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天地(あめつち)という言葉は、普段あまり使われない言葉ではありますが、天と地といった二極に分かれた天地という意味ではないのです。
もともと天と地は一つのものとして創造され、それぞれの役割において相互に影響し合う関係であったのです。
俗に陰陽道という教説もありますが、陰と陽との相関関係は、相対する個別の極のみとして捉えてしまうと、個別主義が台頭するような現代では、優劣や勝敗や排斥などの愚行に走る迷妄者も出てくるでしょう。
男女同権を叫ばれて久しいですが、男女を対立したような立場に立たせてしまったのは、いったい誰なのでしょうか…。
これは男尊女卑を引きずった日本の歴史にも問題はありそうですが、男女は互いに相争う関係にあるものではないのであります。
男性にないものを女性はもっているし、また女性にないものを男性はもっている…。
お互いに相手がもっていないものを提供しつつ、補い合い、埋め合わせて、一つの共通理想に向かって突き進むべきなのです。
この男女の共通理想は、家庭という名の拠り所に見い出されるべきであり、それぞれの役割に応じた働きをすることによって家族に貢献するときに、その拡大延長された社会も国家も人類も、正しい調和と繁栄をもたらすのであります。
そういう観点から見ても天と地は本来は一つのものであり、それぞれの個性に応じた役割が、そこに存在するということであります。
天は地を想い、光を注ぎ雨を降らせ、地は天を想い、草木を茂らせ炎立たしめ、それぞれの役割において、お互いを生かし合うのです。
すべてのものは本来は一つのものであり、それぞれの個性に応じた役割を提供することによって、ひとつの統合的世界観が完成するのであります。
柔軟思考【天地思考】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/14sikou.htm
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