんなに高熱が続くなんて今までに無かったことだったから…ここ数日ホンノ少しの時間しか目を醒まさなかったの憶えている?ボクが帰ってきたら、兄さん高熱で魘されて意識が無かったんだよ。毎日、何回か目を開けた時に僅かな水分と薬は飲んでくれたから良かったけど」
 何となく涙の混じりそうな湿った声で、アルフォンスはホッとした安堵の言葉を繋げる。
「オレ。どれくらい寝ていた?」
「三日間。寝ていたら水分も取らせる事が出来ないから大変だったんだよ」
「そうか…世話かけたな」
 エドワードの言葉を聞いて、アルフォンスは力なく首を横に振る。
「仕方無いから、毎日往診に来てもらって、朝と晩に点滴を打ってもらってた…今、兄さんと同じように重症の人が多いってお医者さん言ってた…それで病院は患者さんでいっぱいで、本当は入院しなきゃならない状況だったけど、入院できなくて往診になってたんだ」
「道理で腕が重いと思った」
 左腕を見るとでテープが貼られている。多分点滴を抜いた後なのだろう。妙に重く鈍痛がしている。何となく周囲が腫れているような気がして、エドワードはジッと見つめているとアルフォンスがその視線に気がついた。
「それは兄さんがあんな高熱でも動いちゃうからだよ…」
 くすりとアルフォンスに笑われる。点滴が漏れ周囲に染みこんだという訳だ。つられて苦笑いをしたエドワードは清潔な寝衣に着替えている事に気がついた。見たことのない服だった。 
 アルフォンスが新しく購入したものだろう。
「あれ?そうか…着替えさせてもらったのか」
「うん…熱が上がったら沢山汗かくからね。着替えも沢山したし…高熱が続き過ぎると肺炎になってマズイから今日も良くならなかったら入院しましょうって言われてたんだよ」
「アルの献身的な看護のお陰だな。ありがとな」
「…ううん。献身的なんて…ボクも兄さんを看護しながら、心配だったけど…でも…まぁ、役得だったし…」
「…役得?」
看護にそぐわない表現にエドワードは首をかしげる。
「熱で潤んだ唇とか、うなされて悩ましげな表情とか、火照った体も着替えの時に見れたし」
「アル…」
「解熱の座薬を使う時には兄さんは無意識だったと思うけど…誘うよう気持ち良さそうにボクの名前を呼んでくれて身を任せてくれて…いつもの兄さんは恥ずかしそうだったり、苦しそうだったり…もっと気持ちよくボクに身を任せてくれたらいいのにって、思ってたから…ちょっと嬉しかった」
「座薬か…それで、あんな夢見たのか…」
「何…どんな夢見たの?」
「そんな事、どーでもイイだろっ」
 顔を朱に染めてエドワードはぶっきらぼうに言い放った。
「えーボク知りたいよぉ。ずーっと、献身的な看護してたんだから…」
「でも、役得だったんだろ?」
「それは…そうだけど…」
「…まぁ話してやらない訳じゃないから。あのさ…アル…オレ今病気からやっと回復した訳で、腹減って腹減って仕方ないんだ。そうだな。何か食べ物を買って来てくれないか?飯の後にオレが見た夢の話してやっからさ。」
「そうか…そうだよね…お腹減ってるよね。ねぇ、兄さん何が食べたい?」
「オレ的には何でも食べたい気分だけどな…肉はこの調子じゃまだ無理だろう。柔らかいパンと着込み野菜かスープでもあればいいかな」
「うん…判った。じゃあ、ボク買い物に行って来るね。サイドテーブルにあるハーブティは飲んじゃって。体が楽になる配合だから」
「おう!判った」
「行ってきまぁす」
 明るい声でアルフォンスはドアを飛び出して行った。
 恥ずかしさで直ぐには言い出せなかったけど、
 食事の後に見た夢をエドワードが話したらアルフォンスはどんな反応をするだろうとエドワードは考えた。
 穴を掘って自分を埋めたい程の恥ずかしい記憶だったが、確かに過去にあった出来事だ。
 アルフォンスは憶えているだろうか、あの時のこと。アルフォンスの肉体のあった頃にほんの少しの間だったけど。
 エドワードには未だにアルフォンスに対して抱く気持ちに名前が付けられない。

――――どうにも絡み合った絆になってしまった事は確かだけどな。

 自嘲気味な苦笑を浮かべエドワードは思った。
 過去の自分が漫然確信した、自然と答えの出る時が本当に来るのか。
 今のエドワードには判らなかった。
 快晴の空を窓から眺めながら、自分の記憶の中で降る霧雨に思いを寄せた。





--------------------------------------- おわり
(20040523発行:同人誌より)

    ◇   ◇




 アルフォンスが簡単に用意した食事を、二人は交わす言葉なく無言で終えた。片付けを終えて、アルフォンスとエドワードはベットのある部屋に移動した。アルフォンスは自分のベッドに座り、前に座るエドワードが送る促すような視線を受けて、諦めたような表情をして口を開いた。
「何だか最近…ボクおかしいんだ」
「そうだな」
 エドワードの肯定の言葉に苦笑してアルフォンスは続ける。
「兄さんの側に居たら暖かい想いがこみ上げててきて、見つめていたら胸が熱くなって来るんだ…兄さん。この想いは一体なんなんだろう?」
 淡々とアルフォンスは思いを語る。
「兄さんと触りあっていると、もっともっと触れたくなって、誰も触れた事の無い場所まで、兄さん自身すら触れる事の無い場所に触たいと思うんだ。これって、変かな?やっぱり。最近のボクはボクじゃなくなっている気がする…兄さんの事ばかり考えて、頭から離れなくなって…思考が上手く定まらない…」
 ため息をついて、アルフォンスは言葉を切った。真剣な瞳でアルフォンスはエドワードを見つめ、混乱した思考をエドワードにぶつけた。
 暗いアルフォンスの瞳がエドワードの判決の言葉を待つ。
「ふぅん…そんで、お前はどうしたいんだ?」
「兄さんに触れて、ひとつに繋がりたい」
「それって,具体的には何をするんだ?」
 非難の言葉を予想しての告白が思っても見ない展開になって、アルフォンスは少し戸惑った。
「…言わなきゃダメ?」
「知りたいから聞いたまで…だってお前とは今までだって、色んな所を触りあったじゃないか?何処が違うのかなぁと思ってさ」
 エドワードの言葉を聞いてアルフォンスは叶わない望みだと、通じない思いだと思っていた事が、方向は曲がってはいるものの叶い通じそうな気配がしてくるように感じた。
「…してもいいの?」
 アルフォンスは慎重に言葉を選んで、伺う眼差しで言葉をつなげた。
「そりゃあ…ヤッテみなけりゃ、判んないさ」
 アルフォンスが息を呑んだ。
 しばらくの間難しい計算をするかのような表情になったかと思うと、恐る恐る口を開いた。
「…ヤッテみよう、兄さん。嫌だったら言って、そこで止めるから。」
「おう、判った。」
 エドワードは口ではそう答えたものの、判ったのか判らないのか自分自身すら判らなかった。  
 内容を知らず詳細は判らないので、判然とはしない表情のままでエドワードは頷く。
――――気持ち悪かったら、実力行使で止めることだって出来るさ。
 結構軽い気持ちのままのエドワードだった。
「口づけて、いい?」
「さっきのアレか。」
「そう。」
「…いいゼ。」
 アルフォンスの薄く目を閉じた顔が近づいて、唇に柔らかなアルフォンスの唇が押し軽く当てられる。
「気持ち悪くない?」
「大丈夫だ」
 触れたかと思うと直ぐに離れ、何度も何度も繰り返される。
「夢みたいだ。兄さんとこんな事しているなんて」
 繰り返される口づけに、くすぐったくてエドワードが顔を歪ませると、真剣な表情をしたアルフォンスは緊張した声色でエドワードの耳元で囁く。
「少し口を開けててくれる?」
 頬を両手で包まれて、少し開いた口元からアルフォンスの舌が忍び込んでくる。舌先が触れた時エドワードは驚いて自分の舌を口の奥で縮こませたが、アルフォンスの舌はエドワードの中を舐めまわしていた。
 アルフォンスの舌がエドの舌をゆっくりと撫でた時、エドワードの体の中に何かに触れた。
 勝手に体が震えてくる。体を震わせたエドワードの様子に気づいて、アルフォンスは自分の舌を撤退させて、夢見るような瞳でエドワードを見つめる。
「気持ち悪かった?」
「いや…でも何だか変な気持ちだ。今まで感じたことの無い感覚だった」
「もっと続けてもいい?」
「…あぁ」
「今度は舌を出してくれる?」
 エドワードは言われるまま、舌先を小さく出した。
「もう少し沢山出して…軽く噛むだけだから。」
 そんな事して何になるんだという疑問がエドワードの中に沸いたが言葉にはせず胸の内にしまっておく。
 真剣にエドワードに行為を施したいという熱意みたいな物をアルフォンスから感じ取って、こんなに求めてくれるならそれに答えてあげたい気分になる。
 最終的に何を求めているのかは良く判らなかったが、他の人から言われていたら即座に却下していたであろう行為の数々だったけど、アルフォンスにだったら好きにさせてもいいかと、エドワードは思った。
 何にせよ自分が絶対に嫌だと思う事をアルフォンスがする筈が無い事は今まで一緒にいてよく判っている。
 いつも世話かけている分をコレで返してもイイかも知れないと状況に流されながらエドワードは思った。
 アルフォンスから言われたように舌先を出す。アルフォンスの手の平がエドワードの両頬を包んで、近づいて来る。
 アルフォンスが出されたエドワードの舌に歯を細かく当てた。歯を立て、軽く噛む。
 その時、エドワードはゾクリと背中を走る未経験だった感覚に襲われた。背中が震える。
「んっ…」
 ビックリしてエドワードは咄嗟にアルフォンスの腰部の服を握り締めた。
 だが、何度も何度も繰り返すうちに、その行為はエドの中で変化してくる。体の奥から這い上がる気持ち良さに変わってくる。熱い吐息がエドワードから漏れる。
「兄さん」
 エドワードの変化に気づいてアルフォンスは嬉しそうに囁いた。
「…気持ちイイ?」
「ちょっと、気持ちイイかも。…もっとしようぜ」
 積極的にエドワードに促されて、アルフォンスは始めはおずおずと口づけを繰り返し、徐々に深くなってくる。お互いの腕を体に回して抱き締めあう。舌を甘く噛み、絡める。
――――気持ちイイ。
――――何だか夢中になる。
 エドワードは初めて知る感覚に夢中になって応えていた。
「…兄さん、好き…ねぇ、このまま…くちづけしながら、前も触ってイイ?」
 エドワードの返事を待たないまま、アルフォンスはエドワードのズボンの前を開いて、反応しかかった中心を軽く握った。
「…あ…アルッッ」
「このまましよ…ねぇ、いいでしょう?」
 エドワードの耳元でアルフォンスはうっとりとした声で囁いた。口づけを再開して、中心を握ったアルフォンスの指が、エドワードの弱い部分のを刺激していく。快感に支配されて、エドワードは拒否も同調も出来ぬまま翻弄されて頂点へと駆け上って行った。



 弛緩した体をエドワードはぐったりとベッドの上に横たえていた。
 うつぶせに寝ているエドワードの体をアルフォンスの手が背中から足にかけて擦り、臀部を撫でる。
 ゆっくり揉まれたかと思うと広げられて、エドワードの吐精で濡れて滑った指を窄みへと差し入れらる。
「あ…えっと、アル?何してるんだ?」
「ココにボクの入れていい?」
「そんな事出来る訳無いだろう」
「そんな事無いよ。ボクちゃんと調べたから」
「…無理、だって…」
 アルフォンスの指がエドワード窄みの中を動く。違和感を感じてエドワードはつい力が入ってしまう。
「力を抜いたままでいて…痛くない様に解したら大丈夫らしいから…」
 違和感で妙な感じだったが、確かに体から力を抜くと耐えられない程の気持ちの悪さや痛みはなかった。   
 強く嫌がる理由が無く、拒否する材料のないまま、エドワードはアルフォンスの指によって徐々に広げられる。
「少し柔らかくなってきた。入りそう」
 アルフォンスがそう囁いたかと思うと、エドワードを蹂躙していた、指が抜かれもう少し質量を伴った物が入って来る。
「力抜いていてね…」
 ゆっくりとエドワードの窄みを広げるように入ってくる。鈍い痛みにエドワードは顔をしかめた。
「あぁ…気持ちイイ…兄さんの中にボクが入って行く…繋がっているよ。ボク達」
「え?」
 アルフォンスの報告に驚いて、エドワードは自分の後ろに手で触れる。
「ほら…ねぇ…ボク達ひとつになっている」
――――ひとつになっている。オレ達。
 アルフォンスの感激した言葉が胸に染みた。間違っている事をしている気がしたが、エドワードがこの言葉に感激した気持ちも本当だった。
 熱いアルフォンスの息が背中にかかる。アルフォンスがゆっくりと動き始めると繋がった場所が擦れて悲鳴をあげた。
 少し我慢していたエドワードだったが、動く度に痛みが強くなり、どうにも我慢できず声を上げる。
「ちょっと待った…動くと痛いよ。アル」
「兄さん、ゴメン。止まんないよ。ボクすぐイくから、少しだけ…少しだけ、我慢して」
 痛いと何度訴えてもアルフォンスは行為を止めてくれない。
――――嫌だって言ったらすぐ止めてくれるって言ったのに…
 エドワードはうっかり失念していたが、アルフォンスは一度こうと決めた事はテコでも動かない頑固者だ。
 いつもは周囲に気を使い柔らかい物腰で騙されるが、一度覚悟を決めたアルフォンスは諦めると言う事を知らない。
 エドワードはシーツを握り締めながら自分の迂闊さを呪った。



    ◇   ◇



「最後は痛かった。今も痛いけどな」
 不貞腐れてアルフォンスに背中を向けて横たわるエドワードは怒った口調で言い放った。
 エドワードの背中に慰めるような口づけを繰り返して、アルフォンスは「ゴメンなさい」とすまなそうな声で何度も繰り返す。
 熱心に何度も何度も謝罪されてエドワードは、痛みは消えないものの許してやってもいいかという気持ちになっていた。そもそも許可したのは自分だし、エドワードも最後以外は気持ち良かった。
「ゴメンなさい…ボク夢中になっちゃって、兄さんに辛い思いをさせているの判っていたのに止められなかった」
「済んだ事はいいさ…もう寝ろ」
 エドワードが慰めるように謝罪を受け入れる言葉を発すると、ホッしたため息と共にアルフォンスは言った。
「…今度は痛くないようにするから」
「またするのか?」
 アルフォンスを振り返って、エドワードは疑問の声を上げた。
 アルフォンスはエドワードを見つめて、探るような視線を送った。
「どうしても嫌?」
 エドワードがもう怒っていない事を確認すると、甘えた口調でアルフォンスが問い掛ける。
「痛くしなけりゃ…別にいいけど…」
 少し考えてエドワードは答えた。どうしても嫌な理由がエドワードの中に無かったからだ。
「どうして、させてくれたの、兄さん?ボクに同情したの?こんな時に兄の責任感?」
 アルフォンスに問われて、エドワードは自分の気持ちに気づいた。それが何であるのか分類は出来ないが今の気持ちを正直に告げる。
「ばぁか…オレもお前が一番大事って事だよ」
「じゃあ、両思いだね。ボク達」
 アルフォンスは最近は見ることが出来なくなかった、いつもの屈託ない眩しい笑顔でエドワードに笑いかけた。


------------------------------------- つづく

    2




 再び始めた二人のリゼンブールでの生活は、エドワードにとって気持ちの引っかかりとわだかまりを除けば、快適としか表現できないものだった。
 家事は殆どをアルフォンスが黙っていつの間にか済ませている。
 以前は自分ばっかりで不公平だと、色々細かい家事を言いつけていたアルフォンスだったのに、今は気づくと既に終了している事が多く、エドワードは本当に手の足りない僅かなことを手伝うだけだった。
 研究が大詰の段階に来ていたから、それはエドワードにとって、願ってもない状況だ。研究に没頭出来る日々だった。
 変わった事といえば、今まで一緒にする事が普通になっていた自慰を一緒にしなくなった事くらい。
 同じ部屋で文献を読み過ごし。同じ部屋で寝ている。
 時々自分の縦横無尽な寝相を正して布団をかけてくれる弟の手を夢うつつのうちに覚えている事も何度もある。
 そして、自分の寝ている間にそっと部屋を出て暫く部屋に帰ってこない事も度々あった。
 全てが夢の可能性もあったが、そうと断言はできない、エドワードには弟のアルフォンスの行動は理解出来ず、不思議だった。



    ◇   ◇



 そんな日々の続いたある日。
 目覚めたベッドの中で、熱っぽい自分自身にエドワードは気づいた。
 思い起こせば、昨日は父親の部屋で資料を読みながら二人でうたた寝をしてしまっていた。  
 アルフォンスに起こされて、ベッドに入った時、エドワード自身何だか体が少し変な事に気づいていたのだが、猛烈な眠気の前にやっとの事でベットに入ったって寝てしまった事が何となく記憶の底にある。
「大丈夫?…兄さん」
 兄の不調に気づきベッドの側に来たアルフォンスは、心配そうな表情でエドを覗き込む。
 エドワードは悪いなと思い笑顔を返そうとするが、全身は重たく引きつった笑顔を返すのがやっとだった。
 意識は何とか保つことが出来たが、熱く火照った体は思うように動かせない。
 目を開けていると視線を移す度に軽い眩暈がする。
 窓の外にふと視線を移すと外は細かい霧の様な雨が降っていた。
「…外…雨降ってんのか?」
「夜から降り始めたみたいで、ずっと降っているよ…僕達がうたた寝している間に気温が下がったみたい。」
 すまなそうにしゃべるアルフォンス。
 エドワードの世話は自分がしなければならないという責任感を持たせたのは、自分の生活管理能力の無さ故だと判っているからエドワードの方が申し訳ない気持ちになる。
「世話かけちまうな。」
「何言ってんの…急にしおらしい言葉なんて出したりして…辛い所、ある?」
 殊勝な言葉を出しただけで相当参っていると思われる自分自身。
 アルフォンスに苦労かけ通している事を改めて実感する。
 兄としての沽券に関わるという訳ではないが、何だか今更になって身の回り全てのことをしてもらっている事を痛感して、エドワードは自分の責任を強く感じた。
――――オレ…もっとちゃんとしなきゃ。
 アルフォンスを安心させる言葉を口に出そうとしたが、熱が更に上がる兆候なのか、口元が震えて上手くしゃべれない。全身も細かく震えているのが判る。
「兄さん…兄さん…」
 自分を呼ぶ声が遠くに聞こえていたが、エドワードは声に答えを返す事は出来なかった。



   3



 夢うつつの中で何度か起こされて、飲み物と薬を飲まされた。夢と夢の間は曖昧で時間の経過ははっきりしない。
 エドワードは朦朧とした意識の中、何度もアルフォンスの声を聞いていた。そして今まで感じたことの無い感覚も感じる。その感じは熱が下がると同時にはっきりとしてきた。
 体を強い力で拘束され、唇には柔らかいものの触れている。経験した事の無い奇妙な感覚を覚えながら、エドワードの意識が覚醒した。
 瞼を開くと至近距離に顔かある。
 すぐには誰とは判断出来なかったが、エドワードの目の前に目を閉じた人の顔だった。
 驚いて目を見張るエドワードの前で閉じられていた瞳が薄く目を開く。
 そして驚愕の表情に変化した。離れる体と体。離れると同時に自分自身の体の締め付けが無くなり、エドワードは自分が抱き締められて、口づけをされていた事実に気づいた。  
 目の前には、さっきは突然の出来事で咄嗟の判断が出来なかったが、今は顔を伏せても誰だか判る弟のアルフォンスがエドワードの目の前にいた。
「アル…何をして…そう言えば、オレ熱出して寝込んでいたっけ?」
 記憶を辿り思い出す。
 窓から見える外は記憶と同じ霧雨。
 一体どれくらい寝ていたのかエドには予測出来なかったが、明るい外から、一日以上は時間が経過したことが推測できる。
 アルフォンスは伏目がちに視線を上げて、エドワードの視線とぶつかると直ぐに逸らせた。
 口元は言葉を紡ごうと開きかけるが、声は出ない。
 何度も何度も同じ動作を繰り返して、痺れを切らせてそろそろエドワードが詰問しようと思い始めた頃、アルフォンスはやっと言葉を吐き出した。
「ゴメンなさい…変な事して。ボクの事、軽蔑したでしょ?」
「………はぁ?」
 何てことするんだと驚いたものの、軽蔑するなんて思いもつかなかったエドワードだった。
 エドワード自身は只ただ驚き愕然とするばかりで、何が何だかさっぱり訳判らない状況なのだ。
「なんでオレが軽蔑するんだ?お前の事を?」
 エドワードが思った言葉を素直に声にすると、質問を返されるとは思って無かったアルフォンスは、目を丸くして、その場で立ちすくんだ。
 沈黙が二人の間を流れる。
「あの…ボク…兄さんに言わなきゃいけない事があるんだ。」
「何だ?」
――――やっと、視線の正体が判るのか。
 エドワードは暫くの間、疑問に思い続けてモヤモヤいらいらしていた状況と、さっき起こった衝撃の事件の説明または釈明が聞けると期待してジッと待っていた。
 だが、待てど暮らせどその瞬間はやって来ない。エドワードの中で苛立ちが積もっていく。
 アルフォンスの中でまだ言葉として上手くまとまらないのだろうか?
 エドワードの腹部が空腹を訴えて鳴った。
 真面目な場面での失態にバツが悪く、エドワードは視線をあさっての方向に向けて自分の頭を掻いた。
 エドワードはため息をつくと、口を開いた。
「…すぐに言えったって、難しいか…んじゃ、夜まで待ってやるから、その間に考えておいてくれないか?…腹減った…今のオレは空腹を満たす事以外、考えられないしな」



---------------------------------- つづく

      1



 先生の元で錬金術を学び、修行から帰った日。
 二人は真っ先に母の墓に報告に行った。
 母の墓には瑞々しい花々が飾られており、自分達が不在の間も訪れている人がいた事を物語っていた。
――――ピナコばっちゃんかな?
――――それとも…
「ただいま…母さん…」
 親しかった村の人の顔を思い出しつつエドワードは母の墓に呟いた。
 不在は長くは無かったが、リゼンブールを離れる前までは殆ど毎日この場所に来ていたから、エドワードは何だかとても久しぶりに来た気持ちだった。
 懐かしさに少し胸が熱くなる。
 厳しかった修行の数々も脳裡を過ぎって少しウンザリした気分も引き連れて来たが、修行の終わった今はそれはそれでいい思い出になっていくだろう…というかなって欲しいとエドワードは真剣に思う。
 思いが横道に逸れながらも、感傷的になったエドワードの隣で立つ弟のアルフォンスも神妙な面持ちで墓を見つめていた。

―――― 先生の元での修行で人体錬成の糸口は掴んだ。

―――― 後は掴んだ糸を引っ張り引き寄せ探り出すだけだ。

――――もう少しで完成する。母さんを取り戻す方法が判る。

――――もう少しで…

――――オレ達が迎えに行くからな。

 エドワードは心を引き締めて心の中で誓う。
 エドワードの心の中を読むようにアルフォンスの声が重なった。
「もう少しで…迎えに行くからね。」
「アル…」
「あれ?…兄さんもそう思っていた?」
「何で判った?」
「兄さんの考えている事なんて判るよ…じゃなくて、本当はボクも同じ気持ちだから。同じ言葉になっちゃったんじゃない?」
「思ったタイミングまで一緒だった。」
「それはスゴイ事かも…」
 アルフォンスは物言いたげにエドワードをジッと見つめた。
 視線がエドワードに絡みつく。
 最近感じるアルフォンスの何か言いた気な視線。
 まとわりついてくる熱い熱を帯びた視線に、いつもの弟では無い何か違う事を孕んだ視線に、落ち着かず気分が悪くなる。
 エドワードはその視線を感じる度に、押さえつけて殴りつけってでも言わせたい気分になる。
 無理はいけないと思い、無理やり言わせるのはいけないと、数少ない忍耐力で押さえている。
 実際はずっと我慢していた訳ではなく、怒鳴りつけて、組み伏せ関節技をかけながら言わせようとした事もあったが、アルフォンスはガンとして口を開かなかった。
 アルフォンスが一度こうと決めた事は、エドワードと同じ位かまたはエドワード自身より遥かに頑固で意思が固い。忍耐力ももしかしたらアルフォンスの方が上かも知れないと思うこともある。
 唯一怪我などの痛みにアルフォンスはエドワードよりも弱かったが、それは気が短く思慮にやや欠けるエドワードの行動が小さい怪我から大きな怪我まで経験を強いられていたからであって、エドワード自身が怪我に馴れさせられているだけなのかもしれないと思われる節もある。
「…兄さん…ピナコばあちゃんとウィンリィの所に報告に行こう。」
 アルフォンスは視線を外して声を上げる。
 外された視線の下でアルフォンスは無理やり作った笑顔が張り付かせていた。



    ◇   ◇



 久しぶりの故郷での第一日目。二人はロックベル家に泊まる事にした。
 二人を孫のウィンリィ同様に可愛いがっているピナコは、ウィンリィに給仕をさせながら、二人に美味い料理を食べさせた上で修行の話を興味深く聞く。
 アルフォンスもエドワードも夢中で食べながら、しゃべる事も忘れなかった。エドワードは気まずい事や思い出したくない事は出来るだけ流しながら、それでも離れていた時間に起こったこと、目に付いたことを端から話し始めると話たい事は次から次に沢山出てきた。
 食べる事もしゃべる事も人心地ついて、しゃべるスピードが落ち、フォークの速度が少し遅くなってきた頃、ピナコは口を開いた。
「アル…何だか元気が無くなったねぇ」
「…えっっ…そうかな?」
 突然に声をかけられて、アルフォンスは握っていたフォークを皿の上に落とした。
「あぁ…エドを見ながらボンヤリしてるだろう?…アル御飯は足りているかい?お代わりはどうだい?」
「あ…は…はい。頂きます」
「じゃあ、ウェンリィ。アルのお皿にお代わりを乗っけておあげ。汽車の旅で疲れたのかも知れないねぇ。たらふく食べたら、今日は家に泊まってきな。人の住まない家はすぐ傷んでいくから…お前たちの家は暇を見てウィンリィと私で簡単に手入れしておいたけど、今日あの家で寝るのは止めといた方がいいだろう。大掃除しなきゃ生活するには難が出ると思うからねぇ」
 ピナコの言葉にエドワードとアルフォンスの二人は顔を見合わせた。
「あ!ウィンリィ…オレにもお代わり…」
 当然の様にエドは皿を持った。アルよりも3回はお代わりが多かった。
「えー…まだ食べるの?エド」
 ウィンリィが抗議の言葉を出すと、威張ったように胸を張ってエドワードは言い返す。
「育ち盛りだからさ、オレたち。なっ…アル?」
「う…うん」
 同意を求められたアルフォンスは苦笑しながら、エドワードに相槌を打つ。エドワードはそんなアルフォンスを見て、ほらそうだろうと言わんばかりにウィンリィの前に皿を出した。加減して肉を皿の上に載せる。
「おぃ…ウィンリィ、アルを贔屓してないか?オレのよりそっちが大きい気がするんだけど」
「何だか細かいわねぇ…行く前より何だか、更に意地汚くなっている気がするけど」
「ウィンリィ…何か言ったか?」
 口喧嘩を始めるエドワードとウィンリィを眺めながら、アルフォンスは寂しそうに口元を歪めた。



    ◇   ◇



 翌日の朝。
 ロックベル家を後にした二人は自宅につくと、家の全ての窓を開け放した。
 幸い天気は快晴。
 吹き抜ける風が気持ち良く、二人の頬を撫でて行った。
 大きな痛みはないものの、不在の時間は家の中に埃や錆び軋みを生み出し、仮の宿に使うならまだしも、本格的に住む事を考えると、強い雨や風が心配だ。ピナコの言う通り、二人の自宅はやっぱり大掃除と細かい修繕が必要な状態になっていたのだった。
「家って住まなくなると荒れるって本当だったんだな」
 エドワードは感心した口調で呟いた。
「そうだね…そうする?兄さん…何処から始める?」
「そうだな。この天気だと数日は崩れそうに無いから…まずは、布団を干して、床の掃除からするか」
「うん」
 布団を干して端から掃除を始める。
 折角帰宅したのだから、早く住めるようにしたい。二人は今日から二人の生活に戻るんだという決心で夢中になって掃除をした。
 やってもやっても次から次に目に付いて来る。時間は矢のように過ぎて行った。
 ウィンリィが持たせてくれた弁当の存在も食事の時間も忘れて取り組んでいたが、いつ目途がつくのか判らず、途方に暮れ始めたエドワードは掃除の手を止めた。
――――そろそろ休憩にするか。
――――腹も減ってきたしな。
 アルフォンスを探した視線の先で自分を見つめている瞳とぶつかった。アルフォンスの熱い視線。いつもの不快な視線だった。
「こーら…アル…何、サボってんだよ。」
「えっ…あっっ…ゴメンなさい…ちょっとボンヤリしていて。」
 視線が合うと、アルフォンスは驚いた表情をして、視線を外した。
「ボンヤリって視線じゃないだろう?…この前ははぐらかされたけど、最近のお前ちょっとおかしいゾ。オレに何か言いたい事あるんだろう…イイから、言ってみろって…」
――――今日こそははっきりさせてやる。
 エドワードは心密かに思った。
「……言いたい事って…」
 下を向いたまま、アルフォンスは小さく呟く。
「怒んないから…さ…」
 エドワードは少ない自制心を総動員して、アルフォンスに諭すように言う。
「い…や…あの…言いたい事なんて…無いよ」
 上目使いでアルフォンスはエドワードに視線を送る。
 エドワードの探るような視線を、アルフォンンスは怯えたような瞳で見つめ返した。

――――なんだその目は?

 アルフォンスの態度にエドワードはムッとした。
 急に腹が立って来る。
 二人の間で全く秘密が無いという訳ではないと思うが、大事なことで隠し事は無いとエドワードは信じていたし、自分なりに力になってあげられると自負していた。
 自分達は深い所では分かり合っている。
 根拠も無く確信していたエドワードにアルフォンスの態度は裏切りのように感じられた。
「怒んないからって言ってんだろ!何でオレに言ってくれないんだよ!…オレに言えないことなのか?」
「…今、怒ってるじゃない。兄さん」
「そりゃ…お前。アルがあんまりはっきりしないから…」
「兄さんの嘘つき」
 アルフォンスの視線は外されて、顔が伏せられる。表情は見えないが、発せられた言葉はエドワードを完全に拒否していた。
「クソッ…アルの判らずや!もう勝手にしろっ!」
 怒りでエドワードの体が細かく震える。
 雑巾を投げつけ、エドワードは外に飛び出した。
 アルフォンスを殴りつけたい衝動を必死で抑えて。
 エドワードの向かった先は母の墓前だった。
 
    ◇   ◇

 母の墓前で頭を冷やしエドが家に戻るとアルフォンスはエドワードが飛び出した時に居た場所でうずくまり項垂れていた。
「さっきは言いすぎた…スマン…何だかオレ、お前に当たっちゃったみたいでさ…オレ疲れが溜まっているのかな」
 静かにエドワードが謝ると、アルフォンスは疲労の濃い表情でエドワードを見つめ返す。沈み込んだ瞳の色が哀しみと苦悩に満ちている。
 そしてその姿を見た時に、突然エドワードには判っってしまった。
 アルフォンスが何かを悩み、打ちひしがれている事を。言わないのではなくて言えないのだと、気づいた。

――――オレには、アルが言い出すのを、答えを出すのを、ノンビリ待つしかないのか?

「…ボクも疲れが溜まってるのかも…自分でも変だなって思う事あるんだ最近。でも、兄さんに言いたい事が無いのは本当の事だから」
 暗い瞳を隠すようにアルフォンスの口元は笑みを作る。
 エドワードに声にならない言葉を語りかける、モノ言いた気なアルフォンスの瞳。
 だけど口が紡ぎ出すのは違う言葉なのだ。
 エドワードは小さくため息をついて、もう少しアルフォンスの様子を見ることに決意を固めた。
「………そうか」
「うん」
「腹減ったな…とりあえず、飯でも喰うか」
「そうだね」
 二人の会話の傍らで太陽は沈みかけていた。



----------------------------------------- つづく 
(20040523初稿)

   プロローグ
 
 赤い石の情報を聞きつけた。
 任務を終えたばかりの時で、アルフォンスとエドワードは、良いタイミングとばかりに汽車に飛び乗った。
 目的地に向かった汽車の中で、二人は妙に咳き込み疲れた顔の人々が多いとは思っていた。
 汽車に揺られ旅を続けていると、エドワードまでもが変な咳をし始めた。徐々に体温は上がり、目が潤み霞む。そして、目的地に着いた頃には立派な病人になっていた。
 とりあえず、エドワードの体を休めることが先決。二人は降り立った街で、まず休養という事態になってしまったのだった。
 エドワードの罹った病気が流行り病らしいと知ったのは、駅で一番近くの宿を聞いた駅員からの情報だ。咳と熱が続くため十日間は安静が必要だという話しだった。
 薄汚れた壁に仕切られた小さな部屋には、年季の入った木製のベッドが二つ。
「何もする前からダウンか…ついてないったら」
 エドワードは宿の中に着くと、無駄足より立ちの悪い状況だと悪態をつく。ふらつきながらベッドに腰掛け、ため息をついた。
「大人しく寝てよね」
 アルフォンスはベッドにエドワードを押し込みながら念を押して言う。
「おい…アル…オレたち、此処に着いたばかりだし。オレ自身で聞きたい事もあるから一緒に外に行くよ…オレの体も、まだもうちょっとなら大丈夫だからさ」
「兄さんの大丈夫は当てにならないから、ダメ。今日は無理しないで寝てて…ちゃんと美味しいモノ買って来るから。体調を整えてからでも遅くないし…第一、健康優良児の兄さんがこんなに急に調子悪くなるなんて、よっぽど強い病原菌なんだよね」
 アルフォンスの有無を言わさぬ説得でエドワードは渋々納得した。町の探索はアルフォンスに任せて大人しくベッドで安静にする事にする。
 ゆっくりとベッドに体を横たえると、少し楽になる。
――――どっちが兄だか判んないな、オレ達。
 エドワードはさっきのアルフォンスを思い出し、くすりと笑みを零す。
 今頃アルフォンスは町を探索しながら、医者や薬屋をチェックして、約束した通り美味しい食べ物を買って帰って来るだろう。本当に世話焼きの弟を持ったものだ。
――――世話焼きな奴に世話を焼かせてあげているんだから…好きな事を態々させてあげているのだから…オレはアルに対して、実はイイ事をしているんだよな。
 心の中で欺瞞だと悟りつつ、自己弁護に思う。
 確かにアルフォンスがエドワードよりも実生活で幾分かでも普通の感覚でいられるのは、実際エドワードのお陰だと言える。壊滅的に実生活に気持ちが回らないからだ。
 自分自身の生活よりも、自分の興味・探究心や真実を探る衝動に心を囚われてしまい、すぐに生活無能者と化してしまうからだ。
 そんな兄の姿を見ているアルフォンスだから、必要に迫られて出来るようになった。
 二人とも同じような性格だったら、母を失ってそう日々の経たないうちに共倒れしてしまっていただろう。
 今頃きっと村の何処かの家で世話になっていたに違いない。村の人たちはそれを望んでいたから。両親ともに懇意にしていたロックベル家だったら、いい手伝いが来たと喜んで二人を迎え入れただろう。
 だけど、二人は二人で生活する事を望んだ。
 否、そうではない。
 二人ではなく母親と三人の生活を取り戻す事しか考えていなかった。出来る筈だと信じて疑わなかった。
 目の前の目標に競馬馬の如く視野を狭めたエドワードには生活を管理する事は優先順位からいうと下の方だ。
 ただ夢中で錬金術に没頭する兄を見て、自分も兄と同じく勉強しつつ少しの暇を見つけては料理・掃除や洗濯をしたのだった。勿論一人で全てをしていた訳ではない。面倒くさがる兄のエドの尻を叩きつつ生活していたのだった。
 本当は、アルフォンスの方が現実的な方法で望みを叶えたいと切望していたのかも知れない。
 生活を極力変えず、他人の力も出来るだけ頼らずに、生活をつづける努力をしつづけていたから。  
 生活できなくなって他人の家で世話になったり、沢山の力を他人から得る生活では、二人の手に入る自由はおのず限られて来る。
 力を借りれば自分達で出来る事で返さなければならないし、夜通しで禁じられた人体錬成の研究を行う事は難しくなる。
 目の前のことと結果しか見えないせっかちなエドワードには、途中の経過は重要視出来ずに何度も失敗している。
 今でこそ、アルフォンスの長所である人の良さが邪魔をして結果を読み違えてしまう現実が増えてきたが、それは現在国家錬金術師のエドと行動を共にして、性格や根性や捻じ曲がった者に関わらなければならなくなってしまったからであって、決してアルフォンスのせいばかりではない。
 故郷のリゼンブールでゆったりとした毎日を過ごす事になったら、生活や行動全般で正論を弾き出しつづけるのはアルフォンスであろう。
 そしてその隣で少しでも面倒臭いと思うことは極力怠けようとして叱られるエドワードの姿が容易に想像される。
 しばらく帰っていない故郷の事をエドワードは思い出した。
 平凡で安心できる安寧の日々。
 想像の中でも弟のアルフォンスに叱られる自分の姿にエドはベッドの中で苦笑した。
 母と過ごした過去の思い出。願って願って止まない、取り戻したい日々。そのどれもが、つい昨日のように思い出される。思い出は輝き光を放っている。その日はもう今や遠く手の届かない事は判っている。取り戻す事が出来ない事も。起きてしまった事は無かった事には出来ないのだ。
 だけど…とエドワードは思う。
 母さんの事は仕方無いとしても、アルフォンスの事は諦める訳には行かないと。
 全てを取り戻したいと思っている訳ではない、志した思いや犯した禁忌は拭い去れない。贖罪の道を歩む事が自分に課せられた事ならばその道を歩いて行こうとエドワードは思う。でもそれは自分自身の事においてだけだ。
――――弟のアルの…アルフォンスの肉体を取り戻したい。
 その思いが、今のエドワードを先へと歩み走る背中を押している。自分が引きずり込んだ罪への償いでも会ったが、自分の気持ちを確かめたい気持ちも含まれている。アルフォンスに対する思い。
幼い頃にじゃれあって、体を触れ合った。
 アルフォンスの方から告白され触れたいと言われた。拒否する理由が浮かばずエドワードはアルフォンスを受け入れた。望まれるまま、体を触れ合わせ深い部分で繋がったのだった。
人がたった一人きりで存在するのではなく、深い部分で繋がって気持ち良くなれる。体験を通してエドワードは実感した。
 でもそのことが一般に言われる恋愛の感情なのか判らない。単に目の前に年の近い者が二人だけしかいなくて、体の成長と共に第二次成長で性的に成熟し始めた頃の好奇心が中心なのではないかと思えてくる。
 現在のアルフォンスは魂のみの存在になって、肉体の感じる欲求や快楽は感じない。
 だが時々エドワードを求めてくる。何を確認したいのか本当の理由は判らないが。
 その鋼鉄の鎧を器用に使って、エドワードの官能を引き出し執拗にエドワードを攻め立てる。
 その行為はエドワードの体に触れ、その乱れる様に在りし日の自分を繋げて見ているように思えてならない。
――――俺たちってなんなんだろうな。
――――単なる兄弟愛かもれないし、恋愛かも知れない。
――――そんなことじゃなくて罪の意識かも。あいつの事じゃなくて。オレはオレ自身がどう思っているのかすら、本当の所は判らないんだ。
――――深く考える為の情報が欠落している。
 失われているパズルのピースがこのことの根本に関わって、エドワードはいつまでも答えが出せないでいた。
 そして答えは未来へと託される。
 全ての事が終わってから良く考えようと思う。
 二人の進む道はまだ途中だった。
 果てしなく長く続いていくのか、はたまた直ぐにでも辿り着くのか検討のつかない迷路だったが。
 エドワードとしては少しづつ確実に真実と真理に近づいている感触はある。
 だが、到達点に近づいたかと思えば、まだまだ道は半ばだと思い知らされる経験が多すぎて、ゴールには近づいているが、後どれくらい進めば到達出来るのかは全く判らないのだった。
 エドワードは窓から見える空を眺めてボンヤリと思考の波を彷徨った。
 窓ガラス越しに見える外は細かい霧雨が降っていた。揺れる視界。
 さっきより熱が上がって来た様で、思考が定まらない。視界の所々には靄がかかっていて、霧雨のせいだけじゃない体調不良による視力に影響が出てきていた。 
 数々の思い出と情報がエドワードの頭の中を錯綜する。
 浮かんでは消え浮かんでは消える思いのどれかに集中しようとするが、思考は流れて徒労に終わった。
 思考の端から濃い霧のような睡魔が忍び寄って来た。
――――以前こんな風景をベッドの中で見た事、あったよな。
――――あぁ、アルと初めてした時か。
 苦笑して在りし日の記憶を手繰りながら、エドはまとわりつく眠りに引きずられて行った。



----------------------------------------------- つづく

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