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茨城県のこうもう神社へ行った。
漢字で表記するべきなのだが、変換が難しい。
虫へんの漢字がふたつ。
なんでも、龍に関係ある神社とかで、辰年生まれの母が行きたがるので、ドライブがてら行ってきた。
ネットで調べはしたのだが、地図通りに行くと道が狭くてびっくり。
小さな山の下に家々が並び、そのまわりは一面の田圃。
廃校らしき跡地もみえた。
ようやく着いたのが門の宮。
少しだけ石段を上り、拝殿らしき建物があった。
注連縄が素晴らしい。
あまり見たことのない形だ。
かなり古い社とみえた。
案内板をみると、なんと二千三百年前から鎮座するとか。
いったいどれだけ古いんだ。
二千三百年前というと、もちろん紀元前。
もしかして、項羽や劉邦と同じくらい古いのでは。
ということは、秦の始皇帝と同じくらいか。
あの兵馬俑と同等の古さ?
すごいかも。
当時は別の形であったとは思うけど。
現在修繕中で、足場が組んであった。
石段の途中で、猿田彦と読める石柱か石碑だかを発見。
天のうずめのハズバンドだ。
宝塚の「まほろば」のサダルかサルメか。
キリヤンか祐飛ちゃん。
お参りして石段を降りたらまたまた発見。
貝塚とな。
といっても、貝殻がざくざくあるわけではなく、看板のみ。
どこか別の場所にあったのかな。
貝塚という事は、やっぱりそれなりに古いんだ。
古代史オタクの血が騒ぐ。
門の宮からてくてく歩いて奥の宮へ。
どうやら、こちらが本殿というか本拠地のようだ。
こんどの石段は長い。
百段はないと思うけど、けっこうある。
でも、石段を上るのは大好き。
上りきったところに何かがあるはずだから。
やっぱりあった。
石段を上りきったその場所に鳥居が。
マイナスイオンの多そうなきれいなひんやりしたパワースポットとみた。
こちらも注連縄が絶品。
氏子さんたちが毎年作っているのか。
やっぱりこちらも修繕中。
ちょっと裏手のほうや奥のほうへまわると、石碑やいわくありげな石がけっこうあった。
古すぎて風化していて、文字や絵が読みとりにくい。
もっとよく調べておくべきだった。
龍の関連というのは、ミズチからきているらしい。
天のミズチが、龍のことらしい。
そして嬉しいまたまた嬉しい発見。
日本武尊がこの地に立ち寄ったとの事。
彼の馬をつないだ木。
そこから、立木という地名ができたとのこと。
思わず、まほ〜ろば〜 やまとは わが心のまほろば〜
と口ずさんでいた。
弟橘姫の櫛塚もあったっぽいが、よくわからなかった。
ひとまわりして車で細い坂道を降り、道がせまくてまわれないのでそのまま往路とは別の道へ。
ちょっとランチでもしようと走っていると、こうもう神社の看板や道案内がたくさんあった。
なんだ、最初からこっちの道をくればよかったのだ。
田圃に囲まれた長閑な道をドライブしていると、白鷺が飛んでいった。
あっ、きっとあれは、日本武尊だ、
白鳥の皇子だ。
ありがとう、皇子。
もっとよく下調べしてから、また来るからね。
こうもう神社。
自分のパワースポットに追加。
まほろば やまとは わがこころのまほろば
愛車の上を飛び回ってくれた白鳥の皇子。
日本武尊。
もしや、瀬奈じゅんさんの小碓かな。
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