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【季節風の中で】
歩夢と真奈美は久しぶりに海に訪れた。
月明かりに照らされた夏の夜の海辺は、ほのかなビロードブルー色に染まっていた。
海岸沿いの駐車場で車を降り、弓なりに曲がりくねる道路を肩を寄り添って歩いた。
二人の影だけが月明かりで路面に揺れる。
時おり湾岸道路を走り過ぎる車の影が、二人を包んでは、また逃げてゆくだけだ。
歩夢と真奈美は浜辺に下りた。
寄せては返す波が不規則に波音を立てているが、それがとても心地よく響いてくる。
歩夢は小さな巻貝を一つ拾い真奈美の耳にあてた。
パールピンクに輝いた巻貝が、頬を染めた真奈美によく似合う。
『聞こえるかい… 風の音が』
潮風が真奈美の長い黒髪を優しく揺らしている。
『幸せを運ぶ、風の音が聞こえるかい』
歩夢は確かめるように繰り返し聞いた。
真奈美は歩夢の言葉に胸が熱くなった。
『うん、聞こえる… 幸せの歌が…』
歩夢は真奈美の言葉に嬉しくなり、小石を一つ拾って波間に投げた。
その小石の放物線が真奈美の記憶を呼び覚ます。
あれは昨年の夏の想い出…。
二人が初めて逢ったこの海岸で、歩夢は小石を波間に投げた。
あの日と同じ浜辺に真奈美が愛する歩夢が居る。
ただそれだけで幸せを感じている。
歩夢が投げた石の放物線が、真奈美の記憶と重なったとき、二人が辿った月日が総て輝きを取り戻した。
真奈美にとって、この一年は不安と涙の連続だった。
歩夢のことが好きで好きでしかたがないのに、歩夢の優しさを素直に受け取れなかった。
同じ職場に居ながら、あまり話しかけてくれない理由が分からなかった。
また深夜にメールをしても返信をくれない理由も、真奈美にはずっと分からなかった。
いつも疑ってばかりいたことを真奈美は今ここで後悔した。
真奈美は歩夢を優しく見つめた。
その瞳には歩夢以外は何も入る余地が無いかのように。
ひとすじの涙が頬を伝う…。
沖から流れる潮風が、いつしか二人を包み込んで、遠くに浮かぶ漁り火が夜空の星のように揺れ動いている。
歩夢と真奈美の想い出たちが、めくるめく季節とともに走馬灯のように浮かび上がる。
すべての想い出が二人にとっては、大切な愛の絆なのだ。
誰もいない浜辺には、潮騒の音と潮風のささやきだけが月明かりの下で、二人を静かに祝福していた…。
《END》
この作品は、詩『季節風の中で』をストーリー化したものです。
http://blogs.yahoo.co.jp/yumesaki373/36826035.html
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