次に好きでよく歌った民謡を書き出しておこう。
●北海道では若いころは宴席で必ずソーラン節をガ鳴っていたが、レコードは「江差追分」を静かに聴いていた。
●青森は民謡と言うよりも三味線のじょんがら節が有名なんだが、私には三味線の音がうるさすぎて好きになれなくて、黒石よされ節をよく聞いていた。
黒石よされ節は、昔、へそ踊りを連れてワイキキのカラカウワ大通りで、全国100の団体と踊った時、数組前でPAを台車に積んで大音響で鳴らしながら80人位の躍り手が踊っていたのが「黒石よされ節」だった。へそ踊りはわずか10人でPAは手提げのアンプだったので、誠に音が貧弱だったんだが、黒石の大音響に合わせて腰を振って踊りだすと、どんぴしゃりと様になって、通りの両側を埋めた大観衆が「ヘソヘソ、カモンカモン」と満面の笑顔と踊りのジェスチャーで迎えてくれて、張り切って腰を振ったのです。
●秋田は何んといっても「秋田音頭」です。実におおらかな民謡ですね。下ネタばかりが唄われるんだけど、「性の解放」を打ち上げていて気分が良いですね。どこからうまれたんだろうな!
●岩手と言えば「南部牛追唄」ですね!原発被害は岩手の牛には及ばないでいたのかなあ〜
●山形と言えば「会津磐梯山」と「真室川音頭」でした。これも座敷での飲み会では必須でした。
●宮城といえば「お立ち酒」「斎太郎節」でしたが、私の学生時代は「斎太郎節」でしたね。東北大地震で松島は大被害に遭われたと聞いていますが………
●雪の新潟と言えば圧倒的に「佐渡おけさ」を唄っていましたが、いつかどこかで覚えた「相川音頭」の格調ある歌と踊りにはまりましたね。相川音頭は義経の八艘飛びを唄っていたが、「ハイハイハイ」と入るあいの手とキリっとした踊りが気品に溢れていて大好きだったなあ。
●福島は「相馬盆唄」と「新相馬節」だったが、三橋美智也で覚えた新相馬節は哀愁が詰まっていて胸を押さえて唄っていたなあ
●茨木は何んと言っても三池の炭坑節と並ぶ「常磐炭坑節」が大好きでよく唄ったなあ
「朝も早うからよ〜カンテラ提げてナイ♫」
●東京は流行歌で創作した「東京音頭」だった。おそらく日本中を席捲したように思えるね。
●静岡は「のーえ節」があったんだが、今でも歌われているのかなあ。「農兵節」とも言ったのかな!「
何んとかのなんとかがノ〜エ」というような歌だった
●岐阜では「郡上八幡盆踊り歌」だった。郡上の百姓一揆を唄ったと言われる「郡上節」は心が後に残るようで感涙の歌だった。
商店街の近代化事業を模索した時に、指導していただいた先生と飲んだ時、この歌を唄ったんだが、先生も「いい歌ですね。あなたが唄うとじんとします」と言いながら目を指で拭いていたなあ
●愛知ー岡崎五万石
岡崎五万石はこちらの地方の村祭りの千載楽(せんだいろく)の歌にも歌詞が使われていて、子供ごころに沁みついていた歌詞でした。
●和歌山は串本節をよく唄っていた。
●兵庫では丹波篠山の「デカンショ節」を手を鳴らして歌い続けたもんだ。
●鳥取では「貝殻節」一筋で、先般亡くなった仲間が飲み会では必ず唄っていたなあ。
彼はこの歌になると正座できちんと唄っていたよ。
「郷土の誇り」だと言っていて、彼から教えてもらってよく唄ったなあ
●高知では誰が何を言おうと「よさこい節」でしたね。高校の音楽の先生が「唄うときの口の開け閉めはペギー葉山さんをお手本にしてねとよく言っていましたね。
●福岡と言えば「黒田節」と「炭鉱節」だった。黒田節では「峰の嵐か松風か〜」と唄う歌詞が大好きだった。
●長崎では少し地味だが「島原の子守歌」だった。
●熊本ではご存知「五木の子守唄」しかありません。
●最後の宮崎では「刈干切歌」に嵌ってしまった。だけど何十回唄っても節回しが覚えられなかった。