化学物質に過敏。食材はEM育ち。 ∞いのちはつながっている∞

■6000ベクレルを越える放射線量もEM使用で、検出限界値以下■心臓は1%機能しなくなっただけで25%が機能不全に

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◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/02/22 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」
 -そこまでやるか、EM叩き- 


 
第14回 なぜ、朝日新聞を問題にするのか?
・「効果がない」とのデマを執拗に拡散
・ボランティアへの妨害、許すまじ!

◇なぜ、朝日新聞のEM批判記事を問題にするのか、記者の行動基準に著しく反する行為だからというのは前回、書いた。やってはいけない取材ぶりだった。私も長年、新聞記者をやってきたが、こんないい加減で危うい記事は見たことがない。そう感じるのは私だけではなく、他社の記者仲間も、「(朝日記事は)一発アウトだ」とため息をもらすほど、酷いものだ。こんな記事が許されるのなら、大昔の発言をあたかも取材に応じたかのような「談話」ひとつで、だれでも世の中から葬り去ることが可能になってしまうではないか。
 NEWSなのだから、今を伝えるべきで、5年前の発言を無断でひっぱりだしたり、タイ政府の今日のEM導入事例を調べずに、20年前の古い証文をかざして「効果がない」と問題にするのである。それだって、「効果がない」というよりは他の肥料と変わりはなかった、というレベルのものだ。タイ政府は、その実績や効果によってEMを国策として採用している。

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:比嘉照夫氏がタイのシリントーン王女から称号を授与されたー『健康生活宣言』から

◇新聞は第4の権力
新聞は、事実に基づいた記事を心掛けるべきで、あくまで公正、中立でなければならない。朝日新聞のOBでキャスターだった筑紫哲也氏が、いみじくも危惧したように、記者個人が自分の持っている権力、影響力を恣意的に行使した時に、だれもそれを押しとどめることはできないのである。新聞は、第4の権力である、それを自覚するのならば、朝日新聞はこの記事の問題を認めて公式に謝罪すべきだ。そうしなければ、新聞記者とツイッターという結託による新たな報道被害の典型としてのちのちまで問題視され続けることになるだろう。新聞という権力が、そこまでやるということは、朝日新聞の問題ばかりではなく日本のメディアの存亡にも関わる重大問題なのである。こんなことがまかり通れば、メディアの信用が著しく棄損するほか、なにをやっても許される極めて危険なメディア状況を作り出してしまう恐れがある、というものだ。


◇ボランティアの活動を妨害
 もうひとつ私が懸念するのは、見返りを求めないボランティアの方々のEM活動が、事実と違うデマ情報で妨害されているからだ。EM批判のその特定グループには、ボランティアの活動すらオウム真理教と同列の危険なカルト団体として危険視し、弱みにつけこむ悪徳商法などとして排斥する大学教員も複数いる。こんなことは断じて見過ごすことはできないのだ。
私個人も攻撃にさらされているが、どんなに生活周辺が脅かされたとしても怯むことはできない。事実を事実として書いていくことが、もはやその大半は高齢の域に達しているが、その尊いボランティアの方々を守ることに通じると確信する。私のメルマガで勇気づけられた、というメッセージをたくさん頂戴している。
彼らが、「ニセ科学」をテーマにした討論会で、欠席裁判的な手法でEMを糾弾している。雑誌では間違った記事を垂れ流してEM批判をやっている。また日常的には、ツイッターというソーシャルメディアを使って誹謗、中傷を繰り返しているである。

◇「EMは効果がない」というデマ情報を拡散
 それらの背景を取材すると、まず比嘉照夫氏に取材もせずにEMを貶めるような記事を書いた朝日記者と、EMを潰そうとする特定グループが結託していることが明らかになってきた。ネットの裏に隠れて仲間が匿名でありもしないデマを流す。匿名だから、誰が発信したかわからない。このデマの類の一次情報を、特定グループが示し合わせたようにリツート(転載)して拡散する。それらを日々、何度でも繰り返すのである。
 なかでも卑劣なのは、「EMは効果がない」という発言だ。函館の大沼で実施したというEM投入による浄化試験は「効果が頭打ちになって中止した」ーというのは虚偽以外のなにものでもなかった。北海道庁の元部長の依頼で枯葉をEM処理したが効果がなかったーという論文も、いくら調べてもそんな事実は浮かんでこなかった。後者の記事は、著名な大学名誉教授の名で季刊誌『理科の探検』に載った。
そもそも枯葉処理の実験に使ったというEMはどこから持ってきたのか、それがどのくらいの量が使われたのか、またどこで実験をしたのかなど、その細部を確認してみたが奇妙なことに、その詳細についての合理的な説明がなかった。その後、EM研究機構で事実関係を問い合わせているが、なしのつぶてだという。
EMによる枯葉処理の一件は、雑誌に掲載された後、記事のコピーが、全国の自治体の一部やEM推進団体宛てに郵送で、「EMの効果は否定されている」と言ったコメント付きでばらまかれた。発信者は、千葉大学の名誉教授だった。この教授は『理科の探検』の編集委員の一人として名を連ねているのである。『理科の探検』の編集長は、法政大学教授の左巻健男氏で、左巻氏はもっぱら、EM批判を展開している。事実が疑わしい記事を載せたのがEM批判の左巻編集長で、そのコピーを左巻氏の雑誌の編集委員がばらまく、という構図から、筆者と編集長、それに編集委員の彼らはどこかでつながっているのではないか、と疑いたくなる。

◇JSTが、左巻編集長の雑誌の記事を削除
 枯葉処理の論文は、文部科学省関連のJST(科学技術振興機構)が運営するサイエンス・ポータルにも一時掲載されていたが、すぐに削除された。それは賢明な判断だった。左巻氏は、JSTのこの対応にかみついていた。
サイエンス・ポータルは、その創設期に委員として参加した。最新の科学情報を今に伝えるーことを編集の理念に据えたが、政党批判や個人や団体を中傷するような内容のものはご法度で、JSTの理念やスタンスになじまないのは言うまでもない。

◇集団的なイジメより威力妨害?
 批判は、するな、とは言わない。言論の自由なのだから大いに議論するのはいい。それぞれに立場があるので意見の対立もあろう。が、問題にするのなら、事実に基づいて堂々とやることだ。教育者が、ネットで他人を傷つけるような投稿をするというのは問題だろう。教員がそんなことをやっているのだから、学校でのイジメはどうして防げるのか。教職と言う立場をわきまえる必要がありそうだ。
デマや嘘をリツート(転載)するというのも由々しいことだ。朝日記事に端を発した一連のEM排斥の言動は、これは集団的なイジメの域を超えて、もはや威力妨害にあたるのではないか。
EMの活動が、どんなものか、批判する特定グループはその辺を理解していないようなのだ。その一端に触れれば、それが神田外語大学の准教授がいうところの「悪徳商法」というのはデマであり、国立天文台の准教授が騒ぎ立てるような「詐欺的ビジネス」というのも事実無根であることはすぐにわかることだ。

◇EMボカシネットワーク
 前置きがながくなったが、これから数回にわたって、EMを活用している現場から報告しようと思う。次回は、全国的に広がるEMボカシネットワークのひとつで、EMボカシやEM団子をつくる茨城県石岡市の授産施設「光風荘」の取り組みを紹介する。
震災からまもなく5年、EMで立ち上がった宮城県の農家も事例も取り上げる予定だ。

 ≪次回に続く≫

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150716.php

第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150805.php

第3回:EM攻撃は朝日から始まった
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150909.php

第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150924.php

第5回:国立天文台執行部が下した決断
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150926.php

第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151019.php

第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151101.php

第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151111.php

第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151118.php

第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151127.php

第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151209.php

第12回:朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151226.php

第13回:第4の権力、恣意的に行使されたら-筑紫哲也氏の憂慮
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160220.php

◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/02/20 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」
 -そこまでやるか、EM叩き- 


 
第13回 第4の権力、恣意的に行使されたら-筑紫哲也氏の憂慮
・朝日の記者行動基準に反した7つの言語道断
・朝日新聞本社、記者を注意したのなら紙面で謝罪を!

◇朝日記事の検証をもう一度
 2012年7月に報道された朝日新聞青森版のEM批判記事について、検証のおさらいをしてみたい。朝日新聞の大先輩が、取材の重要性をいくら強調しても現場記者にその真意が伝わらないのは、残念なことだ。
 文章論といってもその要諦は取材にある。勝負は取材、でなければいい文章はかけない、とは疋田氏の遺言だった。“疋田飯場”のDNAはもはや引き継がれていないのだろうか。
朝日、長野剛記者のEM批判記事は、疋田氏が厳しく戒めた(1)安易なレッテル貼り(2)予断が多い(3)決めつけをし過ぎる-という3点を破っているうえ、その取材の多くは「朝日聞記者行動基準」に反したものだった。
記事中の「疑似科学に詳しい科学者」と権威づけした学者二人は、EM批判の急先鋒的な立場にあり、長野記者とはかねてから親しい関係にあった。そのきわどい長野剛記者の取材ぶりを点検してみた。

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 DND編集長、ジャーナリスト  出口俊一

◇記者行動基準に反する行為

朝日元青森総支局の長野剛記者の取材方法について、朝日新聞記者行動基準に照らしてみようと思う。【 】内は記者行動基準に明記されたもの。その結果は、ひどいものだった。まず、「取材方法」から。

(1)「取材方法」
 【当事者に直接会って取材することを基本とする。特に、記事で批判の対象とする可能性がある当事者に対しては、極力、直接会って取材する】。
評価は、行動基準に反するので「×」
※長野記者は、批判する比嘉氏に反論の余地を与えず、取材をしていない。申し込みすらした形跡がないのだ。それで比嘉氏の「コメント」を記事の都合のよいようにでっち上げる卑劣さだ。こんなことが許されていいはずがない。朝日新聞本社は、謝罪を口にするが、紙面での訂正はしていない。加えて、記者本人は「注意」されているのにもかかわらず、まったく反省の色すら見せていないうえ、問題を指摘されてからもEM批判の特定グループの討論会などに複数回登壇してEM批判記事を話題にしていた。

(2)「インターネットからの取材」
【その際、情報が古くなっていないかを確認する。ホームページから引用する場合は、記事にその旨を明記することを原則とする】
 評価は、これも行動基準に反するので「×」
※長野記者が使った、比嘉氏のコメントは、記事する5年前のネットから引用したものだった、という。「引用に伴って出典元を記載していない」のは致命的なミスで、新聞業界ではそれを剽窃といって厳しく咎められている。引用したのは比嘉氏の著作物から、1行ちょっとの16文字で、それを捉えて「独自理論」と決めつけていた。それを仲間の科学者に、「原理は物理的にナンセンス、非科学的」と言わせ、それをそのまま見出しに仕立てて、世間や一般読者に「EMは非科学的」という誤った認識をふりまいた。それを仲間らが一斉にネットで拡散したのである。その文節の冒頭にある「関英雄先生が確認した」という、そのよってきたる根拠についてはバッサリ削っていた。これはEMを貶める罠のように思えてくる。

(3)「記事内容の事前開示」
【取材先であっても、原稿や記事を掲載前に開示しない。編集への介入を招いたり、他の取材先の信頼を損なったりする恐れがある】
 評価は、行動基準に反するので「×」
※長野記者は、ツイッターでEM批判の記事を掲載することを事前に流していたことが判明している。記事になったのが2012年7月3日付朝刊の青森版だが、長野記者はその1ケ月前の6月7日には「昔は県庁でEMにはまりかけた例があったらしいけど、未然で治まったそうです。(これは良かったですが。)なにか、県内にとっかかりはないものか)」とツイートした。
6月19日には「先日、このEM検証シンポをリードした土壌肥料学会の先生とお話した。EMが諸外国にも輸出される中、日本としてきちんと検証しておかないと、外国から信頼を失う、と思われたそうです。近く、記事化します」と取材の手の内を明かしていた。
 7月1日、記事になる2日前には、「だいぶ前に近く載せます、とツイートして久しいEM記事。やっと載せてもらえる目処が立ってきて、私もホッとしているところです」とツイートすると、ハンドルネームの「呼吸発電」が「お知らせありがとうございます。東京EMサミットと全国一斉投入の日が迫っています。EMの暴走に釘を刺したいですね」と応じた。この辺からEM批判に伴うデマ情報がにわかに拡散されてくのである。

(4)「公正な報道」その1
【原稿はもちろん、取材メモなど報道に関わる一切の記録・報告にも虚偽や捏造、誇張があってはならない】
 評価は、これは記者行動基準に疑問符なので「▲」
※長野記者からの電話取材で、違うことが書かれた、と、青森県庁の担当者が証言した。記事では、沖館川の実地調査の結果が「改善確認されず」と誇張された。県の担当者は、「明瞭な傾向が確認されなかった」と言った。むしろEM投入によってヘドロが一時的にも全地点で減少し、悪臭も緩和されたのだ。が、夏場にはその数値が増加に転じる傾向もあったため、(EMによってヘドロが減少するという)明瞭な傾向が確認できない、と説明しているのであって、ヘドロの減少がEMの効果なのか、どうかについて県の担当者は慎重な構えを崩していない。この年は、台風の当たり年で、その影響もあったのかもしれない。
いずれにしてもEMの効果を否定するものではないことは確かだ。取材は、電話だったらしい。国内外のEMによる河川浄化の事例や業績には目もくれず、青森県のそれも河川のヘドロ調査の断片をほんのひとつまみして、「EM菌効果『疑問』」というトップの見出しに仕立てた。7月11日付続報では、「科学的効果疑問のEM菌」とエスカレートし、過度に追い打ちをかけるような記事になっていた。それ以来、ネットで盛んに「EMは非科学的で、効果なし」というデマが執拗に喧伝される事態になった。

(5)「公正な報道」その2
【記事が特定の個人や法人などを批判したり、意に沿わない内容になったりすると想定される場合、その当事者の主張や反論も十分、取材したうえで、掲載すると時は、読者にもその主張や反論が明確に伝わるように努める】
 評価は、記者行動基準に反するので「×」
 ※長野記者は、そもそも批判相手の比嘉氏に取材をしていないのだから、批判する比嘉照夫氏の反論を載せられるわけがない。極めて公正を欠いた記事だった。長野記者は、7月3日に記事が出たあとになって、沖縄のEM研究機構の当時係長に対し、以下の3つの質問に本日中に答えてください、とメールした。その質問はあまりに抽象的で担当者は、回答に苦慮した。しかし、またそれがまた歪められる懸念があるので取材の目的を確認したが、回答がないので、長野氏への回答はためらった、という。その質問もどこか、ぼんやりして意味がつかみにくい。たぶん、植物に触れたことがないのであろう。
 質問の1は、貴機構は、EMぼかしなど、EMによる農業資材により作物の成長はどのように改善するとお考えですか?
その2は、それはどのようにご確認されましたか?
その3は、貴機構の主張にもかかわらず、土壌肥料学会の報告のような結果がでるのは、なぜだとお考えですか?

 さて、土壌肥料学会の報告では、として長野記者は、1996年の土壌肥料学会のシンポジウムの資料を引き合いに、タイ政府がEM菌の検証研究をした結果、EM菌以外による肥料と変化がないことが示されている、というのだ。つまりEM菌の効果を検証したところ、その効果が明確ではなかった、という指摘だ。長野氏が取り上げたものは20年前の古い情報だ。現在のタイ政府のEM活用の状況をまったく知らないのだ。国を挙げてEM活用を徹底しているタイ政府の現状を知らずして、よくもまあ、こんな愚問を投げかけるものだ、とEM関係者は、あきれている。取材姿勢とか記者の能力がどうかというより、この記者の人間性に疑問を抱いてしまう人は多いだろう。
(※参考:国策的にEMを活用するようになったタイ国)
 そもそもEMによる作物の成長はどのように改善するのか、という質問もどこかおかしい。具体的に何を指しているのかさっぱりわからない。作物って、いったいどんな作物を言うのだろうか。トマト、玉ねぎ、いちご、梨、アスパラ、ニラ、キュウリ、ニンニク、シイタケ、ナス、ホウレンソウ…作物といっても何百種類とあり、地域差もある。作物の成長はどう改善するのか? 相手の事情を考えずにメール一本で、無理難題をおしつける。次から次にと相手を困らせるような質問攻めをする。少しは事前に、自分で調べたらどうなのだろうか。
 そもそもこのような質問は記事を出す前に取材をしておくべきだ。その挙句、続報の7月11日の記事では、その末尾に「EM菌の効果を認めない多数の報告について、朝日新聞はEM研究機構に見解を求めたが、回答はなかった」と、自らの不始末を棚に上げて、その責任をEM側に擦り付けるのである。

(6)「著作と引用」
【記事の素材として、著作物から文章、発言、数字等を引用する場合は、出典を明記し、適切な範囲内で趣旨を曲げずに正確に引用し、引用部分は明示する。盗用、盗作は許されない】
 評価は、記者行動基準に反するので「×」
※繰り返しになるが、長野記者は、引用のコメントをについて出典を明記していないうえ、引用した文章の冒頭にあった『関英雄先生が確認した』の部分を削除しており、全体としても1行半の引用では意味がよくわからない記事になっている。まず、正確な引用とはいえない。このネットからの引用も現物からの引用ではなく、EMを批判している当時、長崎大学准教授(現文教大)、長島雅裕氏の資料を参考にしたとの疑いがもたれている。(長野記者は、否定)。直接面談して、このコメントは、どこから引用したのか、と質問したら、DNDサイトとか、なんとか、意味不明な答えだった。

(7) 「独立と公正」
今回の記事の問題点の中でも特徴的なのは、取材記者とEM批判グループの関係である。
 【特定の個人や勢力のために取材・報道してはならならず、独立性や中立性に疑問を持たれるような行動をとらない】
これは記者行動基準の基本姿勢にある「独立と公正」の項で示しているものだ。朝日新聞本社が「取材姿勢が不適切だった」と問題視しているのにも関わらず、その後もEM批判グループの討論会に登壇していたことは前に書いた通りだ。特定のグループ、つまりEMをニセ科学として貶めるグループの考えを代弁したような内容なのだ。
 EM批判グループの中心的存在の阪大教授、菊池誠氏を疑似科学に詳しい科学者として、この記事の中でEM批判をさせている。記事は、菊池氏の発言をうけて、EMは「非科学的」とレッテル貼りをやった。そもそも、「重力波と想定される波動によるもの」という取材なしで仕組まれたEMの効果に関するコメントだった。水質の浄化に関するEM効果について、比嘉氏は、「重力波」という言葉は使うことはない。長野記者は、それを「独自理論」と決めつけ、菊池氏が「原理的にナンセンス」と一蹴してみせているのだ。
EM批判が記事になったことについて、国立天文台の准教授、大石雅寿氏は、「菊池さんと長野さんの成果だね」とツイートした。大石氏はEM批判記事が出たその日に青森県庁にメールしたり、またEMから手を引けという意味の電話をかけたりしていたことが判明している。
 しかも、長野記者と菊池氏の関係は、これまでにもホメオパシー批判の取材でもタッグを組んだ〓功績“がある。菊池氏と長島氏の二人は、大阪大学大学院時代の師弟関係で、長島氏が教え子だ。長島氏は、「私がニセ科学の問題を単なる趣味以上のものにするきっかけになったのは、大阪大学教授の菊池誠さんのブログの影響が大きいです」と述べている。
長野記者と長島氏は、趣味の世界でも親しいと言われている。さらにEMを批判する国立天文台の大石氏と長野氏も”友達“で、長島氏は、かつて国立天文台に在籍していた。知人のジャーナリストは、菊池氏をトップに仲間の面々がこぞって仕掛けたEM潰し、集団リンチの様相で、組織的な威力妨害の臭いがする、と言った。
 特定の個人や勢力のために取材、報道してはならないと定めても、やろうと思えばなんでもできるのがメディアの怖さだ。新聞社には記者行動基準という“憲法”があるが、それを遵守しないとなると、そんな記者行動基準も虚妄に過ぎなくなる。

◇朝日記事による、報道被害の現実

 私には、朝日の記事に端を発したEM批判は、「集団的リンチ」、「組織的なイジメ」、「新手のサイバーテロ」のように映るのである。朝日新聞のEM批判によってどんな影響が起こったか。それを列記してみた。
1,青森県内の学校におけるEM活用が中止に追い込まれた。
2,膨大なデマ情報がツイッターで拡散され、「水質浄化に重力波?」、「詐欺的ビジネスだ」「オウム真理教と同じカルト教」などの風評被害が広がっている。
3,明治大学や諏訪理科大など大学で開催が予定された比嘉氏らの講演会が中止になった。背景に「効果が疑問のEM」,「ニセ科学だ」との誹謗メールが大学事務局に送られたことが判明している。
4,青森県庁に「カルト的なEMから手を引け」という意味の抗議が長野記者の友人から県庁に送りつけられた。
5,朝日新聞系列のウェブ論座などに青森版の朝日記事を引用したEM批判記事が、長野記者の友人のフリーライターから投稿された。
6,国会内の有用微生物群利活用推進議員連盟の会長や自治体の長に毎日新聞関係者から朝日記事などを使った妨害のメールが送られた。
7,EMイベントが妨害され、宮城県や福島市の後援名義が取り消される。
8,ジェトロの要請でロシアにEMが進出という地元の記事が出たことで、妨害のメールが地元新聞やジェトロに殺到した。
9,ツイッター上におけるEMを中傷、誹謗する投稿が、朝日記事がきっかけで連日、繰り返し行われる事態になっている。誹謗は、EMへの営業妨害から、比嘉照夫氏への人格的信用棄損にまで発展している。
10,比嘉照夫氏を誹謗するツイートが、「呼吸発電」というハンドルネームで、この3年間、毎日、執拗に繰り返されている。「呼吸発電」の人物は特定されている。
11,季刊誌「理科の探検」で、EM批判の特集が組まれ、事実と違う情報が流された。
12,EMを誹謗する講演会が岡山理科大で二年連続で開催された。講演者は、阪大の菊池誠氏、法政大学の左巻健男氏で、内容が酷すぎるという指摘に、大学側がEM研究機構に陳謝した。
◇筑紫哲也氏の憂慮
新聞は第4の権力であり、それが恣意的に悪用されたなら、「何が、だれがそれを掣肘(せいちゅう)できるのか」と、その特殊性や危うさ、難しさに言及したのは、元朝日新聞記者でニュースキャスターを務めた故・筑紫哲也氏だ。
それはピューリッツアー受賞のジャーナリスト、ハルバースタム氏著の『メディアの権力』の翻訳に携わった筑紫氏が、訳者まえがきに寄せた一文で指摘していた。
筑紫氏は、デモクラシーの下では行政、立法、司法の三権とその分立関係が憲法などで明文化されているが、それに対して第4の権力、新聞などマスメディアにはそのような規定がない。その意味で、きわめて特殊な権力だ、とその処方に戸惑いをみせる。
つまり新聞などマスメディアの、権力として巨大なシステムができあがってくると、その特殊性の故に別の問題が生ずると指摘し、以下のような問題を提起しているのである。

「他の三権の間には分立、相互抑制の制度的、法的保証があるが、マスメディアに対しては、そういうものがない。すぐれて個人的努力に負うところが多い営為なのだ」として、「その個人たちが自分の持っている権力(影響力)を恣意的に行使した時に、何が、だれがそれを掣肘できるのか」と訴えるのである。記者が、その影響力を恣意的に行使すれば、仲間と組んで第三者を貶めたり、犯罪者扱いにしたりすることも難しいことではない。EM批判を仕組んだ朝日新聞の問題は、まさしく筑紫氏が危惧した通りの構図になっているのである。
しかも、さらに厄介なことに、と前置きして「この掣肘役を他の政治権力や法規定に委ねることにすると、今度は言論の自由そのものを扼殺(やくさつ)しかねない危険がある。元も子もなくなってしまう」と危惧し、第4の権力は、その特殊性と危うさはらんでいるために、恣意的な権力の行使は許されないことであり、それを掣肘する、それら権力の乱用を抑止するものは唯一、記者自身の個人的な努力に委ねられるもの、というニュアンスをわずかに読み取れるのである。
そのために新聞各社は記者の行動基準を定めているのであり、その行動基準に照らして違反している行動や取材姿勢が明らかになれば、厳しく対処すべきなのは言うまでもない。
比嘉氏に取材をせずに「重力波」という難解なコメントをネットから引用し、それも出典を明示しないために読者に誤解を与えた長野記者のEM批判記事について、朝日新聞本社は、本人(長野記者)に注意し、EM研究機構に対して口頭と文書で謝罪した。
が、新聞紙面での謝罪、訂正、記事の削除には応じておらず、間違った記事がいまだに引用されネットで拡散されている。朝日新聞とツイッターによる、新しい形態の「報道被害」は、日ごとにダメージを強め、やむことを知らない。

 ≪次回に続く≫

【訂正】
シリーズ「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」
-そこまでやるか、EM叩き-の第8回
・EM批判は由々しき「沖縄差別」
上記の記事中、写真のキャプション等に「(EMで〉ヘドロが消え、砂地が広がってきた
沖館川の西滝橋右岸」とあるのは、正しくは「相野橋右岸」でした。訂正します。

■【朝日新聞記者行動基準】
http://www.asahi.com/shimbun/company/platform/kisha.html

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
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第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
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第3回:EM攻撃は朝日から始まった
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第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
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第5回:国立天文台執行部が下した決断
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第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
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第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
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第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
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第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151118.php

第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151127.php

第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151209.php

第12回:朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151226.php

◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2015/12/26 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」
 -そこまでやるか、EM叩き- 


 
第12回 朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
・「報道被害」を提起した「ある事件の間違い」レポート
・もう一度『新聞記者 疋田桂一郎とその仕事』に学ぶ
・柴田鉄治氏、外岡秀俊氏、鎌田慧氏らの秀逸な人物評
・朝日新聞に問う! “疋田飯場”のDNAはどこに消えた?

 戦後を代表する新聞記者のひとり、と紹介すれば、どれだけのことを知ってそう言うのですか、と無言のうちに睨まれそうな気がするのだが、その無礼を承知の上であえて申せば、看板コラムを担当し、ある事件記事を検証したレポート「ある事件の間違い」などの筆者で、朝日新聞記者の故・疋田桂一郎氏をまず挙げたい。「ある事件の間違い」、その冒頭、「警察発表は疑いながら聞くもので疑わない方が記者の怠慢といえる」とズバリ本質に切り込む。このレポートをベースに書かれた『支店長はなぜ死んだか』(上前淳一郎著)をご存知の方もあるでしょう。75年5月、ある銀行のエリート行員が重度障害児の幼女を「餓死させた」という罪で逮捕された。その後、有罪判決を受けて自宅に帰る途中に電車に飛び込んで自ら命を絶った、という痛ましい事件だ。「報道被害」、メディアの責任が問われた事件でもある。疋田氏は、記者の取材メモや聞き取り調査を進め、供述書や公判記録を丹念につき合わせながら、報道の矛盾と問題点を浮き彫りにした。事件記者の現場を踏んだ一人としてこのレポートには、強い衝撃を受けた。疋田氏の人物像を詳細に綴った『新聞記者 疋田桂一郎とその仕事』(柴田鉄治/外岡秀俊編、朝日新聞社、2007年11月刊)には、その一部始終が収められている。記者必読の書だろう、と思う。いまでも何かあると、書棚から抜いてページをめくると、ジャーナリストの気構えを再び呼び覚まされる思いがする。 DND編集長、ジャーナリスト 出口俊一


◇外岡秀俊氏が見た疋田氏
 「記者という生き方」について、この本の編者で朝日元ジェネラルエディター(編集局長)の外岡氏がその「序にかえて」の中で触れている。「新聞記者は、組織ジャーナリストの一構成員であり、一職業である」としながらも「新聞記者は一つの生き方を指すのかもしれない、という気もする」として、「ジャーナリストである記者であるかどうかを判断する場合も、組織に所属しているか、それで生計をたてるかどうかは、本質的な基準ではないだろう。裏を返せば、職業としての記者を任じている人の中にもジャーリストの名に値しない人は多くいるだろうし、職業についていない人の中にも、ジャーナリスト精神に富む人々は数多い」と語り、疋田氏はその本来の意味で、「骨の髄まで記者という生き方を貫いた人であった」と紹介していた。


◇柴田鉄治氏の疋田評
 もう一人の編者、柴田氏は、この本の巻末の「結びにかえて」の中で、今回、疋田桂一郎記者の仕事をまとめて世に問おうとしたのは、「いうまでもなく、疋田さんの仕事を通じて、新聞とは何か、新聞記者とはそもそもどういうものなのかを、多くの人たちに知ってもらいたいと考えたからだ」と出版の意義に触れ、さらに疋田氏は、新聞がネットなどに足元を脅かされるずっと以前から「読者の信頼を少しずつ失ってきたことにいち早く気づき、警鐘を鳴らしつづけるとともに、新聞改革の必要性を叫び続けてきた人なのだ」という。疋田氏になる事件記事の検証レポートが社内報で紹介された数年後、犯罪報道、事件報道の在り方が問題になり、「報道被害」という言葉が生まれた。朝日新聞をはじめ各メディアでもその対応を迫られ、取材方法を改めたり、事件報道に関する新たなマニュアルを作ったりしたのである、として「疋田レポートは時代の先取り」だったと柴田氏は語っている。

◇鎌田慧の疋田評
 本書にはもうひとり、疋田氏について語った人物がいる。ルポライターの鎌田氏は、疋田氏の印象について「やさしい眼差し、風のような身のこなし方から、あの透明感のある文章が生まれたのだ、と私は納得させられていた。すべて控えめで、静かで、かつての大記者というよりは、隠遁した無欲な老師という風情だった」と語り、彼の文章の極意である「無味無臭、真水のような」構え、「それはさまざまな修羅場をくぐり抜けてきた錬達の士の自然体でもあった」と書いている。
その鎌田氏も「ある事件記事の間違い」に言及している。「その人となりのように、ち密にして沈着な文章」と前置きして、「いつものように華やかさはなくいかにも重いのは、同じ社の後輩の文章を槍玉に上げ上げなければならない躊躇いもあるが、決して一記者の錯誤を突いているだけでなく、自分が依拠してきた新聞記事そのもののあり方への糾弾となっているからである」と疋田氏に理解を寄せる。
「警察につかまるのは悪人にきまっている。悪人については何を書いても構わない、とでもいうのだろうか。このような事件報道が、人を何人殺してきたか、と思う」という疋田氏の憤怒の叫びに呼応して、「この指摘は、ほかならぬ新聞記者自身の自己批判として時代に先駆け、いまなお燦然と輝いている」と続けた。
そして、「(新聞が)欠陥商品であったなら、経営者にとってのダメージのはずだ。製造者責任ばかりか、人権侵害がくわわる。職業意識と品質管理の徹底、あらたな記事の評価基準の設定、それは疋田さんの遺言でもある」と喝破しているのである。鎌田氏の疋田評も深く感じ入った。

◇日本記者クラブ賞で「新聞不信の声」
 疋田氏は、新聞改革の提言として「わたしの言い分」欄を創設した。「少数意見を大事にしよう」という趣旨で、自らその実践の場として1ページの大型インタビュー記事を載せる欄を作った。この企画記事によって疋田氏は、1980年度の日本記者クラブ賞を受賞した。
 さて、この受賞の時の挨拶を含め、新聞記事、記者の在り様について、疋田氏が何を語ったのか。その極めて重要と思われる主張をふたつほど、少し長めの引用になるが紹介したいと思う。
そのひとつは『1980年度日本記者クラブ賞「わたしの言い分」受賞の言葉』だが、35年前とはいえ、まったく古さを感じさせないばかりか、いよいよ疋田氏の杞憂が現実的に深刻の度を増しているような気がしてくる。


 「日ごろ記事を書き、取材で歩いている間に、ひとつ、気になってならないことがあります。世間各界各層の方々から聞かされる新聞不信の声です。どうも近頃の新聞は困る、というさまざまな指摘です。私の実感では、これが年々厳しくなってきているような気がします。(略)いったい今日の新聞不信の由来は何なのか」
  新聞不信の声を指摘して、その背景をこう述べているのだ。
 「私の考えるところでは、一般に、世間の方が新聞に求めている情報の正確さと公正さの水準と、今日の新聞がこたえている情報の質との間に、多少のズレがあるのではないか。世間で実生活者が常識的に描いている世界像と、新聞が映している世界像との間に、少し隙間があいてはいないだろうか。あるいは、ものごとをより多角的、多面的な鏡で乱反射させなければ、今日の読者は満足してくれない。ところが、新聞は依然として一枚の鏡ですべてを映している、というふうなことはないか」

◇記者研修で「勝負は取材」
本書の第3章では、「取材の原点にかえれ-10年記者研修講義」の内容が詳しく紹介されている。新聞文章の質について語ったそのエッセンスを引用する。
とくに冒頭の「文章論」の中で、「われわれの仕事の勝負は取材にあるんだ、ということです」と述べて、
・よい取材なしによい仕事ができるわけがない
・説得力のある記事とか、人の心を打つような文章とかいうものは、必ず、材料が素晴らしいものである結果そうなるのであって、その逆ではない。
・文章だけでは人の心をうつことはできない。
 と確かな取材の重要性を強調して、「勝負は取材にある」と断じるのである。
そして、いくつかの記事のチェックポイントを教えてくれている。
「記事のどういうところに問題があるのか。新聞文章について私がよく品質を問いたい、チェックしたいと考えることをいくつかあげてみます。まず、人物なり、出来事、現象、事柄に対して安易にレッテルをはることをチェックしたい。それから、すべて世の中の姿を一枚の鏡に映して見がちであること。もっと何枚かの鏡で多面的に映し出す努力をしないと、世の中の姿は見えてこないんじゃないですか。どうもわれわれ、物事をわかったような顔をして書きすぎているんじゃないか。先ほどのレッテルばりもそうですが、予断が多い。決めつけをしすぎる。私だけの感じ方でしょうか。何か、さっと割り切った、気持ちよさそうに断定的に書かれている記事というのは、そのことだけでなんとなく疑わしいという感じがこのごろしてならない」

疋田氏の指摘するのは、以下の3つの戒めだ。
(1)安易なレッテル貼り
(2)予断が多い
(3)決めつけをし過ぎる
以上を読んで、そうだなあ、とか、そういうことって多いのではないか、という印象をもたれたのではないか、と思う。

◇朝日記事の検証をもう一度
 次回は、もう一度、2012年7月に報道された朝日新聞青森版のEM批判記事について、検証のおさらいをしてみたい。朝日新聞の大先輩が、取材の重要性をいくら強調しても現場記者にその真意が伝わらないのは、なぜか。“疋田飯場”のDNAはもはやどこにも引き継がれていないのだろうか。
 勝負は取材、でなければいい文章はかけない。取材なしでコメントをでっちあげるのだから言語道断なのだ。しかし、3つの戒めどころか、取材先で、まさか「だまし討ち取材」を働く記者がいようとは、疋田氏だって想像しなかったに違いない。「新聞不信の声」、長野記者の取材を受けた大半が、嫌な思いをさせられていた。わたしは、こちらも新聞不信に拍車をかける罪深いことだと思う。次回、EMを一方的に批判した長野剛記者の取材姿勢を点検してみたい。

 ≪次回に続く≫

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150716.php

第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150805.php

第3回:EM攻撃は朝日から始まった
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150909.php

第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150924.php

第5回:国立天文台執行部が下した決断
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第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151019.php

第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
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第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151111.php

第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151118.php

第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151127.php

第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
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