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見倉村を後にした牧之、次なる目的地は・・・。
【秋山の古風】・・・続き
中の平村、天酒村、大赤沢村を結ぶ道は、いずれも険しい山道で
夕刻五時頃に至り、ようやく小赤沢村に到着しました。
小赤沢村は秋山にある二つの大きな村の一つで、戸数は二十八軒(上結東村は二十九軒)ありますが、この村で一番大きい市右衛門という家一夜の宿を求めて入りました。
(今は苗場荘さんという民宿になっています。)
四間(約七・二メートル)に六間(約十・八メートル)ほどの住居です。
年老いた主人夫婦と二十七、八歳の長男の他娘三人がいました。
奥の方に四畳位の一間があって仕切り代わりに藁筵を下げてあります。台所には普段用いる鍋や食器類が取り散らかしてありますが、ここにも立派な木鉢が三つ四つ置いてあります。携えてきた米や味噌を取り出し、清水川原村で求めた舞茸などと一緒に筵の上に並べました。
案内者が料理をすると言い出したので、末娘が棚の隅っこから取り出したすり鉢は
めったに使わぬものとみえ、煤で黒く汚れています。
秋山にすり鉢のある家は、この家と本家の二軒のみとのこと。
「この土地でも近年になって、豆を造り始め、味噌もこしらえるようになりましたが
味噌汁は、味噌を入れてただかき回すだけですから、すり鉢はいらないのです。」
と主人が言います。
この家にもかまどはなく、囲炉裏で全ての煮炊きをしています。
いつのまにか外が暗くなってきました。家のものが姫小松の木を細く割ったものに火を灯しますと、部屋の中が明るくなって、ろうそくの明るさにも勝ります。
その明かりの中で、案内者が不ぞろいなおわんの中に料理を盛って、山折敷という物に乗せて夕餉を差し出しました。
主人の心尽くしのもてなしに、芋と蕪菜の味噌汁が出ましたが、見かけぬ物が入っています。
案内者が私の心を察して
「これは秋山の名物の豆腐ですよ。」 (←今でも名物です(^^))
と言います。
かすを漉さないので、豆腐の味がさっぱりしません。(・・・ハハハ(^_^;))
(↑今の秋山豆腐はしっかりとした固さと味が自慢です(^^)各家庭でも作ります。)
名物の豆腐を食べた牧之、それからお風呂に入り、床につきます。
次の日は湯元(雄川閣のあるところ)に泊り、帰路につきます。
まだまだ続きますが、またいつの日かご紹介したいと思います。
どこかで北越雪譜、秋山記行を手にするような事があったら、ぜひ読んで見てくださいね(^^)
それでは、また・・・。
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秋山の歴史
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