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霊界は膨大な世界構造になっています。
これはあまり地上的見地で型に嵌めて説明しない方がいいのかもしれません。
なぜなら人は往々にして神の世界を人間感情で把握するため、地上に残された神話や伝承を見れば判りますが、神々が誠に人間的情感のままで神の世界に居られると勘違いするからであります。
たとえばラグビーのボールは見る角度によって(その角度のみから見たならば…)まったく違った形に写ります。三次元的には楕円形でも、二次元として捉えれば見る角度で違う形のボールに見えるのであります。
それでもラグビーボールは同じラグビーボールなのです。
それと同じように、神々の世界を二次元的に見ても、三次元的に見ても、それは神の世界の一面でしかなく、そうした狭い視野の中に納まってしまうほど、ちっぽけな世界観ではないということです。
ましてや四次元も五次元も、さらに六次元をも超えた神の世界は、地上界にある精密な機械であっても推し測れるものではないということです。
さらに大神の世界は、七次元も八次元も九次元も超えた、人為を遥かに超越した高次元意識なのであります。
その十次元以降の大神の存在を、形而上的に表現することは、もはや不可能だといえます。
しかし大いなる神は人為を超越した世界にのみ居らっしゃるのではなく、人為で知覚できる皆さんの三次元世界にも、大神の愛念が充ち満ちています。
それは目には見えないが空気に包まれているように、常に太陽の光が注がれているように、大地に引力によって繋ぎとめられているように、人間の目には見えなくとも、総ての生命は神の愛に包まれ生かされ育まれているのであります。
こうして大神の愛念に常に包まれ守られ導かれている人間は、その大神の御存在を素直に受け入れ、神の生かし育む波長に、自分の心の波長を合わせればよいのです。
生命の言葉【神々は常に見守っている】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/inotinokotoba.htm
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