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「サンクラブリ」という街の名前を聞いたときに、なんだか、おとぎの国に行くような、
深い森と深い霧に包まれた街に行くような、そんな気持ちになりました。
第二次世界大戦中に日本軍が地元の人や戦争捕虜を使って完成させたと言われる泰緬鉄道で知られる
カンチャナブリ。
サンクラブリは、そのカンチャナブリ県の、一番奥(カンチャナブリ市から北北西230km)の
ところにあります。
カンチャナブリ市街を出て、北上すると、いつの間にか、すっかり山の中にいることに気づきます。
道路が広く、まっすぐなので、山道を走っていることに気づかないのですが、ふと窓の外を見上げる
と山の景色が広がっていました。
この山脈、南はマレーシアからタイ南部、ミャンマー南部を通り、タイ中部、ミャンマーまで続く
全長、1,700kmの山岳地帯です。ユネスコの世界遺産に登録された「トウンヤイ・ナレースワン野生生物保護区」もサンクラブリ郡の中にあるほど、自然豊かな場所です。
ここには、スリー・パゴタ・パスと呼ばれる道があります。この道は、タイからミャンマーに抜ける
峠道のことを言います。
サンクラブリの街中からミャンマーとの国境検問所がある街(スリー・パゴタ、ミャンマー側:パヤトンズー)までは、山道22kmの道のり。
山道と言っても、ヘアピンカーブはなく、穏やかな道です。
この写真、サンクラブリから国境検問所までの道ですが、この道の左端は、ミャンマーとの国境です。
柵も何もないので、全く気づかないでいたのですが、後で地図で確認すると、この22kmの道の左端
が一直線にミャンマーとの国境になっていました。
この辺り、写真でもわかるように、高い草が生い茂っていて、民家や施設は何もないように
見えるのですが、従業員を乗せたような軽トラックが草の茂みに出たり、入ったり。
道の裏には、広大な畑か何かがあるのだろう・・・とぼんやりと思ったぐらいですが、
実は、ミャンマーの人が出入りしていたのですね。
この辺り、地元の人達は、かなり自由に行き来しているようですが、サンクラブリの街中に入る
3kmほど手前のところに、国境警備隊によるチェックが設置されています。
自由に行き来できるのも、ここまでということなのでしょう。
国境検問所があるスリー・パゴタ。名前の通り、仏塔が三基並んでいます。
こんな山奥にある場所ですが、古くは3世紀の頃、仏教はここを通って、タイに入ってきたと
言われています。
また、前出の泰緬鉄道。バンコクからミャンマーのヤンゴンまで続く415kmの鉄道だったのですが、
このスリー・パゴタを通って、ミャンマー側に線路がのびていたそうです。
現在は、観光用に作られた、短い線路と泰緬鉄道の歴史を書いたボードがあります。
このスリー・パゴタ前で見た、不思議な風景。
家の中にミシンが並んでいて、小さな縫製工場がいくつもありました。
ここで作られている簡素な服。タイ国内で売られるのでしょう。
歩いて回っても10分とかからないような、小さな小さな山奥の村!
観察するところが満載でした。
*スリー・パゴタ国境検問所:
現在は、タイ国パスポートホルダーのみ、タイ側からミャンマー側に入国できます。
タイ国以外のパスポートでは、ここから国境を越えることは、できないそうです。
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旅行
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タイ北部チェンライ県は、北東にラオス、北西から西側がミャンマーとの国境を接しています。
そしてその国境のほとんどが山の中にあります。
タイという”常夏の国”のイメージとは大きく違い、冬にはマイナスになることもあるという山岳地帯。
この自然環境の中で栽培できる農作物も限られているため、ケシの栽培が行われていたことでも有名です。
15年ほど前から、ケシ栽培撲滅のために、コーヒー豆栽培が始まりました。
コーヒー豆栽培には、寒暖の差が必要と言われています。世界のコーヒーベルトと言われるコーヒーの産地は、赤道を挟んで、南北緯度25度(南回帰線、北回帰線)の地域にありますが、そのほとんどが山岳地帯です。標高1000m級の山々が連なるチェンライ県は、朝の冷え込みと日中の暖かさがコーヒー豆栽培に適していたのでしょうね。
今回、チェンマイ(チェンライの隣りの県です)で開かれている農作物の品評会のコーヒー部門アラビカ種で1位を獲得したコーヒー豆もこのチェンライの山の中で栽培されたものです。このコーヒーの栽培から販売まで行っているのが、友人でもあるOriental Fa's(オリエンタルファス)さん。
バンコクの会社を辞めてご家族でチェンライに移り住み、コーヒー豆作りを始めました。コーヒー豆は、急カーブをいくつもいくつも通り、急な坂を登り、これまた急な坂を降りてまた登って....たどり着く、アカ族の村で栽培されています。
アカ族の村の裏手からコーヒー農園に入っていく森の入り口。村のすぐそばなのに、とても静かで、枯れ葉を踏む足音がとても大きく聞こえました。
写真は、収穫期を迎えたコーヒー豆。実際にコーヒーになるのは、この豆の種子(厳密には、種子全てではないそうです)部分です。
コーヒー、大好きでほぼ毎日飲んでいます。でもコーヒーノキを見たのを初めてでしたし、加工前のコーヒー豆を見たのも初めてでした。
真っ赤な色が綺麗ですね。甘酸っぱい味を想像するフルーツみたい。
この赤く色づいた時が、収穫時なのだそうです。
私が村にお邪魔した時は、収穫、洗浄&選別、天日干しの真っ最中。
ひとつひとつのステップが、アカ族の村の人達の手で、手作業で、行われていました。
この村で育って、コーヒー豆になったコーヒーを、是非お試しになって欲しいと思います。
ORIENTAL FA'S ”チェンライコーヒー”
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タイに来て間もない頃、タイ北部のメーホンソンという場所にある「カレン族」の村を訪ねたことがあります。首に輪っかを巻いた女性がいる村。”首長族”の村です。
その時、「あ〜。ウルルンみたい」と感動したのと同時に、「こんなに簡単に会えるのね!」と、
拍子抜けしたものでした。
テレビ番組を通してみるカレン族の村は、山や谷をいくつも越えて、ワニや大蛇がいる川を渡って、やっと辿り付くイメージだったから。
そして、”人”を見学に行くという行為に、何か後ろめたさを感じたものでした。
それ以来、タイに住む少数民族とは、縁が遠いものになっていました。
道が続きます。時々現れる、小さな集落。これらの集落には、モン族が住んでいるのだそうです。
モン族。古くは、中国の雲南省に住んでいましたが、漢民族からの支配を嫌い、ラオスやベトナムに
南下。その後、19世紀半ば頃から、タイに移り住むようになったと言われています。
山や自然の中に宿る精霊を信仰の対象とし、山の急斜面を切り開いて、農業を営む生活を
しています。
私がこの山奥で出会ったモン族は、キャベツを栽培していました。
山の斜面は、転がり落ちていくような急斜面。その斜面一帯に、キャベツが栽培されています。
収穫したキャベツを道路に停めてあるトラックまで運ぶのは、背中にしょったカゴ。
てぶらで登り下りするのも大変そうな急斜面を20kgもあろうかと思われるカゴをしょって
登ってきます。
道路には、トラックで買い付けに来る業者さんの姿がチラホラ。
値段を聞いてみると、「1kg2バーツ」(1バーツ=2.7円)!
中くらいの大きさのキャベツが1個約1kgなので、1個6円〜10円ぐらいという計算になります。
キャベツを育てて、お世話をして、収穫して、たったの10円にしかならないのです。
この山岳地帯。かつては芥子の生産地として有名でした。そして、このモン族が育てる芥子は、
とても質がよかったと言われています。
現在、タイ政府や国際的な監視の目が厳しくなり、芥子に変わって、コーヒー豆や農作物を
栽培する事業開発が勧められています。このキャベツもその一環ということ。
ただ、1kg2バーツの売値が、彼らの生活をちゃんと支えていけるのか、とても疑問に
思うところです。
ヤフーの検索エンジンで「モン族」を検索。スポンサーサイトに表示されるのは、
美しい刺繍がほどこされたモン族の衣装。細かいステッチで丁寧に刺繍してあるモン族の
衣装は、確かに華やかでオシャレです。
この日は、お正月休暇中。子供達もお手伝いに畑に出てきていました。
夕刻、仕事が終わると、そこら中に散らばっているキャベツの葉を使って”雪合戦”。
子供達の何人かは、あの色鮮やかな刺繍の衣装を着ていました。
この子供達は、飛行機で1時間飛んだところにバンコクという大都市があることを
想像できるのだろうか...と、思うほど素朴で質素な暮らしをしているように見えました。
パータン山へ行く途中に、偶然出会ったモン族。男性は、中国人民服を着ている人もいます。
彼らはモン語を話していて、タイ語とは似ても似つかない言語。
私は本当にタイにいるの?と錯覚してしまうような場所でした。
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普段、低地のバンコクに住んでいると、「タイには山がない!」という錯覚に陥ってしまいますが、
タイ北部は、見渡す限りの山、山、山!!
プーチーファーから、さらに北へ進むこと25km。
そこには、ラオスへの入り口ー岩戸ーがあります。
ดอยผาตั้ง(パータン山)と呼ばれるその山は、標高1650m。
ラオスのルアンプラバーンから続く山脈の一部なのだそうです。
ホテルやレストラン、お土産物店が並ぶ、小さな小さな村になっています。
この村は、モン族の村。雲南料理のレストラン兼ホテルもあります。
タイ語は通じますが、彼らが話している言葉は、サッパリです。
パータンでの”観光名所”は、タイとラオスを分ける岩戸です。
公園の中に入っていくと(上っていくと)、一気に視界が開け、眼下には、
メコン川の流れが広がります。
岩戸は、穴が開いた大きな岩です。昔、ラオスの人々は、この穴をくぐり抜けて
タイ側に遊びに来ていたそうです。
展望台から見下ろす景色は、全く手つかずの大自然のようで、昔、ラオスの人々が見た
景色と大きく変わらないのかな〜と、うれしくなります。
ところで、チェンライ県は、お米の産地として知られています。
今では、チェンライ産の日本米は、バンコクでは有名ですし、私も買っています。
お米(タイ玄米)を使った、お菓子を販売しています。
「ロッティー・カオニャオ」。餅米のクレープと言うお菓子です。
薄いお餅をバナナの葉で挟んで、バナナの葉と一緒に炭火で焼きます。
バナナの葉が焦げる香りがとてもよく、その香りで周りにいる人たちが寄ってきます〜。
ほどよく焦げ目が付いたら・・・バナナの葉の片面をはがして、粉砂糖+胡麻+練乳を
かけます。そして、くるりと巻いて、できあがり。
山を歩いて、疲れた身体には美味しい甘さです!レストランの軒先では、雲南のウーロン茶も
サービスしてくれるので、一緒に頂くと、「日本の味」に近いような懐かしい味ですよ。
南北に長いタイ王国。
南のプーケットとは、全く違う、やっぱりどこか中国の農村のような村が広がる、
チェンライ県の山奥でした。
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私のブログを読んでくださる方の半分くらいが、私よりタイに精通しているタイフリークの方々。
タイ語も話せて、読めて!という方には、「タイそのもの!」の記事になってしまうかもしれません。
でも、在タイ8年目(そんなに長く住んでいるの?と自分でもビックリ)の私が新鮮に感じたこと、
楽しく感じたこと、感動したことを 書いていきます。
そして、旅の手段は、あまり詳しく書かないでおこうと思います。
それを調べるのも楽しみのひとつかな?と。
ご質問いただいたら、お答えしますので、お気軽にコメント欄へ。
まずは、タイの旅行雑誌がこの乾季にこぞって取り上げる名所。
「プーチーファー」です。
タイ北部のチェンライ県にある山の名前です。標高1682mのこの山。
東側は断崖絶壁。東側は、ラオスを眺めることができます。
国土の東側に位置することから、「初日の出」の名所としても有名です。
大晦日の夜は、登山道や頂上付近に、たくさんの人が集まって、夜明けを待つそうです。
この季節、チェンライでは、早朝の気温が10度前後まで下がることもあるそうで、
「冬の風物詩」と言えるようです。
ご来光を拝むことができるのも、一つの魅力ですが、この寒い季節には、朝、一面の雲海が
眼下に広がるのだそうです。
私は、お昼くらいに到着したので、もう雲海はなくなっていましたが、それでも、
真下に広がる土地がラオスだと思うと、ワクワクでした♩
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