夢見るカゴの鳥

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 窓から外を見ると、青々とした草原が見える。
 草原の向こう側には、なだらかな丘と深い緑で包まれた山々。
 心を飛ばし、見える更に遠くまで意識を伸ばす。
 丹念に探したが、伸ばした先に知った感覚はない。
…やっぱり、まだこの近くには居ないか。
…でも…
 遥か遠くまで繋がる空を見て、思いを馳せる。
…この先にも世界は広がっている。
…どこまでも広い世界が存在している。
 教えてくれたのは、優しいおじさまだった。
 幾ら眺めていても飽きない風景。
…いつか私は旅に出て、広い世界を旅したいな。
 今年十歳になる少女は未来への夢を胸に、窓にかじりついて風景を眺めていた。
 右手の甲の中央には真っ赤な宝石がはまっている。
 飽くことなく眺めていると、爪先立ちの足先がじんじんと疲れてくる。
 窓枠に縋りついているのだが、腕力もない彼女には腕だけで体重を支えるのは不可能だ。
 爪先立ちの足もそろそろ限界を向えそうだ。
…せっかく、誰にも見つかっていないのに。
「もうダメ」
 小さくため息をつき、窓枠から手を離すと椅子に踵をつける。
 ウェーブがかった長い髪がフワリと舞った。
「記録更新中ね。シュテラ。一時間経っているわよ」
 部屋の中を飛んでいた小さな竜が、シュテラと呼んだ少女の近くまで飛行して、翼を広げたまま静止する。
 全身を硬い鱗で覆われた、首が長く翼を持つ四足の生き物。口元から覗く牙は鋭いが、赤く輝く瞳は優しい色を帯びシュテラを見つめる。
「それって、私が大きくなっているってことかな?体力がついたって事かな?ローザ」
 シュテラは椅子に座り、スカートのしわを伸ばすと膝を両手で軽く叩き竜を招きよせる。
「そうね。体は少し成長して体力も上がっているわね。それよりも術の力は格段に上がっているわ。
誰一人この場所に居るとは気がついていないわよ。神殿の中では貴方が居ないと言って大騒ぎになっているのに…これは胸を張ってもいい事ね」
 ローザと呼ばれた竜はそう答えると、翼を羽ばたかせ、当然にようにシュテラの膝に柔らかく着地した。
 羽をたたみ居座る姿勢を取ると、シュテラはローザの背中を撫でる。ローザは目を細めて気持ち良さそうな顔をした。
「護衛のおじさん達から逃れる術なんて…ここでしか使わないし。褒められても何だか複雑」
 少女はその魂に強力な魔力を有し、神殿の奥で大切に護られ、崇められている存在だ。
 何処かで封印されている強大な力を持ったドラゴンと契約を交わし、魂の繋がりを持つ一族の末裔。
 最初の契約者が歌でドラゴンを癒した事から『唄う鳥』とこの国では呼ばれている。
 その力を受け継ぐのは血族の中で、ただ一人。
 時の『唄う鳥』から印が消えた時に、その子供に力が移ったと判る。印は真っ赤な宝石。
 その体の何処かに赤く輝く宝石のような結晶が埋め込まれた状態で生まれてくる。
 シュテラは右手の甲に現れた。誰が見ても判る『唄う鳥』の印。シュテラはこの神殿の中で生まれ、神殿の中で生きてきた。
 魔術の力を借りて精神だけ他の場所に飛ばす事は経験したが、実際には神殿の外には一度も出た事がなかった。
 ずっと、この神殿で生きてきた。ずっと護られ、その行動はいつも誰かに見張られている。
 だから、自分の居場所が判らないような術を使って息抜きをしている。
 望んだことが軽んじられる事はないが、本人の意思が通ることもあれば通らないこともある。
 塔の窓から外を眺めるという願いだけで言えば、申し出れば叶えられる類のものだ。
 だが、物思いの邪魔をされず、心を許した者だけを付き添わせるという事が叶わない。
 定められた場所以外には、厳つく眼光の鋭い騎士を数人引き連れて歩かなければならない。
 それがシュテラは嫌だった。
 彼らと一緒にいると嫌な気分が胸の中で広がっていく。
 笑いかけると笑い返してくれるが、その瞬間に彼らの中で苦い思いが広がるのを少女は感じるのだ。
 彼らの父はそれぞれ少女の父を護る際に亡くなったと聞いた。
 代々この仕事についている家系らしい。
 シュテラの父は大きな力を有しながら不安定で、度々暴走し周囲の者を巻き込んだと聞かされた。
 『唄う鳥』を守護する存在である『調停者』という役割の人も、父の代で三人代わったと聞いている。
 『調停者』は国の中で一番の術者で『唄う鳥』に何かあった時に命を賭して事にあたる。
 三人代わったという事は三人の人が命を落としたという事だ。
 それだけの混乱がこの神殿で起こった。
 シュテラの知る父親は体が弱く陰のある人ではあったが、いつも控えめな笑顔を浮かべている人で、そんな恐ろしい部分があるとはとても思えなかった。
 だから護衛の任にあたる彼らが、その力と役目を受け継いだ彼女に対して、複雑な思いを抱いていても仕方ない。
 ただ、その感情に触れる度にシュテラはどう反応していいのか判らなくなる。
 年齢は幼いが幼さに不釣合いな知識と経験はある。
 それが彼女の考え方を年齢よりはずっと大人にしていた。
 誰もシュテラが進む道を示してくれない事も彼女は不満だった。
 以前は頻繁に起こっていた武力衝突も今はなく、外交は上手くいっている。
 先代が外交の場で力を見せた事がこの国に有利に働いており、当面は力を使う必要は無くなったと今の『調停者』からは告げられた。
 力を磨き保持して、次の代に役目を受け継げば良い。そんな風に言っていた。
 強すぎる力を持つ事の意味が彼女の代では薄れてしまい、その重みをシュテラは持て余している。
 幼いながら自分で考え自分で行動しなければならなくなったという事だ。
 導いてくれる大人を彼女はひとりしか思いつかない。
 それも問題だった。
 鱗で覆われた背中をゆっくりと撫でる。
 ローザが気持ちよく感じているのが、シュテラには判る。
 彼女とは生まれる前から繋がっていて、ローザはシュテラに常人には無い生命力と魔力を与えている。
 望めば記憶や精神も伝える事が出来る。
 だがシュテラがそれを望む事はあまり無かった。
 子供である事のジレンマの方が大きくて、早く大人になりたいと思うばかりだ。
「長い旅をしても大丈夫かな…?」
 独り言を呟くようにシュテラが言うと、ローザは笑いながらシュテラの心を見透かすように応えた。
「それは。まだまだね。こんな子供の体力じゃ大人の足手まといになるわね」
「………やっぱり」
 実際に心を読むまでもない。
 シュテラには家族同然だと思っている男性がいる。
 心を素直に出せて何でも話せる存在はローザ以外には彼だけだ。
 それだけシュテラの信頼は篤い。
 だが彼女が幼い頃に旅に出て以来、時々は帰って来るが、すぐに次の旅に出てしまう。
「ねぇ。ローザ。今度はいつ、おじさまは戻ってくるかしら?」
 彼と過ごす時間がシュテラにとって素の自分に戻れる時なのだ。
 シュテラはずっと彼が帰ってくるのを、首を長くして待っていた。
 最初に旅に出た時の事をシュテラは思い出した。「長いかくれんぼをしよう」そう言った。
 彼は「僕が何処に行ったのか探してごらん。
 君の術で…答え合わせは帰ってきた時にしよう」と言って、笑って旅立った。
 父のそばにずっといた彼。
 シュテラが生まれてから五歳の時まで、まるで家族のように接してくれた。
 シュテラが生まれてから、父は病の床に就き、口数も少なかった。
 だから、主に接してくれたのは彼という事になる。
 彼は家族同然というより、シュテラの中では家族そのものだ。
 父が亡くなり彼が神殿を去るまで、彼は何があってもシュテラとも一緒だと思っていた。
 父が逝き、彼が去り、シュテラの世界は変わった。
…仕方ないと判っていても、おじさまと過ごす時間だけは諦められない。
 彼と一緒に旅に出る事がシュテラの夢だ。
 叶わないとは判っていても、夢見ずにはいられない。
「そう言うと思ってたわ…もう来ているわよ。神殿の中に居る」
「え?こんな突然。全然、判らなかった」
「そうね。私もさっきまで、気がつかなかった。あの子も力を上げたわね」
「どうして、それを早く言ってくれないのよ。大変!」
 シュテラは慌ててローザを膝に乗せたまま、椅子から降り立った。
 行動は予測がついていたのか、シュテラが動いた途端にローザは飛び立ち、シュテラの周囲を旋回する。
「乱暴ね…『唄う鳥』なら、もっと淑やかにしなければ。あの子から、呆れられるわよ」
 からかうようにローザが言う。
 シュテラにとっては、おじさまでも長い時間生きてきた竜ローザにとって彼は子供同然で、彼女は彼を「あの子」と呼ぶ。
 まだ名前を呼ぶには若すぎ力もないと彼に言っていたのを、シュテラは聞いていた。
 そしてローザが親しげに「あの子」と呼ぶのは彼だけだ。
 だからシュテラもそれが誰だか直ぐ判る。
「今は、それどころじゃないわよ。ローザ。こんな恰好じゃ、おじさまに会えない。準備しなくちゃ…」
 後ろを向いてローザに叫ぶように答えながら、シュテラは廊下に出て走り出す。
 数歩進んだ時、柔らかいものにぶつかり、受け止められた。
「痛っ……ごめんなさい…」
 シュテラは反射的に謝罪した。
 ぶつかった感触がシュテラの経験上、人であることは判っていたからだ。
 神殿内で探していた護衛のおじさんだとシュテラは思った。
 でもそれは違った。
「いつも元気だなぁ。シュテラは」
 暢気な声が頭上から降ってくる。懐かしい声に顔を上げると、大好きな人の顔が見える。
「おじさま!」
「その呼び方は止めなさい。僕の事は名前で…ザムゾンと呼ぶように言っていただろう。シュテラ様」
 男性は困った表情でシュテラに言った。
 彼がシュテラの待ち望んでいた、その人だった。






        後編に、つづく







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後編も頑張ります。







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