仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

全体表示

[ リスト ]

私はこのブログで他人や団体組織を批難する事は控えているつもりです。
でも、耐え難い「ドンド焼き」を見てしまいました。
当事者には”こういう意見もある”、聞いて欲しいのです。
 
イメージ 1
     本日の話題金沢区にある「海の公園」。 海の向こうにあるのがシーパラダイス。
 
横浜市金沢区には「海の公園」と呼ばれる人工の砂浜があります。
約、1キロの美しい砂浜で、前には”金沢シーパラダイス”が、背には美しい松林が囲んでいます。
初夏には潮干狩りが出来ますし、海水浴場にもなっています。
 
昭和51年頃だったと記憶しています。
私は京浜急行電鉄の融資担当者でありました。
同社の計画していた釜利谷開発(180ha)を見学しました。
釜利谷の丘陵を住宅地に開発するために、大規模に切土しました。
西ドイツから中古の石炭の露天掘り機械を山に設えていました。
巨大な水車(切削機)で、その先端に歯がついていて、グルッと回ります。
すると、岩も土も綺麗に削られました。
削り取った土砂は竪穴坑に落とします。
地中にはトンネルが金沢の海まで掘ってあり、
土砂はベルトコンエアーに載せられて海の埋め立てに使われました。
ですから、ダンプカーが区内を走る事も無く、区民が知らない間に開発が行われました。
 
金沢の工業団地やベイサイドマリーナ等が造成されました。
その一角に海の公園も計画されたのでした。
綺麗な砂は対岸の千葉内房から運びました。
横浜市はこうして出来た造成地に三菱重工(横浜駅東にあった)に移転してもらい、
その跡地をMM21として開発する事が出来ました。
”一挙両得”と言いますが、山を崩して”海山両得”したのでした。
 
イメージ 2
               海の公園には3基のドンドが立てられ。1月14日2時から火入れが行われました。
 
前置き説明が長くなってしまいました。
こうして、金沢は海に山に急速に発展してきました。
そこで、金沢観光協会が主催して、海の公園でドンド焼きを始めたのでした。
今回で17回目ですから、相応の実績もできた事になります。
 
会場に着いて驚きました。
一つは見物人が多い事、そしてもう一つがドンドの姿がイマイチの事でした。
 
イメージ 3
      作られたドンド、本来の姿は藁ボッチのような紡錘形です。この形が綺麗に焼けない理由です。
      因みに昨日書いた大磯のサイトを見てください。
 
砂浜直径10m程の穴を掘ってその中心に青竹を立てて、その周りにしめ飾りや門松、縁起達磨などが積み上げられています。
まるで、正月飾りのゴミ捨て場のようなゾンザイさです。
お嬢さんが晴れ着を着てみたものの、格好がついていないようなものです。
キチンと着れば凛とした美しさに見とれるのに・・・、グズグズですから眉を歪めてしまいます。
 
 
主催者が説明します。
”ドンドとは尊いが訛ったものです。尊い火で厄災を払って・・・・、東北大震災の復興を祈願しましょう”
続いて金沢観光協会会長が挨拶します。
”金沢は金沢文庫があるように歴史と文化の町です。先祖から伝えられた伝統を守って・・・・”
仰る事は至極まともです。
でも・・・・・、ドンドを見ると、伝統の美しさは微塵も感じられません。
形は出来ても、形の隅々から見える筈の”こころ”が感じられません。
 
イメージ 4
  火入れが行われると濛々と黒煙が立ち上ります。
  理由は明瞭、石油を撒いたからです。こんなドンドは神様から見放されています。
 
いよいよ火入れがなされます。
観光協会長や区長、町内会長や文庫小学校の生徒さん、18名が紹介されて火入れです。
突然に石油の嫌な臭いが流れます。
私の背後から”嫌ね!灯油をまいて焼くのよ・・・・!”囁かれています。
 
何処でも、火入れは神主さんか宮元が行います。
火入れの前に祝詞が奏上され、ドンドの周囲はお神酒で清められます。
そうしなければ道祖神様が降りてくれないからです。
まして、臭い石油など撒かれたら・・・・、道祖神様も歳神様も祖霊も・・・、みんな敬遠してしまいます。
 
イメージ 5
                                              燃え盛るドンドの炎
 
火入れが行われます。
灯油ですから・・・、黒煙が昇ります。
見物人はロープの外まきから見詰めます。
子供も若いお父様お母様もこれが”ドンド焼きだ”間違った知識に染まってしまいそうです。
 
私は少なからず腹立たしくなりました。
”これじゃあ、まるで正月飾りの焼却催事じゃないか!神を畏敬する気持ちが微塵も無い。胸糞悪い”
 
イメージ 6
                       石油を撒いた所だけ焼けて、肝心の青竹が残ってしまったドンド。
 
私が小学生の頃、鎌倉の天園ハイキングコースは尾根伝いに金沢文庫まで繋がっていました。
小学生の頃は先生と、中学生になってからは同窓会で何度も歩きました。
その後、横浜横須賀道路が縦断して、釜利谷などの開発が進んで、山は無くなって住宅地に変貌しました。
その結果出来上がった開発地の上で・・・・・、伝統や文化を説くのは如何かと思います。
少しでも開発に詫びる気持ちがあれば、ドンド焼きをこんな形で行う筈がありません。
 
まあ、横浜市なんて文化の程度はこの位のものでしょう。
”成り上がりものの文化”です。
形あって心がありません。
幸いな事にお隣の鎌倉や藤沢大磯等には伝統を重んじ、文化の心を大切にしています。
 
海の公園の入り口には有名な「瀬戸神社」もあります。
神主さんの指導を受けて、”ドンド祭りの心”を伝える行事に変えて欲しいものです。
 
イメージ 7
     子供たちはドンドの聖なる残り火ではなくて、おこした炭火でお餅を焼いて食べます。
     これでは健康に育つ・・・・、神事になりません。
 
【補足】
ドンド焼きの事を様々に呼びます。相模は「左義長」が多く、サイト(歳徳)焼、三九郎(さんくろう、松本)等です。でもドンド、ドント、ドンドン焼き・・・、など”ドン”が一般化しています。
”ドン”は尊いが訛ったものとする意見は少数意見です。
この行事は鎌倉時代には一般化していて(徒然草に出てきます)、青竹が熱せられて竹簡にある空気が爆発する音を”ドン・ドン”を取ったものと言うのが最大意見のようです。もうじき春節です。中国ではお祝いに”爆竹”を鳴らします。
漢の時代に山に入った青年が焚き火をしていました。
其処に山の怪物(山姥のようなもの)が出現、食い殺されようとします。
その時、竹が”ドン・ドン”破裂しました。
怪物は驚いて逃げさります。青年は竹の破裂音で命を救われました。
以来、爆竹は災いや魔物を追い払う・・・・、聖なる音として尊ばれ春節には欠かせない鳴り物になりました。
1月23日には横浜中華街では 関帝廟で春節が祭られます。
爆竹が鳴って、龍が練り歩きます。
私は、日本の小正月のドンド祭りは、日本版の春節ではないか?
憶測しています。
イメージ 8
   石油が燃えてしまうとドンドの炎は下火になってしまいます。全体がこんがりと、いい香りを出して焼ける為    には・・・、伝統に沿って行う事が必要です。鍵は藁を上図に使う事だと考えます。
 
 
 
 
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。
 

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事