青い空の調べ

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旅の記念樹

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【 とうめいな 湖波をぬぐう 風の音  かすかに響く 女神のささやき 】



(旅の記念樹…一人旅回想録)
【猪苗代湖】
(孤高の美女と心根の美女)




猪苗代湖は福島県の中央やや西に佇み、日本では三番目に大きな湖として知られています。

美しく澄んだ湖水。
優雅に波打つ浜辺に立ち尽くし、静かに心の扉を開くと天女の歌声が聞こえてくるのです。

麗しき日本の風土を、より麗しく讃えるかのように…。
猪苗代湖は湖波を揺らしておりました。


この湖には次のような昔話が残されています。

昔々、会津の盆地に未だ湖が無かった頃…。
旅路の僧侶が一軒の家に立ち寄って、一杯の水を乞うたのです。
家の中では美しい女性が機を織っていましたが、その女性は無愛想に断ったそうなのです。

折りしも村中が水不足で、当家とて水に困っていたのでしょう。

僧侶は諦めて暫く歩くと、今度は一見みすぼらしい格好をした村娘が居ました。
その娘は、ほんの少しばかりの水で米をといでいたそうです。

僧侶は『とぎ水でいいので水を恵んで下さい…』と娘に乞うたのです。
すると娘は、喉の渇きに喘いだ僧侶を不憫に想い…
『とぎ水しかありませんが、どうぞ御飲み下さい』と言って、わずかな水を差し出したそうです。

僧侶は恵んでいただいた水を飲みほして、丁重にお礼を述べて立ち去りました。

旅路の僧侶は村を抜け峠まで歩いた所で村を振り返り、心の優しい村娘に再び感謝しました。
そして水飢饉に苦しむ村人たちを哀れに想い、しばらく峠から読経をされたそうです。
そうしてやがて何処ともなく去って行ったそうなのです。


その翌朝…。
磐梯山の麓には、広い広い湖が出来ていました。
僧侶に水を恵んだ村娘の家は、湖に面した一番便利な所になりました。
しかし僧侶の水乞いを拒んだ美女の家は、湖の中の孤島となってしまったそうです。



この昔話は、姿かたちの美しさと心根の美しさを、湖の現出を通して語っております。

心根の美しさは人の心を和ませ潤わせるため、本人の生活も自然に潤います。
そして尚一層、他人の気持ちを想いやる優しさが溢れてまいります。

その反面、姿かたちの美しさに囚われて、大切な心を見失うと他人の気持ちも見失います。
そうして人の気持ちが理解できない冷たい性格となりがちです。
いくら美しさを磨いたとしても、心の伴なわない孤高の美しさとなりがちです。
そしていつしか自然に孤高の人と成り果てる過程を、この昔話は端的に物語っています。

この孤島を現在では、猪苗代湖に浮かぶ扇島であると言われております。



現代を生きる女性の皆さんに問いたいのですが…。
皆さんは『孤高の美女』と『心根の美女』の、どちらを望むのでありましょうか???

これはもしかすると女性にとっての永遠の課題なのかもしれません。





イルカ 「いつか冷たい雨が」
http://www.youtube.com/watch?v=exuJbAEqmaE

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草花が語らい

鳥たちが歌い

虫たちが戯れ

樹立ちは微笑み

透明な風が

優しく吹き抜ける

八幡平は

神々が集う

地上の高天原なり





(旅の記念樹…一人旅回想録)
【八幡平高原】
(地上の高天原)



秋田と岩手の県境に、八幡平(はちまんたい)という高原地帯が広がっています。
この高原にはオオシラビソの原生林が立ち並び、冬季には美しい樹氷が人々の瞳を楽しませているそうです。

ここに僕が訪れた時刻は夕暮れ時で、樹木の影が無邪気に背い比べをしている最中でした。
季節は八月の中頃だったので深緑は目映く美しく感じました。
可憐に咲く草花たちは、まるで生きている人間のように語り合っているかのようでした。

ところで八幡平の南西には、瑠璃色をした日本一深い水深を有する湖(田沢湖)がありますが、
その湖の西岸に金色の銅像『辰子姫像』が佇んでいます。
この辰子姫には有名な伝説があるのですが、この伝説はまた機会があれば紹介します。

この辰子姫を巡って龍神の八朗太郎と、修験僧の南祖坊が争いました。
八朗太郎は法力を扱う南祖坊に幾度となく敗退しました。
しかし辰子姫の助力を得て最後には南祖坊に打ち勝つという物語(伝説)があるのです。

そして八朗太郎は辰子姫に迎えられて永遠に結ばれることになりました。

最後の敗退を強いられた南祖坊は、身体中に火傷をして逃げ帰ったそうです。
そうして敗走途中に火傷の痛みで、のたうち廻って苦しんだ所が焼山となって残りました。
そこが今でも八幡平の連峰にハゲ山となって残っている…と伝えられています。

この伝説からすると八幡平は戦場跡のイメージも浮かびますね…。

平安期の武将『征夷大将軍・坂上田村麻呂』は、蝦夷の平定途上で八幡平を訪れたそうです。
その時に八幡平の美しく麗しき景観に心から感銘して、しばらく兵を休めた…といいます。
それほど八幡平高原は、人の心を魅了する何かが潜んでいるのでしょうね。

人間は都会の雑踏の中で近代的な流行を追っている間に、大切な何かを忘れてしまったのでしょうか…。
仮初めの平安の中で、都会人は自然界に息づく生命の語りかけを理解できなくなってしまいました。

微風のささやきや小川のせせらぎ、草花の微笑みや樹木の胎動など…。
自然に触れる機会が少なくなった現代人には、自然界には語り合う意思表示が存在する事実さえ、
感じられなくなりつつあります。

八幡平高原は精霊たちが舞い遊ぶ地上の聖地でもあります。
そして人間たちが本来の自分の本当の姿を想い出すためのキーポイントの一つではないでしょうか…。


【 夕映えに ほほ染められし 精霊の  樹霊(こだま)の歌が 高原(やま)を行き来す 】





【画像は『えすけっとくらぶ』イラスト・カット素材集より】

画像が無くてm(_ _)mごめんなさい。

(旅の記念樹…一人旅回想録)
【ゆうやけこやけライン】
(見知らぬ土地での温情)



僕にとって四国周遊の旅は、かねてより特別な想いがありました。
事前に情報収集をするためにFAX通信を利用して、四国のお薦めスポットを訪ねたのです。
そして4人の方から四国情報を戴いたのでした。

その中の一人で当時、愛知県にお住まいのNATSUさん(愛媛出身)と知り合いました。
NATSUさんには四国へ向かう途中で直接お会いしています。
息子さんのサスガくん(当時2才だったか…)とも仲良くなりましたね!!!
おそらく現在は高校生ぐらいになっておられるかな…。

NATSUさんは『るるぶ…四国編』をプレゼントして下さいました。
しかも四国の観光スポットの詳細を手書きで紹介してありました(凄)
なかでもNATSUさんのお薦めが『ゆうやけこやけライン』でした。

『ゆうやけこやけライン』は愛媛県伊予市双海町から大洲市長浜町の国道378号の愛称です。
伊予灘を通して遠く九州の大地へ夕日が沈む情景は、誠に美しい景観です。


【 暮れなずむ 伊予灘あかね 紅さして  浜風わたる 恋するように 】


この『ゆうやけこやけライン』に僕は車を止めて、静かに暮れゆく浜辺を楽しんだのでした。
その美しさは限りなく優しく、素直な気持ちを想起させるに十分でした。

すっかり夕日も沈み、今宵の宿を求めていそいそと松山に向かいました。
そして伊予市内に差し掛かった辺りで突然、車のタイヤがパンクしてしまいました。
僕は道路の端に車を寄せて、スペアータイアに取り替えようと準備していました。
そこへ男性二人が現れて…。
『よかったら店のスペースを使っていいよ。必要なら道具も揃ってるし手伝ってあげよう…』

たまたま僕が車を止めた場所が、彼らの店舗(修理工場)の真ん前だったのでした(笑)
彼らはもうお店を閉めて帰宅する間際だったようです。
有り難く場所を借りてタイヤ交換を済ませると…。
『お茶でも飲んで行きなさい…』と彼らの店舗事務所に案内されたのでした。

三人でお茶を飲みながら楽しく会話を交わしました。
そればかりかパンクしたタイヤを修理するために最寄のガソリンスタンドを教えて下さり、
さらに今宵の宿にと探していた健康ランドの場所まで地図を書いて下さいました。

なにかお礼を…と伝えても
『お礼などいいから気をつけて行きなさいよ…』と、
爽やかな笑顔で送り出して下さいましたm(_ _)m


【 夜もふけて 宿を探して 伊予の街  見知らぬ土地にて 温情を知る 】


このように僕の一人旅は、その地方で人の情けに触れることも多いです。
伊予市でお世話になりました修理工場の方々に、心から感謝m(_ _)m申し上げます。






みゆきED/H2O想い出がいっぱいフルコーラス版PV
http://www.youtube.com/watch?v=gAYzkNZ7CC8

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蕪島神社(青森県八戸市)
ウミネコの聖地




(旅の記念樹…一人旅回想録)
【蕪島…最後の楽園】





陸中海岸北部の北山崎(岩手県)から、海岸線を車で北に向かってひたすら走り、
青森県に入ると種差海岸に出ます。
その北端に当たる所に蕪島(かぶしま)というウミネコの繁殖地がありました。

駐車場に着くなり異様な景観が…。
いたるところ足の踏み込む余地が無いほどのウミネコの大群です。
海鳥たちは逃げることもなく、ここが自分達の住処だと言わんばかりにデンと構えています。

とりあえず僕は車から降りて、ウミネコの大群を掻き分けながら(笑)蕪島神社へと向かいました。
蕪島神社(厳島神社)の祭神は【多紀理毘売命・市寸嶋比売命・多岐都比売命】です。
ここまでくるとウミネコは数える程しかいませんでした。(聖域だからかな…)

小高い山の上にある蕪島神社からは八戸湾が一望です。
蕪島とは言えど離島ではなくて、陸続きになっています。
もともと孤島であったそうですが、
1942年に旧海軍によって埋め立てられて本土と陸続きになったそうです。

島の周囲に群がるウミネコは、約4万羽とも言われているそうです。
こんなに身近にして見られるウミネコの群れは珍しく、
たいていは断崖絶壁の秘境に群れを作っているのです。
人間がウミネコの群れに、ここまで近寄れる場所は蕪島だけかもしれません。

最近の異常気象を想うと、海鳥たちが群れをなして居つく場所があるだけでも、
そこが最後の楽園のように想えます。
鳥たちでさえ棲めなくなったなら生き物たちにとっては、もう正常な場所ではないのでしょう…。
これからは極力、自然破壊を食い止めなければならないのです。


【 蕪島の 群れなす鳥の 傍らで   迷いし国の 行く末を憂う 】

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雲海をバックに寛ぐ馬



(旅の記念樹…一人旅回想録)
【冨士登山履歴】



今年(2009年)の冨士登山は体調不良のため【断念】しました。
今回は今まで僕が冨士登山に臨んだ略歴を書いてみたいと想います。


【初回】河口湖口登山道
旧夢先案内スタッフの『かいぶつ君』(夢先ネーム)と車で五合目駐車場まで到着するが、記録的な大雨に阻まれて、周辺観光に切り替え…。

先に山頂まで登ってきた他の友人の忠告を軽んじて軽装で行ったため、富士の神様の怒りに触れたのかも…。


【二回目】富士宮口登山道
旧夢先案内スタッフの『ヤッくん』(夢先ネーム)と、彼の友人(横山さん)とで御来光を目的に表冨士(富士宮口登山道)から夜行登山…。

八合目までは順調に登れたため、そこで時間調整のために山小屋で三時間ほど仮眠をとる。
しかし仮眠中に高山病にかかり、同行の二人に迷惑をかけながらも何とか登頂する。
その先の剣ヶ峰(本当の山頂3776m)を断念して下山。
ヤッくん曰く『○○さんの顔はドドメ色だったよ…』
(ドドメ色→土色という意味で死人のような顔付きであったらしい…笑)


【三回目】富士宮口登山道
前回のリベンジをかけて一人で登頂…。

九合目半まで体調も良くて休憩なしで淡々と登る(そこまで二時間半というスピードでした)
すぐそこに見える頂上に安心して小休止を取った瞬間に高山病にかかる。
いっきに高度を上げた反動で病状が重いが、とにかく前回の山頂まで登り、間髪入れず剣ヶ峰を目指す。
あと数十メートル先の剣ヶ峰最高点を目前にして動けなくなる。
その場に大の字になったまま約30分かけて自分を説得して下山を決意…。


【四回目】河口湖口登山道
気分を変えて裏冨士(河口湖口登山道)からチャレンジ!!!

七合目あたりで急に体調が悪化(高山病のトラウマか…)
ムリせず早々下山する。


【五回目】御殿場口登山道
アプローチは長いが緩やかに高度を上げるため、御殿場口から登り始める…。

七合目を目の前にして、またしても高山病にかかり、すっかり自信を失って下山(笑)
御殿場口は人影も乏しく、動植物も少なく、風が止まると音の無い世界になりました。
僕は30分ほど座り込んで瞑想をすると、目を閉じていても鮮明な風景が観えてきました。


【六回目】河口湖口登山道
数年後に万全な態勢で再チャレンジ…。

何度も小休止を取りながら慎重に登ったが、八合目あたりで高山病にかかる(これは体質なのかも…)
同時に膝を痛めたため大事をとって下山。


【七回目】河口湖口登山道(1999.7.6)
この日は特別な日で、職場の上長に正直に訳を話して4日間のお休みをもらい登山開始。

小雨ふる夜明け前の真っ暗な登山道を、雨カッパ姿で細々と登り始める…。
六合目でやっと雲の上に出て、七合目で雲海から登る朝日を拝む。
(数霊に関する貴重なインスピレーションをいただいたのもこの時でした)
しかしその後にまた高山病に悩まされ下山。


【八回目】須走口登山道(2002.8.17)念願の最高点に立つ!!!
いままでの苦い経験を大反省して、綿密な計画の下にリベンジを果たす!!!

8月14日に両親の墓参りを済ませてから、気圧に慣れるため15日には御岳山(3063m)に登頂。
ここでも高山病にかかったが、御岳山の神に秘策(言葉)を授けられ何とか苦境を回避して登頂成功。
翌日(16日)には乗鞍岳(3025m)に向かう。
御岳山の神から授けられた言葉により難無く登頂成功。
さらに翌日(17日)に冨士登山八度目のチャレンジに向かいました。
夜明け前の薄暗い登山道を懐中電灯も持たずに登り始める…。
六合目あたりで雲海からの夜明けを向かえ、生まれ変わった気持ちを得る。
人の四倍もの時間をかけて登ろうと決めてきたため、途中では多くの登山客に追い越される。
九合目で高山病にかかったが、授けられた言葉と腹式呼吸で快復し山頂に達しました。
そこから山頂(火口)の反対側の剣ヶ峰を目指してお鉢廻り。
やっとの想いで最高点(3776m)に立ちました。


【九回目】河口湖口登山道
富士山に登りたいという友人を連れて登頂。


【十回目】今年(2009)は体調不良にて断念






富士山に登りたい…と想い始めてから、実際に山頂(剣ヶ峰)に立つまでに十年以上かかりました。
僕は凡人なので常人以上に年月がかかったのでしょうね…。
しかし数々の経験は貴重な人生の教訓となって残されました。
この教訓も徳性開発の中に盛り込んでいます。


《 あきらめず あなたも臨め 夢街道  さすればやがて 訪れる盛夏 》

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