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陶芸家のハンス・コパーは「何故、自分は作品を作るのか?」と問いかけた。
古代人が作った土器に魅せられたハンス・コパーは、こうつぶやいた。
「古代の作品が何千年もの月日を経て、よくぞ、ここまで生き抜いてきたものだ。
控えめで、つつましやかで、節度を持ち、こっけいであり、優美で官能的である。
ハンス・コパーは自分の生き様(資料)を全て焼却する様に遺言し、
自分の作品だけをこの世に残した。
これは自分も古代人と同じく、作品に憑依し生き抜く事を決意した証しである。
憑依すると云うことは、その作品を理解する事である。
憑依してない作品は、ただの道具なのです。
芸術家は自分を滅してでも、作品と一体化したいのである。
それを「表現」と呼ぶのです・・・
今日ご紹介するのは、ドイツのKOMPACTレーベルよりKLIMEKです。
この様なアルバムを聴くと、細胞まで癒されてしまいます。
彼も又、作品に憑依しているのでしょう・・・
それではどうぞ
動画はこちら
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こんにちは。nishiyamaです。久しぶりにコメントします。
一曲目を聴いていると、まるで深海を自由に泳いでいるというか・・・浮遊しているというか・・、
そしてその生命のsourceである深海で、魂も細胞も深海と溶け合い
一体になり、生命そのものに包まれるような
感覚になりました・・。それが癒されるって事かもしれませんね。
不思議な tripをさせてもらいました。ありがとうございます。
芸術には 深い癒しを与える役割もありますよね。
芸術作品はそうでなくっちゃ!って時々思います
前回の前編、後編のバシャールの事も コメントしたいこと沢山あるのですが、
それは また今度にとっておきます。(笑)
それでは、また♪
2010/9/1(水) 午後 3:57 [ nishiyama ]
nishiyamaさん、こんにちは。
そうですよね。
深海で浮いている様な、母胎の中にいる様な安心感がありますよね。
何かと一体になると云うのは、何事にも代えがたい、
エクスタシーみたいな物がありますよね〜
ではでは〜
2010/9/1(水) 午後 7:59 [ yuk*91 ]
最初の曲は、聴いた瞬間『欲望』というキーワードが頭に浮かびました。それからさらに聴き続けて、『欲望を捨てた』音楽だと感じました。
終身刑を言い渡された囚人、生涯出る事のない精神病院の閉鎖病棟の患者。
彼らは、昨日と同じ今日を生きる。
私の生活も…。
二つ目の曲は、ファッショナブルだな〜と思いました。
まるでオートクチュールの服を身に付けた美しい少女が、雲の上で、無邪気に戯れている、そんな印象です。
ラストの稲妻は、無視。何故なら雷は、雲の上では、関係ない。かな…。
2010/9/5(日) 午後 2:21 [ 月 ]
「欲望を捨てた音楽」・・・いかした表現ですね。
「終身刑を言い渡された囚人、生涯出る事のない精神病院の閉鎖病棟の患者。
彼らは、昨日と同じ今日を生きる。」
この表現も素晴らしい・・・月さん詩人ですね。
2010/9/6(月) 午前 0:31 [ yuk*91 ]