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何度も何度も軽いキスをして徐々に深くなっていく。
エドワードはくちづけに溺れながら、夢中で腰を蠢かせていた。ホーエンハイムがエドワードの奥にある感じる場所を抉るように擦ると、生理的な涙が目に溜まる。
エドワードの口が動いた。
音は発せられず、口元だけで形を作る。
単語を綴っているようだった。
何度も何度も。
声こそ出さなかったが、それがエドワードの愛し恋する人の名前だとホーエンハイムは気づいていた。
「アル」と。
アルフォンスの名前を呼んでいるのだった。
繰り返し、繰り返しその名前をエドワードの唇は綴る。
声に出さないのはエドワードがホーエンハイムに配慮しているからだろう。
お互いに面影を見つけて指摘する事があっても、残像を重ねても、行為の最中にその名前を呼ぶことはほとんど無かった。
ホーエンハイムはエドワードの事が哀しく愛しくなり、胸に抱きしめる。
・・・幻影を見ているのは。お前も一緒なのか?
・・・いやお前の方がもっと切実なのかも知れない。
想い合い結ばれて家庭を持った。
完全な幸福の時をホーエンハイムは知っている。
だがエドワードはいつも欠けた状態だったのだ。
満たされない想いが燻っているだろう。
薄々判っていても、お互いになかなか訊くことの出来ない問い。二人とも恋し愛する人の存在を知っている。
それを話題にする事もある。
だけど心の奥底まで曝け出して話をする事は出来なかった。このように関係を結んでしまったら特に。
淋しくて哀しくて慰めの行為として、手を取り合って、身を寄せ合い、時に縋り付く。
そう解釈したいと思っていた。身代わりとして抱き合っているのではないのだと思いたがっている素振りがエドワードにはある。
だから、今日のように、スレスレの部分で話す事はあっても、抱き合っている時は今抱き合っているお互いの名前を呼ぶ。だが本心では手の届かない愛しい人へ手を伸ばしつづけているのだろう。
エドワードはホーエンハイムに思い人のアルフォンスの姿を見ている。切実に。そしてエドワードはそれをホーエンハイムにはっきりと悟られたくないのだ。
・・・今はそれでもいい。
ホーエンハイムはせめて心地よい快楽でエドワードを満たそうと思った。
「一緒にイこう」
耳元で囁くと、夢を見ているような瞳のエドワードが軽くうなずいた。ゆっくりと追い上げていく。
エドワードが頂点を極めた所でホーエンハイムも情熱の証をエドワードに注いだ。
「・・・あぁ・・・あんたもヨカッタ?」
満足気に吐息をついてエドワードはホーエンハイムに問う。ホーエンハイムはエドワードの体を濡れた布で清めながら、淋しい笑いを浮かべてエドワードに囁いた。
「気持ち良かったよ・・・さぁ、少し休みなさい。疲れただろう」
新しく換えたシーツの上で、エドワードは眠そうにあくびをした。
「う・・・ん・・、そぅかも」
エドワードは疲れた笑いを浮かべると目を閉じる。エドワードの吐息はすぐに寝息に変わっていった。
「ゆっくり、おやすみ。エドワード」
慈しむホーエンハイムの声は、眠りの国に落ちていったエドワードには届かなかった。
◇ ◇
ホーエンハイムが目を開くと、部屋の中は薄暗かった。
月の光が窓から入り、辺りを照らしている。
情交の果てに二人は眠ってしまったのだ。
ホーエンハイムの隣でエドワードの安らかな寝息を立てている。月明かりが、エドワードの細い体の輪郭を照らし出していた。
彩度を欠いた夜の世界は、昼間見えている色とりどりの世界からかけ離れている。色の無い世界。
エドワードの寝息が止まったかと思うと、「うぅん」と寝言を言いながら、寝返りをうった。
肩甲骨付近まで伸びた髪がエドワードの顔にまとわりつき絡まって、ベッドの上に、広がる。
既視感。
いつか同じような光景を見た。
ホーエンハイムにはそう思えてならなかった。
隣に寝ている人はエドワードのはずでそれ以外は考えられないのだが、似ているという事ではなく、違う人物に見えてホーエンハイムは目を凝らす。
理解しているはずなのに一瞬目を疑った。
幸福な時の思い出が残像となって脳裏に蘇る。
・・・トリシャ?
自分の横にいるのは息子のエドワードで、最愛の妻トリシャではない。視線の先で幻覚が現実に戻る。
ホーエンハイムはエドワードの存在を確認して、ため息をついた。判っているはずなのに、一瞬でもそう見えてしまった自分自身に自分で呆れてしまう。
その愛は愛する存在を失ってしまっても、今なおホーエンハイムの心を捕らえ続けているのだろうか。
・・・残像と幻覚に囚われ過ぎているのは俺の方か?
・・・だけど今はこの思いに身を任せたい。
湧き上がり、溢れ出すトリシャへの愛。
尽きることはない。
解いた髪を指に絡めて、ホーエンハイムはエドワードの髪に唇でそっと触れた。
さっき目にしていたのが幻覚であっても、そうホーエンハイム自身が判っていても、トリシャへの思いを止める事は無理なのだ。
「愛しているよ・・・トリィ」
ホーエンハイムは静寂の中、小さな声で呟いた。
自分の他には誰にも聞かれていないと信じて。溢れた思いを口に出した。
夜の静寂にホーエンハイムの声が溶ける。
ベッドに横たわるエドワードの口元が、微かに寂しそうに微笑んだ事に、ホーエンハイムは気づかなかった。
終
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