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娘は私達が夫婦揃ってベトナム好きなのを良く承知しています。
「お父さん、ベトナム料理が食べたいなら"銀杏団地"に行くと良くてよ」教えてくれました。
タイ料理は横浜の伊勢崎町や野毛の裏通りに数多くあります。
ベトナム料理となると明治学院大学の学生食堂くらいしかありません。
娘の話だと、店の雰囲気もベトナムと変わらない汚さだと言います。
これは、行かなくては・・・・、早速に出掛けてみました。
銀杏団地は横浜市泉区、長後街道が泉川をわたる辺りにあります。
右がベトナムの店が多く出店しているビル。左が銀杏団地と銀杏小学校
今からもう35年以上も前の事でした。
ベトナム戦争が終結、社会主義体制に移行しました。
大量の人々が小船に乗って自由主義の国々に脱出を図りました。
ベトナム難民、ボートピープルと呼ばれていました。
日本は難民を受け入れました。国としては初めての難民受け入れでした。
そして横浜市泉区(昔は戸塚区)の銀杏団地にも入居して、日本での生活を始めました。
そして、歳月がたって、彼等は日本に同化、子供達が生まれ、孫の世代も増えてきました。
銀杏団地8000戸のうち半数は外国人及びその子供達になっているのだそうです。
今次の東北関東大震災でもベトナムの方々がボランティアに出てベトナムフォー(ラーメン)を振舞っている姿が報道されています。
ベトナム人は日本人以上に日本人らしい義理人情に厚い民族なのです。
昭和30年代、40年代の「良き日本社会」「厚い絆」をベトナム人の家族や社会は持ち続けています。
必要以上に清潔好きな日本人より、汚くても構わない・・・・食事は美味しい事が大事でしょう・・・、そんな感覚が私は好きなのです。
ベトナムラーメンのフォー、左の生野菜を乗せて食べます。好みで調味料を入れます
銀杏小学校の校門前に長屋のような二階建てビルがあって、ベトナム関係者が出店しています。
その中の、ベトナム料理店「サイゴン」が今日の目的です。
店主はもう60歳に近い親爺です。
聞けば難民として日本にやってきたとの事でした。
フォーの麺は米粉ですから口当たり、喉通りが良いのです。魚醤と香味野菜の香りが魅力です
ベトナム人は朝晩の食事は屋台に出てきて食べる事が多いようです。
銀杏団地の人たちも此処で外食する事がいいのでしょう。
私が入店した時もお客は全部ベトナム人で、ワイワイ・ガヤガヤうるさい事。
加えてテーブルがテレビゲームになっていますから、食事が出来るまでゲームに興じています。
20代の人たちですが、昼休みで此処で昼食、休んだ後に近くの工場に出掛けるだそうです。
職場は小田急線沿線にあるイスズや日産の協力工場だそうです。
貴重な労働力なのでしょう。
ベトナムレストラン「サイゴン」
東戸塚小学校でもベトナム人の子供を良く見かけます。
私は良く給食をお呼ばれします。すると聞かなくても生徒が言います。
「私のお母さんはベトナム人なの・・・」
私は瞬間何を言おうか迷ってしまいます。
「じゃあ、サイゴンは知ってるね?」
「ううん、知らないの・・・」
「小父さんはね、サイゴンが好きなんだよ。高いビルが建っていて、樹木が茂っていて、元気があっていい街だよ。でも、一番良いところは料理が美味しい事なんだよ・・・・」
子供達は日本生まれで、会話も日本語です。もう、日本人なのです。
ここ数年、日本の政治・社会を見ていると次第に内向きになってきている事が気がかりです。
私のような年寄りは日本で生活し、時々海外を旅行をしたい、思います。
でも、若くて才能のある人たちはこの閉塞した社会の雰囲気は耐え難いでしょう。
世界に雄飛したいと思うはずです。
一方で2050年までの間に日本の労働力人口は3000万人減少すると聞きます。
こうした状況下、国を開くことは大事な事でしょう。
「国を開く」事によって若い才能を日本に引き止める効果もあります。
同時に労働力人口も確保できます。
国を開く事によって、若干治安問題など生じるかもしれませんが、
そのインパクトによって社会の活力が蘇生できるのです。
会社の綺麗なカフェテリアで昼食をとっているサラリーマンもOLも、
時には小汚いレストランで、ベトナム料理を食べるのも良い事でしょう。
ベトナムの食材店、この香味野菜の手前にドリアが三個転がっていました
親爺が牛肉スープのフォーを持ってきました。
「家のフォーは美味しいよ・・・・」、言いながら山盛りの生野菜と2種の調味料を持ってきました。
私は、「もう少し量が少なくても良いのになあ・・・・」思いながら箸をつけました。
ベトナムではもっとラーメンどんぶりが小さくて、春雨など添え物も食べられるのに・・・。
でも、隣の若い人たちに適当なボリュームなのようでした。
隣の、食材店に入ってみました。
お店が臭い事・・・・、見れば一番の位置にドリアンが三個並んでいます。
その横には山盛りのパクチーがあって、漁醤が並んで、臭さの三重唱です。
これは、日本人除けの役割かな・・・思ったりします。
食材店はベトナム人しか相手にしていないようです。
まあ、それはそれで良いか・・・・。
思いながら横浜の片隅にあるベトナムコミュニティーを後にしました。
泉川沿いの田圃では大凧揚げが行われていました。
屹度、日本生まれのベトナム三世も一緒に興じている事でしょう。
日本とベトナム、極めて近い文化なのです。
歴史を遡れば、弥生時代まで辿れるのではないでしょうか?
泉川沿いの大凧揚げ風景
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銀杏団地に銀杏通りととてもよい名前です、銀杏好きにはたまりませんね。秋になれば銀杏が輝くのでしょうか。
凧揚げが面白そうです。
2011/5/12(木) 午前 8:27
なにも知らずに、2年くらい前に行きましたが、白熱灯っぽい町でいいところでした。
また行きたくなりました。
2011/5/15(日) 午後 9:34