新聞を開くと、国際面に今日は「クルド独立の夢 失ったいま」という大見出しで「国を持たない最大の民族」と呼ばれるイラク北部のクルド族の民族問題が詳しく論じられていた。
かつての日本陸軍は東南アジアから南太平洋の島で戦端を開くことに際して、「これらの国々の民族独立のお手伝いをするためだ」と口泡飛ばしていたことを思い出した。
思い出したと書いたが戦後の論壇でも盛んに論じられていた便法だった。
戦後でもフィリピンでもインドネシアでもパキスタンでも特定の民族の独立が新聞を賑わせてきたし、今でも西南アジア・中央アジアや中近東やバルカン半島でも独立を巡る戦闘が繰り返されてきた。
アジアの極東に位置する日本では、敗戦直後に戦前からの党派が一時声を枯らして「民族の独立」を歌っていたようだが現在では全く消えてしまっている。
昔、初めて北海道に旅行した時にアイヌ人の集落を訪れたが、昔からの語りのような歌と踊りを見せてもらったが、民族問題と言う政治性のある雰囲気はなかった。
ところが、この日曜に決戦を迎える沖縄では民族問題はないのだろうかと考えた。
選挙の争点は一方は「米軍基地の移設を許すな」と叫び、片や「沖縄の経済発展を進めよう」というスローガンが飛び交わされているものの、大相撲のがっぷり四つの試合とは程遠くすれ違いにおわっているのが現実のように見える。
昨日だったか前知事の奥様が涙を流しながら訴えていた演説の中に「ウチナー・ウチナンチュ・ウマンチュ・ヌチかぎり」とかいう言葉が何度も叫ばれた。
これらは「沖縄・沖縄の人たち・みんなで・命のかぎり」と言う沖縄語なんだそうだ。
これは沖縄の長い歴史を考えると、秋田弁とか東北弁とか岡山弁とか熊本弁と言われる日本の各地の方言とは異質の言葉に思えた。
私は前知事夫人の言葉は沖縄弁と言う方言ではなくて、「沖縄民族の固有の沖縄語であろう」と思った。
沖縄が日本の各地とは異質の沖縄であるためには、沖縄県を越えるべきであろうとも思った。
日本の遥か南のインドネシアの東端に位置する小さなティモールでインドネシアからの独立の声が大きくなり、迫害に負けずに戦って多くの犠牲者を生みながら独立を果たしたのだが、日本の女性が映画にしたフィルムを観たことがあるが、涙が流れて溢れ出しことがある。
よそ者が無責任なことをと叱られることを覚悟して書いてきた。
世界中で民族の独立の闘いが続けられている。
今こそ、沖縄の人たちは沖縄の独立の旗を高く掲げ、米軍基地の撤廃と沖縄全島の活性化のために戦略を立て直すべきであろうと思います
その運動をサポートするのが、戦争中から沖縄だけに犠牲にさせてきたヤマトンチュの果たすべき使命であろうと思います!
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