ゆくの菜園日記

ダイエットはマイナス6キロ台をウロウロしています

へそ踊りでハワイに

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今から15年ほど前の「ヘソ踊りハワイツアー」の、新聞投稿文を掲載しました。
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ヘソ君たちのハワイの旅の連載も、今日が最終回です。

「太平洋の真ん中でへそ踊り」  倉本聰○○ファンの会事務局長 ○○△△
第35回
〇光駅から約1キロ北の「大宮神社」の裏から遥照山へ登る山道があります。
昔は薪取り等に子供同士でよく歩いた道ですが、いつとはなしに荒れ果てていましたが、数年前から小学校のPTAや子供会等の行事で年に数回は〇光遥南小学校からの登山が行なわれています。
私も数年前から「休日の田舎歩き」が趣味となって格別の用件のない休日には近くの町を歩いていますが、遥照山へは5、6回登っています。

〇光駅から登りが約1時間10分で下りは約40分の距離です。
PTAの関係者だと思いますが、登山道の案内板が所々に配置されている他はほとんど整備されていません。
コンクリートで舗装されては困りますが、せめて1メートル位の道幅に整備できないかなと思います。
私の淡い夢は「毎週、休日の朝になると〇光の内外から〇光駅に遥照山への登山客が集まり合い、3々5々にグループを作っては遥照山に向けて歩き始める姿」です。最初は数人の登山がいつとはなしに拡がって、いつのまにか〇光駅が遥照山への拠点となって西日本の各地から〇光へ人々が集い合う姿です。
遥照山へ着いてからは〇光町や〇方町の整備したスポーツ施設や遊歩道巡りに、鬼の傷を治したと言われるラジューム冷泉湯を楽しんでいただき、あるいは、竹林寺天文台まで散策し、又、3々5々に〇光駅まで歩いて帰る姿です。
そして駅前の喫茶店や食堂で、コ−ヒ−やお酒を飲みながら話に花を咲かせる姿であります。
今一歩、遥照山での過ごし方のイメージが固まっていませんが、取りあえずの夢と言うか私の描いたスケッチであります。

〇敷新聞の愛読者の皆様には、私の独断と主観ばかりの駄文に、お付き合いいただきありがとうございました。 『アロハー』

追記 文中で触れました倉本聰先生主宰の富良野塾の演劇「ニングル」と「今日、悲別で」の2本立て大阪公演(於:梅田・ドラマシティ)の日程が確定になりました。
大阪公演は今秋のカナダ公演に先立って、国内では大阪だけで開催されることになっていますが、倉本聰〇光ファンの会では、9月15日(月)(祝日)2時開演の「今日、悲別で」の観劇バスツアーを組むこととなりました。
〇光駅から〇敷市〇島支所を経て、〇島インターから約3時間のコースで、バス料金と観劇代・昼食弁当代に平成9年度会費2,000円を合わせて14,900円の企画です。(定員50名)。
ご家族やお友達とお誘いあわせの上、ぜひお申し込み下さい。
圧倒的な感動の舞台に出会えます。
お問い合わせは〇光駅前・○○もと(電話086××2ー2×43)までどうぞ。
 (おわり)

お・わ・り・ま・し・た〜〜〜〜〜!!
改めて毎日、ずっと寄り添ってきましたが、「疲れました」!
今・読み直すと、感動もありましたが、「駄文・駄作」の想いが大きく、恥ずかしい気持ちの方が強いですねえ!
でも、Y君にとっての、「宝」であることは間違いないと思います。
でも、疲れました!

あの頃のY君の、あのエネルギーはどこに溜まっていたんでしょうか?
あの頃の、ビビッドなパッションは、どこから湧いてきたんでしょうか?
自分でも不思議になってきました!
あの頃、あの町の東西南北のあちこちで、「Yさん、この町の住人ではないのに、この町の誰よりも、この町のために、あれこれと考えてくれて、自分から動いていただいて、感謝するだけです。ありがとう」と、声を掛けていただきましたね。

写真1枚目はヘソまつりに先立ち、まつりの会場となった商店街の整備をテーマとしたセミナー。
2枚目は、へそまつりのPR用のポスター。
3枚目は、テレビ局による取材の様子。
4枚目は金色夜叉の寸劇
5枚目は、Y君の店横に咲いていたバラの花。

もういい、いい加減で打ち切りましょう
ご精読ありがとうございました。(ほんとの終わりです)

北の国の先生の一言に

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勢いよく走ったり飛んだり、あるいは座り込んだりの連載だったが、今日を投稿すると、明日はいよいよ最終回となります。
原作者としては、これでいいのだと思うのですが、何か別の切り口がないものかと、余計な考えがちらついてもきます。

「太平洋の真ん中でへそ踊り」  倉本聰○○ファンの会事務局長 ○○△△
第34回
今に思えば〇島港は新島襄先生の人生を変えた町であり、同志社大学の誕生に深く起因する町でもあります。
この他にも、〇島や新町通りの歴史を調べるなら、私たちの目からは隠された貴重な出来事や文化などが沢山あるのではないかと思われます。

大相撲の社会の言葉に『円い土俵の中に地位も名誉も財産も隠されている』と言われますが、まちづくりやまちおこしの材料も足元の土俵=自分たちの町の中に隠されているのだと思います。

私の敬愛する倉本先生は初めて〇光に講演会の講師としてお迎えした時、私が観光やら地域活性化で持論を述べた時、『〇本さん、ドラマのロケーションやら何かで、まちおこしをと取り組んで後に、前よりガクッと落ち込んだ町をいやと言うほど見てきました。
一番大切にすべきは「その町に住んでいる人達が、その町での生活を楽しんでいるかどうかだと思いますよ。その町の中で皆が楽しくやるために、知恵や労力を出しあい実行するためにエネルギーを出しあう」ことが大切ではないですか?
住民がその町での生活を楽しんでいれば、自然に多くの人がやって来ますよ』と話されました。

ショックでした。

恥ずかしくて黒い顔が真っ赤になったのを昨日のように覚えています。
又、その時住民と自治体との関係についてもドイツの村を例に上げて話されました。自治体の職員は住民の肩にかかっているのだから、職員が少ない方が住民の肩がかるくなるのではないですか。
富良野は人口2万4000人だが、ドイツのある村は2万4000人で自治体の正職員は50人です。
臨時職員を多少抱えていますが、富良野の数分の1です。

その分住民の肩が軽いわけです。
『〇光や〇敷はどうですか?』と話されましたが、現在中央省庁での行財政改革のニュースを聞くたびに倉本先生の言葉がある重さを持って蘇ってまいります。

この項の主題であります「備中〇島へそまつり」の締めくくりですが、このイベントを端的に表現すれば、「備中〇島へそまつりは〇島や新町通りの歴史や文化を徹底的に大切にする事を通じて、〇島や新町通りの活性化を推し進めよう」と言う運動であると思います。

〇島のへそまつりも実行委員会の組織や資金的な弱さのために多くの課題を抱えておりますが、新町商店街の皆さんのふんばりで今年も8月30日の土曜日に開催されることになっています。

〇敷新聞をご愛読の皆さん!
〇島のへそまつりにお越しください。
男性にはへそ踊りの衣装をお貸しいたしますし、女性にはハッピをお貸しいたします。
できるだけ多くの方にパレードにご参加いただき、「徹底的に楽しく」をキーワードに真夏の一夜をかみしもを脱いで遊びましょう。
お待ちいたしています。最後に〇光町の住民の1人として、〇光町でのイベントにについて1点だけ提案させていただきます。

本文の中で「緑に包まれた町・〇光」と書きましたが、それはそれとしてここでは「遥照山登山道」についてであります。


写真1枚目は、第3回ヘソまつりの中のもの。
最初に企画した時に、「Yさん、いくらなんでも、裸でへそを出して踊るなんて、いくら、〇島の人が物好きでも、10人もいないよ〜〜」と、揶揄された言葉が今でも耳に残っている。
2枚目も同じだが、ヘソ踊りの名手がいたので、お手本を見せてやってと舞台で、披露をしてもらった踊り。
彼はどうしているんだろう?
いろいろと助けてもらったなあ〜〜〜!

3枚目は昨日山で見つけた「ナナフシ」。
バケツの中に泳いでいるのかと、指で摘んだが、竹に添わしたが動かなかった。

4枚目は、山で育成中の「ミツバ」。
ようやく本葉が1枚出かかっている。本葉が4,5枚になれば、どこかに移植したいと考えている。
「早く、大きくな〜〜〜〜れ〜〜〜〜」と、「いつでも君は」のメロディで応援した。

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今朝は4時36分に家を出て、5時48分に帰ってきた。
歩いていてふと気づいたことは、ここ数日、鼻歌が出てないなと言うことだった。
Y君の中で頭かこころかどこかで、何かが微妙な変化があるのだろう。
幸い、両足の「ジンジン君」がおとなしくしているので、かなり歩き易い日が続いている。
よく考えてみるとジンジンは足の裏なんだけれど、両足の膝から足裏までが、なんだか熱っぽいように思える。靴を脱いで、はだしで過ごしていても、両足が熱をもっているように思える。
奈良の「お友達」がコメントで、「血行障害(?)」のような指摘をされたが、「当たり」なのかもしれない。
「お友達」は歩く前のストレッチを勧めていたが、そのやり方が解らないので、両手でマッサージでもしてみようかな!!

「太平洋の真ん中でへそ踊り」  倉本聰○○ファンの会事務局長 ○○△△
第33回
旭川市の買物公園に至る取り組み、富良野市のへそまつりやワインづくりの歴史、北海道池田町のワイン城にまつわる話、長野県野沢温泉村のスキー場や野沢菜の成功例、大分県大山町の梅と栗にまつわる歴史等ですが、どこの町でも自分達で決めたテーマに向かって「気違い」になって突き進んだ人達の姿が紹介されていました。
振り返って考えても「備中〇島へそまつり」の歴史は新町の人達の遮二無になって取り組んだ歴史でもあったわけです。

「へそまつりとは自分たちの町の歴史や文化や様々な特性を大切にしようとする市民運動である」とも言えると思います。

新町商店街が江戸時代に問屋街として最も栄えた当時は、問屋が38軒もあったそうですし、当時のたたずまいを色濃く残しており、通りは茶室を残す民家が4軒あり、米蔵や酒蔵を利用した「蔵の中コンサート」や美術品等を展示した「記念館」が開設されています。

また、新町通りは幕末から明治時代に活躍し、大正天皇の教授をも努めたと言われる漢学者川田甕江先生の出身地でもあります。
尾崎紅葉原作の「金色夜叉」のお宮さんは川田甕江先生の2女綾子さんがモデルだとされています。

また、幕末に越後長岡藩の家老として活躍し、勤王佐幕の激しいせめぎ合いの中でその才能を惜しまれながら戦死した河井継之助が、備中松山藩の学者山田方谷を尋ねた帰りに、玉島港に立ち寄った時、同じ越後の生んだ名僧良寛さんを偲んで、円通寺を訪ねたと手記に残されているそうですが、多分、新町通りを歩いたのではないかと思われます。

また、本文でも触れましたが、歌舞伎「夏祭浪速鑑」には上成出身の一寸徳兵衛が大阪から船旅で〇島へ帰る「やりとり」が、主役の団七との間で交わされますが、恐らくこの新町の港に着いたのではないかと思われます。

また、この〇島港は明治初期にキリスト教の教えを基に、同志社英学校(今の同志社大学)を開設した新島襄先生にとっても、大変にゆかりのある町であります。
もともと〇島は備中松山藩の外港として整備され、水谷家が廃絶したあとは常陸の国から板倉公が赴任され、幕末まで続きましたが、その板倉家の支藩に群馬県安中藩があります。

新島襄先生は安中藩の許可を得て川田甕江先生の塾に通う中に、備中松山藩が内貿易用に洋式帆船「快風丸」を買い入れ、江戸港から〇島港へ回船したとき、川田甕江先生の進言で安中藩の許可を得て、この船に乗り組み〇島へ上陸し、約1ケ月滞在しています。
(注:正確には途中であちこちに出ているようです)
自伝によるとこの船旅の中で初めて西洋文明に接し、その進んだ思想や文化に大きく惹かれたそうです。
彼もまた、新町通り界隈を闊歩されたに違いありません。
後に快風丸が江戸から北海道函館に交易のために航行したとき、安中藩の許可を得て乗り込み、夜半密かに函館港に停泊中のアメリカの汽船に潜り込み、上海を経由してアメリカのボストンへ密航したそうです。


写真1枚目は、「備中〇島へそ太鼓乱れ打ち」。
太鼓がまあまあ打てる人を捕まえて、「どんな打ち方でもいいんで、思う存分やってくれ」と言って、Y君が命名した「備中〇島へそ太鼓乱れ打ち」を披露してもらったシーンであります。
中々見せるし、聞かせる太鼓でしたよ。
新聞社やテレビ局から、「ヘソ太鼓の謂れや特徴を説明して」と聞かれた時は、さすがに慌てました。
「謂れも特徴」も、何も考えてなかったのでね。
だから、「コンセプトの『徹底的に、楽しくなんです』とケムに巻いておりましたがね。
「乱れ打ち」はY君の好きな「無法松」を歌った曲の歌詞からの引用でした。
Y君は日本人の男の中では「無法松」が一番好きな男です。
「吉岡大尉の未亡人に、恋焦がれていながら、実らぬ片思いを秘めて、彼女に徹底的に尽くす男」、そこに痺れっぱなしなんであります。
男はこうでなくちゃあね〜〜〜!!

2枚目は、商店街の役員と知り合いのショット!
参加していただいた方々は、みんな、底抜けにこのイベントを楽しんでおられました。
神社のまつりとか、地域の市民まつりなどと違って、「目」が違うのです。
「目」が生き生きとしているんです。「目」が笑っているんです。
これこそ、Y君が狙っていたものだったのです。

3枚目は、我が町の公民館の玄関先です。
シーズン毎に、綺麗な花を見せてくれます。
職員のみなさんがお世話をされているようです。
この花壇に、どれだけ多くの市民が、こころを和まされているか、計り知れない大きなものがあります。
昔から、役所には取り分け、こうるさいY君も、素直に感謝していることの一つです。

4枚目は、プランターに移植して間がないのか、あるいは「ポーチュラカ」の花そのものの開花が遅いのか解りませんが、小さな蕾のままでしたね。
Y君は昔、広島平和公園の中に、一面に咲いていた見事な「ポーチュラカ」が瞼の奥に焼きついています。

ヘソ談義が佳境に入る

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屁理屈まみれのヘソ談義が佳境に入ってきた。
隣町を天上の同名の彗星に乗って、手を翳して見るという発想が、自分ながら「お気に入り」だった。
反面、よくもここまで執拗にスケッチできたものだと言う感慨もあった。


太平洋の真ん中でへそ踊り」  倉本聰○○ファンの会事務局長 ○○△△
第32回
商店街の賑わいは商店街だけの問題ではなくて、その都市全体の盛衰のバロメーターでもあるのだと思っています。
商店街の再生は、それがどんなに困難な道であろうと関係者が手を取り合って真正面からぶつかるべき課題のように思います。次に人であれば「足」に当る部分を眺めてみましょう。

右足になるのが黒崎地区であり、左足になるのが乙島地区です。本文でも述べましたが、沙美海水浴場は日本で初めて海水浴場が設置された所です。
沙美が京阪神あたりにまで名前が知られるようになったのは、〇島の勇崎地区に生まれ若くして夭折した大正時代の作家、井出訶六の小説「新しき生へ」であり、松竹で映画化された同名の映画のヒットによると伝えられています。

この映画の上映ができないものかと、松竹やNHKライブラリー等に何度も尋ねましたがどこにも残ってはいないようです。
監督は牛原虚彦と言います。
西浜に続いて東浜でも人工なぎさ事業が計画されていますが、東西の海水浴場を含めた周辺全体の将来構想が描かれてもいいのではと思われます。
次に左足に当る乙島地区を眺めてみます。
ご承知のように乙島地区はE地区工業用地に内外の企業が進出し工業流通地帯となってきましたが、今又、その沖合の人工島の整備で瀬戸内海有数の海運による流通拠点になろうとしています。

このように〇島を上空から眺めると、「へその町・〇島」は21世紀に向けて可能性をいっぱい持った町だと改めて実感させられます。
それが可能性で終わるか否かは今の〇島人に課せられたテーマではないでしょうか。

話を「備中〇島へそまつり」に戻しましょう。
「へそ」についてこのように考えていくと、「へそ」は私たち人間にとってとても大切なものであるし、まちづくりに於いても大切なテーマであります。

まちづくりにおける「へそ」とはその町や地区で一番大切なものは何か?
何を一番大切にすべきなのか?を考えることであり、テーマが設定したらしゃにむに取り組む勇気と情熱(パッション)であります。

全国のまちおこしや地域活性化のモデルケースを学ぶと必ずと言っても過言ではないほどに、「気違い」の存在に出くわします。
どこの町でも新しく何かをしょうと思えば途方もないエネルギーと情熱が必要なのです。
いわゆる「気違い」にならなければ新しい事はできません。かってある書物で、全国各地のまちおこしのお手伝いをされています日本ふるさと塾の萩原茂弘先生の書物を読みましたが、先生は『まちおこしの材料は足元の中にある。自分たちの町の歴史や文化や人物、あるいは気候風土等を角度を変えて探したり見なおす中に、必ずその町のまちおこしにつながるテーマが見つかるはずだ。それを皆んなで大切に磨いていくとそれが大変な宝になっていく』と述べられ、事例として先生自身がお手伝いをされたいくつかの市町村の取り組みが紹介されていました。




写真1枚目は、商店街の中に有る信用金庫駐車場をお借りしての、『へそまつり朝市」の風景
2枚目は同じ朝市のブース。
信用金庫の歴史始まって以来の賑わいに、みんなが満面の笑みを浮かべていた。
主催者も信金さんも、お店もお客さんも、マスコミ関係者も、み〜〜ん〜〜〜な!!
出店いただいたお店は、Y君が職場の猛烈な妨害を撥ね退けて、ゼロから起した「ふるさとふれあい物産展」の常連の事業所の皆さんであり、二つ返事でとても好意的に出店していただいた。

この朝市こそ、Y君の得意中の得意な分野であり、「Y君流飛び石作戦」の典型であります。
と言うのは、説明すると、例えば「へそまつり」を企画した時は、「ヘソ踊り」、それだけでは絶対に終わらないということなんです。
へそ踊りがメインであれば、朝市を組ませるとか、大山永世名人の出身と言うところから、将棋が盛んなところに目をつけ、「へそまつりちびっ子将棋名人戦」を組むとか、次回に登場する「備中〇島へそ太鼓」を打たせるとか、「へそまつり写真大会」を企画するとか、さらに、この通りの出身の幕末明治の漢学者の家族にちなんだ「寸劇金色夜叉〇島版」とか、「へそまつり」の中から新しい何かを探し出して、毎年毎年、関連イベントを抱き合わせていくんですね。「点から面への弁証法的発展の理論」とY君は名づけているんです。(誰も知りません)
そうやって、「ヘソ踊り」に4重にも5重にも被らせて、単純なヘソ踊りをカバーしていくんです。

3枚目は「ヘソ軍団」の控室での様子。
3回目であり、軍団の参加者はワイワイガヤガヤと飲み食いながら、話に花を咲かせていた。
有る企業の方が、「夏祭りにも踊っているが、義務のようでちっとも面白くもないし、楽しいことなんか、これっポチもないが、このヘソ踊りは足腰が大変だが、楽しいのが一番です」と、にこにこと語っていただいていましたね。
そうなんです。Y君はこのヘソ祭りのコンセプトに「徹底的に、楽しく」と謳っていたのです!!
また、そこに、北の国のお師匠さんの哲学が隠されていたんですね!
初めてお会いした時に、語っていただいた、お言葉を断固として、自分の行動原理に組み込んでいたんです。
23年も前の先生のお言葉だったんです。すっぽんよりもしつこいんです。(もういいとの声あり)

さあ、投稿して顔を洗い、ウオークに行ってこよう!!

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今朝は5時31分に家を出て、途中から山に向かい、山には6時17分に着きました。
ざ〜と見て回り、さやえんどうを摘んで、6時40分に山を離れ、7時5分に帰ってきました。
合計で1時間11分のウオークとなりました。
山が雑草の天下になりつつあり、「どげんかせんといかん」とは思いつつも、思いつつあるだけで毎日を過ごす、グータラ菜園家なんであります。

「太平洋の真ん中でへそ踊り」  倉本聰○○ファンの会事務局長 ○○△△
第31回
陶地区周辺で焼物(陶器)が楽しめる場があってもいいのではと思っています。
陶地区を頭にすると顔はまさに新倉敷駅を中心とした区域です。
駅の北口周辺は行政当局の懸命な努力で〇らしき〇〇大学の開学を期に町並みが大きく変わりつつありますが、肝腎の駅前地区(南玄関)は土地区画整理事業と言う制度上の制約もあって今だにどのような「顔」になるかが不明確なままです。
新幹線駅という絶好の交通拠点に位置する新〇敷の駅前は〇敷市43万市民のといえばおおげさとしても、〇島地区6万4千人の市民の財産であるはずです。
「〇島の市民が誇りにできる顔づくり」は自治体だけでできることではないと私は思っています。
次は両手ですが、それは山陽本線に新幹線であり、それに加えての山陽自動車道であります。
腕や手は物を掴んだり離したりしますが、まさに山陽本線や新幹線は全国各地の遠来のお客を招いたり送り出す力を持っています。
それに加えて、山陽自動車道の〇島インターは東西の拠点から中国自動車道の開通で山陰と四国をつなぐ中継点にあり、東西南北の中心(へそ)に位置しております。〇島の北の井原市や矢掛町では井原線の建設に取り組んでいますが、岡山県の中北部では鉄道や自動車道のインターは地域活性化の切札であり、のどから手が出る程の永遠のテーマでありますが、〇島は山陽本線に新幹線に山陽自動車道のインターを持っているのです。
岡山県下で新幹線を持つのは岡山市と〇島だけなのです。他の市町村や地域は「県南でない・山陽線がない・新幹線がない・インターがない・港がない」の無い々づくしの中で地域活性化に取り組んでいるのが現状なのですが、その羨ましい限りに広域交通網に恵まれた〇島がくすんでいるように見えるのは、岡山七不思議の一つと言われているのだそうです。
ハングリー精神が発展や向上のエネルギーだとよく言われますが、余りにも恵まれた環境からそのハングリー精神を失っているのかも知れません。
お互いに真剣に考えてもいいテーマだと思います。
次にお腹(へそ)に目を転じてみましょう。
お腹に位置するのはいわゆる〇島の市街部であり、商店街周辺であります。
前に申しましたように〇島は港町として形成された町であり、つい最近(昭和40年代)までは〇島はおろか旧浅口郡(旧〇島市・旧連島町・〇穂町・〇光町・〇方町・〇庄町・△島町)の中心だった町であり、大きな影響を及ぼしてきた過去を持っています。
残念ながら、昭和40年代後半からの大規模量販店の進出による流通革命と消費行動の変化は、結果として既存商店街や個々の路面店を衰退に追込み、市街部からかっての賑わいを失わせてしまいました。
もちろんこれは〇島だけの現象ではなく、全国共通の現象でありますが、昭和30年代まで続いた〇島市街部の賑わいを知る人は一様に残念がり、肩を落として昔の〇島を語り合っています。
エネルギーを蓄める場所(へそ)が力を失なえば全体の力が抜けるのも不思議ではありません。
よく識者から〇島全体が力を失いつつあると指摘されますが、市街部(へそ)から賑わいを失えば町全体が落ち込むのはこれも全国共通の現象になっています。



写真1枚目〜3枚目は、某公共放送の生中継の写真を並べました。
突然の「ヘソ踊り」に、この通りの皆さん以外に、通りにある銀行から、どっとお客さんが飛び出してきましたし、周辺の商店街からも、見物に来られていました。

昨日から今日・明日の記事は、Y君が最も自慢のスケッチなんです。
日本中を探し回っても、絶対にお目にかかれない傑作だと確信しています。
北の国の大先生が言われる、「創作の創」なんであります。
これには県の担当者がビックリされていましたよ。
Y君得意の「自画自賛の極」なんであります!!
オリンピックの金メダリスト達が得意げに語る、「自分を褒めてあげたいです」のコピーに、「ポチ」です。

4枚目は、今朝の山行きでの土産、「さやえんどう」
春に蒔いたので、収穫期間が短くて、雨不足もあり、もう、終わりを告げようとしている。
5枚目は、エンドウと卵を炒めたものと、パン。
雨が全く降らないので、えんどう君もみずみずしさを失い、骨っぽくなっている。

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