|
久々に投資関係の本を読んだ。
LTCMの盛衰について時系列を追って記述している。
LTCMは債券のスプレッドの収束に賭ける取引を初期には手掛けていた。
他のファンドではとてもではないがもうからないような薄いスプレッドでも巨額のレバレッジを効かせて利益を出していた。そのような薄いスプレッドで利益を出せるのは、巨額のレバレッジをかけることができるLTCMだけだったので、その分野ではLTCMの独断場となった。
まさにブルドーザの前で5セント硬貨を拾うような取引だ。 そのLTCMのポジションが損失を出した場合、レバレッジをかけているだけに巨額となるが、その確率をいわゆる正規分布に従った計算方法で過少に見積もっていた。
そのLTCMの手法を他の投資銀行が真似をするようになり、次第にスプレッドは薄くなり、晩期には株の鞘取り、たとえば企業合併前の両社の株価のスプレッドに賭けるようなこともしていたという。
そこにロシア通貨危機が訪れる。
ヘッジファンドはポジションを手じまいしようと狭い出口に殺到する。
巨額なポジションを抱えたLTCMはその巨額なレバレッジゆえに巨額な含み損を抱える。しかも巨額なポジションゆえに自分以外に買い手がいない。
ヘッジファンドはそれを承知でLTCMの買いポジション側に売りを浴びせ続ける。
ゴールドマンサックスはLTCMに救済を申し出るが、その裏では救済の一環であったはずのLTCM監査でLTCMのポジションン情報を入手、その情報を基に最後までLTCMのポジションに極秘に売り浴びせていたといわれている。おかげで戻り相場の日でもLTCMのポジションだけはいつも下げていたそうな。
結局、FRBの音頭で集まった銀行団にLTCMは買い取られて解体されたそうだ。
しかしこんなことがあったにも関わらず、米国では住宅バブル、投資銀行のレバレッジによる巨額損失などが今回のサブプライム危機では再度明らかとなった。
歴史は繰り返す。
そういうことでしょうか。
|
閑話休題
[ リスト | 詳細 ]
|
コンピュータで生成した、読めば無意味とわかるぱっと見はれっきとした体裁を整えた論文がOpen Access Journalに受理されたという。この雑誌は投稿者に掲載料800ドルを要求する雑誌だが、Open Access Journalがこの掲載料というeasy moneyのために投稿された論文にめくら判を押していたことが明らかとなった。
ElsevierやSpringerといった一流学術出版社による電子ジャーナル購読料つり上げも問題だが、その対抗軸となるべきOpen Access Journalにこのような深刻な問題が生じていることは大変残念だ。
以下記事引用
Editor quits after journal accepts bogus science articleScience journal fails to spot hoax despite heavy hints from authors
Share46 Comments (44) Jessica Shepherd guardian.co.uk, Thursday 18 June 2009 15.17 BST Article historyThe editor-in-chief of an academic journal has resigned after his publication accepted a hoax article.
The Open Information Science Journal failed to spot that the incomprehensible computer-generated paper was a fake. This was despite heavy hints from its authors, who claimed they were from the Centre for Research in Applied Phrenology – which forms the acronym Crap.
The journal, which claims to subject every paper to the scrutiny of other academics, so-called "peer review", accepted the paper.
Philip Davis, a graduate student at Cornell University in New York, who was behind the hoax, said he wanted to test the editorial standards of the journal's publisher, Bentham Science Publishers.
Davis had received unsolicited emails from Bentham asking him to submit papers to some of its 200+ journals that cover a wide range of subject matter from neuroscience to engineering.
If their papers are accepted, academics pay a fee in return for Bentham publishing the papers online. They can then be viewed by other academics for free.
Davis, with the help of Kent Anderson, a member of the publishing team at the New England Journal of Medicine, created the hoax computer science paper. The pair submitted their paper, Deconstructing Access Points, under false names. Four months later, they were told it had been accepted and the fee to have it published was $800 (almost £500).
Davis then withdrew the paper and revealed it as a hoax. Bambang Parmanto has since stepped down as editor-in-chief of the Open Information Science Journal. Parmanto told New Scientist that he never saw the paper.
Mahmood Alam, Bentham's director of publications, told New Scientist: "In this particular case, we were aware that the article submitted was a hoax and we tried to find out the identity of the individual by pretending the article had been accepted for publication when in fact it was not." Davis told the magazine that he had not been directly contacted.
The hoax has triggered a debate about "open access" journals, some of which charge academics fees to publish their papers and allow readers access to research without subscription. Anderson said: "It's almost an inevitability that you might have several publishers tempted to take advantage of this relatively easy money."
Alex Williamson, a former publishing director of the British Medical Journal – partly open access and partly run on subscriptions – said: "There is a whole range in the quality of journals. Some that are open access are extremely good. There are a lot of awful ones, and these are probably more likely to be open access journals. Any idiot can start a journal on the web."
|
|
今朝のニュースで神奈川県警が「預け」などの手口で不正経理をしていたと報道されている。
マスコミ的には「公務員の腐敗・不正・堕落」を象徴する出来事として取り上げるだろうが、これは内情を理解すると必ずしも正しい見方ではないことがわかる。
私的に使い込んだ場合はもちろん論外だが、多くのケースではそのような横領が目的ではない。
今回の県警の場合でも私的な流用はなかったと報道されている。
このほかに多くの自治体で発見されたプール金にしても私的流用がされていたという事例は記憶がない。
(飲食費に回っていたという話は記憶があるので、それらは問題外として以下の話からは除く)
では、なぜこのような不正経理が行われるのか。
それは、ひとえに公金の支出規則が形式的で現場のニーズと乖離していることが理由だ。
これは良く世間に知られていることだが、公金は単年度決算であるので、単年度で使い切らなければいけない。したがって予算が余れば年度内に消化しないといけない。しかし現場では支出ニーズが単年度間で多少増減することは間違いないのだから、その余りはどこかに留保したい。そこで「預け」など、架空の支出をでっちあげる。
プール金などの多くはこのニーズに由来すると思われる。
また、予算の支出の区分が細分化されていて、それ以外には使えないことが問題だ。予算が決定された時点では経費を100%精密に積算できているわけではないので、年度の後半には不足する区分の経費と余る区分の経費が生じてくる。しかし現在のルールでは支出区分をまたがる形で経費支出をすると不正に当たる。この状況で正直に予算を消化するとすると、不足した区分の経費は放置して余った経費を必要のない事業や物品購入に振り向けなければいけない。
このように、正面切って予算を効率的に使おうとすると不正支出となり、非効率な使い方が正しい支出方法となってしまう。
これに対して、表裏にこだわらずに効率良く予算を消化するには「預け」などで余剰金をどこかに迂回させて不足した経費として使用するのが一番だということになるわけだ。
実はこのようなメカニズムは各種補助金にもあてはまる。研究者の科研費は補助金の一種だが、これは複数年にわたって使用が可能だが、その決まった年度内の消化が必要だ。使途は比較的緩やかだがそれでも大学院生の旅費に使えないとか、1月ころに締めになるので2-3月の支出ニーズに対応できないなど、不都合が多い。
このようなケースではよく「院生への架空のアルバイトへの賃金支出」として公金を引き出して研究室の通帳に入れて管理する、いわばプール金対応が以前は良く報道されていた。
このようなしくみを眺めながら考えると、公金の不正経理の多くは不合理で非効率な公金会計システムに対する、現場の「知恵」を反映したものであるとみなせるものが少なくないのではないかと思う。
日本の公的機関の会計がこのように不合理に柔軟性を欠くのは、このシステムを維持している人たちの現場に対する信頼の欠如に一部由来する気がする。つまりは現場に下ろすお金に使途や年度の縛りをつけておかないととんでもない使い方をするのではないかという考えだ。これは、国が地方自治体に税収を分配するときにも多くを補助金という形で使途を限定して渡していることもこの表われだと思う。
これらをどう改善すべきかは明白だ。
現場が一番どこに非効率が存在するかを良く理解している。
そこで、昔のQC運動のように、現場から上げられる問題点の指摘に制度設計者が真摯に耳を傾け、システムの改善に反映させていくことだ。
|
|
西側諸国は民主主義の価値観を訴えるわけだが、国際社会においてこれを実践したらどうなるか。
中国人口は13億人で世界一位の人口大国。
世界をひとつの社会とみなしてそこへ民主主義原則を持ち込むと、中国人の主張を最大限尊重すべきということになる。
国連で考えても、国連総会の票を握っているのはアフリカ勢だ。
仮に中国が日本や米国に帰属をしたとする。その状況で民主主義的な選挙をやったら米国でも日本でも中国系の政権が成立する。
ある意味、欧米で移民排斥の動きがあるのはこういう民主主義と国益の矛盾が関係しているんだろう。
民主主義の大義は、最大多数の最大幸福。
これから人口爆発で、インドや中国人の人類に対する人口比率が増加すれば好むと好まざるとにかかわらず、あらゆる場面でその人たちの意見を決して無視できなくなるだろう。
脈絡もないが、ふとそんな考えが浮かんだ。
|
|
佐藤栄作、ゴルバチョフ、金大中、オバマ、そして今回の人権活動家の劉暁波。
これらノーベル平和賞受賞者は、みな現役で活動している人ばかりだ。
これらの人々が本当に平和に寄与したかは長い歴史的検証が必要なはずだ。
佐藤栄作など、非核三原則で受賞したと記憶しているが、その後の展開を見れば、それは欺瞞だったことが明白だ。
金大中は一時的な南北緊張緩和に寄与したかもしれないが、現在まだ南北は戦争中だ。
オバマに至ってはなぜ受賞したのか理解に苦しむ。
もっと平和に貢献したことが歴史的に検証済みの人々が大勢いる。
そういった人に賞が与えられるように審査制度を変えないと、いつまでたっても自然科学系のノーベル賞とはまるで別物という扱いから脱することはできないだろう。
|



