思い出

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受験顛末記

そろそろ大学受験も本番の頃ですね。
 
毎年この時期になると、数十年前の自分の経験を思い出します。
 
それは今から思えば、なんと恐ろしいことを・・・親が知ったら卒倒するような受験体験でした。
 
 
当時、ある事情で渋谷区神宮前に3LDKのマンションがありました。
 
そこをこれ幸いにと、同じクラスの友人たち4、5人で受験宿にしていました。
 
ホテル代が浮くので、彼らの親からも大変感謝された覚えがあるのですが。。。
 
なんせ2月初旬に始まり、最後のW大が終わるまで3週間のロングランでしたから。
 
 
しかし、この合宿でまともに勉強するはずもなく。。。
 
田舎から東京に来た青春まっさかりの野郎たち、そりゃあもう恐いもの知らずというか、
 
向こう見ずというか・・・受験で上京したとはとても思えないような日々。。。
 
 
新宿歌舞伎町のゲーセンで夜通し遊び、
 
区役所通りのいかがわしいショップで、裏本を何冊も買って帰ってきたり、
(裏ビデオはデッキがなくて買えず)
 
次の日は試験だというのに、ディスコに行ったきり全然帰ってこなかったり、
 
極めつけは、キャッチバーのおねえちゃんにひっかかり、
 
なけなしの8万円をまきあげられたり(私ではありまぜんが)・・・などなど
 
それはそれは、親が知ったら卒倒するような日々を送っておりました。
 
 
受験結果はといえば、私は滑り止めだと思っていた最初の受験校に落ち、
 
続いて2校目も不合格。さすがに落ち込んでいたのですが、その後はまあまあの結果。
 
そして最後のW大、もちろん大本命だったのですが。。。。
 
なんとここでも大失態!
 
受験会場を間違えたのです。
 
商学部のあるキャンパスに行かなければならなかったのだが、
 
バスから降りた所は理工学部キャンパス。
 
さすがにあせりました。なんとかギリギリたどりついたのですが。。。
 
 
このときまでに、この合宿(笑)に参加した友人たちは、数校の合格を手にしていたのですが、
 
ひとりだけひとつの合格もなかったのがU君。
 
彼はみんなより倍近くの数を受験していたにもかかわらず。。。
 
合格した友人たちは、そりゃあもう解放感でいっぱい。
 
そして調子にのって、まだ受験戦争の真っただ中にあるU君の参考書を隠したり、
 
勉強にいそしむすぐ横で、裏本見ながら、「すっげー、興奮するなあ」とU君に見せびらかしたりと、
 
今から思えばいじめですね?
 
 
それまでに、17の学校学部を受験したのですが、合格はなかったU君。
 
最後の望みをたくして、18校目、S大学の二次(後期)試験に行くというまさにその朝、
 
ふと目を覚ますと、もう出かけたと思っていたU君がまだ私の隣で熟睡しているではありませんか。
 
びっくりした私は、
 
「おいオマエ、今日受験じゃねえのか!」と起こすも、どうみても試験開始時刻に間に合わない時刻。
 
あわてて家を飛び出して行ったのですが、なんとか20分遅れで受験はできたようです。
 
 
その結果は・・・・
 
 
 
最後の最後で合格していました。
 
合格という言葉を本人の口から聞いたとき、さすがに他の友人たちの目は潤んでいました。
 
なんだかんだとからかいながらも、心の中では応援していたのでしょうね。
 
 
この男の運がいいのはこの後の人生。
 
18番目に合格した大学で知りあった同郷の彼女は、
 
従業員250名を抱える創業社長の令嬢。
 
その彼女と結婚(養子)し、その会社に入社。6年ほど前についに代表取締役社長に就任しました。
 
 
もし、私があの朝起こしてなかったら。。。。
 
まちがいなく浪人生活を送ったことだろうし、
 
もちろん、彼女とも知りあわなかったはずだから、今の会社社長の地位はありえません。
 
そんな恩人である私になんの見返りもありません(笑)
 
私に足を向けては寝られないとは思いますが。。。(-。-)y-゜゜゜
 
 
ただ、人生は何がきっかけで、どう転ぶかわかりません。
 
どんな逆境にも負けず集中して(爆笑)
 
最後まで諦めず努力すれば、思わぬ結果にたどりつく!(こともある)
 
 
ということでこのくだらない話をまとめます。
 
 
最後に、
 
まじめに受験していると思っていた友人のお父さん、お母さん、本当にごめんなさい。
 
しかし、みんなそれなりに合格できたのでお許しください。
 
と、あらためて心の中で謝ります。
 
 
 
 
 
 

忘年会第一段

今年も忘年会の季節が近づいてきました。
さしあたって私の第一弾は、11月27日、毎年恒例の大学時代の友人たちとの忘年会です。
 
今年は、キャンパスに集合!そこから各グループごとに。。。
誰が来るのかさっぱりわかりませんが・・・たぶん私はいつものメンバーと(誰ですか、勝手な想像をしてる人は)
 
そろそろ受験シーズンでもあるし、母校を紹介します。
第一志望ではなかったですが、入学してみれば良い大学だったと今更ながら思います。
 
懐かしいキャンパスです
 校歌、他の大学とは趣が違って好きなんです。            
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
                                   神宮球場でよく歌いました(東都大学リーグ)
 

懐かしい写真たち

引越しで再発見された写真たちです。

20年以上前の古い写真でうまく修正できないですが。


自由の女神の後ろに、今はなきワールドトレーディングセンタービルが。
イメージ 1



イーグルスの「ホテルカルフォルニア」のジャケットにもなったビバリーヒルズホテル
イメージ 2

イメージ 3



セブンマイルズブリッジ。フロリダ半島キーウェストに続く海上ハイウェイ。海の色がエーゲ海のようだった。
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キーウェストにあるヘミングウェイの家。ここで「老人と海」を。
ちなみにこの仲間とは毎年欠かさず東京で再会しています。
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サザンモストポイント。アメリカ本土最南端の地
星は北半球からは見ることはできない「南十字星」
イメージ 6

警察に捕まったぁ!!

といっても20数年前のアメリカでの話。

場所はテキサスからアリゾナ州ヒューストンへ向かうどこまでもまっすぐな道。


上空、車のルーフで見えない位置にヘリが追走してきたかと思ったら、

道路わきの小高い丘の陰から突然現れたパトカーに制止された。

なんと空と陸からとでスピード違反を取り締まっていたらしい。

不運にも運転手は、国際免許を取得していた私。(;´д` ) トホホ

イメージ 1



(ちょっと見にくいが、ポリスマンの横で小首をかしげて聞いているふりをしているのが私)


ポリスマンに車から降りるように促され、パトカーの方へ連れて行かれて説明を受ける。

最初私は、「アイ、アイ アイキャント スピーク イングリッシュ」

「アイドント、アンダスタンド」

「パードン、ワンモアタイム」とか言いながらすっとぼけて難を逃れようと試みた。


しかしながら、そのポリスはその演技を知ってか知らずでか、

『Please pay of traffic violation with this check at a court』

(この小切手を裁判所へ持って行って違反金を払ってください)

と言いながら(たぶん)、違反金を書き入れた小切手を私に差し出した。

最初は「court」(コート)の意味が思い出せなくて・・・

う〜ん、オレ、コートなんて着てないしぃ・・・なんのこっちゃ?

テニスコートのコート? そんな所に持っていってどうする?

と、受験単語を思い出しながら・・court(法廷)、あっそうか裁判所の意味だと理解しながらも、

相変わらず、「アイドント アンダスタンド」ととぼけていたそこへ、

こいつだけは絶対来るな!と思っていた友人(チェックのシャツのヤツ)が車から降りて近づいてきた。


運の悪いことにそいつは、英語がペラペラ!

そのポリスと流暢な英語でわけのわからん世間話までし始める始末。

もちろん、交通違反の支払場所も方法もポリスからしっかりと説明を受け。。。ゞ( ̄∇ ̄;)おいおい


そいつに向かって「バーカ!」「知ったかぶりしやがって〜」と面と向かって言ってやった。

でも、そいつとは遠隔地にいながら今も年に一度は会う仲ですが。(^^ゞ


そして、この写真は、他の友人が面白がって車中より撮影した写真です。


金額がいくらだったかは忘れたけれど、言われたように裁判所に行き支払ってきました。





でもなあ、こんな道だもんなあ(;´д` ) トホホ

スピード感覚なんてわからなくなるって!

イメージ 2



引越しの荷造りの最中、たくさんの忘れ去られた写真が出てきた。

その中の一枚です。

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