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外に出た時には、日差しが斜めに傾いていた。
夕刻まで間もなくの時間。
人通りの多い店の立ち並ぶ町を、エドワードは歩いた。
荷物の過重を腕に感じる。荷物を積めていた時には感じなかった、ずっしりとした重みを感じる。筋力の低下を再び実感した。
――― やっぱ、体が鈍ってるな。
苦笑すると、道端の隅で鞄を下ろした。
自由になった腕を回して、体を解すように動かす。
見上げると空は遠くの方が薄赤く色づいていた。
慣れた道なのに、いつもと違って見える。
まるで見知らぬ町を見ているみたいだった。
明日から…いや、今日からは生活が変わってしまったからだろうか。
これまでは学習と研究中心の生活だったから、現実ではない形而上の世界がエドワードの中心だった。
これからは何が自分の必要な情報になるか判らないと思う気持ちが強いからだろうか。気持ちが変わればこんなに変わるんだろうかとエドワード自身は思う。
いつも頭の中は自分の学ぶべき学問や、目に見える事のない世界の構造の解析でいっぱいだった。必要な本や情報以外は食に関する事にしか関心はなかった。
自分の興味のある事や物しか目に入らないエドワードだが、今日は周囲の状況が次々に目に入って来る。
不景気であっても、店に並ぶ商品は多く華やかだ。例えそれが、自分が買わないものであっても、目を楽しませてくれるのは確かだ。
アクセサリーやレースなどの細工品や骨董店が並んで見える。通り慣れた道だけど、これまでの自分には関係の無いものばかりが売っているこの通りで買い物をする事もなければ、店をジックリと見る事は無かった。
旅人のような気分で周囲を興味深く見回すと、数歩先に、ひときわ目についた店があった。
洗練された調度、重厚感のある店構え。
中の商品は小さいものなのか少し離れた場所からは判別がつかなかった。
小さい細工品の店かと思って、興味を惹かれて近づく。でもそうではなかった。予想は裏切られる。
店の中には、一口サイズのチョコレートが整然と並べられていたからだ。
ドアを開くと芳醇で上質なアルコールとカカオの香りが店内に充満していた。
艶やかなエナメルのような濃茶の表面をした円形や四角、三角錐。砂糖漬けの花が上に乗っているものもある。マットで表面の球状のもの。並んでいる物は、まるで精巧な細工のようだった。
ケースの外まで漂ってくる香りは高く、上質な材料を使っている事が匂いだけでも判る。
シックな箱に入ったチョコは宝石のようで、エドワードは場違いなところに来たと感じて気後れした。
だけど、そんな心の動きを表に表すエドワードではない。
堂々とした態度で店内を見回す。チョコの値段がどこにも書いていない事を確認すると、店の中で一人切り盛りをしていると思われる店主に声をかけた。
値段を聞くと、チョコレート一個で一食分の価格。高価なものだった。
エドワードの姿に見覚えがあったのか、店主は「ミュンヘンに住んでいるのか」と尋ねられ、エドワードも嘘をつく必要などないから「そうだ」と答えた。
「戦争の前までは庶民が特別な時に購入していってくれたのに、物価が上がりそれと同時にチョコの値段も上げなければならなくなった。値段が書いていないのはそのせいだ。今では外国からのお客しかいなくなってしまった」
店主は苦々しい顔をすると、そう愚痴を零す。
「少し安くしておくから、買って帰らないか?」
そう提案された。
材料にはこだわって、質を落としたくなかったからこんな値段になってしまったと、店主はすまなそうに話したが、並んでいるお菓子を見ていると仕方無いのかも知れないと思えてくる。
――― 今までのお礼に買って帰るか。
エドワードの脳裏にローザとルークの顔が浮かぶ。
チョコを食べて笑顔を浮かべる二人の事を想像しただけで、胸が温かくなる気がする。
エドワードが居候している間、食事を欠かした事はないけれど、食べているものは粗末なものだった。ギリギリの中で自分に良くしてくれた二人に何かお礼がしたい。
――― 嫌。お礼というより、オレがあいつらの笑顔が見たいだけなんだ。
これからの生活を考えると無駄な出費は控えるべきなのだが、こんな高級なお菓子は食べた事がないのではないかと想像出来ると今出来る範囲で喜ばせたい。
これくらいは大した贅沢にはならないのじゃないかと考えてしまう。
――― 今日だけは特別だ。
エドワードは二人の笑顔をもう一度心の中で思い浮かべて、店主に女性や子供の好きそうなチョコレートの相談をはじめた。
つづく(20071022up)
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