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読書室:高橋三郎

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高橋三郎著「キリスト信仰の本質」から;

パウロが回心体験によってまざまざと知ったことは、自分の生活の根源的倒錯であった。しかもこの倒錯は、自分では律法に従って正しく神に仕えていると思い込んでいる行動そのものが、じつはその正反対の、神に対する反逆そのもであったという、まさに絶対的倒錯として、彼の眼前に突きつけられたのである。

パウロは、人間の全存在が罪そのものであるという隠された事情が、律法を手掛かりとして俄然外に立ち現れるという、罪と律法との相関関係を、己が身に体験したのである。律法は人間に行動の目標を与える。そして、人はこの行動に向かって主体的活動を開始するとき、まさにこれを手掛かりとして、その内にひそむ罪(叛逆)の事実が、その行動を通して客観化される。この罪と律法の相関関係の中に、がんじがらめに閉じ込められている人間が救われる道は、まさに「罪の支配からの解放」=「律法の支配からの解放」以外にはあり得ない。

☆ 旧約聖書の学習からスタートしていない現代のわれわれにとって、律法という概念は実感が伴わないかもしれない。その場合、律法とは「信念、または価値観を形成しようとする心の働き」と解すれば、分かりやすいかもしれない。

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高橋三郎:「ガラテヤ書」より

 生きているのはもはや私ではなく、私の内にキリストが生きておられる。私がいま肉において生きているのは、私を愛し私のためにご自身をささげられた神の御子に対する信仰によって、生きているのである。

 彼は律法によって死に追いやられゆく人間の実態を、自分の体験として語ったのである。その帰結は、「死のからだ」の中にある人間の悲鳴であり、キリストの救いを仰ぐ信徒の待ち望みの告白であった。
 今や恵みの支配下に移され、神のために生きる者とされたのだということを、パウロは告白したのである。
 「律法に対する死」とは「キリストに対する生」であることが、ここに高唱されている。

サマリアの女(2)

高橋三郎「ヨハネ伝講義」第一巻:サマリアの女の項

p.294から:
   (洗礼者ヨハネがイエスの先駆者として、歴史の表舞台から静かに姿を消して行ったように、人々にイエスを紹介したサマリアの女も舞台から姿を消してゆく)。このように、人々の心をキリストにっしっかりと結びつけることをもって、伝道者の任務も終わるのである。直接キリストに結び付けられた人々は、直接彼のみ声を聞くことによって、彼と共なる歩みを力強く続けて行くことができるであろう。

   さて、このサマリア人たちは、イエスこそ「世の救世主」と信じるに至ったという。この信仰告白がどういう意味内容を持つものであったかという点にも、ここで一瞥を投じておきたい。「世」(コスモス)とは、全世界ということである。つまり、ゲリジム山に聖所を持つサマリア人の宗教も、エルサレムに神殿を持つユダヤ人の宗教も、共に克服され、イエスこそ全世界の救済者であると、彼らは信じるに至ったというのである。しかもこの信仰告白は、おしつけがましい伝道によって、無理に引き出されたものではなく、イエスの謙遜な愛が、おのずから生み出したみのりであった。福音書記者ヨハネは、長い間どうすることもできなかった隔ての壁がついに打ち破られ、ユダヤ人とサマリア人との民族的・宗教的・社会的対立が、イエスによって克服されたという巨大な事実を明らかにしつつ、サマリアにおける彼の活動の叙述を結んだのである。

p.295から:
    このように見るとき、人間的に偉大であることは、われわれの生涯にとって、決定的重大事ではないことを、明らかに知ることができる。決定的に重要なのは、神のみ旨の成ることであり、忠実なしもべとして、そのために仕えまつることである。

p.296から:
   人生の究極の目標は、自己を高め完成することではなく、いかに忠実に神にお仕えすべきかという一点に横たわっていることを、われわれはこの二人(洗礼者ヨハネとサマリアの女)の存在を通して、もう一度新しく学びたいのである。
    神は一人一人の人間を、個別的に取り扱い給う。ヨハネにはヨハネでなければ果たせぬ使命があった。そして、この重大な課題を忠実に果たし終えた後、黙して姿を消したところに彼の真の偉大さがあった。またこのサマリアの女にも、彼女の果たすべき使命があった。自分の置かれた立場を知り、与えられた課題に忠実であろうとする者は、その限界を謙遜に認め、その一つの課題に生涯をかけねばならない。この忠実な生活態度は、個別的生活に甘んじようとする低い心を要求する。そして、この謙遜な魂にこそ、天来の平安は宿るのである。なぜなら、これはキリストとの愛の交流に養われて生きる魂であり、愛こそは生命だからである。
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サマリアの女

高橋三郎「ヨハネ伝講義」第一巻:サマリアの女の項

p.289から
「生命の収穫」が、血涙にじむ労苦の上にのみ可能となるという事実によってこそ、人生は真に厳粛なものとなる。この真相に触れるまでは、人は「厳粛」という言葉の真の意味を、到底理解することができないであろう。そして、青年あるいは学生の信仰が、しばしば宙に浮いた軽薄な概念の遊戯に終わる危険をはらんでいるのは、労することなくして真理を学ぼうとし、あるいは学び得るかのように錯覚していることに由来している場合が、きわめて多いのである。

p.291から:
信仰とはきわめて単純なものである。イエスに対して本当に心を開くこと、それだけでよいのだ。

p.292から:
信仰とは、キリストに対して「心を開くこと」であり、キリストとの生きた人格的交わりである。サマリア人たちは、自分で気づかぬうちに、この信仰的対話の世界に導かれて行った。自分たちの元に留まってくださいと懇願したことが、それを雄弁に物語っている。信仰とは愛であり、愛は共にあることを求める。
Text高橋三郎著『ヨハネ伝講義』(待晨堂刊):1 序言(一の1〜18):p.70〜71

18 神を見た者は、いまだかつて一人もいない。ただ、いつも父上の胸に寄り添っておられる独り子のキリストだけが、わたし達に神を示してくださったのである。

 イエスの勝利の秘訣は、「いつも父上の胸に寄り添っておられる」愛と信頼、その深い神との交わりの中にあったのであって、彼の暴力的勢力にあったのではない。そして彼の地上における姿はいかに見ばえなきものであっても、彼こそ神の『恩恵と真理』を示し続けてい給う方であるというこの事実が、信仰の眼には、はっきりと見えたのである。

 『ヨハネ伝講義』序言最後の項は、キリストがこの世にもたらした真理の中核に触れている、と私は思う。「神を見た者は、いまだかつて独りもいない」、と言う。これは、「いやそんなことはない」とか、「いや、私は見た」とかいう問題ではないのである。ヨハネは、キリストがもたらす人間の救いの性質が、どういう性質のものであるかを語ろうとしているのである。
 キリストが明らかにしたような救いを、地上にもたらした神を見た者は、未だかつて独りもいないと言っているのである。それは、『神の国』を地上にもたらす神である。そして、以下明らかになって行くように、ヨハネ伝が証言した『神の国の救い』を明らかにした者は、「いつも父上の胸に寄り添っておられる、独り子のキリスト」以外にはいなかったのである。

 キリストの神は、いつもキリストが胸に寄り添っている、『独り子の神』である。神信仰は多くあるが、この『独り子の神』の真理を明らかにしたことにおいて、ヨハネ伝の序言は絶頂に達したのである。キリストが明らかにした神は、常にキリストと共に行動している人格的な神であって、その神に触れるには、キリストと一対一の関係に立って行動を共にし、心が開かれて行かなければならない。『独り子』とは、完全に一対一の関係に立つこと、である。この問題に関しては、高橋先生と同じ無教会キリスト信仰の立場に立つ、藤井武の絶対的結婚論の主張は、唯一無比だと私は思う。絶対的結婚論は、キリストと神との絶対的関係に触れた人間が、地上において実際に実現する人格的な関係である。人は、キリストとの『独り子』の関係に立って、初めて宇宙の『基底』とつながれ、絶対的結婚関係が実現して、初めて内的人間の『根底』と結びつくのである。

 このゲートは、「真理をもたらす者」との共なる歩みから始まり、その歩みと理解の深まりにおいて、ある日《変容(回心)》が起こるのである。そしてこの変容は、探求者が自ら起こすことはできない。それは向こうからやって来る『恩恵』である。

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