|
久しぶりに書きたくなった。
宝塚ファンはずっと続けている。
宙組東京公演に胸を打たれた。
題材であるロシアの黄昏は、歴史ファン、宝塚ファンにはおなじみの感。
なかでも、異色のキャラである怪僧ラスプーチンと彼に傾倒する皇后アレクサンドラ。
我が子の病を案じ、当時は何の手だてもなく、藁にもすがる思いでラスプーチンに救いを求めた母親を、誰が避難できようか。
同時に、ただひたすらひたむきに、日々の暮らしに追われた民衆に、神の救いはなかったのか。
特別階級であった貴族や王族には、芸術を保護し、高めていく義務がある、みたいな台詞にはっとした。
そうなのだ。
高貴な人々は、底辺の民を虐げてきた。
許されることではない。
しかし、彼らが富を持たなかったら、現在の私たちを楽しませてくれる芸術は存在しなかったかもしれないのだ。
私の大好きな数多の遺跡や芸術は、富の偏りによって生まれてきたものなのだ。
されど、耕し戦い作り出したのは、名もなき民たちだ。
彼らが提供した労働や使役が、一部の階層を肥やし、様々な価値あるものを遺した。
歴史の中のその他大勢に感謝したい。
気付きをくれた公演にありがとう。
|