今日の2時前のニュースは、多賀城のあやめ祭りのお知らせでした。私の初任地。●二十年もの長い間、隠し持ってきた「穴沢喜壮次回顧録」を喜多方市役所に提供して肩の荷を下ろした気分ですが、まだ、東芝の創立者、山口喜三郎伝や、東芝関係の古参さんから寄せられた手記などが、かなりの数残ってます。それは、すべて、平成七年、原敬首相暗殺の裏面を示した、猪瀬直樹氏著の「ペルソナ」という金色の本の、三島由紀夫がらみの本の、会津藩士柴四朗が原敬首相暗殺に関与している…というセンセーショナルな内容の奥にある史実で、神戸の震災、地下鉄サリン事件が起きた頃に…入手して隠し持ってきたものです。●昭和61年度にNHK総合テレビで放送された番組を角川書店が九冊の本にまとめたものの一冊が「上海共同祖界」です。魯迅と内山完造、東亜同文書院、さすがNHKと思いながら、読む余裕もなく隠し持ってきました。ギターにマリンバ、バイオリン、小学校の時書いた童話、中学校の時書いた日記、山梨と静岡のペンフレンドからの手紙、あらいざらい捨てられ、壊され、盗まれても、これだけはなくならなかった…という貴重な史料。でも、考えてみれば、個人
的には、私自身の幼年時代からの思い出の品の方が、大切かも知れない。教育というものは恐ろしいものです。会津藩士の娘だった祖母は、父親と男兄弟たちが戸籍を会津に残したまま、北海道空知に移った後、祖父と結婚して、栗駒の鶯沢鉱山で暮らし、夫と死別して曾祖母の実家大竹家に身を寄せました。父は喜多方中学を中退してから国鉄に入り、母子家庭にならなければ、入学するはずだった仙台一高を眺めながら仙台鉄道管理局に通い仙台市表柴田町に住みました。その柴田町にあるライオンズマンション一高前に、書斎を構え、息子が仙台一高に入ったら一人暮らしをさせようと考えました、その契約日に、まさかの被害にあったのです。今、方々走りまわって中退者である父の名前を喜多方高校同窓会名簿に載せた、痕跡を見て、そこまでやって、この結果だと自分に腹がたちます。田島の祇園祭に行けば、たぶん、若い頃に花嫁行列をした女性がたくさんいて、皆、産婆さんは玉田さんなんでしょうか。
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