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「ミケーレ。お前、大丈夫だったのか?」
クレメンテは相手が喋る前に、ずっと聞きたかった言葉を発した。
「僕は大丈夫ですよ。兄さんの方こそ大丈夫ですか」
柔らかいけれど緊張を含んだ声。
何を緊張しているのかは判らなかった。
だが、別れた状況を考えて、自分から連絡は取れないと思っていたから、声を聞けただけでも嬉しかった。
「ああ、大丈夫だ」
「良かった」
クレメンテが答えると、通話口の向こう側でホッとした気配がした。
「明日、先日の仕事の代金が振り込まれます。確認して下さい」
「判った」
「用件はそれだけです…」
すぐにでも電話の切られそうな気配に、クレメンテは慌てる。まだ話足りない。
それは、ミケーレもそう思っているはずだと思う。
何故なら。電話をかけてくる内容が、どうでも良い事だからだ。
自分の安否を気遣い、話をしたくて、かけてきたと思ってもいいだろう。
その想像は自分の自惚れじゃないはずだ。でも断定も出来ない。
あの事件の後、一緒に逃げる準備をしていたとフレデリコは話していたが、クレメンテが直接真意を聞いた訳ではない。
本当にはミケーレが何を考えているのか、クレメンテには判らなかった。
それにそれを推測するには、あまりにも今のミケーレの事をクレメンテは知らな過ぎていた。
自分の思いに確信は持てなかったが、クレメンテは今何か言わなければ、電話と一緒にミケーレとの絆も切れてしまいそうだと思った。
「待ってくれ。オレからも話がある」
「何ですか?」
素っ気無い声でミケーレは返答した。
だけど、声には明るさがにじみ出ていた。その反応に気をよくする。
自分の気持ちを奮い立たせて、クレメンテは言葉を続けた。
「ミケーレ。お前さ。この前、また会って話そうって言ってただろう。だから…今度は、いつ会えるのかと思って」
少しの沈黙の後、ミケーレが話し始めた。
「あんな事があった後に、そういう風に言われるとは思っていませんでした。兄さんは僕の事を何とも思わないのですか?兄さんは仲間を失った。僕のせいで」
…やっぱり。ミケーレはオレの事を心配して、声を聞きたくて電話をかけたのか。
ミケーレの言葉を聞いて、クレメンテは自分の考えが正しかったのを確信した。
…もしかしたら。オレが一緒に逃げなかった事を、あの事でミケーレを嫌いになった結果だと思ったのかも知れないな。
昔と同じような思いをミケーレに対して抱く事は出来ない。
変わってしまっている部分を目の当たりにしたから。
でも変わらない思いもある…クレメンテは、それを伝えたくて口を開いた。
「正直…今はお前の事を心から信じる事は出来ない。お前のせいで大切な仲間を失った。その事を仕方無かったと、納得する事も出来ない。お前に対する憤りはある。だけど、兄弟だって事実も無かった事には出来ないんだ。そうだろう?」
「兄さん…」
「オレはお前と会って話をしたい。お前の話も聞きたいんだ」
「僕は兄さんが怒るような事をいっぱいしてきた。そんな話しは聞きたくないでしょう?」
「そん時は、お前の事、ぶっ飛ばすから良いさ。性根を叩きなおしてやる。覚悟しておけ」
クレメンテはそう言って快活に笑った。
すると通話口から、つられて笑うミケーレの声が聞こえた。
闘争の中で生活する者に、争いを直ちに中止しろとは言えない。
武器を離して丸腰になれとは。
武器を失った途端に、攻撃され殺される事が判っているから。
「兄さんは…やっぱり、僕の兄さんだ。難しいとは思うけど、会えるよう努力します。その時には覚悟しますよ。では、また連絡します」
微笑んだ声のまま、ミケーレの電話は切れた。
ミケーレの気持ちが確信できて、クレメンテの胸は温かくなった。
もしあの日、クレメンテがミケーレと一緒に逃げていたら、ミケーレは今いる暗い世界から逃げる事が出来たかも知れない。
本当に一緒に暮らしたいと望んでいてくれたんだ。
話してみて、彼の気持ちを実感した。
それなのに、一緒に逃げる機会を止めたのはクレメンテ本人だ。
クレメンテはその事に対して、悪かったと思う。心の中でミケーレに謝った。
…でも、逃げるのならば、みんな一緒がいいんだ。誰かを残し、誰かを犠牲にするのは、嫌なんだ。
フレデリコもミケーレも、みんな一緒に今の生活から抜け出す事は、きっと出来る。
方法はあるはず。
そう信じている。
音楽がクレメンテの中で流れ始めた。
母の歌う、愛の歌の旋律。
…みんなで、あの歌を歌える日が来る。
…その夢をこの手に掴む。
クレメンテは心の中で決意した。
「クレメンテ。出来たぞ」
神父がパスタを乗せたトレイを抱えて居間に入ってきた。
明るい太陽の光の差し込む居間。
「いただきます」
何の変哲もない普通の食事をしながら、クレメンテは胸に満ちる希望を実感していた。
----------------------------------------- おわり
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