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心に感じた

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新聞・テレビ・本などから、私なりに感じた事を、、、、
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摩訶不思議な感情

以前、大作家の方の話を聞いて、、ちょっと納得できたことがあります

人間の心の深い深い部分には、深い悲しみや怒りや寂しさがあるものだ
それが時々、急に湧き上がってきて悲しくて嗚咽して泣くことがある

その時は、子供の様に思いっきり泣きじゃくればいいのですと、、
私も時々襲ってくるような感情は不思議でした

私は楽しく趣味など楽しんで暮らしている
夫も元気に働いてくれているし、幸せにくらさせてもらっている
子供達もそれぞれの人生を送ってくれている

特に心配することもないはずなのに、どうして無性に不安になったり悲しくなったり
するのだろうと、、そういう気分になったときは

きっと心の深い所から湧き出てきたんだ、、遺伝子的な脈々とつずいてきた物が出てきたんだと思います
そう思うと「そうなんだ、、」と思って、今の感情のままにくらします
しばらくすると普通に落ち着いた気持ちで暮らせます、、摩訶不思議な感情ですね
人間の緻密で繊細な部分でしょうね、、素晴らしいです人間って
60歳のわたしですが、、時々無性に大泣きしてスッキリしています

人間関係について

人に期待すると痛い目をみる。

今までの人生経験で、そう学びました。

それは、友達だけじゃなく、親子でもそうなのです。
そして配偶者も同様。

そういう人生は寂しいと言われる方もいるでしょうが、
事実ですし、人は本来寂しい生き物なのです。

何をするにも一人。
誰かがいたら、それはラッキーなこと。

そう思えば、失望もしません。

人は一人でうまれ  一人で死んでいく

「あるコメントより」

父の死について、、、

 

  実父が逝って1ヶ月過ぎた

  数えで94歳になっていた

  言ったら大往生と思う

  弟から電話がきて慌ててタクシーに乗った

  弟だけが最後を看取れた

  8年間も介護していた弟が最後を看取れて良かった

  父の死は淋しく悲しいはずだけれど、、

  私たち姉弟たちは、父が辛い治療から解放さて良かったと、、

  きっとその思いは私だけではないだろう

  胃ろう治療の話が出ていた、どうしたら最良なのか悩んだ

  やっぱり胃ろうしかないと思っていた

  そうしている内に、父はインフルエンザと軽い肺炎にかかってしまった

  それが治らないと胃ろうの手術は出来ないと言われた

  それから数日後に、父は逝った

  きっと、「胃ろうはしなくて良い」「胃ろうの手術は拒否する」

  だからインフルエンザ・肺炎になって父の意志を通したのかも、と思う

  病院嫌いの父らしいと思うと、、これで良かったのかも

  死んだとたんに父は大好きな母の施設に飛んで行っただろう

  すべて自由になって喜んで大好きな母に四六時中くっ付いていられる

  なんなら母の胎内に入って一体化しているとも想像している

  施設に居る時も、いつも車いす同士で並んでいた

  父は母の手に自分の手を添えて、常に一緒だった

  なんか最後の入院前の数カ月の父は母と同じ施設に入れた事を喜んでいた

  施設も拒否していたのに、母と一緒で喜んで涙を浮かべていた

  なんか羨ましいくらいだった

  今の父は、母と離れていた入院生活よりも、母の側に居られて幸せかもしれない

  そう思うと、、時々思い出して涙がでる私も、これで良かったと安心できる

  父に対して後悔先にたたずと思う事は沢山あるけれど、、、



  
  
  


  

死ぬということについて


人間は食べないから死ぬのではなくて、死ぬから食べなくなるのだと思います。。特養で勤務させていただいており、人の死について考えさせられること、気づかされることが多々あります。
餓死させるのではありません。食べることがもう苦痛なのです。
枯れて死ぬ。自分で死ぬ準備ができる。それを強制的に引き伸ばされるとしたらそれは不幸なことと私は思います。

ただ、命を長らえさせることに何の意味があるのでしょうか。少しでも長生きして欲しい。ご家族の気持ちはよくわかります。でも私は自分が自分であるうちに死にたいと思います。チューブに繋がれ起きているか、眠っているかわからない状態で何年もいたくありません。食欲のない日だってあります。無理やり胃や腸に栄養を流し込まれたくありません。胃瘻にしても誤嚥はあります。
他人に、家族にだって見られたくないものを何度も見られたくありません。

会っておくべき人が来るまで待っているなど死ぬ前はある程度思う通りの死の準備ができる。そのようなはからいがあると思えてなりません。

「もう死なせて」、「災害が起こって、避難するようなことがあっても私はこのままにしておいて」口の聞ける入居者様が言われたことです。長く生きることが幸せではないと思います。どう生きたかが大事なことと思います。

ネットから引用

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