化学物質に過敏。食材はEM育ち。 ∞いのちはつながっている∞

■6000ベクレルを越える放射線量もEM使用で、検出限界値以下■心臓は1%機能しなくなっただけで25%が機能不全に

◆癌・ガン・がん◆

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がんの正体と医師の正体

がんは、全身を守るために必要があってやむなく発生しているのであって、断じて宿主を殺すために発生しているのではないのです。

 本当は毒素が全身を守るためにやむなく発生して、浄水器、浄血カートリッジの役割を果たしているのです。

人間の体に起きる症状は発熱も咳も鼻水も痛みもそのほとんどが必要があって起きている現象であって、意味もなく、人間を苦しめるような症状など起きないのです。

がんは、自然治癒するのです。

自然治癒作用は、医師にとっては商売敵なので、手術、抗がん剤、放射線で、免疫力を破壊して稼ぐのです。

それががん治療、医療なのです。
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*日本のガン治療は世界の非常識!
日本は手術17倍! 抗ガン剤20倍!臓器メッタ斬り!猛毒漬け医猟の戦慄!
 
*シスプラチンには重大な疑惑があった!30年かかっても治るエビデンスは出せない!


抗ガン剤が、猛烈な発ガン剤である!決定的な証拠、証言が多数存在していた!
 
 
シスプラチンには重大な疑惑があった!
30年かかっても治るエビデンスは出せない!
1978年に誕生して、試験結果は存在していない!

 
世界一使用されるの抗ガン剤の正体、抗癌剤は猛毒殺人化学兵器だった!
WHO
指定の最高ランク指定の発ガン物質だ!化学兵器禁止条約の第一剤に指定!
 
 
劇薬、毒薬と必ず書かれている。
これを患者に注射して全身組織に与えるため、DNAはズタズタ、全身の臓器はボロボロに…
おまけに副作用は猛烈な発ガン性とは…農薬パラコートのように人間を枯死させる
 
 
現実は添付文書をはるかに上回る戦慄
 
 
日本のガン治療は世界の非常識!
日本は手術17倍! 抗ガン剤20倍! 臓器メッタ斬り、猛毒漬け医猟の戦慄!
 
 
抗がん剤について、これも一つの、情報です。
 
抗ガン剤は効かない/井上学編集(別冊宝島248号)
 
前書き:あなたが抗ガン剤について知りたかった本当のこと
 
 日本人の死因の第一位はガンである。周りを見渡してもガンで亡くなる人は珍しくない  ガンがありふれた病気であるように、入院すれば抗ガン剤の治療を受けるのは当たり前になっている。患者は抗ガン剤で治るかもしれないと期待させられるし、一般的に抗ガン剤は「ガンに効く薬」と受けとめられている。
 
 しかし、我われの常識とは裏腹に、実際には抗ガン剤は「全ガンの九割に無効」であり、しかも「受けて得するか、逆に損して命を縮めるか、どっちかしかない危険な賭け」であるとすれば。
 
 そんな衝撃的な発言をしたのは慶応大学医学部の近藤誠講師だった。近藤講師は言う。
 
「抗ガン剤で治るのはすべてのガンの一割程度にすぎない。日本で多い胃ガンや肺ガンなどの九割のガンには有効性がなく、抗ガン剤の投与によって患者さんの生存期間が延びたということは実証されていないのです」
 
 近藤講師の勇気ある告発によって初めて我われは、抗ガン剤の有効性や副作用についての本当の情報が、これまでタブーとして封印されてきた事実に気づかされた。長い間、我われは「抗ガン剤は効く」と思い込まされてきたのである。再び近藤講師は言う。
 
「『薬が有効である』という言葉に錯覚させられているのです。みなさんは、抗ガン剤が『有効』だと聞くと、ガンが治らないまでも、延命効果はあると考えるでしょう。しかし、たとえば新しい抗ガン剤を認可する場面で使われる『有効』という言葉の意味は、ガンのしこりが小さくなるということにすぎず、治るとか延命するといった話ではない。ガンが小さくなりさえすれば、完全に消失しなくても『有効』と判定されます」
 
  抗ガン剤が「有効」でないとすれば、いろいろな疑問が湧いてくる。
 
 なぜ「有効」でないのか。「有効」でない薬がなぜ厚生省によって認可され、流通しているのか。
 
 しかも驚くべきことに、「抗ガン剤は効かない」という事実は表だって口には出さないものの、医者のあいだではほぼ常識″になっているというのである。医者ばかりでなく、看護婦や薬剤師などの医療関係者や、そして抗ガン剤を投与されているうちに当のガン患者も抗ガン剤の効果を疑問視するようになっていくのに、相変わらず日本の医療現場ではそれが頻繁に使用されているのはなぜなのか。
 
逆に、抗ガン剤の毒性を軽視する傾向が、ソリブジン事件といった大きな薬害を生み出しているのではないか。
 
 本書は、我われが信じ込まされている、抗ガン剤をめぐる数々の「錯覚」を検証し、問題提起するところから始まっている。
 
 たとえば、抗ガン剤で治るガンと治らないガンがあること、医者がよく使う「生存率」は言葉のトリックに過ぎないこと、新薬認可の臨床試験のデータはきわめてズサンであること、日本の「ガン告知」のあいまいさがムダな抗ガン剤治療をはびこらせていること、製薬会社の抗ガン剤開発の背景には巨大な利権がからんでいること…等々。
 
 その結果、デタラメな抗ガン剤治療によってたくさんの患者が副作用死しているかもしれないという現実も我われは重要視しなければならない。
 
 今までは、「抗ガン剤が効きますよ」と医者に言われたとき、患者は「ハイ、お願いします」と従うしかなかった。しかし、その医者の勧める抗ガン剤は効かないとしたら。無益であるばかりか、ひどい苦痛をもたらす抗ガン剤治療から逃れるには、まずそこから疑いを持つ必要がある。
  別冊宝島編集部
 
 
補助化学療法は有効なのか/和田努(医療ジャーナリスト)
 
貴重な資料が図1である(図12ともに 『医学のあゆみ』153巻・NO.12, 1990年、笹子三津留著「根底から見直すべき胃癌の補助化学療法」
 図2Aモデルに注目していただきたい。
 
百人の胃ガン患者を手術する。再発率10%だから90人が手術によって健康になる。内訳は、手術によって完璧にガンの病巣が取り切れた人が80人。目に見えないガン細胞が残った人は20人いたが、自己免疫力で健康になったであろう人が10人。
 
 しかし、補助化学療法を行なったことによって80人しか健康になっていない。治って元気になった人は手術単独より10人少ない。再発するはずだったが、補助化学療法で治って得をしたのはわずか2人にすぎない。
 
 図2Bモデルは、進行した胃ガンで再発率50%の場合。手術単独で治る人は50人。補助化学療法をすることで治る人は52人。手術単独より2人多く治るという計算になる。薬剤の有効率を20%と仮定して、再発率が高くなれば高いほど、補助化学療法の有効率は高くなることは当然だ。だが、Bモデルの場合も、抗ガン剤による副作用による死者(非癌死)、抗ガン剤による免疫力低下による再発死が9人もいることを忘れてはならないだろう。
 
 笹子医師のシミュレーションは、補助化学療法を考えるうえできわめて貴重である。
 
私自身、笹子医師から図を見せていただきながら解説してもらったとき、目からウロコが落ちる思いであった。
 
 この試算モデルはあくまでもシミュレーションである。補助化学療法の有効率が20%、つまり五人に一人効くというのもあくまでも仮定の数字である。臨床試験で立証された数字ではない。
 
 それゆえに笹子医師は、補助化学療法の有効性を証明するために信頼のおける臨床試験が必要だと言う。
 
 補助化学療法の有効性を実証するため、多くの医療機関で臨床試験が行なわれているが、まだ結論は出ていない。
 
 笹子医師らも国立がんセンターで臨床試験を行なっているが、あと四、五年、2000年くらいには結論が出そうだと話している。 だが、中間点での感触を笹子医師はこう話す。
 
「ステージの早いケースに関しては有効性があるという有意差は出ていません。ステージⅠ、Ⅲは補助化学療法はしないほうがいいと思います。健康な人に抗ガン剤を投与したらマイナスこそあれ、プラスになることは何もないのですから」
 笹子医師自身も臨床試験の参加者以外には補助化学療法を行なっていない。
 
 ステージⅠ、Ⅲは補助化学療法をしないほうがいいという背景には、手術の質が向上しているということがある。とりわけ1980年代に入り、手街の精度は著しく高まった。手街によって直る比率が高〈なっている現在、再発を予防するという目的で抗ガン剤を投与することは、副作用のダメージを受ける群が広がる可能性のほうが問題だというのである。
 
縞集部注
ここで問題になるのが、ガン治療を受けて治った人が、抗ガン剤や放射線治療などの後遺症によって再びガンに冒される「二次発ガン」である。ガンを直すために投与される抗ガン剤が、別なガンを誘発しているのではないかというのは皮肉な事態だが、「二次発ガン」は新たな医療病として危惧されている。
 
 厚生省の白血病研究班(班長・上田竜三名占屋市立病院教授)が行なった全国調査によると(『日経新聞』十一月十人日付夕刊)、対象にした百九十二の医療施設で過去十年間に白血病などで入院した十五歳以上の患者は約二万千七百人、そのうち1.9%にあたる405人が、ガンの後遺症と見られる二次性白血病だった。
 
 さらに三百二人についての詳しい調査では、最近かかったガンが悪性リンパ腫など血液のガンだった人が百十人人(三九%)、乳ガンや胃ガンなどの固形ガンだった人が183人(61%)であることがわかった。
 
「二次発ガン」が深刻なのは、治療を始めて10ヶ月で半数の患者が亡くなっており、きわめて悪性度が高いことである。
 
 今年四月、大阪大学医学部・藤本二郎講師(外科)は、胃ガンの切除手術を受けた入844人を調査した結果、肝ガン、肺ガン、白血病などを再発した率は、補助化学療法を受けたケースが6.3%(21人)と、抗ガン剤を使わなかったケースの3.3%(17人)のほぼ二倍も高いことを発表している。さらに、複数の抗ガン剤を投与された患者が発ガン率が高くなる傾向も指摘している。
 
 抗ガン剤の主な副作用は言うまでもなく、白血球を減少させる血液障害である。そのうえ当然、抗ガン剤はガン細胞だけではなく、正常細胞まで叩くために遺伝子への影響も心配されている。この二つの調査データは、その抗ガン剤の毒性ゆえに、(再)発ガンリスクが高まることを証明している。
 
 抗ガン剤のために再び白血病になったり、違うガンになるとすれば、抗ガン剤治療でしんどい思いをしてきた患者もたまったものじゃない。ここでも、抗ガン剤依存体質が問われているのである。
 
福島 日本の治験は、まったくなっていません。臨床試験の被験者を保護するための倫理規定として、一九六四年に採択された世界医師会の「ヘルシンキ宣言」があります。臨床試験のソフトはここにすべて擬縮されていると言ってよいのですが、日本の臨床試験はヘルシンキ宣言に盛り込まれた朱件を大幅に欠いています。
 
まず文書によるインフォームド・コンセントは当たり前。その書式については、一般人も交えた倫理委員会で、専門外の人によくわかるかどうか検討すべきです。またきっちりしたプロトコール(治療実験計画書)が作られてそれが中央と各施設で審査され、監視されねばならない。審査するメンバーの選定も重要です。臨床試験をやりたい医師と、それに同調する医師だけが集まって議論するのは、客観的審査とは言いません。
 
 アメリカの場合は、医師は臨床試願のデータに直接タッチできないんですよ。データはすべて第三者のデータ・マネジャーが管理し、統計解析センターに送られてそこで解析されます。日本では、医師が患者のカルテから自分でデータを書き写す。質の保証、客観性という点で全然違います。
 
 以前、世界トップの科学雑誌である 『ネイチャー』で、【日本はもっときちんと薬を評価する科学的システムを作るべきだ】と厳しく批判されました。インフォームド・コンセントは取らない、データはねつ造する、論文はデタラメ・・・なっとらん、というわけです。こういう海外からの批判を、もっと真摯に受け止めないといけません。 そして審査の方法もいい加減である。 

福島 そもそも日本では中央で最初の治験の審査をしていないうえ、利害に関係なく薬の審査ができる人間を育てていない。さらに薬の審査は科学的な審査であるはずなのに、【まるで建築許可と同じような行政手続きの一環として行なわれています】。医学に深い知識を持たない役人が、大半は、【読むに耐えないクズのような日本語の「論文」をもとに審査をしている】といっても、言い過ぎではありません。
 
 
 
データーが貼れない^^;
上記URL先でご覧ください。
恐るべき抗ガン剤治験データの作られ方

デタラメなエビデンス(治癒根拠)の実態
実態はほとんどがデタラメ、
インチキのいい加減なエビデンスに騙されるな
 
 
■内容(「BOOK」データベースより)
抗がん剤は100%毒物。患者の直感はほとんど正しい。抗がん剤は、受けて得するか、損して命を縮めるか危険な賭け。患者に知らされないタブー。抗がん剤 の真の情報公開。

内容(「MARC」データベースより)
抗がん剤が本当に効くのはがん全体のたった1割。毒性による寿命短縮、治療や臨床試験中の死亡等、抗がん剤治療の実態や、医療界の内幕を公開。全抗がん剤 の副作用情報を掲載。94年刊「抗がん剤の副作用がわかる本」の新版。

■目次
1章 元気だったお母さんがなぜ急死したのか
2章 こんな副作用(毒性)が命を縮める
3章 データでみる抗がん剤で治るがん・治らないがん
4章 抗ガン剤が有益な第一・第二グループ
5章 抗がん剤が不要・有害な第三・第四グループ
6章 なぜどのがんにも「効く」と思い込まされたのか
7章 不要・有害なフルオロウラシル系経口抗がん剤
8章 治験をめぐる厚生省・製薬会社・医師の三極構造
9章 抗がん剤をやめたいと思ったら
番外編 こんな治療を勧められたら

 デタラメなエビデンスの作り方が徹底暴露された
 たとえば、近藤誠氏の新・抗がん剤の副作用がわかる本

 エビデンスなど、いい加減なものだと気づくことが重要です。

ガンあるアンケート結果では、医科系大学の83の病院のうち、82箇所で治験をやっているとか…(その他の600の病院でも、87.5%で実施)。

確かに、臨床研究がされなければ、医学は発展しないというのも、理屈としては分かりますけどね。

でも、何か変じゃない?

治る薬を研究するのなら、まだ納得もいますけどね。

抗ガン剤のメリットとデメリット。

両者を比較する天秤の目盛りが狂ってないですか?

もしかして、医者のメリット患者のメリットは違ってたりして…。

どうやら医療の世界が、仁術とはほど遠い論理で動いている側面があるのは、残念ながら事実のようです。

このことを、
「患者よガンと戦うな」 という著作で、論議を巻き起こした慶應大学放射線科の 近藤誠 医師の著作 「新・抗がん剤の副作用がわかる本」
から紹介いたしましょう。

患者はいかにして実験台に乗せられるか…です。

新薬Xが発見されると、まず、犬、猿、ウサギ、ラット、マウス、モルモットなどで、とんでもない毒性がないか調べます。

そのあと、その道の権威とされる先生(大学医学部のボスなど)に製薬メーカーは、治験(人体実験のこと)の依頼をします。

近藤氏の著作に描かれている「抗がん剤治験双六」の風刺漫画は、水戸黄門の悪代官と悪徳商人のやりとりを彷彿とさせます。

「う〜ん、よそからも頼まれているからねー」(ボス)

「へへへ、お代官様、今回もこれ(研究費という名の山吹色)で一つお願いします」(製薬メーカー)

そして、医局から全国の病院に派遣されている配下の医師に呼びかけて、臨床で必要な症例が集められるのですが…。

「(しょっちゅう依頼がくるから)治験が多くて治療する時間がない」

「(抗ガン剤のせいで)感染症死も増える」

とは現場の医師の本音の声だそうです。

そんなことはかまわず、
毒性試験
が開始されます!

 

毒性試験ですよ!

人の体を実験台にして…。

狙われやすいのは再発した第4グループの患者さんだとか。


死ぬ段階まで薬を増量して「危険な量」の当たりをつける
そうです。

治療目的はまるでありません(ほんとかよ!)。

 
 
 

http://blogs.yahoo.co.jp/yume_kokoro_mirai/33757146.html←こちらからご覧ください

↑の つづき です。

6・東京女子医大での十三時間に及ぶ手術

 九月十六日、羽生教授の執刀により、内臓三キログラムを摘出する大手術が行われる。
手術時間は、大腿部の肉を腹部に移植する形成外科手術も含めて十三時間に及んだ。
手術後、逸見さんは一時は歩けるまでに回復した。

 逸見 「手術方法の説明のときに″こんなに臓器を取っちゃって大丈夫なんですか?"と羽生先生に伺うと″可能性はある、元気になった人はいる"ということでしたから、主人も納得したわけです」

 近藤 「我々医師の目から見れば違うなと思うことが多々あるんです。
まず、腸閉塞の予防のために手術をするという説明ですが、予防は不可能ですし、手術してメスがはいった分さらにがんが増殖してしまう。
症状が出てから処置を考えるのが普通のやり方です。
 また、あの状態では病巣が取りきれることはあり得ないし、3キログラムも臓器を取ったら、かえって体が弱ってしまうということは目に見えています。
治る可能性は1パーセントもなかった。
それなのになぜあんな無謀な手術を行ったのか、ぼくには理解できません」

逸見 「後になって医師の聞から、手術はすべきでなかったという議論がおこり、大手術の末、あんな大変な死に方をすることはなかったと私たちも知りました。
 おへそを取って、左脚の皮膚をお腹に移植して、さらに取られた左脚のケロイド部分に右脚の皮層を移植していますから、その痛みは相当なものだったようです。
"こんな痛い思いをしたことはない″といっていましたが、どんなに痛くても寝たきりで動けないので七転八倒もできない。
床ずれもできる。痛みと気分の悪さで、最期は言葉も出ないくらい苦しんでいましたから、別の選択もあることを知っていたら、と非常に残念です」

 近藤 「ぼくもおそらく他の医師たちも、ああいう拡大手術をするとは思っていなかった。
晴恵さんを前に申し上げにくいけれど、治る見込みのないあの状態での大手術は医学的にみても非常識。
そのままにしておいたなら、それほど苦しまずにあと一年は生きられただろうと思います」

 逸見 「痛みに苦しむこともないし、体力だって消耗しなかったでしょうね。
ただ、手術後はかなり元気になって好物の松茸ご飯やたこ焼きも食べていました。
本人は明るい見通しで、自分がよくなっていくことに何の疑問も持っていなかったと思います」

 近藤 「新聞や週刊誌で立ち上がっている写真を見て、その回復力にぼくも驚きました」
 逸見 「それだけ生きたいという意志が強かったんです」


助けられなくてごめんね
7・容体の悪化と抗がん剤治療

 逸見さんは順調に回復していくかにみえたが、十月二十三日、一時帰宅が予定されていた朝、突然腹痛を訴える。
腸閉茎が起こり、病状が急激に悪化。
十一月八日、晴恵さんの反対にもかかわらず抗がん剤が投与される。

 逸見 「抗がん剤を投与してからは、もうぐったりして、気持ちが悪くて口もきけない状態なんです。 
鼻から管を通して胆汁を吸いだしていたんですが、最初は透明だった液がだんだん黄色く濁ってきました」

 近藤 「色が変わるのは閉塞が強くなり、胆汁が腸の方に流れず逆流してくるからなんです。
おそらくがんが再発して腸管を塞いだためでしょう」
 逸見 「抗がん剤をやらなかったほうが苦しい思いをせず、長生きできたのではと思います」
 晴恵さんの顔がこの時、苦しそうにゆがんだ。


8.意識不明、そして死

 十二月二十一日、熱が四〇度以上に上がり、容体が急変。 
二十二日には、意識がないまま起き上がり、長男の太郎さん(23歳)に向かって「太郎すまんな、頼むな」とつぶやく。

二十四日、意識不明になる。
長女の愛さん(21歳)は、最後の二日間、逸見さんの手をずっと握りしめていたが二十五日十二時四十七分、家族に見守られながら永眠。
壮絶な闘いに幕を閉じた。
晴恵さんは、「助けられなくてごめんね。許して…」と叫びたかったという。

 逸見 「主人は最期まで羽生先生のことを信頼していましたし、手術や治療法についても何の疑いも持たず、これからよくなっていくんだと信じきっていましたから、遺言も残していなかったんです。
羽生先生の言葉にかけて、一途に信じて。
でも主人にとってはそれでよかったのだといまでは思います」 

近藤 「医師はとかく最後まで治療を続けたいという根強い考えがあって、かえってそれが患者さんを苦しめ、死期を早めているんじゃないかと思う。
必要な治療は受けた方がいいが、逸見さんのような場合は、手術も抗がん剤もやらないほうが延命につながったと思うんです。
私が著書『患者よ、がんと闘うな』で伝えたかったのも、痛みや苦しみに耐えるばかりの無益な治療で闘うなということなんです」

 逸見 「医師のいいなりにならず、自分でも学んで方法を選べば、がんでもそんなに苦しまずに死ねるということですね。
主人の場合は納得して亡くなったと思いたいですし、あれこれほじくりかえすのも主人の本意ではないと思うんです。
が、もし私ががんになったら、いろんな情報の中から納得できる選択をしたいとつくづく思います」

 項在、全国各地で、ホスピスや病気と生きていくといったテーマで講演を行っている晴恵さんは、
逸見さんの死を乗り越え、そこで学んだことを前向きにとらえ、自分の道を歩み出している。



・当事者が、選択することは難しいかもしれないけど、治療と言われるそれは、苦しみのたしざんだったりします。

・自分の癌を知ることは難しいかもしれないけど、医師主導で無益なことが行われる現実がわかりやすく紹介されているとおもいましたので…




http://www.youtube.com/watch?v=iIQ-A5vTlXA&feature=related
Bye Bye 忘れてしまうしかない悲しみに / 長渕 剛 さん

http://www.youtube.com/watch?v=nzvAzKyV-GA&feature=related
長渕 剛 さん / HOLD YOUR LAST CHANCE '01.6.25

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1.無意味だったがん検珍    http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/gan.htm

 九三年一月、故逸見政孝さんは前田外科病院(港区)で、内視鏡による年一回の定期検診を受け、直径約二センチの胃がんが発見される。
検査を担当した新谷弘実医師は、逸見さん夫婦を呼ぶと、「はっきり申し上げると初期のがんです」 と宣告した。
晴恵さんはショックで唇がガタガタと震えて声も出なかったが、隣に座っている逸見さんの顔がみるみる青ざめていくのがわかったという。
まだ初期の胃がんなので、取り除けばすぐに復帰できると説明をうけ、手術を決意する。
 
 逸見晴恵さん(以下逸見) 「主人はたった一人の弟を三十二歳の若さで胃がんで亡くしているんです。
その弟のがんは、発見された時はすでに手遅れだったものですから、自分はそうはなるまい、老いた両親を悲しませたくないという思いが強く、以来、年一回の検診を欠かしませんでした。

がんが発見される一年前にも前田外科で検診を受けていましたが、異常はありませんでした。
わずか一年の間に手遅れになってしまったのですが、そんなに速く進行してしまうものなんですか?」

 近藤誠さん(以下近藤)「それはよくあることなんです。
”中間期がん″といって、検診と検診の間に急に大きくなるがんの存在は、昔から専門家の間では常識になっています。
逸見さんの場合もそれにあたり、おそらく前の年の検査の時には、非常に小さくて見つからなかったと考えていいでしょう。
半年に一回の検査でも早期発見は難しい。仮に見つけたとしても大抵その時点で他に転移しています。

 逸見さんの場合、逆算すると腹膜転移が起こったのはがんが一ミリくらいの時期と考えられます。
そうなると、早期発見をしても、すでに転移しているわけです。

 逸見 「だから、先生は主人の場合にも"がん検診は意味がなかった"とおっしゃるわけですね。
 晴恵さんは近藤さんの日をまっすぐ見つめ、念を押すように問いかけ続ける。

逸見 「検査に関しては、他にも疑問を感じることがあるんです。
たとえば、内視鏡検査というと、喉に軽く麻酔をかけるのが普通だということですが、主人は全身麻酔をかけたんです。こういったやり方には問題がないのですか?」

 近藤 「日本ではまれな方法ですね。
麻酔によるショツワ死等、麻酔事故の危険性もあるわけですから、ぼくはいい方法ではないと思う。内視鏡検査だって100パーセント安全とはいえません」


2・前田外科での手術

 二月四日、前田外科病院で前田昭二院長執刀による最初の手術が行われる。
手術後、晴恵さんは「初期のがんではなかったが、もう切除した」との説明をうける。
逸見さんはこれで治ったと信じ、二月二十七日退院、仕事に復帰する。

逸見 「主人の死後、前田外科ではこの手術を行った時点で主人のがんは悪質で進行が速い″スキルスがん″で腹膜播種(腹膜内にがん細胞が黒ゴマをまいたように広がっている状態になっている
末期がん)とわかっていたと公表しています。

その時"胃の四分の一を残しました"と告げられたのですが、そういう深刻な状態とわかっていたなら、なぜ胃を全部摘出しないで残したのかが、いまでも疑問なんです。

 近藤 「一般に小さいスキルスがんなら胃の一部を残すことがあるんです。
しかし、逸見さんの場合はそうではなく、胃を突き破って腹膜への転移があったということですから、胃の一部にしろ全部にしろ、摘出手術そのものの意味が疑わしくなります。
必ず再発してきますから、本当は胃の摘出をしないほうがよかったかもしれませんが、全部摘出されるより、四分の一でも胃が残っていたほうが、食事がしやすかっただけましだったと思います」


抗がん剤は胃がんには効かない
3・手術後の抗がん剤治療

 手術直後、抗がん剤の点滴が行われる。
退院後は三月一日から、経口の抗がん剤を毎日服用。
さらにゴールデンウイークの間も、前田外科に再入院して、再発を防ぐためという理由で、抗がん剤の点滴治療を行った。

 逸見 「主人は先生を信じきっていましたから、のみなさいといわれた経口抗がん剤も律儀にのんでいるわけです。
さらに、再発の恐れがあるから抗がん剤の点滴をやりましょうといわれ、承諾しました。主人は長生きしたいと思っていましたから」

 近藤 「それは意味のない治療でしたね。
そもそも抗がん剤は胃がんのような固形がんには効かない。
患者さんを副作用で苦しめるだけです。
効くのは、急性白血病とか悪性リンパ腫など、がん全体の約一割に過ぎないわけです。
このことは専門家も認めているにもかかわらず、日本では必要以上に使われているのが現実です」

 逸見 「主人はシスプラチンという抗がん剤を使っていたんですが、副作用もきつくて、″船底で常に揺れているみたいに気分が悪い"といっていました。
テレビにすぐ復帰するつもりでしたから、髪の毛が抜けてしまわないかと気にしていましたが、抜けませんでした」

 近藤 「その薬の特徴は、吐き気が強く出て、腎臓障害などが出るんです。
ただし、髪の毛はあまり抜けないですね。 
いくら副作用がきつくても、患者さんは治ると思って抗がん剤治療を受けるわけですよね。
ところがそれをがまんしても、数カ月延命できるかできない程度だとわかったら、苦しむより残された時間を有効に使う方を選ぶのではないでしょうか」

 逸見 「主人の場合も治ると思って苦しい治療に耐えたんです。
でもそんな話を聞くと、何でそこまで苦しい思いをさせてしまったんだろうって、地団太踏みたい気持ちになります」


4・再発、前田外科での二回目の手術

 五月の抗がん剤治療の直後から、メスを入れた手術跡の線上が、ケロイド状に膨れあがってくる。
そのうちに腫れ物状になったものが次第に大きくなり、一方所だけ突起して、服を着るにも邪魔なほどになってくる。

八月十二日、逸見さん本人には突起状の腫瘡を取るという説明で二回目の手術を行うが、実はがんが再発していた。
がんは腹腔全体に広がり、すでに進行したがん性腹膜炎の状態だった。

 逸見 手術の途中でわたしは手術室に呼ばれ、執刀した副院長から"大変な状況で、これ以上手がつけられない"といわれたんです。
隆起した部分だけを取ってあとはふたをしめたんですが、急にいわれてもこちらはびっくりするばかりで頭の中はパニック状態でした。

 近藤「メスがはいって正常な組織が弱くなった所に、がんは増殖しやすくなります。
だから、一回目の手術をした傷跡の所にたくさん再発があったわけですね」

 逸見 「そうです。こびりついている感じでしたね。当然、前田外科では、開腹手術をする前から、内部にも再発、転移があることはわかっていたはずです。
だとしたら、なぜ意味のない手術をしたんでしょぅか。
本人にちゃんとした説明をして、選択させてほしかったと思います。

 思わず口調が激しくなる晴恵さんをなだめるように、近藤さんはゆっくりとうなずいた。
 近藤 「その通りですね」

 逸見 「主人だって自分の命のことですから、一生懸命考えたと思いますよ。
それが″突起物を取りましょう″という簡単な説明だけですから、取ってしまえばすむのだろうと主人はなんの疑いもなく手術を受けたわけです」

 近藤 「これまでの日本の医療の悪い点が出てしまったという気がします。
がんの再発だということをはっきりいわずに、患者さんをなだめすかしてあいまいにしておくから、
結局は患者さんが、医師や治療そのものに不信感を抱くことになる。
結果論になりますけれど、最初の手術をせずに体をいじらないでいたら、もっと長生きできたのではないかと思います」

 逸見 「何もしないでいたら逆に、あと一年か二年、元気に仕事ができたかもしれないわけですね。
それはやはり悔しいです」 晴恵さんは、そういって唇をかんだ。


5.体を弱らせた臓器三キロの摘出手術  
・東京女子医大へ転院、闘病記者会見

 前田外科での治療、対応に疑問を感じていた逸見さんは周囲の勧めもあり、九月三日、東京女子医大病院(東京・新宿区)の羽生富士夫教授の診察を受け、三回日の手術を決意する。
九月六日、記者会見を行い、「私が侵されている本当の病名は、がんです」と公表し、がんとの闘いを宣言する。

 逸見 「間単な説明だけで、"じや、手術しましょ"そして手術後も院長先生は診てくれない、そんな前田外科の対応には納得できないことが多すぎました。

 主人はいったん信じたら一途に信じる人でしたが、さすがに疑問を抱くようになったのでしょう。
私たちの説得に応じて、東京女子医大の羽生先生を訪れ、診てもらいました。
 羽生先生から"手術跡に長さ一二センチ、幅五センチのがんが再発し、腸閉塞の危険がある。
その前に切らないと重大なことになる″という説明があり、主人は手術を決意し、そして、あの記者会見となったのです」

 近藤 「テレビで記者会見を見たときには、逸見さんの立派な態度に涙が出そうになるくらい感動しました」

 逸見 「私も一視聴者として自宅のテレビで見ていましたが、自分の夫ながらすごい人だなあと、まるでドラマでも見ているようでした。
だけど、あの会見も羽生先生との出会いがあって、先生を信頼していたからこそできたと思うんです」

 近藤 「あの時点で逸見さんの気持ちとしては、″手術をやってみましょう″といわれれば望みがあると思ってしまいますし、手術を決意したのもよくわかります。
でも、会見の時の逸見さんの顔つきや肌色をみると、がんの専門医なら誰でもがん性悪液質(がんに体の抵抗力が負けた状態)だとわかったはずです。
あの段階で治ることはないと」 近藤さんは晴恵さんを気づかいながらもきっぱりといった。

 晴恵さんはその言葉を冷静に受けとめながらも、「でも、望みがあったから手術をやったとしか、私たちには思えないんですよ…」 と自分にいいきかせるようにつぶやいた。


つづく

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