yumejiの徒然考

日常の喜怒哀楽を気ままにつづるyumejiの世相観察日誌です

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房総の文学〜御宿 その②が次回に紹介します


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新ディレクターに小澤慶介が就任

http://www.arcus-project.com/jp/topic/2019/topic190301191447.html
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この度、アーカスプロジェクト実行委員会は、プログラム運営を担うディレクターにアートト代表でありインディペンデント・キュレーターの小澤慶介を迎えました。これにより、アーカスプロジェクトは国際色豊かで先鋭的でありながら、地域社会の課題なども視野により時代に合った事業へと変わります。


【ディレクター・メッセージ】
26年目を迎えるアーカスプロジェクトが、より新しい時代にふさわしいアーティスト・イン・レジデンス事業として変わります。
国内における現代アートのアーティスト・イン・レジデンス事業の先駆けとなり、海外のアートシーンで活躍しているアーティストを受け入れ、滞在制作のサポートをしてきたアーカスプロジェクト。2019年度からは、2007年以来初となる日本国籍のアーティストの受け入れを再開します。異なる文化的・政治的背景からやってくるアーティストたちが出会い、知や経験を交換することで、双方の構想や制作、展開の方法を刺激し、創作を巡る国内と海外の交流の幅を広げてゆきます。またアーカスプロジェクトで生まれる先鋭的な知や創作物を、守谷市をはじめ、茨城県南や県北で活動するアーティストや市民とも共有してゆく仕組みづくりを行います。プロフェッショナルなアーティストから、次代を担うアーティストや市民まで、一人一人が自ら考えて新たな価値を創造することができる環境を目指し、アーカスプロジェクトは進んでゆきたいと考えています。



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レジデンスプログラム公募説明会 in 東京
http://www.arcus-project.com/jp/event/2019/ev_jp190309180000.html
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新年度に向けてレジデンスプログラムを刷新すべく、アーカスプロジェクトでは2008年以降休止していた日本人アーティストに向けた公募を再開します。

そこで、アーカスプロジェクトが目指す新しいレジデンスプログラムの形について、3月1日からの公募開始にともない日本人アーティストに向けた公募説明会を東京で開催します。応募を検討するアーティストにとっては、募集要項について気になる点を直接質問できる機会となります。

また、2005年にフランス留学からの帰国直後にアーカスプロジェクトに滞在した藤井光氏を迎え、当時の自身の経験について語っていただきます。日本での活動の幅を広げるきっかけとなった日本国内でのレジデンスの体験談は、日本のアート業界でどう生き抜いていくのかを考える上で、広くアーティストにとって参考になるでしょう。

ぜひ知人・友人の若手アーティストの皆様にご紹介ください。
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日時|2019年3月9日(土) 18:00-19:30
会場|アートト(東京都江東区高橋酒井ビル2F)
アクセス|
http://www.artto.jp/
スピーカー|小澤慶介、藤井光
入場|無料
ご予約|
https://goo.gl/forms/O92TypePBptcbMjf1
WEB|
http://www.arcus-project.com/jp/event/2019/ev_jp190309180000.html
FBイベントページ|
https://www.facebook.com/events/2254707878102141/
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イベントに関するお問合わせは、アーカススタジオarcus(at)arcus-project.comまでご連絡ください。

新しく変わるアーカスプロジェクトにご期待ください!

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ARCUS Project Artist in Residence - IBARAKI

ARCUS Studio / アーカススタジオ
〒302-0101 茨城県守谷市板戸井2418 もりや学びの里内
TEL: 0297-46-2600
(日・月曜日休館・月曜が祝日の場合火曜休館/火~土 10:00 - 18:00)

arcus(at)arcus-project.com
www.arcus-project.com
http://arcus4u.exblog.jp/
http://twitter.com/arcusproject
http://facebook.com/arcusproject 

発行日:2019.2.21
発行:アーカスプロジェクト2018いばらき

房総文学の旅


房総文学の旅〜御宿

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童謡『月の沙漠』はYouTubeで由紀さおりや倍賞千恵子いろいろな歌手が歌っているのを聴いているが、やはり山崎ハコが一番味があるように思う。誰よりも情感がこもっているのだ。ついで「いいな」と思えるのは往年の歌手小鳩くるみ。知っている人はいないか。
歌は、どこかのテレビ番組で機械で測るような、単に歌が上手い、まずいではなく、いかに曲や詩の情景に溶け込んでいるか、聴く側をその世界にいざなってくれるかにかかるのではないかと、生意気ながらそう思う。付け加えていえば、今は亡き岸洋子の別離(わかれ)は本家のミーナより味がある、上手いとはこういう歌手だとつくづく思う。


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ところで、九十九里浜の終点、一宮町を過ぎるとしばし海岸線から道は離れ、大通りをひたすら走ることになる。これを避けようと、無理やり海岸線に入り込むと、アップダウンのきつい丘陵地に入る。たどり着いたのが『太東埼燈台(たいとうさきとうだい)』だ。

NPO太東埼燈台クラブ

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NPO太東埼燈台クラブより

太東埼灯台は、終戦後夷隅郡太東村がこの付近に設置した灯台を昭和25年(1950年)、国に移管されたのを機に改築されました。昭和27年5月(1952年)に和泉字和泉ガ谷の山頂(海抜約63m)に移築されました。当初は燈台守がいましたが現在は無人です。昭和47年(1972年)、激しい海蝕により大規模な崖崩れがあったため、それまでの位置より100m後退し昭和47年2月(1972年)に現在の場所に新設されました。灯台から光が届く距離は約41kmです。(千葉県公式観光物産サイトより)




太東埼燈台を後にしてさらに崖っぷちを南下すると、だんだん道が狭くなり、ついに海岸線に降りる。細いコンクリートの防波堤で自転車をころがしていると、釣り客のじいさんから「あんた、この先行き止まりだよ」と忠告してくれた。仕方なく、自転車をかついで海岸線の階段を上がることにした。

そこからまた自転車をこいでいくと、視界が開け、御宿の砂浜が現れた。

ところで、この浜辺にはなぜ月の沙漠のモニュメントがあるのだろうか。

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加藤まさを抒情詩画集より(昭和44年作)


童謡『月の沙漠』の詩は1923年(大正12年)に雑誌『少女倶楽部』に発表された。
作者は加藤まさを。当時26歳だった。

静岡県藤枝市に生まれた加藤は、中学校教師の父の関係で幼くして上京し、高輪中学校から立教大学英文科に進む。在学中に学内の文芸誌などに絵や詩を投稿したり、童画集『カナリヤの墓』などを出版する。『月の沙漠』は大学を卒業してから2年後に発表された。

幼少から体が病弱な加藤は、病気の療養のため御宿にやってきては砂浜でカニと戯れるなどした。地元の同世代の男友達とよく遊んだ。『月の沙漠』の詩はこの御宿海岸をイメージして作られたという。その詩に作曲家の佐々木すぐるが曲をつけ、一躍全国に知れ渡るようになる。

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加藤まさを抒情詩画集より

その『月の沙漠』のモニュメントが御宿海岸につくられたのは1969年(昭和44年)のこと。雑誌への発表からj実に50年近く歳月が流れていた。きっかけは幼少時代に御宿海岸で遊んだ地元の少年こと、「本屋のせがれ、内山保」との再会だった。

その彼から1通の手紙を受け取った。当時の思い出をつづっただけの内容だったが、加藤は内山に『月の沙漠』が御宿海岸が舞台だったことを打ち明ける。

これを知った内山はその2年後に浜辺に記念像を建立したいと申し出た。

当時、若者の非行が社会問題となり、加藤の御宿への想い、その童謡のリリシズムをアピールしようと、町をあげて取り組むことになる。(つづく)

『御宿町・月の沙漠記念館』発行の「加藤まさを抒情詩画集』から記事にさせていただいています。





  房総、九十九里浜への文学散歩

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御宿海岸にある『月の沙漠』のモニュメント。リアル感がある。もちろん私が撮影しました

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過去に自転車で何度か訪れた御宿海岸(少し若いころの写真です。みません)

さて、九十九里町を通り過ぎると、これまでの町並みとは違う趣のある海岸線沿いの町が現れる。九十九里浜の終点でもある上総一宮町(かずさいちのみやまち)だ。多くのホテルや旅館が立ち並ぶその道路沿いの一角に『一宮館』という看板がある。よく見ると、『芥川龍之介ゆかりの宿』と書かれている。

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一宮館の看板。これも私が自転車に乗りながら撮影したものです

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ホテルの敷地内には芥川龍之介の文さんにあてた手紙の全文が紹介されたメモリアルがある。道路沿いだったので勝手に撮らさせていただきました。私はまだ泊まったことはありません。大きな老舗のホテルです。今度泊まりに行かせてもらいます

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芥川龍之介(ネットから借用しました)
「恋文」
 東大を卒業した年「芋粥」を書き上げた芥川龍之介は、友人久米正雄と大正5年8月17日から9月2日まで、当一宮館の離れでひと夏を過ごしました。滞在中は師である夏目漱石に、自分たちのボヘミアンライフぶりを紹介したり、のちの夫人になる文さんに、愛をうちあけた長い求婚の手紙を書いています。(一宮館のHPから)

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芥川が滞在した一宮館の離れ家『芥川荘』 (一宮館のHPから借用しました)

■芥川龍之介書簡(恋文)
大正五年八月廿五日朝 一の宮町海岸一宮館にて

文ちゃん。
僕は、まだこの海岸で、本を読んだり原稿を書いたりして 暮らしてゐます。何時頃 うちへかへるか それはまだ はっきりわかりません。が、うちへ帰ってからは 文ちゃんに かう云う手紙を書く機会がなくなると思ひますから 奮発して 一つ長いのを書きます ひるまは 仕事をしたり泳いだりしてゐるので、忘れてゐますが 夕方や夜は 東京がこひしくなります。さうして 早く又 あのあかりの多い にぎやかな通りを歩きたいと思ひます。しかし、東京がこひしくなると云ふのは、東京の町がこひしくなるばかりではありません。東京にゐる人もこひしくなるのです。さう云う時に 僕は時々 文ちゃんの事を思ひ出します。文ちゃんを貰ひたいと云ふ事を、僕が兄さんに話してから 何年になるでせう。(こんな事を 文ちゃんにあげる手紙に書いていいものかどうか知りません)………


あまりにも長いので割愛しました。興味ある方は一宮館のホームページをどうぞ。

後に芥川龍之介の妻となる文さんは、海軍少佐の塚本 善五郎の娘で、実母の弟が龍之介と親友だったことから知り合ったといわれている。父塚本善五郎は戦艦に搭乗中に戦死。葬儀には東郷平八郎や、『坂の上の雲』の主人公の秋山真之らが参列したといわれている。

さて、舞台は御宿へ




  房総、九十九里浜への文学散歩

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                  半円形の形をしたホテル「サンライズ九十九里」の近くで
 
丁度明治天皇様崩御の後、私は犬吠へ写生に出かけた。その時別の宿に彼女が妹さんと一人の親友と一緒に来ていて又会った。後に彼女は私の宿へ来て滞在し、一緒に散歩したり食事したり写生したりした。

 様子が変に見えたものか、宿の女中が一人必ず私達二人の散歩を監視するためついて来た。心中しかねないと見たらしい。智恵子が後日語る所によると、その時 若 ( も ) し私が何か無理な事でも言い出すような事があったら、彼女は即座に入水して死ぬつもりだったという事であった。

 私はそんな事は知らなかったが、此の宿の滞在中に見た彼女の清純な態度と、無欲な素朴な気質と、限りなきその自然への愛とに強く打たれた。君が浜の浜防風を喜ぶ彼女はまったく子供であった。
 
 しかし又私は入浴の時、隣の風呂場に居る彼女を偶然に目にして、何だか運命のつながりが二人の間にあるのではないかという予感をふと感じた。=青空文庫から、『智恵子の半生』(高村光太郎)

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千葉方面を結ぶ東金九十九里道路の終点、九十九里浜の真亀ICにひっそりたたずむ高村光太郎と智恵子の像

飯岡の灯台を後にして九十九里海岸沿いを走る。海岸線の波打ち際にはサイクリングロードが整備され、海水浴客へのためだろうか、トイレやシャワー施設、駐車場がところどころに設置されている。でもサイクルロードは場所によっては砂で覆われ、タイヤが埋もれて走れない。仕方なく、一般道路に出る。

旭市から匝瑳(そうさ)市を抜けると、あの『野菊の墓』で知られる伊藤左千夫のふるさと成東町(現山武市)に入る。が、左千夫の生家への立ち寄りはパスする。

左千夫は前にも触れたが、正岡子規の門下生で、私の住む常総市の歌人長塚節と短歌を学んだ。左千夫は東京、今の錦糸町周辺で牛を飼い、搾乳で生計をたてていたといわれている。また茶道にも造詣が深かったともいわれ、錦糸町にあったその茶室は没後に生家に移築され、現在も大切に保存されているという。

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         山武市にある伊藤左千夫の生家(山武市のHPより借用しました)


自転車をさらに漕いで行くと、九十九里浜のほぼ中間地点となる九十九里町に入る。千葉市方面とを結ぶ「東金九十九里有料道路」の終着となる真亀というところに、高村光太郎の妻智恵子が療養生活を送っていた屋敷跡が残されている。屋敷跡といっても大きな石が残されているだけで、今では人影もない。

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智恵子が母と妹で住んでいたという屋敷跡を示す石標。傍は海岸線で、波の音だけが響きわたる

(智恵子を)母や妹の居る九十九里浜の家に転地させ、オバホルモンなどを服用させていた。私は一週一度汽車で訪ねた。昭和九年私の父が 胃潰瘍 ( いかいよう ) で大学病院に入院、退院後十月十日に他界した。彼女は海岸で身体は丈夫になり 朦朧 ( もうろう ) 状態は脱したが、脳の変調はむしろ進んだ。鳥と遊んだり、自身が鳥になったり、松林の一角に立って、光太郎智恵子光太郎智恵子と一時間も連呼したりするようになった(青空文庫より)


石標には『千鳥と遊ぶ智恵子』が刻まれている

千鳥と遊ぶ智恵子

人っ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわって智恵子は遊ぶ。
無数の友達が智恵子の名を呼ぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に小さな趾(あし)あとをつけて
千鳥が智恵子に寄って来る。
口の中でいつでも何か言ってる智恵子が
両手をあげてよびかえす。
ちい、ちい、ちい――
両手の貝を智恵子がねだる。
智恵子はそれをぱらぱらに投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子を呼ぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向こうへ行ってしまった智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。


つづく



 自転車で房総・九十九里浜へ

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銚子電鉄の「いぬぼう駅」。第2部の新たなスタート地点だ

銚子電鉄のしゃれた外観の「いぬぼう駅」から外川漁港に向かった。駅構内にはあの「ぬれせんべい」が売られていた。5枚で500円。高いのか、安いのか。きらびやかな満願寺や地球が丸く見える展望台は今回パスして、民家が密集する狭い路地を下り、再び海岸べりにたどり着いた。外川の漁港がみえた。漁船がたくさん繋留されていた。

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漁港の海側に張りだした防波堤から陸地を望む。「外川」といっても、あいだを挟むのは川ではなく海だ


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犬なのか、猫なのかはわからないが、背を向けている感じが面白い。たぶん「犬岩」と表示された看板があったような気がする

外川漁港からさらに海岸線を進むと、こうした奇岩が現れ、さらに進むと九十九里浜を結ぶ「屏風が浦」がみえてくる。一度はこの断崖絶壁の下を自転車で走りたいと思っていた。
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屏風ヶ浦。この写真は昨年夏


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この時は台風の影響で波が荒く、海岸べりを走るには危険すぎた

結局、崖の上に通じる細い道を押しながら登り、九十九里方面に続く幹線道路に出た。次なる目的地は九十九里浜の出発点ともいえる荊部岬(ぎょうぶみさき)。
飯岡灯台があり、展望館「光と風」からは眼下に飯岡漁港、その先には九十九里浜が延々と空に向かってのびている。ここからの眺めは最高だ。

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高台にある荊部岬。自転車での上り下りは結構きつい。かつて漫画家の千葉てつやがこの地に住んでいたということで、「あしたのジョー」のモニュメントが設置されている

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        小さくてかわいい飯岡灯台。海岸線から約30mの高台にあり、屏風ヶ浦の南端部にあたる


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  海辺の飯岡町の街道を走っていると、こんな道しるべ?にも出くわす。下の文字が切れているが、「借りていた土地」とある

飯岡助五郎って誰だ?ということになるが、まあ幕末に活躍?したやくざの大親分。飯岡の助五郎一家と笹川の繁蔵一家の大利根の決闘を描いた「天保水滸伝(てんぽすいこでん)の名前は私もきいたことはあるが、読んだことはない。後年は講談や浪花節で語り継がれているという。任侠の世界に生きた地元の勇士だ。

やくざの親分といえば、古河市(合併前の総和町辺見)に、辺見の貞三(へんみのていぞう)という方の墓があり、その孫にあたるやさしそうなおばあちゃんから貞三おじいちゃんの話を聞いたことがある。全国各地を逃げ回った国定忠治に50両のお金をかして、忠治が書いたとされるその借用書を見せてもらったことがあるといった話や、新政府から治安維持の役目を負わされて清水の次郎長と、もう一人の誰だったわすれたが、関東の大親分との抗争の仲裁を務めた功績で、西郷隆盛から書を授かったことなど聞いたことがある。その掛け軸には西郷の画号「南洲」が確かに書かれていた。本当の話かどうかは確かめようがないが、いまでも関東のやくざといわれる方々?はときどき墓参りに来て、花を活けていくそうな。墓の周りにはやくざの親分の名前が刻まれた石柱がぐるりととりかこんでいる。なんとも律儀な方々である。

さていよいよ、舞台は九十九里浜。(つづく)
  
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