仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

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昨日(6月29日)は久々に日分研の例会に出席しました。
私の快気報告をかねて出ましたが、研究会のレポーターはO氏で、「霊界を歩く」と言った表題でした。
いささか、人生論が前面に出て、研究がお仕着せに聞こえたのは私の素直でない性格からでしょうか?
 
そこで、今日は私は日本らしい、花に憑依した霊の話を二題させていただきます。
霊も一つの文化で、歴史と共に変遷し、風土によって形を異にするからです。
 
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                   浅茅の茂る草原。背丈の低い茅が茅萱(浅茅)です。
                   廃屋の庭等に最初に咲くので寂寥を感じます。
 
【浅茅の露の話】
今の季節、草原に出ると茅萱の穂が銀色に光り輝いています。
茅萱は背が低いので、浅茅とも呼ばれ、浅茅の生い茂った草原を「浅茅が原」と呼びます。
「浅茅が原」には民話が多く残されています。
 
京都に身分の低い侍が住んでいました。侍には世話焼きで慎ましい妻が居ました。
ある時、侍の主人が国司になって地方に赴任することになりました。
侍は主人に従って地方に旅立つ事になりました。
所が、旅立ちに際して別な女が現れて、お仕着せがましく旅立ちの準備をしてくれます。
侍は慎ましやかな妻を置いて、新しい妻と旅立ってしまいました。
 
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                                   浅茅(茅萱)が光って眩しい景色。(鵠沼海岸で)
 
侍は任期が終えて都に帰りました。
急に前の妻が恋しく思われて、旅装束のまま元妻の家に行きました。
門は閉ざされ、家は荒れ放題でした。
とても人が住んでいるとは思えないあばら家で、朽ちていたのですが、元妻が一人で出迎えてくれました。
侍は言いました。
「明日になったら家を立て直して、従者を雇って・・・、一緒に住う!」
元妻は嬉しげに侍の腕に抱かれました。
 
                                             
翌朝侍は降り注ぐ朝の光に目を覚まします。
侍の傍らには何と骨と皮になったミイラが横たわっていました。
侍はミイラと一夜の契を交わし、抱いたのでした。
驚いた侍は隣家に走って聞きます。
「隣の家の女はどうなりましたか?」
すると隣人はこう答えました。
「お隣の方は長年連れ添った夫に捨てられてしまいました。
女は深く嘆き悲しみとうとうこの夏に死んでしまいました。
野辺送りしてくれる人もいないので・・・・・、死んだままです。」
   浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど
        あまりてなどか 人の恋しき   (源等/後撰集)
    (出典:今昔物語巻27−25話、後に上田秋成によって「雨月物語」に再録される。)


 
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                                                  浅茅が原図 歌川国芳
【浅茅が原の鬼婆の話】
現在の台東区花川戸に伝わる鬼婆伝説です。
奈良時代、用明天皇の御代の話です。
隅田川の浅草寺の近くに浅茅が原と言う草原がありました。
この道が奥州や下総に通じる唯一の細道でした。
荒地が続き、一面に浅茅が生えていて、寂寥感の深い草原でした。
旅人は明るいうちに浅茅が原を越えようと足を早めるのでしたが、秋の日はつるべ落としで、
往々にして日が暮れてしまいました。
 
浅茅が原には一戸だけあばら家がありました。
仕方なく旅人はあばら家の戸を叩いて、一泊の宿を借りました。
家には老婆と美しい娘が住んでいました。
 
深夜、旅人が寝静まると、老婆は起き上がり、寝入っている旅人を襲って石枕で頭を叩き割るのでした。
旅人の亡骸は隅田川に投げ捨てて、旅人の金品を奪って生きているのでした。
 
娘は婆の非道さをが諌めていたのですが、鬼婆は一向に聞き入れる風ではありませんでした。
老婆の殺した旅人が999人に達しました。
ある晩、1人旅の稚児が宿を借ります。
老婆は躊躇することなく、寝床についた稚児の頭を石枕で叩き割ってしまいます。
しかし寝床の中の亡骸をよく見ると、それは自分の娘でした。
娘は稚児に変装して身代わりとなり、自分の命をもって老婆の行いを咎めたのでした。
 
老婆はハット気付きました。
自身の行いを悔いて生活していたところ、稚児が現れます。
実は稚児は浅草寺の観音菩薩の化身だったのでした。
鬼婆に人の道を説くためにこのあばら家を訪れたのでした。
観音菩薩は娘の亡骸を抱いて消えてしまいます。
 
同じような話は全国にあります。
福島市の北、安達が原も有名です。
 
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【二人静の話】
写真は山野草として人気の「二人静」の花です。
大葉に似た緑の大きな葉の上に二本の茎が伸びて、白い鈴のような小花を茎の周囲に咲かせます。
「静」とは義経の愛人「静御前」のことです。
花軸が一本なら「一人静」、二本なら「二人静」です。
 
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                                     二人静かの花。(軽井沢の友人I君の別荘で)
 
二人静のネーミングは多分「世阿弥」です。
世阿弥はこの山野草を眺めていて・・・、謡曲「二人静」を創作いたします。
 
吉野勝手明神の正月行事でした。
美しいお巫女さんが野に出て、若菜を摘んで正月の神前に供えます。
若菜を摘んでいると、突然に女が現れます。
女は巫女に訴えます。
「貴方は吉野勝手明神に帰るのでしょう。帰ったら託けて下さい。私は罪深い女です。でも罪の深さを哀れんでお経を書いて弔ってください。」
 
巫女は神社に戻ると神主に不思議な体験を報告します。
でも、報告する最中に巫女は顔つきも言葉も変わってしまいます。
驚いた神主は尋ねます。
「お前の正体は誰なんだ!」
巫女の体に憑依した霊が答えます。
「私は静です」
神主は哀れんでこう言います。
「それでは、静御前の霊をねんごろに弔うから・・・・、その前に舞を見せて欲しい」
すると女は昔自分が吉野勝手明神に納めた衣装を取り出して舞いはじめます。
何時しか、静は巫女と静の霊と二人になって・・・、舞い続けました。
 
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                                                謡曲「二人静」
浅茅も二人静かも、今が見頃です。
どちらも、霊が憑きそうな、怪しく美しい山野草です。
日本の文化はこんな山野草を素材にしながら・・・・、育ってきました。
 
 
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山を歩いていると、ふと目に留まる山野草、私の好きなものはハルリンドウ、ササユリ、オドリコソウ、ニオイスミレ、イワカガミ、ミツバツツジ、キンラン、ミミカキグサ…どの花も印象に残る花です。日本人は花の名を大切にすると同時に、花にまつわる物語まで創作してきたのですね。素晴らしい感性と文化だと感心します。まだまだこのようなお話を聞かせてください。愉しみにしています。

2012/7/1(日) 午後 9:57 [ koba**** ] 返信する

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