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■6000ベクレルを越える放射線量もEM使用で、検出限界値以下■心臓は1%機能しなくなっただけで25%が機能不全に

「検証 朝日新聞とツイッター」

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◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/03/11 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」 -そこまでやるか、EM叩き- 


第18回   被災地で「微生物(EM)の力」を実証
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160320.php


・仙台、鈴木英俊さんが「報道ステーション」生出演
・塩害とヘドロを克服したEM(有用微生物群)
・震災から5年、仙台再訪

 震災から5年を迎えるにあたって、仙台の宮城野区にある鈴木有機農園代表で、銀シャリ名人の鈴木英俊さんを訪ねることにした。銀シャリ名人とは、有機栽培にこだわった安全でとても旨いお米を作るし、塩釜の老舗すし店「すし哲」にお米を卸しているからだが、それは私が名付けた。
 連絡すると、「はい、大丈夫よ、それでは楽しみに、待ってま?す」と明るい声がかえってきた。忙しいはずなのに突然のアポを厭わずに受け入れてくれる。控えめで、抑揚のない朴訥な話しぶりがかえって深い情を醸し出すものらしく、話し終えてからも携帯電話の耳元に名人の声のぬくもりが、しばらく消えずに残る。
 あの津波で弟夫婦と祖父母を亡くした。が、嘆くことも恨むこともせず泥にまみれながら物陰で涙をぬぐった。いくら気丈を装っても青ざめた表情は痛々しかった。が、微生物の力を疑わずヘドロと瓦礫の田んぼからひとり立ち上がったら、全国から援軍がきた。大阪のNPO「てんつくまん」ら大勢のボランティアの方々がかけつけてくれたのだ。遠く奈良からもご夫婦が車で数回足を運んだ。
 メディアはどこも好意的で、地元の新聞やテレビ局が親身にフォローした。田植え機にまで乗り込む熱心な女性記者もいた。在京のテレビ朝日は、昨年9月中旬、凄腕のディレクターが鈴木名人を報道ステーションの生中継で取り上げた。
 今回は、そんな微生物が塩害やヘドロを克服した、という劇的なドラマに立ち会った取材者の一人としてEM(有用微生物)の驚くべき効果をもう一度、おさらいしようと思う。なぜなら残念ながら「EMは効果がない」とデマ情報をツイッターで拡散し、EM排斥の妨害を続ける輩が数名いるからだ。国立天文台の准教授や山形大学の教員らにはこの現実を正しく捉えてもらいたい。
DND編集長、ジャーナリスト   出口俊一


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◇仙石線に揺られて
 3月3日午前、鈴木名人のことを思い浮かべながら、仙台駅からローカル線に揺られていた。電車はJR仙石線で仙台?石巻間を走る。津波で列車が流されるなどの影響で、やっとこさ、全線が開通したのは昨年の5月だった。ローカル線を乗り継いで鈴木名人と会うのは、大雨で被害があった昨年9月11日と、これで2回目だ。
待ち合わせた駅は「陸前高砂駅」だ。仙石線29駅のうち、「陸前」という名前が頭に付く駅が8つ確認できる。なかでも、「浜田」、「大塚」、「小野」、「赤井」、「山下」などは、駅名と言うよりポピュラーな人名のようでなじみやすい。「陸前高砂駅」は、時間にして仙台駅から16分、ドアは手動だった。ぼんやり考え事をしていたのでドアの前に立ったがドアは閉じたまま、開閉のボタンを押すのを知らなかったため、あわや乗り過ごしてしまいそうになって、慌てた。
 鈴木名人は、改札を出たところで待っていた。再会を喜んで握手した。車に乗り込んだら、さっそく5年前に見て回った現場を訪ねたい、あの当時と、今がどう変わっているのか、とくに貞山堀付近の蒲生海岸に行って見たい?と早口で告げたら、まあ、まあ、そんなに急がなくてもひとまず、お茶でもどうですか、と軽くいなされて自宅へ。運転の白いプリウスは、5?6分で鈴木名人宅に着いた。広い茶の間の掘り炬燵に足を入れふとんを前に引いて向き合った。
鈴木名人は、分厚いブログの綴りを引っ張り出して、当時を懐かしんだ。わたしが書いたメルマガも綴じられていた。二人がそろって瓦礫に埋まった田んぼに立っている写真を見て5年の歳月の速さを思った。


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◇鈴木名人の挑戦
 初めてお目にかかったのは、爪痕が生々しい2011年5月14日の午前8時半頃だった。鈴木名人と一緒にヘドロと瓦礫の田んぼ一帯を見て回った。案内してくれたのはEMみやぎの世話人、小林康雄さんだった。田んぼには、いまだ折れた材木やアルミの窓枠、ガラスやプラスチックが散乱し、住宅の壁や屋根瓦、ぺしゃんこの車の残骸などで瓦礫の山と化していた。ひび割れた田んぼの表面は厚さ15センチほどの黒いヘドロが堆積して悪臭を放っていた。この状態からどうやって田植えをやるのだろうか、といぶかった。
 専門家によると、塩害でこの先、3、4年の作付けは困難だろう、という見方がもっぱらだった。新聞も「東北の穀倉地帯約2万〓の水田が瓦礫撤去や土中の塩分を取り除く、除塩作業が必要で、大半の水田は3年先まで作付けが困難になる」(朝日新聞、2011年4月27日朝刊)と農水省の見通しを伝えていた。そのためだろうか、震災直後にこの地区で田んぼに向かったのは、鈴木名人ただ一人だったかもしれない。
政府が打ち出した塩害対策は、田んぼの表面を削って土を入れ替える、というものだった。お金も時間もかかる。鈴木名人の自宅前の田んぼも、ひび割れて真っ黒いヘドロが十数〓も表面を覆っていた。さぞ、落胆しているのではないか、と思った。そんなこちらの推量は完全に裏切られた。鈴木名人は、目を輝かせながらこんなことを口にしていた。

 「田んぼの表面を削って土を入れ替えるだなんてどうかしていますよ。無駄なことです。かえって田んぼをダメにしてしまう恐れがある。それよりEMという微生物の力でヘドロを分解し海水は豊富なミネラルに変えられると思う。さて、この先どうなるか、わからないことが多い。うまくいったら奇跡でしょ。この塩害、ヘドロを分解する有用微生物群のEMの力を信じて、この記録を後世に伝えたい。近在の農家にもノウハウを教えたいさ。そして収穫期には、みんな、全員に来てもらえればうれしい。そんな夢をもってやっているんです」

 除塩作業もやらない。しかも汚れた油臭いヘドロの田んぼで、どうやるのか、収穫は無理だろう、ひとりだけ田植えをやるのは気に入らない、といった批判がささやかれていたのも事実だ。EMタンクの蛇口が不自然に損壊されたことも2度あった。そんな状況から鈴木名人の挑戦がはじまったのである。

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◇地元新聞やテレビ局が取材に殺到
 そして、海岸付近の運河そばの揚水ポンプが破壊されて田んぼに水が引けないため、鈴木さんは自宅前の畑のわきに地下水を汲み上げる井戸掘りの掘削作業を急いでいた。
 水が引き込めないといくらなんでも田んぼは干しあがる。自家用ポンプの資金600万円は、EMの開発者で琉球大学名誉教授、比嘉照夫氏の協力を仰いだ。井戸掘りは、大詰めを迎えていた。その10日後の5月24日、田植えを敢行した。待ちに待ったその日、静かな雨が降った。田んぼにEM活性液を流し込んだ。県農業普及センターからの協力で塩害対策試験も開始した。塩分濃度を変えないで、塩害そのままの水田4ケ所で採土し、EM活性液の効果をみるのである。地元のテレビ局や新聞の取材が大勢かけつけてくれた。
 苗の育成にも海水を使った。塩害に強い苗を想定し、最初から海水と言う環境で強くなれば塩害の田んぼで田植えしても抵抗なく育つであろう、という見込みだ。抵抗力か、免疫力か、いずれにしても自然の力を最大限に引き出す新しい試みではあった。まさに「農業は科学」なのだ。山形大の准教授らが騒ぎ立てるようなニセ科学では、農業はままならないことを知るべきだ。

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◇「震災のおかげだっちゃ」
 その秋、期待以上のお米が収穫できた。みんな収穫祭に集まってお祝いした。私も誘われた。先約があって失礼した。このことは「微生物の奇跡」として、地元のテレビや雑誌に多数、紹介された。取材のオファーはいまだに続いている。私のところにも、そのお米が届けられた。炊いたら、白く粘りのある銀シャリで、口にふくんだら涙がでそうになってうまく噛めなかった。 鈴木名人のまわりには、震災以降、たくさんの新しい友人が取り囲む。毎日発信しているブログをみれば、その日々の様子が手に取るようにわかる。ともかく客人の出入りがめっぽう多い。鈴木名人は、その人たちにも真心を込めてお米を送っていた。

 「いやあ、震災は二度と起きては困るけど、震災のお蔭っちゃなんだけど、お蔭で全国にたくさん友達が増えたさ。震災のお蔭だっちゃ、そう思えるのは幸せだなぁ」

◇「報道ステーション」生出演
 昨年9月14日は、鈴木名人にとって 生涯忘れられない日となったに違いない。テレビ朝日夜10時からの『報道ステーション』に生出演したのである。この日は、2ケ所からの生中継で、カメラクルーがスタンバイしていた。ひとつは収穫を間近に控えた鈴木名人の田んぼで、クレーンを使って田んぼの上から黄金色の稲穂を捉えていた。そして、シャリに鈴木名人のお米を使っている塩釜の老舗のすし店「すし哲」本店だ。鈴木名人は、「すし哲」のカウンターでスタンバイしていた。そばで親方の白幡泰三さんがすしを握っている場面が映し出されていた。

 「ヘドロは海からの贈り物、有機農家自慢の米、収穫へ」というタイトルが画面上から読み取れる。

 事前の取材がしっかりしているのだろう。キャスターの古舘伊知郎さんが読み上げるナレーションが実によかった。その一部を引用してみた。

 ≪あの日です。大津波で鈴木さんは、弟さんご夫婦を失いました。自慢の田んぼも水浸しになりました。塩害とヘドロです。汚染された表面の土をすべて削り取って新しい土と入れ替えなければ使い物にならない、というのが常識でした。海水とヘドロにすべてをのみこまれた田んぼの光景を目にした時、これはどん底かもしれない。しかし、困難の中でチャンスを見出す人がいました。鈴木さんは、ヘドロは宝だ、海からの贈り物だと考えた。ヘドロに含まれている腐敗菌を分解さえすれば元の土になかったミネラルと養分だけが残り、前より良い土になるんじゃないか、と。≫

 ≪さあ、鈴木さん、まずは思いたってから田んぼに水を入れて、土をかきならす「しろかき」で塩分濃度を下げつつ、ヘドロと土を一体化させた。そこへ乳酸菌や酵母などの微生物を加えたら、その微生物はヘドロの中の腐敗菌だけをせっせと分解してくれた≫

 ≪震災からおよそ3ケ月後の田植え、懸命に育てて夏の夜は稲が寝苦しくならないように深夜まで水をかけ続けた。そして津波からわずか半年の秋、わずかながら「ササニシキ」と「ひとめぼれ」が実ったのだ。そして、いまは独自のたい肥を使うなど自然の回復力を高めていくことをのみを考え続けて、震災前よりも深い味わいになったコメがたわわに実っている。先週の大雨で多くの被害がでました。実につらい。しかし、ここの稲は強風をもろに受けることはなかったんです≫

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◇「EM効果は実証済み」と語る
 古舘さんは、「ここで鈴木さんご本人にちょっとお聞きしてみましょう」と言って鈴木さんに「今日はありがとうございます」と声をかけた。
 鈴木さんの表情が大写しになった。
 古舘さんが、「逆転の発想といいますか、ヘドロを排除しないで利用しようというのは、どこからきたのでしょうか」と話しを向けた。

 鈴木名人は「以前から微生物を使っていましたので、(微生物がヘドロを分解する)そういうのはできるんだということをわかっていた。EM菌というものを使っていますが、それが日本橋川(※1)とかそういうところで(EM効果は)実証済みというのもありました」と、きっぱりEMの効果は実証済みと訴えたのである。

 EMの関係者はどんなに心躍ったことだろうか。また心ある人はこの番組を見ていよいよ微生物の力が社会を変える時代がきたかもしれないと思ったにちがいない。

 その夜、鈴木名人は、ブログに、本日放映の報道ステーションの生中継は実は、震災4年半の9月11日を予定していたのだが、甚大な台風の影響で本日14日に放映されたことを紹介し、ディレクターの綿密な調査、取材、ブログをすべて見てくれていたことには感動した、と率直に感想を述べた。わずか5?6分余りの生中継にスタッフ数が延べ100人は超えていたのではないか、とその裏舞台にも気遣った。

 翌15日のブログには、昨日放映の報道ステーションの反響に驚いています、と前置きして、「携帯電話にメールがたくさん入っていました。電話もありました。訪ねてくる方もおりました」と綴った。
 訪ねてきたのは、50数年前、就農仕立ての頃、小学生だった勝君夫妻でした。玄関先で「判りますか?」と言ったが、見覚えがなかった。が、小5の時、将来農業をやるからと見習いに来た人で、警察官になって白バイで田んぼまで来たことがあったことをやっと思い出した。出かける矢先のことで積もる話があったが次回の再会を約束した。
 お米を買いに来てくれた方や注文の電話も入り、「テレビの視聴率の凄さにあらためて敬意を持ちました」と続け、「昨夜の録画を見て、当時の津波被害で途方にくれたこと、全国から励ましをいただいたことなど、意外によかった事のみが思い出されました」と結んだ。鈴木名人にとっては思い出深い長い1日だったようだ。

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◇次回の予告、七海さんへのお礼
 その延期になった9月11日は、実は、台風の中、仙石線で塩釜方面に向かっていた。「すし哲」で生中継すると聞いて、その場で取材する予定だったのだ。取材は、鈴木名人の生出演の他、孫の七海さんへのお礼も兼ねていた。そのことは次回に触れる。

※1:日本橋川というのは、日本橋川の浄化運動のことで地元の協力で毎週10トンのEM活性液を流し続けて10年、東京湾が奇跡的にきれいで豊かになったという事実を鈴木さんが「実証済み」と紹介したのだ。
前回のメルマガ『鈴木せつ子さんの微笑みに花は咲く』で取り上げたのは、かつて“死の川”と悪評の神田川が「水遊びOK 神田川美しく再生のワケ」という昨年8月放映のTBSテレビの番組で、神田川再生の理由として下水道施設の整備の他、家庭から出る下水を微生物で浄化しているうえ、EM団子の投入の効果をあげた。
番組では、EM=有用微生物群と紹介し、「ヘドロの中の有害物質をエサとして食べてくれる」ので河川が浄化すると解説を加えた。汚れた河川の浄化にEM活性液やEM団子が有効だという調査報告は、青森県が実施したEM投入による沖館川のヘドロ層厚調査報告書にも見られ、EMによる浄化の可能性を否定はしていない。昨年実施した逗子市の海岸の実地試験でもEMによる悪臭抑制効果を具体的に証明してみせた。
中には、ペットボトルでの簡易実験を根拠に「汚濁源になる」とした福島民友の記事があるが、記事が指摘した「福島県が発表」とか「福島県が初の見解」について県当局は否定した。記者会見など行われていないうえ、県議会で議員の質問で「県の見解といえるものではない」と新聞記事を否定した。『河川へのEM投入は汚濁源』という新聞の見出しについて、汚濁源になるという具体的な根拠が紙面にないため問いあわせると、「県の担当者の発言を掲載したまで」という説明だった。が、この福島民友の記事がいまだに「EM効果なし」の根拠として使われ続けている。一度、この点はきちんと裏付け取材に基づいた報告しなければならない。

 ≪次回に続く≫

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150716.php

第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150805.php

第3回:EM攻撃は朝日から始まった
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150909.php

第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150924.php

第5回:国立天文台執行部が下した決断
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150926.php

第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151019.php

第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151101.php

第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151111.php

第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151118.php

第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151127.php

第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151209.php

第12回:朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151226.php

第13回:第4の権力、恣意的に行使されたら-筑紫哲也氏の憂慮
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160220.php

第14回:なぜ、朝日新聞を問題にするのか?
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160222.php

第15回:光と風と歌と
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160226.php

第16回:美しいEM団子づくり、石岡の「光風荘」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160308.php

第17回:鈴木せつ子さんの微笑みに「花は咲く」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160311.php





◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/03/11 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」 -そこまでやるか、EM叩き- 


第17回
鈴木せつ子さんの微笑みに「花は咲く」
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・光と風と歌と  その3
・感謝と感動が連続するEM生活
・「石岡緑の会」会長、北里大学卒で元県会議員の見識と確信

目が不自由な上に他の障害を抱える方の自立を目指す盲重複障害施設「光風荘」(須賀田毅理事長、茨城県石岡市)のことをこの数回メルマガで報告してきた。すると、設立当初からの理事で施設にEM(有用微生物群)導入のきっかけを作った「石岡緑の会」会長、鈴木せつ子さんから封書が届いた。なんという律義さなのだろうか。

 前略 ごめん下さい。
先日は遠方よりお忙しなか光風荘においで頂きましてありがとうございました。
職員や入所者はどれほど勇気づけられたことでしょう。
 出口先生に発信して頂けると又さらなる出会いがあることを期待しております。
EMとの出会いは、私はもちろん光風荘にとっても人生が変わるほどのパワーがあり、 …。

 達筆で丁寧な文字、やさしく情感にあふれそれでいて一言の無駄がない心のこもった文面なのである。末尾は「感謝」の二文字で締めくくられていた。それら細やかな文章の随所に心配りが感じられた。手紙というものはこう書くものだ、というお手本のような体裁だった。素直にうれしいものだ。
 手紙と一緒に冊子が同封されていた。石岡における女性の活動をまとめたものでタイトルは「もえぎ」、そのコピーには鈴木さんのEM活動の記録が綴られていた。平成16年3月の発行だから、もう12年前にさかのぼる。
 お礼の電話をした時に、この冊子「もえぎ」に書かれていることを確認したうえで、EMとの出会いからこれまでを振り返ってもらった。何が心に残っていますか、と聞いた。今回は、鈴木せつ子さんの物語であり、EM活動の真実でもある。
DND編集長、ジャーナリスト   出口俊一

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:鈴木せつ子さんを囲んで、石岡市ボランティア連絡協議会会長、井坂日出代さん(右)とたんぽぽの会の石井よし子さん

◇その出会いから
 ・EMとの出会いは、偶然というより必然のように思えます。私は、その頃、20数年に及ぶ長い間、実母の介護に追われていました。母の介護は結果的に30年余り続きましたが、心身ともに疲れ切っていました。
 平成7年頃のことでした。ふらっと本屋に立ち寄ったところ何気なく本棚から手にしていたのが当時ベストセラーとなっていた『地球を救う大変革』でした。私は、だいそれて地球を救おうなどと思ったわけではありません。ただ、単に介護疲れしていた自分が救われるかもしれないと、思ったのでしょう。
 本を買って読み進めると、EMという役に立つ有用な微生物群がすべてのものを蘇生の方向に導くというから、目から鱗と言うか、すごく驚きました。
 それから1年後でした。隣の八郷町でEMの開発者で、その本の著者でもある琉球大学教授の比嘉照夫氏の講演があるというので、ご近所の人と3人で聴きに行きました。その内容は、農業が無農薬、無化学肥料ででき、高品質で多量の収穫がある、さらに環境の浄化作用もあり、悪臭を改善するという。それもいままで聞いたことがない内容でした。


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◇赤い塊の正体
 ・石岡市内から離れた南の農村地帯にコンクリートで囲まれた防火用の池があり、当時、近隣の十世帯ほどの家庭から雑排水が流れ込んで泡立っていた。アオコが覆っていて悪臭を放っていました。棲みついているのはザリガニくらいで魚影をみた記憶がありませんでした。本で読んだり講演会で聴いたりしても実際にやってみないことには納得しない。百聞は一見に如かず、ですよ。一応、私も理系女の端くれですので、その池でEMの効果を試してみることにしました。
 平成9年3月5日、米のとぎ汁で作ったEM発酵液を3日に1度、6Lずつ投入した。池の水を汲むと容器はべっとりとアオコの緑色に染まった。初めての実験なので、この池がきれいになればEMの働きを信じることができる、と思いました。なんでもね、やってみないとわからないでしょう。
 10日過ぎても変化はあらわれません。少しの変化も見逃さないように毎日観察しました。草で覆われた池の周囲を毎日踏み歩くので道ができていました。ほんとうにきれいになるのだろうか、と疑問が脳裏をよぎっていました。が、2週間過ぎた頃から少し変化が現れました。4月5日、池からアオコが消え悪臭がなくなっていたのです。さらに1ケ月後のことでした。池の近くの竹林の笹葉が沈んでいるのがはっきりと見えたのです。この様子が地元の新聞記事に取り上げてもらったら、記事を見た方々から問い合わせが相次いだ。それで終わらないところがEMなんですよ。
 6月6日、池が澄んできたので魚が棲めるかどうか試そうと、「光風荘」の何かのイベントでもらいうけた金魚を6匹池に放流したんです。そのまま放置していたら、5ケ月後の11月10日でした。
 観察のために池に向かっていくと、赤い塊がというか、何かの一群が浮いているのが見えた。何だろうと、不思議に思って近づいていくと、なんと6月に放流した金魚が繁殖して、群れを成して泳いでいたのです。あまりに凄いのでしばし立ち尽くしたままでした。いまでは錦鯉も加わり、子供のころよく見かけたカワセミやゴイサギが飛来するのも見かけるようになりました。この成果がいまの私の最初のEMへの確信であり、活力源になってくれました。

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◇「石岡緑の会」発足と野菜作り
 ・比嘉教授の講演会を聞いてのち、恒川敏江さんが理事長を務めるNPO「緑の会」のアドバイスをいただいて「石岡緑の会」を発足させました。参加したのは仲間の3人でした。
 その一人の女性が、農家でありながら農薬アレルギーの症状で苦しんでいました。当時は、農薬、化学肥料なしの農業というものは考えられませんでした。いまでもそうですが野菜は、形や大きさ、品質などに細かい基準があり、農家はそれらに適合した野菜づくりをしないと、農協や市場へ通すことができないうえ、一般の消費者にも受け入れてもらえないからです。案の定、彼女は、専業農家の夫から反対されました。
 が、狭い畑で、春ごろから、家庭から出る生ごみをEMで処理し、その畑に投入し始めました。1ケ月もすると、畑が柔らかくなってきた。試しにネギの苗を植えた。8月には、ニンジンや大根、ホウレンソウの種を撒いた。
 驚くべきことに、11月には大きくて形の良いニンジンと大根を収穫した。本来の野菜の匂いがして、大根はみずみずしく、その白さが眩しいほどでした。みんなで試食したら、おいしくて、おいしくて、そしてうれしくて涙がでそうになりました。これもEMを確信する結果となりました。その実証にご主人も納得し、自家製のEMボカシに加えて、EMの米ぬか発酵ペレットを購入してやっているんです。

◇悪臭対策に取り組む
 ・もういまさら特筆すべきことではありませんが、その悪臭対策のEM効果は抜群です。宮崎県での口蹄疫まん延防止(※1)や、先の常総市の鬼怒川の堤防決壊で学校(※2)が水浸しになり、その後の清掃でカビ臭や悪臭対策にEMが効果を発揮したのは記憶に新しいことです。が、いまから20年近く前に、山林の悪臭消しをやりました。
石岡医師会病院と付属する老人保健施設の近くに3000平方mほどの山林がありまして、そこにゴイサギやシラサギが棲みついた。夥しい数が集まり、その鳴き声がうるさく近所迷惑でした。加えて、ヒナの死骸や食べ残しの小魚が腐敗して悪臭が周辺に及んでいた。鳥の糞尿は比較的分かりやすいのですが、死骸や小魚の腐敗臭は、通りがかりの車が窓を開けようものなら、そばを通るだけでも気分が悪くなるほど酷いものでした。
 山林なのでとても広いでしょう、ジョウロで散布というわけにはいかない。そこで軽トラックに500Lのタンクを積んでその中にEMの活性液と井戸水を入れて25倍に薄めて動力噴霧機で一気に散布するのです。さすがにその時は、男性陣が応援してくれました。
 作業に取り掛かった日は蒸し暑い日で、二人の男性は、頭上から小魚の食べ残しや糞尿が降ってくるのを我慢しながら、長そでシャツに身を包み、帽子をかぶって2時間余り散布したんです。汗でびっしょりなりながら、それでも7月上旬から8月下旬まで4回噴霧したら、どうなったと思いますか? それがたちまち悪臭は緩和されました。魔法のような効果があった。それにゴイサギやシラサギの喧騒が、セミや小鳥の鳴き声に変わっていたのです。当然、凄いね、凄いね、と、EMの効果を誰もが認めることにつながりました。

※1・EM散布が口蹄疫まん延、悪臭対策に効果発揮
・大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150805.php

※2・悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
・教頭「EMは凄い効果ですね」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151019.php

◇今度は、学校からプール清掃の相談
 ・EMによるプール清掃(※3)は、いまでは珍しいことではありませんね。全国の各学校で実証済みで、その効果をどうのこうの言う余地はないです。別にEMの授業をやっているわけではないし、自分たちが使うプールの清掃をなるべく塩素剤の使用を減らして子供らの負担やリスクを減らそうという試みなのでなんら問題視される理由はない。これを止めさせようと一部、山形大の教員や、議員が一人か二人いるようですけれど、これは子供の安全を軽視したある種の暴挙と思いますね。
 ある日のことでした。霞ケ浦町、千代田町、新治村の小学校の先生らがEMに関心をもち、それぞれに「石岡緑の会」を訪ねてきた。とくにプール清掃に関心をもっていました。お話を聞くと、プール清掃は大変な労力で、大量の塩素剤や合成洗剤を使うため、清掃に参加した児童たちが皮膚炎を起こす事故もあって、それ以来、保護者と教職員だけで作業をする学校も出る始末でした。
 米のとぎ汁は、そのまま台所から河川に流せば環境を汚染するが、EMで発酵すると浄化の働きに変わる。そのメカニズムを利用して、プール清掃の1ケ月前くらいから、米のとぎ汁のEM発酵液を、水を張ったプールにじゃぶじゃぶ投入するだけなんです。この時の米のとぎ汁は、子供たちがそれぞれ家から持ち寄ったものを培養して使います。もうどこでもやっていることなのであえて言うべきことではないのですが、当時としては新しい試みでした。
 プールにEMの活性液を投入すると、壁や底にこびりついた汚れが浮いてくるようにはがれ、浮き沈みしているうちに底の白線が透けて見えるようになってくるのです。そのためプール清掃は水とデッキブラシで簡単に掃除ができます。その大量のプールの水は浄化の働きがあり、塩素剤を必要としないので放流すると川がきれになる。下流でシジミが取れるようになった、ということも報告されました。

※3
・EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
・新潟・南魚沼の塩沢小、岡村校長の見識
・EM批判の朝日記者、取材先で教師を”威圧“
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151101.php

◇66歳の女性の梨づくり
 ・それは66歳の女性の話です。この女性が一人で梨の栽培に励んでいて、周囲は一面梨畑でした。なんとか減農薬、減化学肥料を心掛けていたのですが、梨づくりも葡萄栽培を同じくかなりの農薬を使うようでした。EM栽培の果物は、確かにおいしい。そのことを知った女性が、すぐに使ってみたいということでした。
 失敗はできないでしょう。他人がやっているのは知ってはいるが、私には経験がない。そのため、EMで梨づくりをやっている人を紹介した。さて、梨の花が咲き、実がなった。誰もいない畑をこっそりのぞいたら、葉のぐあいもよし、実もしっかりしている、これだとうまくいくかもしれないと思った。
 8月中旬、収穫期を迎えた。その女性が満面笑みで、お蔭さまでおいしい梨ができた、と喜んでくれた。それを聞いて、胸をなでおろしました。「石岡緑の会」のホームページでも紹介して、販促につなげた。
平成15年頃は、長雨による冷夏のため多くの梨農家で、冷害の影響が出た。その女性の梨畑はどうか、心配した。が、こんな時こそ、EMの底力が試されるようで、大きな影響もなくおいしい梨が収穫できた、と彼女は驚いていました。遠くから買いに来る常連さんもできたが、不作で困った梨農家さんまでもが買い付けにくるほどでした。

 
◇霞ケ浦をきれいにする会
 ・EMの活動は、こうみていくと大変多岐にわたり、生活の隅々までいきわたっていることがわかりますでしょう。光風荘近くの柏原池は、平成18年から浄化活動を行ってきました。以前は、そばを通るだけで悪臭に悩まされていた。
 平成23年、石岡市からの相談もあって里親になり、毎月、ボランティアの力をかりながら1500個のEM団子と100Lの活性液を投入してきました。いまでは悪臭が消え魚影も確認できて訪れる人を楽しませてくれています。光風荘の利用者さんらも池の周囲からEM団子を投げ入れる活動に励んでいます。ボランティアの方々に手を借りでそこまで池のそばまで歩いていきます。池のそばで、それぞれが思い思いに自分たちが作った団子を投げ入れているんです。今度、ぜひ、見にきてご一緒にやってください(笑)。
 柏原池は、山王川に入りそこから霞ケ浦へと流れていきます。「霞ケ浦をきれいにする会」は、平成18年4月に発足しました。茨城県南東部から千葉県北東部に広がる霞ケ浦は、湖面積220平方kmで琵琶湖についで2番目に大きな湖で、ここに流入するのは桜川、恋瀬川、巴川、小野川など56河川、流域に住む人口が100万人でそこから生活排水や養豚、農薬、化学肥料などによって水質の悪化が深刻な状態です。そのため、石岡市など関係市町村が連携しながらボランティア活動が活発化しています。

◇日本橋川の忘れえぬ思い出
 ・光風荘のEM団子が素晴らしいということで、恒川敏江さんが理事長のNPO「緑の会」が購入してくれており、それが東京の日本橋川の浄化に役立てられています。どなたか、知りませんけれど、EMを弱みにつけこむ悪徳商法だなんていう学者がおいでになるらしいけど、どこを見てそんな意地悪な嘘をいうのでしょうかね。そんな人は相手にしません。
それでね(笑)、日本橋川の浄化(※4)が始まって2年後の、平成20年10月に「環境フォーラム」が三越日本橋本店の「三越劇場」で開催されました。
 その時に、光風荘の利用者さんも招かれたのです。フォーラム開始前に、日本橋川に団子を投入することになり、当日、先代の理事長、須賀田一男さんが利用者さんと一緒に光風荘からバスを仕立てて日本橋川へ向かった。
川風がふいて気持ちがよかった。利用者さんらは、その川面の輝きを肌で感じるのでしょうね、生き生きしていました。団子が投げられると、表情が変わっていくのがわかりました。目が見えなくてもその場の雰囲気を十分に感じ取っているようでした。
 日本橋川へ団子を投げ入れる番がめぐってきました。いざ、思い切って団子を投げたら、水しぶきをあげてジャポーンという音が返ってきた。音がするたびに歓声を上げてみんな興奮していましたね。あの時の光景が瞼に焼き付いてはなれません。
環境フォーラムでは、そのステージで光風荘が日本橋保存会から感謝状をいただきました。そのお礼に、あの「カムカム」バンドが演奏を披露すると、会場は沸き返っていました。みんな喜んで立ちあがって拍手してくれました。感動的でした。
 須賀田理事長は、「まさか、日本橋川で団子投げができるとは思わなかった。みんなあんなに喜んでくれてよかった。いい思い出になってうれしい。EMとの出会いはたくさんの幸せをもたらしてくれていますね」としみじみ語っていました。
 惜しいことに須賀田理事長は平成25年9月に鬼籍に入られました。が、生前、何度もその時のことを口にされていました。いまはご子息がその遺志を継いで立派に光風荘の運営を切り盛りしているのは、ご存知の通りです。

※4:日本橋川の浄化運動による成果と検証
「日本橋川から毎週10トンのEM活性液を流し続けて10年目、3年目には東京港がきれいになり、5年目には東京湾がきれいで豊かになり始め、マスコミも東京湾のこの奇跡的な変化を毎々報道するようになってきた」
●第94回 水系改善と生物多様性の回復(3)
http://dndi.jp/19-higa/higa_94.php
●第95回 水系改善と生物多様性の回復(4)
http://dndi.jp/19-higa/higa_95.php
●第96回 水系改善と生物多様性の回復(5)
http://dndi.jp/19-higa/higa_96.php
●第97回 水系改善と生物多様性の回復(6)
http://dndi.jp/19-higa/higa_97.php
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:昨年8月、TBSで「美しく再生の神田川 水遊びOK」の番組で、その効果のひとつとして微生物の河川への投入を指摘した。

◇鈴木せつ子さんという人の歩み
 鈴木さんは、まだまだたくさんあるのですけれど、こんなところでよろしいでしょうか、といいながら最後に、「EM活動を通じて特筆すべきものがあるとするなら」と断って、「それは、私にEMを指導してくださった元小学校教頭の額賀義三さまには大変お世話になりました。そしてやはり、尊敬する比嘉先生への感謝の気持ちですね。幸せなのはEMが人と人との出会いを与えてくれたという事だと思います」と述べ、「引っ込み思案の農村の女性たちが、EMと出会って人と人との輪が広がり生き生きと生活していけるようになったのは幸せなことですね」と語った。

≪プロフィール≫
茨城県石岡市出身、昭和42年、北里大学衛生技術学科卒、茨城県立中央病院勤務、土浦協同病院勤務ののち、昭和48年、実母の介護のため退職、昭和62年光風荘創設に加わる。平成9年、比嘉教授の『地球を救う大変革』に出会う。平成10年、取手のNPO「緑の会」理事長、恒川敏江さんに出会う。同年「石岡緑の会」発足、会長に就任、平成15年、石岡市議会議員、平成19年茨城県会議員、現在「光風荘」理事、同後援会会長県立こころの医療センター、高齢者施設「あいあい」などボランティアに取り組む。

 さて、鈴木せつ子さんではないが、EM活動の周辺を見て回ると、多くの人が「素晴らしい人との出会い」を口にする。地域、環境、福祉、農業、そして食と健康といった生活全般の課題を解決するEM技術を役立てる世界には、おのずとうるわしい信頼の絆が広がるのだと思う。確かに、私もいまから20年ほど前、取材の現場でEMの開発者、琉球大学名誉教授、比嘉照夫氏との出会いによって人生が大きく変わった、といっても過言ではない。そして多くの方たちとのお付き合いが実った。こんなことは書きたくないが、この見返りを求めない善意のボランティアの信頼の絆に牙をむく、特定グループの存在が浮かびあってきた。大学教員らが蠢いているのも事実だ。まあ、やがて天罰が下るだろうと思うが、今後もジャーナリストとして正義のペンを走らせていく覚悟だ。

 ≪次回に続く≫

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150716.php

第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150805.php

第3回:EM攻撃は朝日から始まった
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150909.php

第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150924.php

第5回:国立天文台執行部が下した決断
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150926.php

第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151019.php

第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151101.php

第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151111.php

第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151118.php

第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151127.php

第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151209.php

第12回:朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151226.php

第13回:第4の権力、恣意的に行使されたら-筑紫哲也氏の憂慮
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160220.php

第14回:なぜ、朝日新聞を問題にするのか?
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160222.php

第15回:光と風と歌と
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160226.php

第16回:美しいEM団子づくり、石岡の「光風荘」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160308.php





◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/03/08 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き- 


第16回 美しいEM団子づくり、石岡の「光風荘」
・「光と風と歌と」-その2
・「ボラ感」の歌が胸をうつ

 茨城県石岡市内にある盲重複障害者施設「光風荘」(須賀田毅理事長)にEMづくり専用の建物がある。ここでは土日をのぞく毎日、施設の利用者さんらが順番で班ごとに分かれてEMボカシ、EM団子づくりに励んでいる。どこよりも美しいEM団子を作る、と評判の「光風荘」を訪ねてすぐ、復興ソング「花は咲く」のサプライズがあったことは前回のメルマガ「光と風と歌と」で報告した。
 バンドのみなさんが歌をひとつマスターするのに平均で7ケ月の時間を必要とする、と聞いた。新しい曲になると、1年余りもかかるというのだから、涙ぐましい。今回は、EM団子づくりにまつわるエピソードを紹介したい。団子ひとつ丸くこねられるまでには、どのくらい時間を要するか、その体験を聞いてまた驚いた。丸い団子、その丸いという形を連想するのが難しいらしい。
DND編集長、ジャーナリスト   出口俊一

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:EM団子づくり、丸く仕上げるのには、やはり時間がかかる

◇光風荘のEM棟
入口をくぐると、発酵した匂いだろうか、EM独特の匂いが漂っている。そこで利用者さん十数人が作業台を囲んでいた。「カムカム」バンドでシンセサイザーを担当していた長身の男性が数人と一緒にボカシづくりの作業台にいた。米ぬかともみ殻をEMに混ぜあわせているのだ。右に左に散らしては再び戻し、それを繰り返しながら良質のボカシに仕上げていく。
 このボカシは、ボカシ肥料と言われ菜園や畑の土壌改良に使われている。効率よく、それもローコストで作れるため、国内ばかりか世界各地で作られているそうだ。特別な特許も縛りがないのは、考案者でEM開発者の琉球大学名誉教授、比嘉照夫氏が安全で安心でしかも環境にもよい土壌改良資材を多くの人にお届けしたい、という強い思いがあるからだ。「BOKASHI」のネーミングで欧米をはじめ、アフリカ、アジアなど各地で普及している。
さて、その作業を見てまわった。
 どうですか?とシンセの彼の肩に手を添えたら、「ハイ、指を動かしていると、気持ちがいいです!」という。「指を使うシンセサイザーと、ボカシづくり、そのどちらが楽しいですか?」と聞いた。「ハイ、シンセの方がやはり…」と言って笑った。そうだよね、愚問でした。そばにいた理事長の須賀田さんが、彼はベテランでよくやってくれています。食堂のホールでは朝と、昼と、晩の一日に3回、シンセサイザーで生音楽を聞かせてくれているのです、と教えてくれた。
 一番奥の作業台では、利用者さんら4人が丸い団子状のものを作っていた。丸く捏ねた団子は、いったん、その端に立つ職員の手にわたり、量りで一個一個均一の重さにならされて次々と大きな箱に並べられていた。褐色の土は、米ぬかにEM活性液を含ませたEM団子の材料となるもので、褐色の団子は数ケ月もすると、菌が表面を覆いEM団子という完成品になる。EM団子は、主に全国の河川の浄化に役立てられている。


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◇1年がかりの団子
 私の取材に同行してくれた施設のEM担当である山口せつ子さんは、最初、利用者のみなさんは、まず丸い形というのが理解できないのです。そのため、作業の脇に見本として丸い団子を置いて触らせた。これが丸い団子の形だよ、と教えた。それを触らせながら、丸い形を憶えさせるのです。そうですね、丸い団子の形をマスターするのには、ほぼ1年かかっています、という。

 作業台の男性に聞いた。
 上手にやりますね、もう何年やっているのですか?
「2から3年になります」
 丸くこねるのは難しくないですか?
「ハイ、一応、手ほどきしてもらうのですが、前は、いくらやってもヘビのような格好になったり、ジャガイモだったり、なんだかわからない形になって、うまくいきません。いまのように丸くできるまでには、結構、苦労しました。いまはもう慣れました」

  私もやってみた。いやはや、これがうまくいかない。土が柔らかいために力の加減が要領を得ず、ジャガイモのようないびつな形になってしまうのだ。1年がかりとは気が遠くなるような話しだ。丸い形をイメージしても丸い形に整えるのは容易じゃないのである。

 団子は1個240gと決めている。女性で230gだったり、手の大きい男性では280gといろいろだが、成型の過程で土を足したり削ったりしながら最終的には240gに整える。EM団子は箱詰めされて乾燥し、発酵ののち一個150gの製品となる。
 「光風荘」でつくるEMボカシは、1キロ300円で、園芸用品店や市役所の即売コーナー等で販売されている。月に200袋ほど売れる。大口の注文も入るという。販売先に、作った利用者さんらを同行させることもある。販売先から、「いつもありがとうね」とか、「いいものができたね」などと励ましの声をもらうと、みんな嬉しそうに照れながらも御礼を述べ、次にまた行きたいと自分の順番を心待ちにするのだそうだ。

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◇年間2万個の製造
その一方、EM団子の方は、これも年間2万個余り製造する。一個30円から40円で引き取られているうえ、茨城県や近隣の河川の浄化のために利用者さんらとEM団子を投入している。全国の社会福祉法人や授産施設、作業所の多くで、このようなEMボカシ、EM団子づくりを行っているEMボカシネットワークを作って応援している。

 山口さんは、利用者さんらこの取り組みについて、
「丸い形のイメージがつかみにくいのだが、丸か、三角か、形の識別ができたとしても丸い形を作る、となるとこれがまた難題で、幼少のころから泥んこ遊びなどの経験がないため、手のひらは頼りないくらい薄く、指といえば細く白かった。EM団子づくりを始めると、やがて男性の指は節くれて力強くなり、女性はしなやかなに変化してきているんです」と胸を張った。

 「光風荘」の開設当初から理事として活動している鈴木せつ子さんは、EMボカシ作りを始めた頃を述懐した。
「平成9年ごろですが、当時、施設運営にお金がない、お金がない、と耳にするので、それならEM(有用微生物群)でボカシを作って売ればお金になるじゃない、とうことでボカシを作ることになったんです。」
ボカシは、EMと米ぬか、もみ殻を発酵させたもので、これを生ごみに混ぜて発酵させたものを土に返すという循環型の社会の一端を担ってきた。が、鈴木理事の提案でそれを販売したら、好評だった。自分たちの作ったボカシを地域の方々が使ってくれるということになった。「利用者さんらの精神面の充実と作業を通じての生きがい作りの一助になっているんですね」という。加えて、EMボカシ、EM団子づくりには、地元から、石岡市ボランティア連絡協議会(会長、井坂日出代さん)はじめ、大勢のボランティアの方々が日々、応援してくれている、という。

◇自立のために…
 自立には、社会との接点を結ぶ、ということがなにより大切だ。まず日常的な仕事に就けるか、どうか。何か、いい仕事はないだろうか、とそこを最重要の課題としている。施設の運営に携わる責任者は常にそのことが頭から離れないものらしい。
 日本一美しいEM団子を作る光風荘を訪問-というコメントを写真入りでフェイスブックにのせたら、多くの反響があった。中でもニュージーランド在住の女性から、それだけきれいなお団子を作るのであれば、本物の団子を作って販売したらどうか、というメッセージが入った。そのことを控えめながら「そんなことは無理ですよね」という意味の否定的な説明を加えて、須賀田さんにお伝えした。
 すると、
「いやいや、ひょっとしてそれもいいかもしれませんよ。団子づくりの応用というか、本物の団子をつくるのですね。いいアイディアだと思います。わたしたちは、利用者さんらに何かいい仕事はないか、と日々、考えているのでどんなアイディアでも喉から手が出るほどいただきたい。みなさんの自立の一助になればこれほど喜ばしいことはないのです」と喜んでくださった。
利用者さんの作業といえば、これまで割りばしの袋詰め、メンコの束ね作業、ティシュの袋入れといった請負の内職作業が多かった。飾りのクラフト制作、陶芸といったものが、一般的だった。とくに内職は、材料や製品の受け渡しに車で運んだりしないといけないので対価のわりには負担が多いのだ。クラフトや陶芸については材料費がかさみ作品とてそう売れるものでもない、という。

◇足利のこころみ学園、川田園長の願い
  余談だが、栃木県・足利のワイナリーで知られる「こころみ学園」の創設者、故・川田昇園長が、ワインの本場フランスに行って、そこでシャンパンの製造を目撃しその製法を聞くに及んで、「うちでシャンパンを作ればこれでまたひとつ園生に仕事が与えられるじゃないか」と小躍りしたというエピソードをメルマガで紹介した。
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 さて、その作り方といえば、発酵を終えて仕上がった瓶詰めのワインに乾燥酵母と餌になる砂糖を入れて再び発酵を促す。その瓶の中で二次発酵するから瓶内二次発酵方式と呼ぶ。この発酵によって澱がたまるため、どうにかして澱を処理しないとせっかくのシャンパンに濁りがはいる。その濁りを除去するために瓶を逆さまの状態で回転させながら酵母の澱を瓶の口元に集めて、澱を取る。気が遠くなるようなこの作業をルミュアージュ(動瓶)と言う。
 が、ルミュアージュは、日に2回、1回の回転が45度で、100日連続でやり続けなければならない。毎回45度の狂いない角度で回し根気よく100日続けられるだろうか。その独特の製法を習熟したのが、自閉症の園生だった、というのは驚愕でした。彼のその才能を見出した川田園長も並ではない。
 スパークリングワインの製造はこれで終わらない。瓶の口に澱が溜まった瓶をそっと抜いて、マイナス20度の不凍液で口の部分を凍らす。栓を抜くと、勢いよく澱をためたところが鉄砲玉のように飛びだしていく。さらに量を調整しコルクを打って、ワイヤーで固定するという手順をふまなければならない。
 このココ・ファーム・ワイナリーの名前を一躍有名にしたのが九州沖縄サミットでした。ここのスパークリングワイン「NOVO」が、夕食晩さん会の乾杯に使われた。このシーンをテレビの前でかじりつくように見ていたワイナリーの関係者から歓声があがったことは容易に想像できます。ココ・ワインが世界にデビューした瞬間だった。

◇涙でかすんだボラ感
 さて、光風荘の訪問から、まもなく一週間余り過ぎた12月20日に再び訪ねた。年に一度の「ボランティア感謝の集い-クリスマス会-」。この日も好天で、光風荘に穏やかな光が差し込んでいた。やはり午前10時の集合時間より早めに着いて駐車場で待機していたら、鈴木さんから声がかかった。ホールには、利用者さんらが席についていた。ステージの最前列には、ボランティアの方々が座っていた。ホールには、利用者さん、職員、それに保護者のみなさま、そして理事ら来賓の方々が招かれていた。
 午前10時半、利用者さん代表による「始めの言葉」で開演し、理事長の須賀田さんが挨拶を述べ、来賓として地元の今泉文彦市長が激励した。う-む、突然というか、予期せぬ事態と申しましょうか…。
 続いて来賓として呼ばれたのが、金沢工業大学客員教授でジャーナリストの出口さま…」と紹介された。迷わず、壇上に上がったものの、スピーチの用意はなく、少し戸惑いながら、先日の「カムカム」バンドの「花は咲く」で泣かされたことを”告白“した。壇上に立ちながら胸にこみ上げるものがあった。
 ボランティア感謝の集いは、通称、「ボラ感」と呼ぶ。ひとつひとつが丁寧に進行していった。施設長の須賀田さんが来賓の皆様を紹介し、次に司会を務める和合さんが、保護者を代表して挨拶にたった。ボランティアの方々が「親代わりになって子供たちに接してくださって本当にあり難いことです」と感謝の気持ちを伝えたあと、その前日に福島で歌手のさとう宗幸さんが歌った「あ・り・が・と・う・の歌」を引き合いにボランティアの皆様に「ありがとうございました」を繰り返した。この真心のスピーチに心打たれた。後日、YouTubeでこの歌を聴いたら、心が揺さぶられてたまらなかった。
 利用者でつくる自治会の代表として挨拶にしたのが、あのキーボード奏者で、美しいEM団子を作る、さとみさんだった。立派でした。ボランティアのみなさんは10数団体に及んでいた。「ぽこあぽこ」、「むつみの会」、「さつき会」、「はくつる会」、「たんぽぽ」などで、読み聞かせのボランティアだったり、手を貸すボランティアだったりだが、その大半はEMのボランティアに携わっていた。それぞれを紹介し、ステージで記念品を贈り、代表が挨拶した。
 午後は、土浦から軽音楽の演奏が入った。土浦ウィンドアンサンブルの軽快なリズムに合わせて体を揺らせたり、踊ったりする子もいた。演奏も後半に差し掛かった頃、「花は咲く」の演奏が始まった。すると、職員が近くにいた「カムカム」バンドのボーカルの女性二人をステージのそばに案内し、マイクを持たせた。歌は、演奏の途中から飛び入りした格好だ。いやあ、なんとも…。演奏がひと段落したら、アンコールが起こった。アンコールには「花は咲く」が選ばれた。
 今度は、最初から最後までフルで歌い上げていた。私の席の近くに、「カムカム」バンドの男性ボーカルの姿が目に入った。彼は、職員から腕を支えられるようにステージに呼ばれたが、どうしたのだろうか、彼はその招きに躊躇した。行けばいいのになあ、と思いながら、ほら、行って、行って、存分、その甘い声で歌ってきなよ、と小さく声をかけた。腕を組んだまま、彼は頑なな様子だった。
 ほら、君の出番だよ、みんな待っているよ、と、また声をかけた。すると、スーと立って職員の肩を借りて、ステージの方へと向かったように見えた。
 歌は伸びやかで、心に響いてきた。その一部始終を見届けながら、こんなドラマが現実に起こりうるものか、と。それが夢のステージのようでもあり、夢なら覚まさないでほしいと思ったら、また涙があふれた。

  

◇世の中に大切なこと
 ハンディのある人を日夜、表に裏に支えていく。また身近に寄り添いながら自立を手助けすることは、とても尊いことだ、と教えられた。時間をかけてもできるまで待つことの大切さを学んだ。光風荘でみたEM活用に関わる方たちのやさしさに心を打たれた。私は、その笑顔と歌声を心に刻んだ。この麗しい絆を守っていかなければならない、と心に誓った。 みなさま、ありがとうございました。

 ≪次回に続く≫

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
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第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
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第3回:EM攻撃は朝日から始まった
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第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
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第5回:国立天文台執行部が下した決断
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第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
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第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
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第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
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第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
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第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
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第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
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第12回:朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
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第13回:第4の権力、恣意的に行使されたら-筑紫哲也氏の憂慮
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第14回:なぜ、朝日新聞を問題にするのか?
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第15回:光と風と歌と
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第15回 光と風と歌と

◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/02/26 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」
 -そこまでやるか、EM叩き- 


第15回 光と風と歌と   http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160226.php
・盲重複障害施設「光風荘」を訪問
・恒川ご夫妻と鈴木せつ子さんの信頼
・「花は咲く」のサプライズに感動
・EMボカシ、EM団子づくり評判

 EM(有用微生物群)がどのように役立てられているか、EMボランティアの活動はどのようなものなのかーこれから数回にわたって、EM活用の事例を現場から報告しようと思う。まず、全国的に広がるEMボカシネットワークのひとつで、EMボカシやEM団子を作って実績をあげている茨城県石岡市の「光風荘」を訪問した。
DND編集長、ジャーナリスト   出口俊一

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◇「光風荘」を初訪問
茨城県を中心にEM(有用微生物群)で地域の環境ボランティアに取り組むNPO「緑の会」理事長の恒川敏江さんと、それから恒川さんが長く懇意にしている茨城県石岡市にある「光風荘」の筆頭理事で石岡「緑の会」の代表、鈴木せつ子さんのお二人から今年初めて賀状が届いた。
 「是非、是非、取手へ。又、泣かせてしまうかもしれません」  恒川敏江

 「昨年は光風荘を元気づけて頂きましてありがとうございました。
皆さん 大変喜んでおりました」               鈴木せつ子

どうも還暦を過ぎると涙腺がゆるんでいけない。賀状を手に達筆な万年筆の文字を追っていたら、ふと、また、熱いものがこみ上げてくる。
「光風荘」とは、盲重複障害者施設で社会福祉法人「常陸青山会光風荘」(理事長、須賀田毅氏)という。多くの人の努力で創設し、幾多の苦難を越えてまもなく30年を迎える、という。盲重複(もうちょうふく)障害施設というのは、目が不自由なうえにほかの障害も抱える方々をサポートしている。
この施設が、EMのボカシやEM団子を作って販売しその売上が施設の大きな収入になっているうえ、施設の利用者のみなさんの自立に役立っている、と聞いて、それは凄いなあ、ぜひ訪ねてみたい旨をお願いした。どうやって団子の形を整えるのだろうか、不思議に思うところもあった。


◇世間に知られていないEMボカシネットワーク
EMには、地域や学校の清掃や環境活動のほか、EMボカシネットワークという授産施設等を結ぶ組織があり、現在、国内各地に授産施設、作業所340ケ所でボランティアグループが活動している。米国やアジアなど海外展開も実現している。
もう15、6年前になるが、幕張メッセで開催した「活力自治体フェア」にボカシネットの活動を紹介する展示ブースが設けられ多くの来場者の共感を呼んでいた。その展示ブースに地元の堂本暁子元千葉県知事が立ち寄られ、相当長い時間足を止めて、ボカシネットワーク名誉会長の比嘉節子さんの説明に聞き入っていた。
当時、私は偶然、この場面に居合わせており、堂本知事が車椅子の方々の手を取って激励している姿をカメラで追っていた。
授産施設でのEMボカシ、EM団子づくりは世間にはあまり知られていない。ボランティアのみなさんが控え目に活動を続けており、あえてPRするという必要性がないからだろう。いつか取材したい、と思っていながらなかなかチャンスがなかった。が、昨年、恒川ご夫妻の紹介で「光風荘」理事の鈴木せつ子さんにお目にかかる機会があり、それが縁で今回の訪問が実現した。
鈴木さんは、施設に初めてEMを導入した立役者だった。その経緯については後日、詳しく報告することにしたい。「光風荘」のEM団子は、粒ぞろいでどれも質がよく、その評判はいまでは「全国一美しい」という。

◇「花が咲く」
さて、訪問の前夜、恒川さんから携帯に連絡があり、待ち合わせ場所と時間を確認したあと、こんなことを口にする。
「なんとしてもバンドの演奏と歌を聞いてほしいの!でも、急だから、段取りがうまくいくかしらねぇ、うまくいくといいのですけれど、ハイー、さて、どうなるでしょうかねぇ、ハイ」と、毎度、恐縮するくらい丁寧な口ぶりで、その日は特に祈りに似た熱い思いが伝わってきた。
 12月11日、その日は小春日和で「光風荘」に光が降りそそぐ。私は家内が運転する車で到着し少し余裕をもって駐車場で待った。
 それから間もなくNPO「緑の会」の恒川敏江さん、芳克さんご夫妻が、若手の鈴木勝也さんの運転で到着した。取手市からである。そこにタイミングよく鈴木せつ子さんも姿を見せた。にこやかな人たちだ。揃って瀟洒なデザインのエントランスをくぐった。
玄関を入ると、理事長の須賀田毅さん、副理事長で光風荘施設長の須賀田滋理さん、そしてEM担当のベテラン職員、山口せつ子さんが出迎えてくれた。挨拶もそこそこに廊下を抜けて離れのホールに案内された。
並んで歩きながら恒川さんが、「よかったねぇ、出口さん、運がいいわ」と明るく言った。私は、まだその意味がのみこめていない。ホールに入って、あっ!と思わず声をあげた。準備が整っていたのだ。シンセサイザー、ドラム、パーカッションといった演奏をバックに男女3人のボーカルがマイクの前に並んでいた。私たちが来るのを待っていたのだ。どのくらい待たせたのか、申し訳ないなあ、と胸が痛んだ。演奏が始まろうとしていた。
 ステージの真正面の席に案内された。席につくと、司会の方が、これから始めます、東日本大震災の復興ソングをお聞きください、それでは、と手拍子を合図に、太鼓とシンセサイザーによるソロリとした前奏で「花が咲く」が始まった。

  真っ白な 雪道に 春風かおる
  わたしは懐かしい あの街を思い出す
  叶えたい夢もあった 
  変わりたい自分もいた…

 懐かしさいっぱいのイントロのあと、男性のボーカルが甘い声で歌い始め、ソプラノの女性がよく通る声で後に続いた。たちまち美しいハーモニーの世界に引き込まれてしまっていた。

  悲しみの向こう側に
  花は 花は 花は咲く
  いつか生まれる君に
  花は 花は 花は咲く

 女性二人の重なるようなソプラノに続いて、「花は 花は 花は咲く」のサビのところで、突然、熱いものがこみ上げてきた。そのリフレーンでは不覚にも涙が止まらなくなった。しばらく視界がかすんだままだった。
 私のための演奏会だった。その真心とのびやかな歌声に心底、参った。心が揺さぶられてしまった。「なんとしても聞いてもらいたい、凄いのよ」、と恒川さんが強く勧める理由がようやく理解できた。
演奏が終わると、立ち上がって拍手に力を込めた。しばらく鳴りやまなかった。恒川ご夫妻も家内も涙をためながら拍手を送っていた。
そして、拍手が止まると、静まり返ったホールは、ボーカルやバンドのみなさんが、演奏前のように、何事もなかったかのように元の場所に立ち尽くしている。こちらの感動が伝わっただろうか。何か、誰かの次の言葉を待っているような神妙な様子に見てとれた。 お礼を述べたい。どんな言葉でもいいから、感動を伝えたいという思いにかられた。とっさに、須賀田理事長と鈴木さんに目をやって、「ひとこと挨拶してもよろしいでしょうか」と頼んだ。鈴木さんが、「どうぞ、どうぞ、お願いします」と言ってくれた。

◇「勇気と希望をいただいた」と挨拶
「えー、初めて光風荘にお邪魔しました出口といいます。出口という私の名前は、みなさま、ご存知と思いますが、入口、出口の出口です。私は出口なのに光風荘の入口から入ってきました」
 そんな風に切り出すと、ステージ側からドッと笑い声がはじけた。手前に立つボーカルの三人も笑っていた。私は少し気分がよかった。その調子で続けようと思ったが、すぐに言葉が詰まった。

 「EMの恒川さんご夫婦や理事の鈴木せつ子さんから、この日の12月11日は、バンドの皆さんが、とっておきの演奏と歌を披露してくれるかもしれません、というお話がありました。どんな演奏をするのだろう、と思っていたら、演奏が始まって…、もう、10秒も立たないうちに、熱いものがこみ上げてきて胸が詰まって涙があふれて…あふれて止まりませんでした。
みなさん、素晴らしい演奏と歌をありがとうございました。歌詞に、悲しみの向こう側に…とありました。この歌はどんな状況にあっても希望を失わないということの大切さを教えてくれているように思いました。
みなさんが、ここまでくるには大変な努力があったのだろうと推測いたしますが、そのようなことを少しも感じさせない息の合った見事な演奏でした。ボーカルの3人は、のびやかで美しいハーモニーでした。感動しました。皆様から勇気と希望を戴きました。心から御礼を申し上げます。本日は、ありがとうございました」

 挨拶の後、鈴木さんが、「どうぞ、真ん中へ、一緒に写真撮影を」と私たちの背中を押してくれた。家内は、バンドの一人一人の手を取ってお礼を述べていた。それを終えると、バンドのみなさんと一緒にカメラに納まった。この写真とこの歌は、生涯の私の宝物となった。

◇「カムカム」バンド
 施設長の須賀田滋理さんによると、バンド名は、「カムカム」という。「光風荘」、そして「光風荘アネックス」の二つの施設にはそれぞれ38名、合わせて76名の利用者がおり、音楽が好きな愛好家らで結成した。2003年の設立当初は、音大卒の職員が指導にあたった。それ以来、毎週金曜日の午前中を練習の日と決めて励んできた。いまでは、地元の老人ホームや小中学校に出向いて演奏を披露している。ロータリークラブの集まりや落成式、地元の祭りにも呼ばれて人気だ、という。
レパートリーは演歌からポピュラーまで幅広く、出張演奏の客層に合わせて曲目を変えている。
「まつり」、「島唄」、「花」、「涙そうそう」、「世界に一つだけの花」、「明日に架ける橋」、「マツケンサンバ」、「Love Love Love」、「風になりたい」など20曲以上を演奏し歌いこなす。バンド結成10周年を記念して作詞作曲したオリジナルの「風」という歌詞をみせてもらった。

 未来への地図は無くしちまったけど
 そんなもんは捨て 自分で描けばいい

 太陽は西に沈み 東からあがっていく
 循環した日だけど 今日ははじけよう

 夏だ 花火だ 祭りだ 踊りましょう
 ここに光がいつまでも照らすように

◇1曲、半年から1年がかりの根気
 今度は、理事長の須賀田さんが、振り返ってくれた。
「利用者さんらは、楽譜を読むことができないので、憶えるのに時間がかかるんです。気に入った曲を選んだら、まずCDを聞いて憶える。何度も何度も聞いて憶え、音を拾うのですね。それぞれが音を出してみて、それらを合わせていくのです。ちょっと難しいかなあ、という部分が出てくると、そこは編曲して歌いやすくしたりするんですね。1曲、みんながマスターして歌えるようになるには、半年から1年、平均にすると、7ケ月余りはかかりますね」
 なんという根気だろうか。バンドのみなさんの姿勢も凄いが、指導にあたる職員やボランティアのみなさんの熱意も素晴らしい。それが日常で、ごく当然という風なのだ。施設の利用者の、最後の一人ができるまで待つ、せかさずに待つ、あきらめずに待つ、大切なことは寄り添うことであり、その子、その人、一人一人に時間を合わせていくことなのだ、と知らされた。

◇さとみさんのお気に入りは?
 さとみさんは、この日、ホールの奥でキーボードを担当していた。バンドでは、7歳から習っていたピアノの経験が役立った。
-17歳の時に入所した。入所当時は、不安だったけれど、慣れてくると楽しく生活ができるようになった。バンドに入った時はうれしかった。たくさんの演奏依頼があるので、本番が近いと練習が大変だけれど、みんなと一緒にやれることが楽しく感じられようになった。これからの目標は、自立をすることです。自分のことはできるだけ、人の手を借りずにやってみること、それが自立の第一歩だと思います-。
 さとみさんが、入所3年目に書いた作文でそこには繰り返し自立を強調していた。現在30歳、バンドにはなくてはならない存在に成長していた。
 一番好きな曲は?
 はい、「花は咲く」も素敵な曲だと思いますが、いきものがかりの「風が吹いている」が好きです。2014年の冬季オリンピックのテーマソングでした、と語った。
さとみさんが一押しの「風が吹いている」を後日、YouTubeで聴いた。

  時代はいま変わっていく
  ぼくたちには願いがある
  この涙もその笑顔もすべてをつないでいく

  風が吹いている
  ぼくはここで生きていく

  さとみさんが心でどんな夢を描きながら聴いているのだろうか、と思ったら聴いているうちに、心が泡立ってきた。春めいてきたので、チャリでこのCDを買いに走ろう、と決めた。

  
◇丸い団子づくり
 次に、ホールから控室に場所を変えて少々、施設の概略を聞いた。鈴木せつ子さんは施設の設立時からの理事だった。てっきりEMのボランティアの方だとばかり思っていた。大変な誤解をしていたようだ。北里大学(衛生技術学科)卒の才媛で、県立病院勤務等ののち、石岡市議会議員、茨城県会議員も務めたという。人に歴史あり、鈴木さんのことはしっかり書き留めねばならないと再び強く思った。
そうそう、施設訪問の目的だったEMボカシ、EM団子づくり、その作業棟に移動した。さきほど歌を披露してくれたボーカルの方々、シンセサイザーの男性、キーボードのさとみさんらが、それぞれ持ち場で作業台を囲んでいた。ボカシを混ぜ合わせたり、器用に団子を捏ねたりしていた。
 歌を憶えるに平均7ケ月かかるというが、EM団子づくりの場合は、それを丸い団子に仕上げられるまでになるには、ほぼ1年の歳月を要するという。さとみさんは、この施設のなかで、一番、上手に団子を丸める名人なのだそうだ。
 この専門の作業所で、年間、数多くのEMボカシやEM団子をつくっている。団子は1個30円から40円で引き取られていく。つまりEM団子が施設の大きな収入源になっているうえ、利用者の自立を促す尊い日課となっているのだ。

   
◇妨害の影響
その一部は長年、東京・日本橋川の河川浄化に使われてきた。EM団子の投入には、「光風荘」の彼らも参加したことがあった。が、昨年から日本橋川のEM団子投入は、ストップした。
悲しいことに悪戯な大学教員やフリーライターらによる妨害の影響がこんなところにも及んでいる。

 ≪次回に続く≫

「検証 朝日新聞とツイッター」-そこまでやるか、EM叩き-
第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150716.php

第2回:大阪大学、菊池氏に汚された口蹄疫感謝状
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150805.php

第3回:EM攻撃は朝日から始まった
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150909.php

第4回:浮かぶEM根絶やしの構図(大阪大学・国立天文台・朝日新聞)
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150924.php

第5回:国立天文台執行部が下した決断
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm150926.php

第6回:悪臭が消えた!常総市の学校にEM散布
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151019.php

第7回:EMによるプール清掃、驚きの効果を実証
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151101.php

第8回:EM批判は 由々しき「沖縄差別」
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151111.php

第9回:片瀬久美子の記事に虚偽浮かぶ
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151118.php

第10回:「捏造」という片瀬久美子の現実
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151127.php

第11回:「捏造」という片瀬久美子の現実 続報
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151209.php

第12回:朝日大記者、疋田桂一郎氏の3つの戒め その1
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm151226.php

第13回:第4の権力、恣意的に行使されたら-筑紫哲也氏の憂慮
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160220.php

第14回:なぜ、朝日新聞を問題にするのか?
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm160222.php





◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2016/02/22 http://dndi.jp/

「検証 報道被害・朝日新聞とツイッター」
 -そこまでやるか、EM叩き- 


 
第14回 なぜ、朝日新聞を問題にするのか?
・「効果がない」とのデマを執拗に拡散
・ボランティアへの妨害、許すまじ!

◇なぜ、朝日新聞のEM批判記事を問題にするのか、記者の行動基準に著しく反する行為だからというのは前回、書いた。やってはいけない取材ぶりだった。私も長年、新聞記者をやってきたが、こんないい加減で危うい記事は見たことがない。そう感じるのは私だけではなく、他社の記者仲間も、「(朝日記事は)一発アウトだ」とため息をもらすほど、酷いものだ。こんな記事が許されるのなら、大昔の発言をあたかも取材に応じたかのような「談話」ひとつで、だれでも世の中から葬り去ることが可能になってしまうではないか。
 NEWSなのだから、今を伝えるべきで、5年前の発言を無断でひっぱりだしたり、タイ政府の今日のEM導入事例を調べずに、20年前の古い証文をかざして「効果がない」と問題にするのである。それだって、「効果がない」というよりは他の肥料と変わりはなかった、というレベルのものだ。タイ政府は、その実績や効果によってEMを国策として採用している。

http://dndi.jp/mailmaga/mm/images/16022201.jpg
:比嘉照夫氏がタイのシリントーン王女から称号を授与されたー『健康生活宣言』から

◇新聞は第4の権力
新聞は、事実に基づいた記事を心掛けるべきで、あくまで公正、中立でなければならない。朝日新聞のOBでキャスターだった筑紫哲也氏が、いみじくも危惧したように、記者個人が自分の持っている権力、影響力を恣意的に行使した時に、だれもそれを押しとどめることはできないのである。新聞は、第4の権力である、それを自覚するのならば、朝日新聞はこの記事の問題を認めて公式に謝罪すべきだ。そうしなければ、新聞記者とツイッターという結託による新たな報道被害の典型としてのちのちまで問題視され続けることになるだろう。新聞という権力が、そこまでやるということは、朝日新聞の問題ばかりではなく日本のメディアの存亡にも関わる重大問題なのである。こんなことがまかり通れば、メディアの信用が著しく棄損するほか、なにをやっても許される極めて危険なメディア状況を作り出してしまう恐れがある、というものだ。


◇ボランティアの活動を妨害
 もうひとつ私が懸念するのは、見返りを求めないボランティアの方々のEM活動が、事実と違うデマ情報で妨害されているからだ。EM批判のその特定グループには、ボランティアの活動すらオウム真理教と同列の危険なカルト団体として危険視し、弱みにつけこむ悪徳商法などとして排斥する大学教員も複数いる。こんなことは断じて見過ごすことはできないのだ。
私個人も攻撃にさらされているが、どんなに生活周辺が脅かされたとしても怯むことはできない。事実を事実として書いていくことが、もはやその大半は高齢の域に達しているが、その尊いボランティアの方々を守ることに通じると確信する。私のメルマガで勇気づけられた、というメッセージをたくさん頂戴している。
彼らが、「ニセ科学」をテーマにした討論会で、欠席裁判的な手法でEMを糾弾している。雑誌では間違った記事を垂れ流してEM批判をやっている。また日常的には、ツイッターというソーシャルメディアを使って誹謗、中傷を繰り返しているである。

◇「EMは効果がない」というデマ情報を拡散
 それらの背景を取材すると、まず比嘉照夫氏に取材もせずにEMを貶めるような記事を書いた朝日記者と、EMを潰そうとする特定グループが結託していることが明らかになってきた。ネットの裏に隠れて仲間が匿名でありもしないデマを流す。匿名だから、誰が発信したかわからない。このデマの類の一次情報を、特定グループが示し合わせたようにリツート(転載)して拡散する。それらを日々、何度でも繰り返すのである。
 なかでも卑劣なのは、「EMは効果がない」という発言だ。函館の大沼で実施したというEM投入による浄化試験は「効果が頭打ちになって中止した」ーというのは虚偽以外のなにものでもなかった。北海道庁の元部長の依頼で枯葉をEM処理したが効果がなかったーという論文も、いくら調べてもそんな事実は浮かんでこなかった。後者の記事は、著名な大学名誉教授の名で季刊誌『理科の探検』に載った。
そもそも枯葉処理の実験に使ったというEMはどこから持ってきたのか、それがどのくらいの量が使われたのか、またどこで実験をしたのかなど、その細部を確認してみたが奇妙なことに、その詳細についての合理的な説明がなかった。その後、EM研究機構で事実関係を問い合わせているが、なしのつぶてだという。
EMによる枯葉処理の一件は、雑誌に掲載された後、記事のコピーが、全国の自治体の一部やEM推進団体宛てに郵送で、「EMの効果は否定されている」と言ったコメント付きでばらまかれた。発信者は、千葉大学の名誉教授だった。この教授は『理科の探検』の編集委員の一人として名を連ねているのである。『理科の探検』の編集長は、法政大学教授の左巻健男氏で、左巻氏はもっぱら、EM批判を展開している。事実が疑わしい記事を載せたのがEM批判の左巻編集長で、そのコピーを左巻氏の雑誌の編集委員がばらまく、という構図から、筆者と編集長、それに編集委員の彼らはどこかでつながっているのではないか、と疑いたくなる。

◇JSTが、左巻編集長の雑誌の記事を削除
 枯葉処理の論文は、文部科学省関連のJST(科学技術振興機構)が運営するサイエンス・ポータルにも一時掲載されていたが、すぐに削除された。それは賢明な判断だった。左巻氏は、JSTのこの対応にかみついていた。
サイエンス・ポータルは、その創設期に委員として参加した。最新の科学情報を今に伝えるーことを編集の理念に据えたが、政党批判や個人や団体を中傷するような内容のものはご法度で、JSTの理念やスタンスになじまないのは言うまでもない。

◇集団的なイジメより威力妨害?
 批判は、するな、とは言わない。言論の自由なのだから大いに議論するのはいい。それぞれに立場があるので意見の対立もあろう。が、問題にするのなら、事実に基づいて堂々とやることだ。教育者が、ネットで他人を傷つけるような投稿をするというのは問題だろう。教員がそんなことをやっているのだから、学校でのイジメはどうして防げるのか。教職と言う立場をわきまえる必要がありそうだ。
デマや嘘をリツート(転載)するというのも由々しいことだ。朝日記事に端を発した一連のEM排斥の言動は、これは集団的なイジメの域を超えて、もはや威力妨害にあたるのではないか。
EMの活動が、どんなものか、批判する特定グループはその辺を理解していないようなのだ。その一端に触れれば、それが神田外語大学の准教授がいうところの「悪徳商法」というのはデマであり、国立天文台の准教授が騒ぎ立てるような「詐欺的ビジネス」というのも事実無根であることはすぐにわかることだ。

◇EMボカシネットワーク
 前置きがながくなったが、これから数回にわたって、EMを活用している現場から報告しようと思う。次回は、全国的に広がるEMボカシネットワークのひとつで、EMボカシやEM団子をつくる茨城県石岡市の授産施設「光風荘」の取り組みを紹介する。
震災からまもなく5年、EMで立ち上がった宮城県の農家も事例も取り上げる予定だ。

 ≪次回に続く≫

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第1回:「ニセ科学」糾弾の急先鋒
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