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大川周明著
日本二千六百年史
毎日ワンズ
初版2015年5月27日
定価1、080円(Kindle版)
大川周明の『世界史』はKindle版に入っていない。代わりに『日本二千六百年史』は入っているのでサンプル版を読んでいる。大川周明は狂信的な国体論者だが、反面教師という言葉がある。もとより日本史に弱いボクのような人間には日本思想史を学ぶ上では大変参考になる。
論旨明快かつ流暢な文体が特徴的であり、昭和初期に発刊早々大ベストセラーになった理由がわからないでもない。
過去・現在・未来
言うまでもなく歴史は人類発展の径路を究めんとするものである。しかるに人類発展の径路は、人類に内在する生命の発現なるが故に、一貫して綿々不断である。吾々は唯便宜のために過去・未来を区画する。けれども現在は過去より生まれて刻々過去となり、未来は現在に孕まれて刻々現在となる。真個実在するものは、滾々不尽なる生命の流行だけである。それ故に吾々は、恒に永遠の現在を生きている。而してこの「現在」はその衷に無限の過去を宿し、無窮の未来を孕む現在なるが故に、歴史もまた過去・現在・未来に関するもの、一層詳細に言えば、過去によって現在を説明し、現在によって未来を察知するものとせねばならぬ。(序)
大川周明独自の時間概念、歴史観が伺える。
日本精神・大和魂
さて総ての国家は、プラトンが明瞭に説示せる如く、「不動の巌の上に建てられたる家にたぐうべき(たとえるべき)ものに非ず、国民の魂を礎とし、かつ国民の魂を以て組立てられたる家」である。従って日本国家を創造し、かつ現に創造しつつあるものは、端的に日本精神、または大和魂である。(第二章 日本民族及び日本国家)
プラトンのイデア国家論だが、素朴な発想を否めない。
孔孟思想 吾らは先ずシナ思想及び文明と接して之を吾有とした。(中略)シナ思想の精華、従ってシナ文明の根底は、孔孟の教えではないか。而してその教えが日本に活きてシナに死んだのだ。(同上)
老荘思想
そは老荘の思想についても同然である。今日のシナに於いて、老荘は卑俗なる民間信仰と合い結べる道教となって生きてはいる。さりながら道教に於ける老荘思想は、甚だしき牽強付会か、さもなくば甚だしき変質堕落であり、本来の精神を距ること極めて遠きものである。しかるに吾国に於いては、老荘の精神がいつとはなく国民的生命の繊維に織り込まれ、国民性の上に特異なる感化を与えて今日に及んだ。(同上)
日本人の枯淡閑寂、さび、しぶみを愛する心は老荘及び禅に負うところ大と大川周明は言う。
仏教思想
この事はインド文明の精華ともいうべき仏教についてもまた同様である。仏教は、僅かに錫蘭(セイロン)島に於いて小乗的信仰者の少数を有する以外、ほとんどインドにその跡を絶ってしまった。第二の故郷ともいうべきシナに於いても漢訳蔵経と堂塔伽藍とを残して、過ぎし世の盛大を偲ばしむるに止まり、シナ民族の信仰生活と風する馬牛(無関係)となり果てた。独り吾が日本に於いてのみ、仏陀の福音に含まれたる一切の要素が、その登るべき至高の階まで高められ、今日なお国民の宗教的生活を律する生きたる信仰となっている。(同上)
発祥の地で衰退した思想が日本で生き残っている。それは日本列島がアジアの東端に位置し、「文化の袋小路」(トインビー)だからだ。
※錫蘭(セイロン)島=スリランカ ・・・天后空註
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2019年02月25日
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