|
2014/11/24
モンテネグロ・コトル島へ
ユーゴスラビア崩壊後に7つにわかれた国の一つがモンテネグロ。
イタリア語で「黒い山
主人がしきりに、「乾杯〜モンテネグロ〜
私にはそのメロディが分かりません。http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif
またモンテカルロだそうです(1978年の歌らしい)。
本日の着物まわり
山崎世紀さんの紫根染訪問着(銀座・きもの白)
紫×ブルーの帯締め、虹色スカーフを帯揚げ代わりに(新田美智子)、
髪はセルフ夜会巻きhttp://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/217.gifに蘭の花をさして コトルの町を眺めながらブルーチーズなど朝食を。
朝から盛り盛りエナジーチャージ
ウィ〜ン、ウィ〜ン、クイーンエリザベス号からテンダーボートが出てきた!http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/242.gif
コトル湾はアドリア海が陸地に入り込み、複雑なリアス式海岸になっているため、
テンダーボートに乗り換えて上陸します。
あの船から
朝日が朝もやを照らして幻想的
ようこそ
モンテネグロへ!
みたいな看板。
石灰岩の張り出した崖が大迫力〜〜http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/242.gif。
複雑な海岸線と険しい山々が続き、ローマ時代から天然の要塞が点在します。
歩いていると、「Excuse, me! Please take a picture〜〜!」
と走って追いかけてこられました。「Of course!
ツアーの方も、「着物を見たとたん、すごい勢いでやってきたよ。すごい人気だね。」
着物を喜んでもらえてよかったです
コトルの町は
城壁に囲まれているのが印象的
ヴェネツィア共和国により築城されたものだそうな。
(ありがとうございます
入り口「海の門」を
くぐってコトルの町へ。
この一帯は地震の多く、1667年・1979年の地震により多大な被害を受けました。
その後ユネスコなどの協力で復元され、
現在は自然と旧市街一帯がユネスコ文化遺産に登録されています。 中世時代に拷問の塔があった跡地に
建てられた塔。
懺悔の時に、ここでお祈り
逆にお祈り
あいつ何かやらかしたな?と
町をぐるりと囲む城壁、高くむこうに聖母教会
中央広場(別名オルジェ(武器)広場)で、地元のガイドさんの説明を聞きながら、
英語ペラペラの日本人ガイドさんが通訳をしてくれます
17世紀のプリマ宮殿(ピアの館)
大地震で倒壊後、そのままの材料を利用して再建されたそうな。
聖トリプン大聖堂
ロマネスク様式建築で、1166年古い教会の土台の上に建てられました。
大地震により損害を受けましたが、現在は補修されています。
断崖絶壁の山を背にそびえる
聖トリプン大聖堂。
コトルはカトリックと
ギリシャ正教会の文化圏が
重なっていますが、
両者共存しているそうです。
夫婦
聖トリプン大聖堂の中へ(お写真OK
祭壇の石製の天蓋、多くのイコン(聖画)が飾ってあります。
ちょうどシスターさんがオルガンを弾き始めました
フレスコ画や、豪華な装飾が施された列柱、美しいステンドグラス
大地震後の補修時に、昔のフレスコ画が発見されたそうです。
地元のこども達のお写真。
コトルの町を外を散策。地中海性気候らしいオレンジの木、美しい石畳、
ふと見ると足もとに子猫がhttp://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/242.gif。いつの間に足もとに??まったく気づかなかった。
お次は、コトル海洋博物館へ
もともとは、1732年建造の旧グレゴリナ宮殿だったのが博物館になりました。
鳩ものんびり一休み
コトルの民族衣装、遠くシルクロードを通って中国http://emoji.ameba.jp/img/user/ts/tsumegaeru/676428.gif。
壁の天井付近には、海洋で栄えた家族達の紋章がズラリhttp://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/242.gif。海洋図なども展示。
螺鈿細工で装飾された銃なども
コトル湾の地図は、まるでねずみ
入り江を航路から
ここから自由行動の時間です。せっかくなので、城壁を少し登ってみようhttp://emoji.ameba.jp/img/user/th/th12o/4284.gif!
yukirikohuブログに来て下さってありがとう!
メッセージはゲストブックへお願いします。 |

>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用



