yumejiの徒然考

日常の喜怒哀楽を気ままにつづるyumejiの世相観察日誌です

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写真紂燭靴世貂に覆われた角館の武家屋敷群。肝心の家がみえないのは残念です
写真罅薪賃湖畔に立つ辰子像。ふもとにいるのはkazeさんの職場の先輩Fさん
写真隋疹料理店「ひいらぎ」のママさん(左)らと話が弾む。手料理がおいしい



先般、真壁(茨城)のkazeさんに誘われて、初めて秋田の角館(かくのだて)を旅してきました。
kazeさんは職場の仲間3人を連れて何度も角館を観光で訪れているということでした。今回も男女混成で行くので、一緒に行きませんか、とのお誘いがありました。4人はなぜか角館を大変気に入っている様子で、まるで里帰りでもするかのような感じでした。
宇都宮市から東北新幹線に乗り、仙台であきたこまちに乗り換えました。盛岡から西に分岐する秋田新幹線はなんと在来の単線。通過待ちで途中駅に止まったり、カーブでは恐ろしくスピードを落としたり…。とはいえ車内はすこぶる快適で、東北にふさわしいゆったり、のんびり紀行でした。
で、角館はどこにあるのかというと、盛岡市と秋田市のほぼ中間に田沢湖があり、その湖のすぐ南に位置しています。武家屋敷や桜堤で知られる小さな町(仙北市内)で、東北の小京都とも呼ばれています。

初日は田沢湖駅で下車し、レンタカーで角館郊外のラーメン店に入りました。「いらっしゃい」も「おまたせしました」の言葉もない無愛想な店主が、単品メニューの「肉そば」を作ってくれましたが、くやしいかなこれが大変うまかったのです。
腹ごしらえした後は田沢湖の北にある新玉川温泉までひたすら走り、お湯の湧出量日本一という強酸性の温泉につかってきました。館内には蒸気の蒸し浴、歩行浴、頭浸浴、打たせ湯、寝ながらの温熱浴などがあり、湯治客や団体客で混雑していました。少し離れた所にある玉川温泉の源泉はまるで箱根の大涌谷を思わせるような硫化水素のガスが山懐にたちこめていました。
ちなみに玉川温泉は、定年を前にガンと診断された毎日新聞記者の佐藤健さんが湯治に訪れたところです。余命一カ月の闘病生活を新聞に連載して大きな反響を巻き起こしました。看護して帰る妻に病院のベッドから「ありがとう」などとメールを送るシーンには私ももらい泣きしてしまいました。

さて、汗を流した後は田沢湖に立ち寄りました。周囲20舛両さな湖ですが、水深はなんと400m。深さでは日本一ということでした。深いブナ林に囲まれ、雨上がりの中で幻想的な雰囲気を醸し出していましたが、湖畔に建つあの辰子像が全身金ぴかに彩られていたのには驚きました。

宿は角館駅前のペンション風のしゃれたホテルでしたが、宴会は彼たちの行きつけの店があるというのでついていきました。宿から商店街を少し歩いたところにある「ひいらぎ」という小料理屋でした。秋田美人のママさんは皆さんとは顔なじみで、なんと彼たちが過去に真壁のひな祭りに招待したことがあるという仲良し関係でした。店内では常連のマタギ(狩猟者)のおじさんたちも加わり、イワナ(?)の塩焼きや焼き筍、ミズと呼ばれる山菜やじゅんさい、きりたんぽなど秋田ならではの自然の素材を酒の肴にして大いに盛り上がりました。特製どぶろくも格別でした。
このお店の隣には、あの『週刊新潮』で知られる新潮社の記念文学館がありました。創設者の佐藤義亮氏がこの町の出身者ということで、彼の胸像も文学館の入り口付近に建立されていました。


2日目は待望の角館武家屋敷の散策です。
駅前から西にのびる通りを15分ほど歩くと、商店街とは様相を全く異にした武家屋敷の家並みが現れます。一帯は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
大きな枝垂れ桜の並木道に寄り添うように、上級武士から足軽などの下級武士にいたるさまざまな階層の家が整然と建ち並んでいました。資料館として開放している家もあれば、実際に子孫が住んでいる家もあります。土産物屋やレストランとして改装した建物もありますが、看板などは通りに出さず、その控えめな商売に東北人の気質をみる思いがいたしました。町を歩いていると、何軒かの土産物店の方たちがkazeさんに親しげに声を掛けてくるではありませんか。この町ではzazeさんはちょっとした有名人なのです。

武家屋敷の通りを歩いていると、黒板塀に囲まれた屋敷が目にとまりました。「石黒家」という表札があり、家の中を見学できるというので入ってみました。案内人の話では木造平屋の母屋は200年前のもので、現存する武家屋敷では最も古い建物ということでした。見事な欄間や樹齢300年というモミの巨木は圧巻です。秋田で初めて種痘法を取り入れた学者の出た家ということで、「解体新書」などの書籍も展示されていました。

そもそも角館の街並みは、元和6年(1620)に芦名義勝が整備したといわれています。芦名義勝は茨城・水戸54万石の殿様、佐竹義宣の弟にあたります。佐竹義宣は慶長5年(1600)の徳川家康vs石田三成(豊臣秀吉勢)の関ヶ原の戦いで、秀吉に恩義を抱いていたばかりにどちらにも組みしない行動をとってしまいました。そのために天下を取った家康から国替えを命じられてしまいます。2年後に家来を連れて秋田に、そして常陸太田に隠居していた父の義重も秋田に引っ越しを命じられました。茨城に400年以上も君臨した名門・佐竹家が20万石大名に格下げさせられたのです。
その時、佐竹を盟主としていた真壁の殿様・真壁房幹も一緒に伴し、角館に屋敷を構えて佐竹の家臣として生活することになりました。その真壁房幹も真壁藩士を連れていったとされ、角館には茨城に係わりのある武家屋敷が多数存在しています。
Kazeさんの祖先も真壁氏と角館に移住したらしく、角館のお寺にはkazeさんのお父様が建立された墓標がありました。Kazeさんは角館に来るたび、今は亡き父の代わりにこの墓標の周りを掃除しているとのことでした。今回の旅でも私たちが前夜の宴会の飲み疲れで爆睡していた翌朝に、早々と掃除を済ませてきたといっていました。Kazeさんの角館に対する思いがこの旅で分かったような気がします。
それにしても街街に秋田美人の多いこと。やはり佐竹の殿様が茨城から連れて行ったからなのでしょうか。今度は桜の季節に訪ねたいと思います。
(おわり)

P・S 真壁をこよなく愛するkazeさんのブログは「真壁・語りのある街」で検索できます。

閉じる コメント(6)

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角館ツアーお疲れさまでした。
確かに私たちにとって角館は懐かしい故郷のようです。
故郷に大山さんを案内できたこと嬉しく感じています。
次回は雪の降る角館〜冬の味覚ツアーを計画しています。
また一緒に行きましょう。

2008/7/25(金) 午前 8:48 [ kaze ] 返信する

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地吹雪ツアーなる企画もありましたが、あちらは津軽界隈ですかね。秋田・羽後町の西馬音内(にしまおない)の盆踊りも、おわら風の盆と同様に幻想的で、実に艶やかな踊りだとか。つぎはぎの派手な衣装が妖艶ですね。ぜひ本物を見たいです。

2008/7/25(金) 午後 10:54 [ yum*j*_o*fice ] 返信する

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いいですね。私も秋田に学生時代の友達がいます。なかなか、行けなくて残念です。ところで、私のブログにもUMEJIさんの、ブログをブックマークということで、登録させていただきました。迷惑をおかけする場合は、すぐ削除いたしますので、よろしくお願いいたします。グーブログの「時の旅 桜川昔ばなし抄」とつけました。 削除

2008/7/25(金) 午後 11:05 [ ちょんまげ ] 返信する

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ちょんまげさん、ブログを拝見いたしました。子犬がコンビニの廃屋につながれ、捨てられていたのを看過できず、知人を通じて世話をしてあげたということ。やさしい気持の持ち主ですね。私もラブラドーるの雑種を飼っていますが、家族と同じ気持ちでかわいがっています。どんな理由があるにせよ、捨てるという行為は許されるものではありませんよね。追伸、茨城の語源は興味深いですね。「信太」という地名は旧桜川村に今も存在しています。土くも族は茨でことごとく征伐されたのでしょうかね。末裔が現代に生き延びているのでしょうかね。

2008/7/27(日) 午前 1:06 [ yum*j*_o*fice ] 返信する

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川沿いのコンビにだったので、仮にリーちゃんと付け、上山さんのアウスに預けて、幾分毎月の費用と、全アウス犬達の月に2回の散歩ボランティアをし、リーちゃんは、いいうちにもらわれまして、その後の消息も、アウスに報告されます。また、リーちゃんの産んでいた7匹の子犬たちもアウスの会員さんが見つけ出し、みんないい人たちにもらわれました。ただ、リーちゃんに連れ添っていた片目をつぶされた、7匹の子犬のお父さんは保護出来ませんでした。えさをやると、自分の空腹を抑えて、リーちゃんに食べさせ、見守っていた、男らしい犬でした。それだけが、残念です。 削除

2008/7/27(日) 午前 11:58 [ ちょんまげ ] 返信する

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そういえば数年前、笠間か水戸周辺で動物愛護の新聞を自費発行していた若い女性の方がいましたね。財政難で休刊してしまったのこと。動物指導センターの前のペット霊園で所長を務めるFさんが面倒をみていたそうですが、残念です。五霞町でもかつて主婦が「黒べえ」という大きな犬を連れて、動物愛護の情報誌を発行していました。毎日のように町保健センターに餌をもらいにくる哀れな子犬のお話を紹介したところ、子犬には後日、里親が現れたようです。リーちゃんはその後、幸せな生活を送れたとのこと。よかったですね。ちょんまげさんが手を差し伸べなかったらどうなっていたことでしょう。愛情をもって接すれば、動物は応えてくれますよね。ネコでも魚でも。

2008/7/27(日) 午後 9:18 [ yum*j*_o*fice ] 返信する

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