ゆくの菜園日記

ダイエットはマイナス6キロ台をウロウロしています

我が町の関係

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住んでいる町での、ささやかなことを書いています。
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旧宅を解体した土地を借りたいと言われて、コインパーキングの会社と土地の賃貸契約を結んだのだが、看板を立てようとすると地盤が緩んでいて、バラスにセメントを混ぜて地中に埋め込む地盤強化作業が終わり、やっとパーキングとして使えるようになり、立て看板の工事が行われた。
後は電気工事の着手を待つだけになり、週末か週明けにオープンが見込まれるようになった。
わが町唯一のスーパーがある交差点から駅を眺めると、一番にそのパーキングの200円の看板がはっきりと見てとれた。
「う〜ん」と唸った。
もしかすると、わが町の新しい顔になりそうな予感が頭を走った。
そうなってほしいと願っている。
私が腰を痛めた原因が、旧宅の物品の持ち出し処分にあったことは間違いないんだが、その前に1年半をかけた親族の放棄した家屋の物品処分作業があったために、腰がおかしくなっていたんだろうと思っている。
その親族放棄の家屋は教団本部のすぐ近くにあって、全国からのお参りの信者さん用の旅館だったので、部屋数が多くて調理備品や寝具などが山のようにあり、これの処分には気持ちが萎えてしまっていた。
家具などを処分して教団に家屋付きで寄付を申し出たんだが、家屋を倒して更地になっても寄付は不要との答えに、為すすべをなくして無用の家屋と土地になっていた。
軽四輪車も途中までしか来れない細道だったのだ。
教団の研修施設への通り道に沿って建てられているので、将来崩壊の恐れもあるのでその対策に「名案」も浮かばなく、フランク永井の「君恋し」ではないが、「宵闇せまれば悩みは果てなし〜♪」状態はこれからも続くのであります。
愚痴はこの辺でやめて、パーキングがオープンの日の祝杯が待ち遠しい昨今であります!
そうそう、腰は一時よりは軽くなってきたが、まだまだ痛み止めの薬と杖は欠かせないのであります!
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《寄島弁の郷土史》

《寄島弁の郷土史》
我が町近辺で最も話し言葉が荒い地域が、平成大合併で同じ浅口市の一部に加わった旧寄島町の漁港周辺だった。
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 今では合併で同じ行政区域になった西隣町の高校に入ったのだが、旧制の裁縫などの女学校の後進だったせいか、男子は少なくて女子が全体の3/4を占める編成で、近隣の高校に比べておとなしい生徒ばかりだった。
私の属したE組は大学進学希望者を中心に編成していたためか、4/5が女子で男子は1/5の割合だった。
その頃は「寄島組」という寄島町の男たちが1年生から3年生までが一つのグループを作って、力で学校を抑えていて暴れ放題だった。...
彼らと話をすると喧嘩をするわけでもないのに「喧嘩言葉」が飛び交い荒々しい雰囲気に包まれていた。
今までに何度も荒々しい「寄島弁」を思い出そうとしたけど、頭の中から蘇ることがなく忸怩たる想いでいたのだが、ふと図書館で「荒々しい寄島弁を書いた本がありませんか?」と訊ねて探し出してくれた本がこの「寄島の方言」だった。
家に帰って読んだのだが、私の探した言葉は殆ど無く淡い期待に終わった。
だけど、折角お借りしたのだからと、その中で荒さが記憶に近い言葉をいくつか抜きだしてフェイスブックに記録として載せた。
●あがーな=あんな●あずる=もがく●あだける=転ぶ●あちーのう=暑いな●あっぱがお=びっくり顔●あてーさきー=後先に●あてっぽう=でたらめ●あまじゃねえ=楽ではない●あまったりい=甘すぎる●あんきな=のんきな●あんなあ=あのねえ●あんべえ=具合●いいやーこー=言い争い●イオ=魚●えーらー=あいつら●いぬる=帰る●いらまかす=からかう●えどーかす=からかう(騙す)●こんなーが=こいつが●どねえなら=どうですか●いきょーん=行く●けーよ=来なさいよ●でーどこ=台所●あさんとうから=早朝から●よーさり=夜更け●きにょう=昨日●こねえだ=このあいだ●せーで=それで●へーじゃぁ=それでは
以上の言葉(単語)は住民が普段の生活で使っている文言だったのが、これが争いの場面になると一気にテンションが上がって「荒々しいことこの上なく」なるのだった。
そのあたりの言葉は荒っぽい漁師町ならではの生き生きした言葉で、今でも使っているはずなのだが、教育委員会編纂ということから載せなかったのだと理解した。
先だって沖縄語は独立した民族言葉だとかいたんだが、寄島弁は民族言葉では勿論無く、寄島の気候風土の中で出来るだけ少ない言葉で会話が出来るように洗練されてきた言葉であり、これこそ地方の地方らしさを残す文化ではなかろうかと思っている。
昨夜、フェイスブックの記事を1本書き終えて、少し薄めのコーヒーを飲んでいると携帯が鳴り出した。
携帯には午後8時30分と表示されていた。
「うん?」と手にとって開くと疎開地のSさんと表示されていた。
Sさんと言われる方は日本中で多い順から何番目かの苗字だったので、間違えてはいけないので携帯には「疎開地のSさん」と登録していたのだ。
他にもクリヤマさんとかサトウさんとか、ナカムラさんなどの同姓の多い方には識別が容易なように職業とか町の名前等を前後につけて、間違わないようにと工夫している。
Sさんの電話は『北の国の先生疎開地から街に向かおうとして走らせたら、すぐに車の前後輪とも右側の側溝に嵌ってしまい、姉の家族に押してもらっているが、どうしても舗装の上にタイヤが上がらないでいる。夜遅くにとんだ電話をかけて申し訳ないのだが、いい判断がないだろうか?』と言うような内容だった。 
私も車でのミス(トラブル)は何回も体験してきたし、その都度思案に暮れたものなので、対策を考えたが夜であり道が狭く救出作業は素人には荷が重いと判断して、「私の知り合いのモータース」は8時までは店が開いているので、相談が出来ると思うので電話してみます」と言って、携帯を切ってモータースに電話した。
幸いに社長がいたので「夜遅くで申し訳ないが私の知り合いが、別所の寂光院の前で道べりの側溝に右側の前後輪を脱落させてしまった。知人の親戚の家族に押してもらったがどうにもならないで困っている。なんとかならないか」と相談すると、「もうすぐお客さんが車を引き取りに見えるのを待っているところであり、お客さんが見えて手が空けばそれから回らせてもらうことになるのだが、それでもいいか?」と言われた。
「何時になろうと社長を待っているのでぜひ力を貸して欲しい」とお願いすると「出来れば現地で脱輪の様子を詳しく教えて欲しいし、車の名前も教えて欲しいのだが」と言われ、「これから現地へ飛ぶので現地に着いたら改めて電話させてもらいたい」と告げて軽四車で現地へ急行した。
社長が見える前にと、車を見てワイヤーかロープを引っ掛けるフックを探したが、脱輪のために車の下が道にひっついていての様子が見えないので3,4人であれこれと意見を出し合ったがどうにも判断がつかないでいた。
しばらくして現地に来られたモータースの社長は車のフロントの一部をさっと開き後部の物入れの道具箱からフックを取り出してフロント近くのカバーを開けてフックを取り付けて、息子さんの運転する軽トラックでロープをひっぱってあっという間に車を無事に地面に引っ張り出していた。
事故車の持ち主のSさんは「えええっ、こんなところにフックを宛ててねじ込むんですか〜」とびっくりされていた。
車がトラブルを起こした時のショックは口では言い表せないほどにショックを受けるものですが。Sさんの顔からようやくほっとされた柔らかい顔が出るようになった。
私は大学を出て2回目の転職先は倉敷市の食品会社で求人係りを担当していた事があった。
岡山県の県境を越えて鳥取県の奥深い山でその集落の顔役の方を探して季節労働者の求人をお願いして予定人数を確保して、勇躍山道を帰っていて中国山脈のてっぺんで車がエンストしてしまったことがあった。
ボンネットを開けてプラグの点火部分を金具やタオルで擦ってススを落としたり、なんやかやと試行錯誤して夜明け近くなってやっとエンジンが掛かったときは嬉しさと疲れで思わず眠りこんでしまっていた。またいつのころからか中古の軽四輪を乗り継ぐようになって何回もトラブルで今回のモータースの社長にはお世話になってきており、「困った時は相身互いだなあ〜」と実感された一夜であった。
今日、「禍福は糾える縄の如し」と格言を使ったんだが、いま昔のことを思い出している。
昔、ある町の首長選挙で立候補予定者から「後援会の会報を作って欲しい」と頼まれた。
隣の町の団体に勤めていたので、「これはまずい」と断ったんだが、予定者とは親しくしていたのでしぶしぶと受けた。
さて、どんな会報にしようかと考えたが、「一切文句をつけないので、あなたの思うままにして欲しい」とのことだったので、会報の戦略は挨拶文やエッセイは「長たらしい文章は誰も読まないので、出来るだけ判り易い言葉でぴたっと来ることわざや格言や中国の言葉を入れて『う〜ん』と唸らせる、格調あるものに仕上げよう」と決めた。

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 早速に書店で「ことわざ辞典」を買い求めて、原稿のタイトルや行間に気の利いたことわざを組み込んでいった。...
さて、出来た原稿を事務所に持参して手渡しするのは人目につくので困った。
あくまでも黒子で通したかったのだ。
その頃はワープロがボツボツ出始めた時代で、ファックスは東隣町の企業でもほとんど使っていない時代だった。
まずはファックスの導入を提案したが、予定者は「何?」と首を捻る時代だった。
幸い中核都市の文具屋さんにレンタルがあったので借りて事務所に設置してもらい、毎日原稿を送信して意見交換を繰り返した。
わが町には全国紙の記者が住んでいたんだが、漏れ聞くに「○○陣営には素晴らしい参謀がついている」と言われたそうでこそばゆい思いだったが、狙いは的中した。
今、そのときのことわざ辞典を拡げているのだが「玉磨かざれば光なし」という言葉があった。
「我が町には隠された宝が沢山あるが、多くが見過ごされている。新しいリーダーと一緒にわが町の宝をみんなで磨き上げて、もっともっといい町に仕上げて後世に繋いでいこうではないか」と使ったのだった。懐かしい思い出が蘇ってきた!


私はこの4年ほど、知人(Sさんと呼ばせていただきます)の自伝エッセイの校正をさせてもらってきた。
今までに1巻に20編のエッセイをまとめられた冊子を毎年1巻発行されてきているので、すでに4巻で80編のエッセイとなっているのだが、この方の頭の中には父祖やご両親やご姉妹から耳の中に伝えられたことや、ご自身の幼少期から今日までの人生で体験されたことや、見聞きして感動された事等が無尽蔵に頭の中に蓄積されているようなので、「ここで打ち止めにしたい」と言われるのに対して、私は「今までの歴史や古今東西のエッセイはどれも感動や薀蓄に富んでいて、全く知らなかった人間にも大きな興奮や感動や世界のことを学ばせてもらえる貴重なエッセイ集になっているので、ぜひ続きも書いて欲しい」とお願いを繰り返して「じゃ今までが80編のエッセイになっているので、最後にもう20編を書き上げて、5巻を発行して打ち止めにします」と快諾され、今年の秋口までに書き連ねることを約束された。



私は約30年前に、あることから現代を代表されるかた、私が「北の国の先生」とお呼びするシナリオ作家として活躍されている方とご縁をいただくようになったんだが、この方がわが町に戦時疎開されていたことを知って、今日まで我が町でも講演会の講師として招聘したのを皮切りに、この方の手がけられたシナリオ・俳優の養成の富良野塾の演劇公演や観劇バスツアーそしてわが町での演劇公演に奮闘し、兵庫から四国中国一円の環瀬戸内演劇公演を提案させていただき、その実現に多いいにというかたっぷりの汗を流してきた。イメージ 2
その過程で「わが町にご家族で疎開されていた証しを『疎開の案内板として建てさせて欲しい』と30年間、執拗にお願いを繰り返してきて、疎開地の戸主となられていたる方にも、「北の国の先生の疎開地案内板を建てさせて欲しい」とお願いし、ほぼ諦めつつあった北の国の先生の格別の同意をやっと取り付ける事が出来たため、この方Sさんに強引に迫って数年前に強引に案内板が約束されたのであります。

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そしてその数年後、平成25年4月に疎開地案内板が完成したのであります。
さて、疎開地の所有者Sさんは県北で生を受け、お父様の移転でわが町に一緒に移住され、小学校から高校まで学ばれ、京大工学部から鳥取大学工学部助手・助教授、さらに愛媛大学工学部教授・工学部長を経て、新居浜高等専門学校校長を勤め上げて、平成27年3月に定年退職され、愛媛大学名誉教授として愛媛県や四国の土木学会を指導されています。
退職後にご自身の過去を振り返り、子や孫への遺書として自伝エッセイを書くべく取り掛かられ、北の国の先生の案内板について記述されたとき、間違いがあってはと私にチェックを依頼されたことがきっかで、以後私が校正のお手伝いをさせていただいて次第であります。
私は小学校から今日までどなたが相手も、ひるんだり頭をペコペコしたことはないのですが、北の国の先生とSさんのお二人には無礼な態度を取ったことがありません。
それは北の国の先生とのお付き合いの中で、先生の作品に圧倒的な大きな感動を一杯いただいてきたことあったからであります。
また疎開地のSさんについてはご自信の書かれた自伝エッセイに深く稼動して、「もっともっと書いてください」とお願いを続けてきたからであります。
先日、新しい品物に目の無い友人が、「自分で使おうと思ったけど、使いにくくて頭が痛くなったので、君が本読みだったと思い出して持ってきたんだぜひ使ってくれ」と言って音楽の譜面台のような物を置いて帰った。

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早速使ってみようと取り掛かったのですが、1時間以上四苦八苦の末に偶然に譜面台の形になったので、Sさんから預かっていた5巻目のエッセイを校正し始めました。
校正が随分楽になりましたねえ〜 いい掘り出し物ですが、もっと習熟せねばまだまだ自由には使いこなせていません。 
丁度Sさんがわが町を立たれる寸前に校正が終わったので、プリントしてお届けしたい!!

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