青い空の調べ

.夢失き人に夢と希望を、夢追い人に愛と勇気を・・・

夢先案内

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かつて夢先案内という夢情報誌を始めた頃、
僕の身近にいたM君(夢先ネームは、かいぶつくん)の夢は板前になることでした。

彼は当時21才だったと想いますが、夢先案内の中心スタッフの一人として、
編集や発行のお手伝いをしていただいておりました。

板前修業をするには少々遅咲きになるため、彼は自分の将来の夢に対しては深く悩んでいたのです。

そんな彼の伯父に当たる人が、地元を発祥地とした『○○の会』という宗教?の代表者をしている方で、
仏教の各派を一つに纏めるために全国を講演などで飛び回っておられる人でした。

彼の勧めで僕も一度だけお会いしております。

その時に彼は伯父に…

『修行をするには山に篭るべきか、町に篭るべきか?』と聞いたところ、

彼の伯父さんは…

『山に篭るべきだ…』と即答しました。

その言葉を聞いた彼は何かが吹っ切れたらしく、親元を離れて一人で板前修業をするために、
奈良県生駒市の山沿いのアパートを借りて、
そこから電車に乗って東大阪市の片隅にあった和食店まで通いながら板前修業を始めたのでした。



彼の修行も二年ほど続きましたが、その間いろいろな悩みを抱えておりました。

悩みの詳しい内容は明かせませんが、それはしばしば修行者が持ちがちな現世での悩みであったと記憶しております。

僕は何度か彼を訪ねて生駒へ行き、悩み相談を通して説得しています。

『一人で修行をすることのみに囚われてはいけないよ…。昔からある諺で【山に篭るは小聖、街に篭るは大聖】と言われているんだ。身を入れた自己内照をするためには一人静かに心を磨くことは大切だけど、愛は一人では学ぶことが困難だから…。相手があって始めて育み合えるものが愛なんだよ…』



ついに彼は実家に帰って来ました。
そして地元の焼肉屋へ就職したのです。

実は彼の伯父には娘(たしか4人だったか…)しか居ないため、彼を後々は宗教の跡継ぎにしたいのでした。
さらに山の奥地に焼肉バーベキュー場を所有しているため、そこを彼に任せたいのかもしれません。

なにはともあれ自分の夢を一生懸命に追い掛ける者には、彼のように道案内する人や、
前途を開く良い情報が、向こうからも飛び込んでくるということです。

彼の素質(純朴性や直向さ)を掴み取った伯父さんにも先見の明があったと想われます。



ちなみに彼の伯父さんにお聞きした宗教観ですが…

仏教にて分かれた各派を統一する使命感を強く持たれた方で、
そのキッカケに当たるものは、かつての太平洋戦争であったそうです。

戦地に赴いた多くの同朋たちを失ったが、
彼ら(同朋たち)の無念を救済したいという心持がターニングポイントになられたようですね…。

そうした伯父さんに『キリスト教系列は統一されないのですか…』と問いましたが、
どうやら仏教のみのようでした。





【画像は『えすけっとくらぶ』イラスト・カット素材集より】

周囲の理解を…

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夢には大小さまざまな内容のものがあると想いますが、
その夢を実現する為には、周囲の人々の理解が必要になります。

身内の了承(とくに両親)無くしては困難な船出になるでしょうね…。

家族を説得するにも、それなりの具体的な材料と、全精神を傾ける意気込みが無ければ、
最初から粉砕されてしまいます。

だからこそ事前の準備が必要になるのです。

この道(夢)が好き…とか、興味があるから…とか、こうした説明だけでは誰も説得できないのです。



あなたの夢が本物であるならば、そしてあなたの夢の実現が世の中の為に必要であると想えるならば、
今すぐ準備に取り掛かって下さい。

誰かを説得するに足りるだけの材料が揃うその時まで、こつこつと下積みを続けて下さい。



かくいう僕も、ライフスタイルから一新し、原稿を早朝に書き溜め、
早くから多くの人たちと手紙を通して交流し、そして親と姉を説得して、
旧・夢先案内は歩み始めたのです。



あなたの夢追いが遠く遥かなるものであるならば尚更のこと、あなたの歩みは静かなる歩みでありますように…。

目先の評価に踊らされず、謙虚な足取りで、静かなる情熱・静かなる勇気を心掛けて下さい。



剣の達人は無闇に剣を振り回さないのであります。




【画像は『えすけっとくらぶ』イラスト・カット素材集より】

父の遺言

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今日は僕の父の話をします。
父は10年ほど前に膵臓癌で亡くなっています。

岐阜県羽島市で生まれ育った父は、先の戦争には終戦間際に駆り出されております。
終戦後は物資が不足な時代でもあった為、米や野菜を売り歩いて一財産を稼ぎました。
その財産を元手に織物業を始めて、一時期は沢山の女工さんを雇っていたそうです。

しかし若くして多大な財産を得たことが父の人生を狂わせたのかもしれません。
父が結婚をして長女が生まれた辺りから徐々に金銭的に苦しくなっていったそうです。
やがて借金取りから逃げるように引越しを重ね、僕が覚えているだけでも約十年で5回は引越しをしています。

父は、どちらかといえば外弁慶でした。 だからこそ仕事仲間からは慕われていたようです。 遊びの誘いにも殆ど断ったことはなかったでしょう…。
こういう父の人生観からは『家庭を顧みない…』というよりも、仕事を得るための遊び付き合いなので、家庭にまで手が回らなかったのでしょうね。 
多大な借金を返済するためにも止む負えなかったのでしょう…。

仕事付き合いが良いために何度も先方に騙された経験もあり、子育てにおいては人間として間違ったことを許さない厳しい父でした。
そんな父の口癖は『初心、忘るるべからず』でした。

この言葉は今でも僕の基本姿勢になっております。

父が膵臓癌で入院した時に、久しぶりに親子で将棋を指しました。
負けず嫌いな父は真剣に将棋を指し、その気丈さを感じて父はまだまだ長生き出来るだろうと想い、僕は茨城(当時は、つくばに住んでいた)に帰ったのでした。
その帰る間際に『もう2〜3日の命だから残っていてくれ…』と言うのです。
父は医者から癌の告知を受けていたのですが、僕には《まさか2〜3日では…》という感覚でしかなかったのでした。
しかし父が予告した通り、二日後に息を引き取りました。
僕は父の死に目に会えなかったのです。
最後まで親不孝な息子でした。

母の臨終とは違って、父の通夜・葬儀には長雨が続いたのでした。
父の墓は岐阜県可児市にあり、母の墓は長野県中野市にあります。

『初心、忘るるべからず』という父の言葉は、大切な遺言だと想っております。
父の苦しい人生模様の中で、身に染みる想いで弾き出したこの遺言を、僕は人生の教訓として使ってゆきたいと想っています。

最後まで癌だと知らずに一生懸命に病と闘って亡くなった母…。
最初から癌だと告知され静かに死期を待った父…。
こうした対照的な父母の元で僕は生まれ育ったのです。

僕にとっては大切な両親であり、かけがえのない家族の絆です。
そして僕をこの世界に産み出して下さったことを、今でも両親に深く感謝しております。





【画像は『えすけっとくらぶ』イラスト・カット素材集より】

母の意志を継いで…

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僕の母は13年前に胃癌で亡くなりました。

母は長野県中野市の出身で、いわゆる織物の女工として愛知県の西尾張地方に出てきたのでした。
母の実家は貧しい方でしたが、父と結婚してからの母の方が、どん底の貧しさを経験しております。
そんな貧しさの数十年を、一男二女(生後まもなく亡くなった兄も居たが…)の子供たちが成人するまでは…と、歯を食い縛って堪えてきた人でした。

二人の娘(僕の姉)を嫁入りさせて、息子が高校を卒業して専門学校に入学するのを見届けてから父と離婚をし、単身で家を飛び出したのでした。

この詳しい経過は母の追悼記【いのち消ゆる、その時まで…】に書いたので割愛させていただきますが、僕も母の後を追いかけるように家を飛び出しています。
そしてその時点で僕は父から勘当されています。

その後の母は、掃除のパートや学校の用務員などを経験し、その縁もあって名古屋市にある音大の女子寮の寮母を務めておりました。

母の生活は父と離婚をしてからの約12年間が最も充実していたと想います。

母は時おり娘が沢山できたと喜んでいましたし、ありがたいことに娘さん(音大の生徒さん)たちも母を慕って下さいました。

母が胃癌で入院し、ついに末期症状に落ちて意識が定まらなくなっても、母の口から飛び出す言葉は、常に娘たちの心配事ばかりでした…。

最後まで自分が胃癌だと知らず、いつかは必ず直ると信じていた母は仮退院の翌朝、僕にこう言いました。

『早く病気を治して仕事に復帰したい…。 これからは人様のために生きてゆきたい…』



再び入院した数日後の深夜…。
母は二度の大喀血を起こしていよいよ死期が近づきました。

そして大雨の降る夜明け頃、三人の子供たちに看取られて静かに息を引き取ったのです。



もともと性格の明るい母が他界した直後に、降りしきる豪雨が突然に晴れ渡り、通夜・葬儀の二日間は雲一つ無い快晴でした。

『人様のために生きたい…』

…と言った母の意志も、僕は夢を継ぐ者として今後も引き継いでゆくつもりです。





いのち消ゆる、その時まで… (母の手記)
http://blogs.yahoo.co.jp/yumesaki373/folder/1598203.html

母の追悼記【いのち消ゆる、その時まで…】
http://hahanotuitouki.blog.so-net.ne.jp/



【画像は『えすけっとくらぶ』イラスト・カット素材集より】

大河の流れ

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かつての夢先案内(旧夢情報誌)では、

誌友となった方たちを、

【合流】…という言葉で迎え入れておりました。



これは夢先案内に集った誌友の皆さんは元を辿れば、

それぞれの河川の支流(上流)であるということを意味しています。



お一人お一人の水源地は違っていても、皆さんの支流はやがて夢先案内という本流に合流するわけで、

これは最も自然な廻り逢いであると想えます。



そうした皆さんを含めた夢先案内という大河の流れは、

やがて下流の全ての生命たちを心の底から癒してゆくことでしょう…。

すべての生活の支えとなってゆくことでしょう…。

若い新芽たちの未来を育んでゆくものなのです。



そのためにも夢先案内は、大河(夢と愛)の流れ(供給)を続けてゆくことになります。

多くの夢たちを、ひたすら育ててゆくために…。





【画像は『えすけっとくらぶ』イラスト・カット素材集より】

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