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1週間前にフェイスブックを開設したんだが、ブログは開設して6年になり、違いがだんだんと判ってきた。
どちらもネットでのつぶやきのようなものだが、違いが大きいなあ〜
ブログは原則として匿名で匿住所だと思うが、影法師のようにも思えるね。
Y君は元々が日記のつもりで開設したんだけど、いつしか時の政権や政治権力への鬱憤晴らしの言いたい放題や愚痴も書けたし、文章作りのトレーニングにもなっていたし、沢山の「お友達」を通じて様々に交流もできていたように思う。
フェイスブックは一番の目的が「友だち」を増やすことにあるようだけど、原則として「実名・実住所・実学歴」が求められているし、顔写真を公開している人が圧倒的に多いね。
でも、本人のコメントは数行の短い文章が多くて、何を言いたいのかが判りにくい事例が多いように思える。
情報の交換と言うよりも、コメントがほとんどなくて「いいね」をクリックしあっている場合が多いように思える。
だから、コメントも当たり障りがない場合がほとんどのように思えるなあ!
このあたりがフェイスブックにどうにも嫌悪感を覚えるのだが…………
フェイスブックに出したY君の顔写真。
ブログに素顔を晒すのはどうか?と考えたのだが、先だっての高校クラス会の集合写真で素顔をバラシてしまったし、フェイスブックでも暴露したのだからと恥ずかしさを抑えて公開することにした。
今日、倉敷のある団体に挨拶に伺ったんだが、団体のトップさんから「Yさん、ブログに書かれている通りに顔が真ん丸になっていますね〜」と言われた。 こうして自分の顔を見ると、小学校から高校までの思春期の頃の尖がったというか、大きな目を剥いた精悍な顔が懐かしくて堪りません!
水原弘の持ち歌に大好きな「黒い落ち葉」という名曲があります。
もちろん中村八大作曲ですが、その歌詞の中に「俺にも若さがあったのさ、落ち葉の歌はブルース」というフレーズが大好きで唄いまくったのでありますが、Y君にも尖がった顔の時代があったのでございます!
なぜか小学校から高校までのアルバムを無くしてしまっているので、頭の片隅にぼんやりと残る自分の顔が幻のように思えています。
大昔の長谷川伸の名作時代劇「瞼の母」で、もの心がつくかつかない頃に母親に置き去りにされて、ヤクザ稼業に身をやつした中村錦之助が、やっとのことで探し出した母親・木暮実千代に「こうして上の瞼と下の瞼をぴったりと合わせりゃ、やさしかったおっ母さんの顔が浮かんでくるものを…………」と、手で涙を拭いながら語りかける名シーンがありますが、Y君はアルバムを無くした自分自身の愚かさに頭を拳骨で叩くだけであります。
また、話が逸れるのだが女優木暮実千代さんは、Y君が中学の頃参議院選挙の応援でわが町の駅前で、マイクを取って応援演説をされたことがあります。
有馬稲子の時と同様にやはり授業を抜け出して駅前に一目散でありました。
映画で見たとおりのふくよかで色白のきれいな女優さんであり、その実物を見た途端に大ファンになっていましたね〜
「陽のあたる坂道」(?)に、裕次郎の母親役にもなっていたように思います。
いや、母親役は轟夕起子だったかなあ〜〜??
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