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東日本大震災の被災地は、今年発生から丸5年となる節目の年を迎えます。26兆円の復興予算を計上した5年間の集中復興期間が3月で終わり、その後は「復興・創生期間」として、さらに5年間の新たな段階に入るということですが、いまだに大震災と原発事故による避難者は約18万2千人(15年12月復興庁調べ)。このうち東京電力福島第1原発の事故で、故郷を失った人や自ら避難した人の数は、10万人以上と言われています。国が指定した危険区域は別にして、福島県から避難した人たちの帰還をすすめていますが、果たして、本当に安全となったのかどうかは、専門家の間でも意見が分かれている状況に変りがありません。
一方、この5年間、自主的に放射能の除染を行い、自分たちの地域の再生に多くの市民やボランティアが努めてきました。そのひとつであるNPO法人地球環境共生ネットワーク(U-ネット)は、震災後ただちにEM災害復興支援プロジェクトを立ち上げ、福島に住む人々と共に実証実験を積み上げてきました。このプロジェクトは、EMボランティアと世界から寄せられた寄付金によってまかなわれて、現在約50の事業が行われています。
また、ベラルーシ国立科学アカデミー放射線生物学研究所では、チェルノブイリ原発事故以降、EMの放射性物質に対する影響や被ばく障害の軽減に関して長年研究しており、今回は同研究所のチェシク・アナトリィエヴィチ所長とアレクサンダー・ニキティン博士が研究報告を行いました。
また、放射能を含む酸化ストレスがDNAを傷つけ、ガンの発症リスクを高めるとして、リスクを減らす研究を進め、「内部被ばくさせたラットにEM製品を飲ませると、血清中の抗酸化の指標であるスルフヒドリル基が有意に増加、酸化ストレス指標である血中のTBARS濃度が抑制され、EM製品が内部被ばく障害の軽減に有効に働く結果が得られた」と報告しました。
さらにEMの持つマイクロコイルを通り抜けると、電子の流れが整えられるという整流効果が、EMの蘇生エネルギーの核心だとして、この分野の研究は、世界でも入り口に入ったレベルと解説しました。「微生物の世界は、自然界のダイナミックな動きに調和していくもので、研究室での解明は難しい。EMを信じ、時間をかけて向き合い、絶望的な状況を変えてきた被災地のみなさんとそれを支えてきた大勢のボランティアのみなさんに心から感謝したい。成功するまでやり切り、福島、そして日本から地球の環境を再構築していきたい。それは必ず実現する」と結びました。
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◆連載「新・夢に生きる」 第102回 環境フォーラム『うつくしまEMパラダイス』2015の成果 http://www.ecopure.info/rensai/teruohiga/yumeniikiru102.html
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◆連載「新・夢に生きる」 第102回 環境フォーラム『うつくしまEMパラダイス』2015の成果 http://www.ecopure.info/rensai/teruohiga/yumeniikiru102.html ■アレクサンダー・ニキティン博士の研究■
チェルノブイリ原発警戒区域から採取した土壌をよく混合し、その土壌66gをカラム(密閉容器)に詰め、10-15日間隔で100mlの様々な溶液を添加し、このカラムを通過させた。
●施用した溶液 水、酢酸(pH=2)、EM1%希釈液、EM10%希釈液、無処理区(対照区)。各処理は、3反復。 カラムを通過した溶液中のセシウム137を測定(ベクレル値)。予想したように、低いpHの酢酸で土壌を洗浄することで、セシウム137の移動が有意に増加した。酢酸は水と比較して、土壌から3倍以上のセシウムを浸出。一方、EM1%希釈液は、水と同程度であり、より濃度の高いEM10%希釈液では、抽出液中のセシウム137が増加した。溶液で処理後の土壌検体中に残ったセシウム137は、酢酸で処理したものが最も低くなっていると推測されたが、実際にはEM処理した土壌で最も低くなっており、約20%のセシウム137が対照区と比較して減少していた。 <2016年1月12日>
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2016年02月28日
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EMの誕生秘話 :http://www.em-seikatsu.co.jp/about/story.php
http://www.em-seikatsu.co.jp/about/img/story/cap01.jpghttp://www.em-seikatsu.co.jp/about/img/story/img01.jpgEM開発者・農学博士
比嘉照夫 1941年、沖縄県生まれ。EMの開発者。農学博士。名桜大学付属国際EM技術研究所所長。琉球大学名誉教授。アジア・太平洋自然農業ネットワーク会長、公益財団法人自然農法国際研究開発センター評議員、NPO法人地球環境・共生ネットワーク理事長、農林水産省・国土交通省提唱「全国花のまちづくりコンクール」審査委員長。著書に「地球を救う大変革」「新・地球を救う大変革」「甦る未来」(サンマーク出版)、「新世紀EM環境革命」(綜合ユニコム)、「微生物の農業利用と環境保全」(農文協)など多数。
http://www.em-seikatsu.co.jp/about/img/story/cap02.jpgEMの開発者である比嘉照夫氏は、1941年、太平洋戦争が開戦した頃に沖縄で生まれました。幼少期は戦後の食糧難であり、大家族の食べ物を確保するため、積極的に農作業を手伝ってきました。この当時の経験が、比嘉氏を自然と「農業」に向かわせることになります。 「農は国の基なるぞ」という信念のもと、農業の発展・食糧増産を目指して農業技術者・指導者を志し、九州大学で農業(園芸果樹)の研究を進めていました。 農薬や化学肥料、ホルモン剤、微生物資材など、あらゆるものを試しながらミカンの品質向上を目指して、日々研究に明け暮れていた比嘉氏。研究を続けているうちに、自身の体調がどんどん悪くなり、気づけば農薬中毒になっていました。 本来、健康につながらなければならない食物が、病気を誘発し、自然も破壊していることにショックを受けました。 考えを一転し、農薬や化学肥料に頼らない農業をしようと、微生物の研究に着手。星の数ほどもある微生物の中から、「口に入れても安全」「環境を汚さない」などの安全条件をクリアした微生物を選別し、研究を進めました。 病原抑制力が強い微生物だけでは、作物が病気にならないが味がいまひとつで収量が少ない。植物の栄養となるような物質を合成する能力が高い微生物だけでは、おいしくなるが収量が少ない等、一長一短の効果しか得られませんでした。 なかなか研究が上手く進まない日々。ある日、出張先から研究室に戻ってきた比嘉氏は、研究室付近の草むらの一部が異常に生長しているのを目撃します。そこは、当時研究していた、安全性の高い微生物色々混ざったものを撒いた場所でした。 その時に、現在のEMにつながる「微生物の組み合わせ」という発想が生まれました。 当時、「嫌気性(空気を嫌う)微生物と好気性(空気を好む)微生物は共存しえない」というのが微生物学の定説でした。そして、自然界における土壌では、作物を枯らせたり病気にさせる有害な菌が優占するか、分解型の菌が優占するかのどちらかしかないと考えられていました。 しかし、比嘉氏は目の前に起こった現象を真摯にとらえ、土壌を発酵型にする、微生物の最高の組み合わせを研究したのです。 試行錯誤を繰り返し、やがて「作物がよく育ち、病気にもならず、収量も増え、味も良くなる」という微生物の組み合わせを発見しました。それが乳酸菌・酵母・光合成細菌が中心となり、有用な微生物が共存したEM(有用微生物群)です。 1982年に実用化されたEMは、当初、農業への応用から始まりましたが、現在では生態系の復活や健康・医療・建築・災害対策など、幅広い分野に応用されています。(活用事例を見る) |
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平成28 年度 EM 技術懇談会を福島県内3会場で開催します
3.11東日本大震災と東京電力福島第1原発事故による放射能汚染から5年。被災した地域の復興支援の一環として年3回、環境改善や農業の復興に熱意ある方々を対象に実施して来た技術懇談会を今年も下記の日程で開催する予定です。これまで自主的に除染活動をすすめてきた福島の、今後さらなる取り組みとこれからを展望します。
(開催予定)
・4月 16日(土) 南相馬市
・6月 4日(土) 福島市
・8月 27日(土) 田村市
※このほか、福島県内各地での勉強会も予定しています。
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