☆MJ☆その他音楽

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Michael Jacksonのお話。
子供の頃から知ってはいたけどファンになったのは16歳の頃。
もう20年近く経ったのか・・・。しんみり。
コレクターでもマニアでもなかったけど、いつも私の心の隅で輝いていた人でした。
もちろんこれからも・・・・。

真面目な話も、ミーハーな話も自己満足で書かせていただきます〜。

MJ以外の音楽の話もしま〜す。

No Music No Life♪
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少し前になりますが、行ってきましたー。
シルク・ドゥ・ソレイユとマイケルジャクソンがコラボしたショウ「IMMORTAL」へ♪
シルクの本格的なショウを観るのは初めてでした。
 
マイケルはシルクが大好きで娘の誕生日に家に招いてプチショウをやってもらったこともあるほど。
生前からコラボの話はあったようですね。
 
まず生演奏にびっくり。やっぱり迫力が違うー。
パフォーマーはもちろんのこと、最新のスクリーン技術などにも感動。
ダンスと音楽と光が一体になった素晴らしいものでした。
VIP席でもう一度観たいー。真正面のアリーナ席で足元が少し見えないのが残念でした。
 
久々の大音量でのマイケル…(涙)。よかったです。
 
今月の上旬には終わってたんですが、なかなか記事をアップする気になりませんでした。
有罪です。
刑期などはまだ決まってない模様。最大で4年だそうです。早くて数ヶ月。
とにかく、亡くなる間近、なくなった後のマイケルの全てがさらけ出されてた裁判が終わってホッとしてます。
うん、終わってよかった。
マーレーのことは、あまり関心ないかな。
すでにテレビ番組への出演、本の出版の話などが持ち上がってるそうです。
まぁでももういいかな。
 
この裁判を通して辛かったこと。
 
・死の瞬間、人生の究極の瞬間の対応があまりにもずさん過ぎたということ。
 
・証言台に立った数人の医師が(プロポフォールを自宅で使うなど言語道断だが)正しい装置、正しい蘇生、即座に通報がなされていればマイケルは命を落とすことはなかったと証言したこと。
 
・マーレー被告にマイケルの死の責任はもちろんあるが、マイケル本人にも責任があったと認めざるえなかったということ。
 
 
マイケルはまたステージに立ちたかった。
史上最高のショーを繰り広げ、観客を感動させたかった。
それがMichael Jacksonだから。
イメージ 1
 
その為にはリハーサルに徹底的に打ち込みたい。
なのに10分も眠ることが出来ない。何をしても眠れない。
ステージのキャンセルはありえない。
中途半端なショーもありえない。
Michael Jacksonは最高でなければならない。
リハーサルに集中しなければ。
なのに眠れない。食べられない。
眠るための手段は選べない。
 
イメージ 2
 
結局、誰かがマーレーになったのだろうな、と思います。
 
どーしたってイロイロと考えちゃいますが、ホントもう仕方ない。
彼は帰ってこないしね。
 
今でもいろんな場所でふと彼の音楽が流れてきて、ニヤっと嬉しくなったりします。
 
 
マイケルの全盛期を知らない方々、今まで音楽以外の部分でたくさんの誤解を持たれていた方々に確実に受け入れられていったのが私は嬉しい。
イメージ 3
 
もう裁判も終わったし、これからはマイケルの音楽・パフォーマンスだけがずっと続いていけばいいのです。
 
私の大事な1曲。
MTV10周年記念イベント。居間のテレビお父さんに取られて、小さいテレビにかじりついて観たなぁ(笑)。
 
と、楽しい話題で記事を締めますー。
 
 
 
 
 
10月の頭からマイケルの担当医師だったコンラッド・マーレー被告の裁判がはじまっています。
 
そんななか、マイケルの亡くなる1ヶ月前の肉声テープが物証(?)として公開されました。
 
薬が効いてかなり朦朧とした低い地声で必死に語るマイケル。
ワイドショーなどでも少し話題になったのでごらんになった方もいるかも。
 
薄れる意識の中、語っていました。(おおよその内容です)
 
■■■
今回のコンサートは最高のショーにするんだ。
こんなショー見たことないって皆に言って欲しい。
 
コンサートの収益で小児病院を作る。
世界中の苦しむ100万人の子供たちのために。
その病院には遊園地や映画館も作るよ。
病気の子供達には楽しみや夢が必要なんだよ。
■■■
 
(実際はもっと長いテープです)
 
テレビでは朦朧としたその声にばかり注目してましたが、私は嬉しかったし悲しかった。
2005年の裁判が終わってからはマイケルは表立って「世界中の子供を救う」ことを口にしていませんでした。
映画This Is Itでも地球の環境問題について・・・でした。
 
でも、彼の意志は全く変わっていませんでした。
 
10代の頃、アフリカの飢える子供たちの映像を観て涙を流しながら
「僕はいつかこの問題に立ち向かっていくよ。」と母親に言ったマイケル。
「この世で一番大事なものは子供たちの笑顔。子供たちを救うことこそが僕が生まれてきた理由。」
そう言い切ったマイケル。
仕事で世界中を旅しましたが、必ず訪れた街の孤児院や小児病院を訪れていました。
たくさんのプレゼントを持って。
 
変わってなかったんだなぁ。
 
嬉しかったと同時に、もうヤメテヤメテって気持ちにもなってしまいました。
複雑です。
裁判、早く終わって欲しいです。
 
イメージ 1
 
 
 
 
先日、カナダでついにスタートしました。
Michael Jackson THE IMMORTAL World Tour by Cirque du Soleil
Immortalとは不朽・不滅という意味だそうです。
イメージ 1
 
誰もが知ってる世界でトップクラスの大道芸集団シルク・ドゥ・ソレイユ。
マイケルの音楽とダンス、そしてシルクドソレイユの創造力を融合させた最高のSHOW。
マイケルの魔法と彼らの魔法が合体し、それは素晴らしいものになってるようです。
 
 
今のところ日本ツアーは組まれていません。
観たいな。すごく観たい。
 
それにあわせて、アルバム「THE IMMOTAL」が11月23日に発売されます。
マイケルの楽曲をマッシュアップしたものだそうで、これも聴いたら楽しそうですね♪
 
ジャクソンファミリーも招待され、パリスも最高のショーに感動して「涙が出てきた!」とのこと。
イメージ 2
マイケルも彼の子供たちもシルクドソレイユが大好きでした。
娘のパリスの誕生日にはシルクドソレイユを自宅に呼んでSHOWをしてもらったこともあるそうで。
(さすがマイケル・汗)
 
このSHOW、とても喜んだろうな。。。と思います。
 
日本でも開催してー!
 
 

MichaelとJonathan Exley

このマイケルは1992年DANGEROUSツアーのパンフレットの表紙。
イメージ 1
私はこのマイケルをどれほど眺めたことか・・・。
 
この写真を撮ったジョナサン・イクスレイは長年にわたりマイケルの専属カメラマンでした。
先月の29日、マイケルの誕生日に亡くなったそうです。
イメージ 6
ちょっと調べてみたら、どれもこれも彼の撮った写真でした。
BADの頃から・・・でしょうか。
リサ・マリーとヘラヘラしてる写真もそう(笑)。
イメージ 7
 
マイケルの親友でもあったそうです。
マイケルは肌の病気のこともあるから、写真の撮られ方には敏感だったろうと思います。
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たくさんのかっこいいマイケル、美しいマイケルを残してくれたんですね〜♪
イメージ 9
子供たちとの写真もほとんど彼みたい。
 
あ、アースソングのマイケル・・・。
イメージ 10
マイケルのオフィシャルフォトの多くは彼の作品だと思います。
 
定かではないのですが、もしかしたら最後に撮った写真かも・・・。
イメージ 11
2005年、裁判の結果が出る前でのネバーランドでの撮影・・・。
このときのマイケルは、どの写真も目の奥が暗く疲れた表情をしています。
 
自宅には象と線路。。。この象ってベスにもらったジプシーかな?
イメージ 4
 
 
カレン(長年のメイク担当)いいなぁ。。。
イメージ 12
イメージ 2
これは今回初めて見た。笑ってるね。ネバーランド気持ちよさそうだなぁ。
2005年に裁判が終わり、マイケルはこの土地を去りましたからネバーランド最後の写真ですね。
 
イメージ 3
マイケル、何を考えながら撮影してたんだろう・・・。
(ちなみに雑誌のための撮影です、多分)
 
マネージャーそして専属カメラマンが立て続けにいってしまった・・・。
 
マイケル、あちらで何かはじめる気ですか?
イメージ 5
そうに違いない。
 

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