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徳性開発

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シンプルに生きよ

人間の成長過程において、陥りやすい三つの罠が『過信』『盲信』『慢心』であります。

これらの思いはみな、外から取り付けたものではないのですが、その動向をみれば全て自己の内部に発生要素があるのです。

この発生要素は、かつてより『利己心の魔』と言われ、この魔心(まごころ)が真心(まごころ)を歪めてしまう原因でもありました。

そうして利己心の魔が、自己の内部から手招きをして、外部の悪意を引き込むのであります。

この利己心の魔を駆逐しなければならないわけですが、まさしく敵は本能寺(自己の内部)に居るわけで、向こうの方が自分の内部事情をよく御存知なのです。

だから心の変革を臨むたびに、本人にとって一番に弱い部分(的)を突いてまいります。

この的が多い程、戦いは不利であるわけで、欲得が多ければ多い程、入れ替わり立ち代わり痛い的を突かれることになるのです。

したがって、この的にあたるものを、一つ一つ勇気をもって整理してゆかなければならない…。

それが極度の興味関心であったり、拘りや囚われであったり、片寄った好みであったり…。

こうした心の中の数々の的が心の影として、自分の生活の中の持物や装飾などとして現れているのです。

あれこれと物や事象に頼る気持ちを一つ一つ整理して、心の内面からシンプルに生きる工夫が必要であります。

流行り廃りを虚しく追いかけることなく、実質的に必要なものだけで外見を拘らなければ、心境的にも経済的にも余裕が生じてくるはずです。

本当に必要なものまで捨てるわけにはいかないでしょうが、見回せば一年間に一度も使用しないものも溢れているのではないでしょうか…。

自宅に物が溢れているにも関わらず、新しい身支度を購入して装う心持ちは何なのかを、よくよく考慮してみるべきなのです。

シンプルに生きましょう!!!

それだけで心が軽くなるはずです。

またここで徳性求道者を意図的に狙う悪霊が存在することを知らなければならない…。

彼ら(悪波動たち)は、この地上に徳育が普及することを嫌がっています。

なぜなら彼らの食糧(エネルギー源)は、地上で巻き起こされる悪しき想念感情だからです。







生命の言葉【シンプルに生きよ(質素倹約は王道である)】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/inotinokotoba.htm

尊い命の継承

夜空に浮かぶ月は、眩しいほどの輝きはないが、誠に円やかで麗しい光沢を醸し出しております。

十五夜の月などを見ていると、荒ぶる気持ちが凪いでゆくようです。

その笑顔(月光)は変わりなく、悠久なるロマンすら感じるものです。

月齢は変わりゆけども、いまだかつて月じたいが欠けたことは一度もありません。

半月、三日月、新月と、姿は変えようが、月の本体が形を変えたことは歴史上一度もないのです。

太陽と地球と月の位置が天文学的に変化して、欠けたように見えているだけのことです。

繰り返しますが、月じたいは決して欠けたりはしない…。

このことは人間の実相(本来の姿)にも当て嵌まります。

本来の人間は、大生命の枝分かれとして尊い命の継承を受けている存在です。

ゆえに本来の人間は、魂の善価が欠けたことはなく、その本体は光り輝くダイアモンドの如く、穢れない純心純白な素地を持っています。

しかし人間の心は激しく揺れ、転生とともに汚れたり堕落したり…を繰り返しています。

これは本来はダイアモンドの原石でありながら、各種の経験を通し、体験を積むことによって、後々染み付いたゴミやホコリが、ダイアモンドの価値を低下させているように見えている…。

汚れているものはゴミであり、チリやホコリであって、ダイアモンドそのものではないのです。

しかし人間は、こびり付いたゴミやホコリそのものを、いつしか自分自身だと思い込んで、その清掃をしなくなりました。

り除けばいいのです。

拭き取ってキレイに磨けばよいのです。

この清掃・浄化にあたるものが、自己反省や禊払い、心の浄化であり、それを地道に行うものが徳性開発であります。







柔軟思考【満月思考】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/14sikou.htm

徳性開発に臨む皆さんには特に伝えておきたいことがあります。

日々徳性を磨かんと心掛ける者には、本人の守護霊も喜んで手助けして下さるでしょう。

それゆえに今まで出来なかったことが、いとも簡単にクリアしてしまうことが多いと想います。

しかしここで勘違いをする人が非常に多いのです。

目先の好結果を自分の実力だと自惚れるのは早計であります。

そうした人は自惚れという魂の後退によって、本人の守護霊は再び手助けを禁じられるのです。

するとたちまち今まで順調に出来ていた物事が躓き始め、再び数々の障害が圧し掛かってくるのであります。

地道に徳性を積み重ねてきた方であれば、苦しみながらでも徐々に克服してゆくでしょうが、そうした真なる徳性開発者はコツコツと努力を積み重ねることを惜しまない性質になっています。

しかしいつも、いい加減な所で努力を放棄するような人たちは、まだまだ実力が伴なわないことを知らず、守護霊の手助けを自分の実力だと過信していると、自惚れという足枷が、その後の徳性開発を、すっかり忘れさせてしまうのです。

自己過信は禁物です。

自分が高まれば高まる程に、さらに自己研鑽に打ち込む姿勢が続かなければならない…。

その基礎的精神を培うために、『謙虚』という徳性が存在するのです。

この『謙虚』の徳性が根付いて、さらに一生涯(強いては永遠に…)その基礎的努力を続けるからこそ、

この次のステップである『調和』の徳性が正しく磨かれてゆくのであります。

《 実るほど頭を垂れる稲穂かな 》

この先人の教えが示すように、自らが高まったと思えるならば尚更のこと、平凡な一社会人としての視野を失わないで下さい。

不完全なまま悪戯に真理を他者に教えようとしないで、まずは自らの徳性を磨き、その実績を地道に積み重ね、その良い傾向性を確実なものとして、次なるステップを目指していただきたい。







生命の言葉【一社会人であることを忘れるな】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/inotinokotoba.htm

人生の達人

徳性開発に前向きに臨む人たちの中には、その真面目さゆえに視野が狭くなる場合も出てまいります。

一つの目的(小目的)を達せんと、わき目もふらず突き進む姿勢そのものは尊ばれるものなので良いとしても、その達成が遅れたり、歩みの方が疎かになって慌てたりして、さらに真面目さゆえに周囲が見えなくなることもありえるのです。

この真面目さ、あるいは一途さは、他者からの心ない批判中傷を気にせず、悪波動の介在からも身を守る一つの手段ではあります。

しかし、その真面目さ一途さをこそ逆手にとって精神状態を混乱させんとする悪意もあることを知らなければなりません。

この悪意の根本正体は、第三者の嫉妬や羨望、劣等感、自我我欲などです。

したがって、こうした悪意はネットリとしつこく、真面目さ一途さで我が身を磨く人たちが、その徳育を放棄するまで、あるいは完膚なきまで、それらの悪意を止めようとはしないでしょう。

なぜなら彼らの背後からも、悪の権化といえる迷妄魔たちが、手ぐすねを引きながら彼らを操っているからです。

このように徳性開発に臨む者には、その道程を阻まんとする相手は人間のみとは限らないのです。

徳育者の魂の質が高まれば高まる程、闇の迷妄魔にとっては目障りな存在となるのです。

だから彼ら(迷妄魔)は、真理を学ぶ初期段階で当然のように潰しにかかります。

それはもう驚くほど巧みで多様な手立てを高じてまいります。

こうした惑わしに負けてはならないのです。

けれども直接対決をしても殆ど勝ち目はありません。

あちらは霊幽界から観察しているわけで、こちらの弱い部分は既に一部始終、残らず知れ渡っているからです。

ですから徳育者は無駄な勝負を挑む必要は無いので、一段でも二段でも大きな視野を持つ工夫が大切であります。







柔軟思考【達観思考】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/14sikou.htm

ここに万引きをした少年Aが居るとしよう。

少年Aは小物を盗んで現行犯で捕まった。

警察に引き渡された少年Aは、取調べを受ける間に、他の少年Bに脅迫されて、しぶしぶ犯行に及んだと自供した。

彼は少年Bからイジメを繰り返されたあげく、小物を盗んでくるように脅されたという…。

この場合の実行犯の少年Aと、万引きを強要した少年Bの、どちらの罪が重いであろうか…。



少年Bは一人っ子で甘やかされて育ったが、彼がまだ幼い頃に両親が離婚をして母方に付いた。

母親は直ぐに再婚したが、新しい父親は子供嫌いで少年Bをよく怒鳴り、家庭内暴力が絶えなかったようだ。

現在の少年Bはまだ12才である。

この場合、誰が最も罪が重いであろうか…。



また少年Bの新しい父親は、仕事では優秀な人材であったが、心無い同僚の反感をかって、職場は勿論の
こと家庭にまで嫌がらせが続き、いつしかノイローゼ気味となり、ついに鬱病の烙印を押されて退職に追い込まれたようだ。

気持ちに余裕など持てないまま、少年Bに対する家庭内暴力は激しさを増していった。

この場合、いったい誰の罪が最も重いのであろうか…。



最初に出した(万引きをした)少年Aは、性格の弱さゆえに少年Bからの脅しに屈して犯行に及んだのである。

少年Bは新しい父親から毎日のように暴力を振るわれ、その捌け口で少年Aをイジメの対象にしていたのである。

また新しい父親の職場では、手段を選ばぬ出世争いが存在していたのである。

罪というものも、かくのごとく伝播するのである。

罪の連鎖は家庭や職場での身近な人間関係の中で陰湿に巻き起こされるからこそ、断ちがたい強固な鎖で繋がれているのである。



罪の中で最も重い罪は、罪作りの大罪である。

実行犯は罪を犯した罪過を背負わなければならないが、彼をそこに追い込んだ黒幕たちは、今も平々凡々と何食わぬ顔付きで生きているのである。

この話は一つの例としてお話したわけであるが、これに類似した話は世の中に氾濫している。

しかも身近な問題として誰もが影響し合い、その一役を知らず知らず担っているのである。

本来の罪とは何であろうか…。







生命の言葉【最も重い罪は罪作りの大罪である】
http://www.geocities.jp/yumesaki373/inotinokotoba.htm

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