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2014/08/29
染織文化講座のご案内で、世界遺産・富岡製糸場ツアーへ
新宿集合、貸切バスで出発だ〜
途中のパーキングにて。aさんとご一緒に。
本日の着物まわり
生紬(金沢・絹千)
鉄線刺繍帯(野口)
蟹の絽の帯揚げ
さざ波の帯締め
(伊賀・藤岡組紐店)
紫のお草履
(祇園・ない藤)
(aさんがサービスでキラキラポーズ
ありがとうございます!
さて、いよいよ富岡製糸場に到着!
マスコットキャラのおエイちゃんのお出迎え。
レンガ造りがおしゃれな
東繭倉庫の入口。
明治5年創業と分かります。
本日同じく金沢からの
加賀友禅大使tさん。
本日は、旅をお忘れで
次回は是非〜〜!
真っ赤なレンガ、真っ赤なポスト、真っ赤なサルビア、さるすべり
夏の終わりの富岡製糸場。
まずは、入り口から見えていたのは東の繭倉庫。
美しいレンガ造り、建物内部に柱がない構造なので、
乾燥場だったそうですが、この前の大雪で
ぶち壊れちゃったんだそうな!
ただいま改装中。
お次は、いよいよ繰糸場へ。
レトロなランプ。
でで〜ん、繰糸場の入口。
やはり内部には柱がなく、屋根の三角形で支える構造。
両側には、日産の機械がズラリ。
昭和62年に繰業終了するまで片倉工業が携わっていました。
お写真を一枚撮って貰いました。
(kさん、ありがとうございます!
屋根にあるスコップみたいのは、繰糸の終わったお蚕さんを運ぶもの。
(右上)ほうき上のものは、繭の表面をこすり、糸口を引き出すもの。
(右下)昔は座繰器だっだ図
自動繰糸機は日産製。やはり日本の技術はすごい!
ガラス窓も昔のまま(すこしぼんやりゆがんだのが昔の。)
フランス人ポール・ブリュナが指導者として招かれました。
当時の工女の日常を記した「富岡日記」の著者、横田英
地元に戻って指導者として活躍したとか。 繰糸機による繰糸の様子を上映。
みんな真剣!
ステキな着こなしの方にお声を掛けさせて頂きました。
にゃんこと毬の小紋、帯も毬を意識されてか○モチーフ。
(お写真撮らせて頂いて、ありがとうございました。
←外にはほかに、診療所や、 ↓女工館も。学校の寮みたい。
富岡製糸場の指導のためフランスからやってきた
ブリュナとその家族など、10名のフランス人が
契約期間の2年間生活していたブリュナ館。
敷地内でも隣の鏑川の景色が見れるし、ちょっと良い暮らし。
近所の人から「生き血をとられるhttp://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/254.gif!」と大騒ぎだったそうな。
富岡製糸場の隣には、鏑川が流れています。
この地は、もともと養蚕が盛ん、
広い土地が確保できる、
鏑川のおかげで製糸に必要な水の確保ができる、
近くの高崎から石炭が採れる
と、条件が揃っていたので、こんな大規模な製糸場が
つくれたんだそうな。
たおたおと静かに流れる鏑川。
あの山を越えたら日本海側?
当時の工女さんたちは、何を思って見つめていたのかな?
本日の案内役の方と(首から下げた沢山の繭に驚き)。
本日は熱い解説をありがとうございました〜!
お昼は近場の和食屋さんへ。
通り道、
なんだか味のある
古物屋さんも。
名物、こしね汁
そして
ご当地ソフトはマスト!
こんにゃくいりの
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