のんびりママの気まま日記

日本とアメリカを1〜2年で引っ越し往復。現在アメリカで生活中。

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 マンション Mansion。
日本では 中高層の集合住宅のことだが 本来の意味は 大邸宅。
辞書で調べたら 時折 Mansions といってロンドンなどで 共同住宅(flats)の名前として用いられる。
とあった。(新クラウン英和辞書より)

 アメリカでは Mansion=大邸宅  と 思われている様子。


 で 私の住む町は アメリカ初の避暑地。
今でも びっくりするほどの 大きな 別荘があるが 写真のこの建物は19世紀末に建てられたもの。

 19世紀末 アメリカの大富豪達は この地に こぞって お城のような別荘を 建てた。
その ほとんどが 現在 財団によって 管理 一般公開されている。
財団のホームページ
http://tickets.newportmansions.org/

 ちなみに この建物は The Breakers は 汽船と鉄道で財を築き上げた バンダービルト提督の
孫が ニューヨーク・セントラル鉄道会社の会長兼社長となった1855年に 「The Breakers」と 呼ばれていた 木造の家を購入。
 1892年に 火災で消失したため 1893年から 1895年にかけ 建造された。

 通常は 写真 ビデオ撮影は 禁止されているが クリスマスの時期 ツリーだけは 撮影が許可されていたので パチり!。
 そのほかの写真は こちらからどうぞ!http://tickets.newportmansions.org/mansion.aspx?id=1000

 部屋総数 70
公開されている部屋は キッチンも 含め 17あまり。
(グレートホール 寝室 5室 図書室 音楽室 朝の間 ビリアード室 ダイニングルーム 朝食室 ダイニングルーム 食器室 キッチン 等)

 豪華絢爛とは このことを 言うのね と 圧巻させられるほどの 想像を超える素晴らしい装飾!

 設計は 建築家のリチャード・モリス・ハント氏 イタリアのルネッサンス風の宮殿に制作

世界各地の芸術家や工芸家からなるチームが装飾を施した。
 家具や造作は アラード・アンド・オブ・パリ
 外装の彫刻は カール・ビター(オーストリアの芸術家)
 寝室の装飾は オグデン・コドマン(ボストン)


 
 夏の間だけ 使用人40人とともに 訪れ フランスからシェフも 呼び寄せ 過ごしたそう。
冬の間は 管理人 夜警 庭師を残したらしい。


 バスタブは 大きな 大理石のくり抜き。(公開されているものだけで3箇所)
蛇口は1つだけれど 栓は4つ (淡水 塩水 それぞれ お湯と水)


 家具は オリジナル 
壁紙は オリジナルの復元だけれども 一部 オリジナルも残されている。
(一部の部屋は 絹張り)

 ある部屋は パリで 制作され この地に運ばれたもの。

 ある部屋の床は 大理石のモザイクで 歩いていいのかなぁ? と 思いたくなるほど 素晴らしい。

 
 The breakersは 婦人亡き後 一番下の子供 セーチエニ伯爵夫人が 1934年に相続。
1948年に 保存協会が ニコルス・ワントン・ハンター・ハウス(1748年)を修復するための資金調達のために 一般公開。
 同年 伯爵夫人は 年間1ドルの賃貸料で 保存協会に賃貸し その維持のための資金調達を行った。


 最後の写真は 子供達が昼間過ごす ちょっと 小さめな子供の家。
おとなは 子供の騒々しさから 解放されたというワケ。

 夏の間 こんな 宮殿で過ごしたのねと うっとり するのだが 本邸宅のほうは この倍の大きさだそうで その敷地は 市全部だったそう。

 驚きの連続!
 
 かの 大富豪カーネギーが 「アメリカの大富豪達は こぞって 豪華なサマーハウスを建造しているが 私には その必要はない。そのかわりに 市民に貢献するため 図書館やホールを寄贈する。」と 言ったそう。この地にきて そのことを 思い出した。

 といっても この The Breakersの 持ち主も 兄弟と大学にクリニックを設立。
婦人は この地の病院に1つの棟を建設するための資金を提供。
息子は この地に父の記念として YMCAを設立
画家だった4番目の子供は ホイットニー美術館を設立


 と 解説は 日本語のパンフレットから。
3年前に貰ったもの。
 見学にあたり 入場者20人くらいに1人ガイドが つき 館内を案内してくれる。
3年前に訪れた際 いろいろな国のひとたちと一緒になり 日本語の解説書をもらっていた。
今回は 館内にはなく ゲート側の チケット(15ドル)販売所で 聞いてくれといわれたけれど
聞きそびれた。

 そうそう 名前の由来は 庭が 大西洋に面していて 岩場があり そこに 砕け散る波があることで
かつての木造の家が The Breakersと 呼ばれていたらしい。
 建物は変わっても その名称を引き継いだのだろう。


 日本人の観光客は ほとんど みかけない。
年に1〜2度といったところ。

 3年前 毋と一緒に来てくれた友人は 「お宝探偵団にきて鑑定して欲しいわぁ。それにしても 日本人とおぼしきヒトたち 私たち以外1組しか見かけなかったね。」と。

 やっと この地らしい 紹介できた。

 クリスマスは 終わったけれど アメリカでは 年明けまで 飾られている。
(訪れたのは 姑と私たち家族と26日)

 時期外れで 失礼しました。


  
 

 


 
 
 

閉じる コメント(6)

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忘れちゃったのですが、アメリカのボストン近郊の港地域のマンション地帯を観光に行ったことがあります。驚きの連続でした。 アメリカらしくて懐かしくなりました☆

2005/12/31(土) 午後 6:59 bet*gom*

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bethgomaさん ハイ! ここが bethgomaさんが 観光に来られた所なんですよ。それにしても ビックリ! bethgomaさん ココに来られていたなんて....。 なにかの 縁なんですねぇ。

2005/12/31(土) 午後 11:02 [ yuk*i*e0415* ]

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あけましておめでとうございます。 あれー。そうなんですか?びっくり! こちらのサイトに飛べなくて http://tickets.newportmansions.org/確信もてなかったです。 たぶん、2002年の夏に遊びに行きました。 確かに日本人はほとんどいなかったです。 広場で凧揚げをしている人がたくさんいた記憶が、、、。 今年もよろしくお願いします!

2006/1/1(日) 午後 0:03 bet*gom*

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あけましておめでとうございます。 浅草寺界隈はお参りで賑わっているんですが、ウチのあたりは中小企業と住宅街なんで静かなもんです。曇りで寒そうなんで、東京ミレナリオに行くか悩ましいところです。お雑煮はこれから!

2006/1/1(日) 午後 0:18 [ つまくり ]

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bethgomaさん あけましておめでとうございます。 もひとつ びっくり!は 2002年夏 私はこの町に住んでました! この縁も あることだし こちらこそ 今年も宜しくお願い致します。

2006/1/4(水) 午前 7:15 [ yuk*i*e0415* ]

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つまくりさんとこの お雑煮って どんなのかしら? 私の所は 澄まし汁に 白菜 お餅だけって とってもシンプルなんで アメリカでも 作れそうです。

2006/1/4(水) 午前 7:16 [ yuk*i*e0415* ]

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