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著者は宗教学者だが、かねてから天后空が抱いていた問題意識を共有できたことはうれしかった。宗教学者という立場上、著者は宗教否定につながりかねない本書を出版するにあたって逡巡したようだ。本書は新聞一面下の小さな広告蘭に出ていたものである。天后空はふだん大手出版社による大広告(最近の書籍広告はタレント並みに美男でも美女でもない著者の近影を大写しにするのが通例のようだ)よりも小さな広告を見落とさないように注意している。むしろ興味深い本は地味な書籍広告の方にある。
結論から先にいうとボクは自由で寛容な宗教はこの世に存在しないと思っている。どの宗教も自分のこと以外になると非寛容だ。だからボクは先祖は修験道の神官であり、家系宗教は神道だが、どの宗教にも帰依しない無神論・無信仰である。無神論・無信仰であるがゆえにどんな宗教的立場の人とも公平に付き合える。寛容でいられる。
何も「人を殺す」のは旧オウム真理教やIS(イスラム国=イスラム原理主義)だけではない。どんな宗教も過去に血なまぐさい歴史を持っている。A宗での宗派対立、B宗での宗派対立、C宗での正統と異端との対立、異教徒の排斥(ミャンマーのイスラム教徒=ロヒンギャの排斥と虐待)、改宗の強要と今も枚挙にいとまがない。
最近本を買うことがめっきり少なくなったが、『進駐軍がいた頃』と本書は買った。いずれも朝日新聞一面記事下広告を見てのことであり、二冊ともキンドル版がないのでアマゾンで注文して買った。
一応本書の章立てを記す。
第一章◎イスラム教
第二章◎ユダヤ教
第三章◎キリスト教
第四章◎仏教
終 章◎宗教の陥穽
正木 晃著
宗教はなぜ人を殺すのか
さくら舎
初版2018年12月7日
定価1、500円+税
刺激的本を書いた著者の略歴を記す。
正木 晃(まさき・あきら)
1953年生まれ。宗教学者。筑波大学大学院博士課程修了。国際日本文化研究センター客員助教授などを経て、慶応義塾大学非常勤講師。以下略。
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この問題、本当に深いですね。宗教が、がけっぷちにいる人の背中を押す役割をしていると思います。
おそらく、そこにあるのは、「魂」の存在の肯定なのだろうと思います。死んでも肉体と魂が分離するだけで、魂は行き続けるのだ、という教えが、戦場に行くのをを恐れる人たちの背中を押しているのだろう、と思います。
そして魂の存在の肯定、という共通項の上に、「善行をすれば天国に行ける」とか「いいことをすればより身分の高い人に生まれ変われる」とかいろいろ尾ひれ、背ひれがついて、勧善懲悪の道具となり、法の支配以上の威力を発揮しているのだろうと思います。
そういう意味で、宗教ではなく、哲学の立場を取った釈迦に共感を覚えます。仏教を宗教にしてしまったのは、後世の、権力者と癒着した僧侶たちだと思います。
2018/12/28(金) 午後 8:45 [ access実験農場 ]
> access実験農場さん
コメントありがとうございます。
二点ばかり勉強になりました。
一つは宗教には肉体と精との二元論があること、二つ目は哲学と宗教とは別物であることです。哲学は思考を重視しますが、宗教は一度信じたら思考停止に陥るのですね。多かれ少なかれ宗教は絶対主義ですから、絶対と絶対が衝突しぶつかるのは当然のことです。
ボクは特定の思想・信条にこだわらないこと、そして物事を自分で考え抜くことを信条にしています。しいて言えば相対主義と思考主義といえましょうか。こだわらないことが精神を自由に解放します。貴重なご意見をありがとうございました。
2018/12/29(土) 午後 8:40 [ 天 后空 ]
> access実験農場さん
「肉体と精神」の神の字が抜けていました。お詫びして訂正いたします。
2018/12/29(土) 午後 8:47 [ 天 后空 ]
こちらこそ、貴重な本の紹介ありがとうございました。こういうのがないと、つい、自分で考えるのがおっくうになってしまうような気がしますから。
2018/12/30(日) 午前 8:20 [ access実験農場 ]
ずいぶんと挑発的なタイトルの本が出たなと、新聞広告を見て思いました。
宗教が戦争や殺人を行わせているのか、宗教の名を借りることでそういうことを行っているのか、それを弁別することはむつかしいですね。
多くの場合は経済的利害や政治的対立を背景にして、人をむこうとこちらに色分けするのに重宝されてきたのが宗教のように思えます。ぼくは宗教は本質では無く外皮(化粧・虚飾)なのだと見る方が分りやすいと思っています。だから、たいていは宗教が殺人をおこなっているのではないという見方です。
帯文を読むとどうやら「宗教の本質」において、己の生命を賭してしまう罠として神(?)が準備されている、というような視点が使われている著作のように思えますが、読んでみないと分りません・・・だから買って読んでください、というわけですね。
現代が体験した最も分りやすい実例はオウムだったと思います。
安っぽい宗教ですが、それでもあなどることはできず、あの教団は弾圧に耐えて残っていくことだろうとボクは見ています。
2018/12/30(日) 午後 10:17 [ 山のmochi ]
> 山のmochiさん
明けましておめでとうございます。本年もごせ指導・ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
さてコメントについてですが、なかなかな鋭い洞察で考えさせられました。第一点は「宗教が戦争や殺人を行わせているのか、宗教の名を借りることでそういうことを行っているのか、それを弁別することはむつかしい」ということ、第二点は「多くの場合は経済的利害や政治的対立を背景にして、人をむこうとこちらに色分けするのに重宝されてきたのが宗教のように思えます。」ということ。つまり宗教は政治的・経済的対立の意匠として利用されてきたということですね。
ボクは国家の起源と宗教とが分かちがたく結びついていると考えています。今象徴天皇制ですが、天皇は祭祀であると言ったのは吉本孝明でした。民主化国家アメリカの大統領でさえ聖書に手を置いて宣誓をします。つまり国家の起源は宗教なんですね。ですから、ボクは戦争と宗教とは表裏一体の関係にあると思っています。
2019/1/1(火) 午後 4:56 [ 天 后空 ]
【お詫びと訂正】
本年もごせ指導・→本年もご指導・
吉本孝明→吉本隆明
民主化国家→民主国家
あわてて入力したので誤字が目立ちました。
2019/1/2(水) 午後 3:33 [ 天 后空 ]