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勝沼ブドウ祭の賑わい

昨日は横浜の赤レンガ倉庫で行われている「オクトーバーフェスト」を案内しました。
収穫祭は何処でも、何であれ嬉しいものです。
今日は日本最大のワイナリー勝沼の「ブドウ祭」を案内しましょう。
 
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   旧甲州街道に面した葡萄農家の庭先。 葡萄棚一杯に垂れた葡萄が見事です。
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                             葡萄園の店先もブドウ祭モードです。
 
勝沼町の旧甲州街道は、祭り当日の歩行者専用道路になってしまいます。(12時〜3時)
そして、勝沼中央公園が祭のメイン会場になります。
会場では舞台が出来て、郷土芸能を披露し、場内を神輿が練って賑わいます。
私が会場に着いたのは3時前、名物のホウトウもイノシシ汁(500円)もは売り切れてしまっていました。
 
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              勝沼中央公園がブドウ祭のメイン会場です。お嬢さんはワイン娘です。
 
何といっても勝沼は日本一のワイナリーです。
30余りのワイナリーが競って出店して、冷えたワインを御馳走してくれます。
会場入り口でワイグラスを求めて(500円)、後は好みのワインを飲むことが出来ます。
ワイナリーの社員や、可愛いワイイン娘が注いでくれます。
呑兵衛はビニールシートを敷いて、一日ワインを飲んでいるようです。
 
私はドライバーですから・・・・、ワインは飲めません。
でも、一口舐めて見たくなります。
でも、ワイングラスを求めたら・・・・、屹度もっと、もっと飲みたくなるでしょう。
30のテントで、各テント10種類のワインを飲めば・・・・・、300杯のワインを飲むことになります。
一晩泊まって、花火を見て帰らなくてはならなくなってしまいます。
それに、隣で家内がチェックしています。
ブドウ祭は宿泊予定か、JRで来なくてはいけないようです。
 
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     ワイングラスを求めたら、後は好みのワインを何杯でも飲むことが出来ます。
     「飲酒運転根絶」の幟が目立ちます。
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                          ブドウジュースのサービス。でも、長蛇の列でした。
 
 
ブドウジュースのサービスもあります。
子供やドライバーはブドウジュースを飲んで…、満足です。
 
看板には第59回と書かれています。
ということは、戦後の昭和20年代に始まったのでしょう。
でも、戦後暫くはワインと言えば「赤玉ポートワイン」程度しかなかったのですから・・・、
ワインが日本人に馴染んだのは私が入社した頃、大阪万博(1970年)の頃でしょう。
その後、千円ワインがブームになり(1975年)、ボジョレーヌーボが人気になりました。(1987年)
昼下がりになると電話がかかってきて”ボジョレー入ったわよ、今晩来てね!”誘われたものでした。
”面倒なものが流行りだしたもんだ” 思いました。
最近は赤ワインが体に良い…、というので話題になったりしましたが・・・、
もう、ワインは日本人の嗜好に確固たる位置を占めているようです。
輸入業者の功績、そして勝沼等の国産ワイナリーの頑張りの成果でしょう。
 
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   此方は大日影トンネルのワイン貯蔵庫、手前が個人利用、奥にワイナリーが法人利用しています。
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   ワイナリーにはメルシャンやマンズワインのような大手から、
   地場伝統の登録有形文化財ワイナリーも多くあります。滅多に飲めないワインも戴けます。
 
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                                   大手のワイナリーでは試飲が出来ます。
 
4時前から大善寺さんでは護摩法要が始まり、その聖なる火が7時に鳥居焼に点火され、
花火が打ちあがり、ワイン祭りは夜の部に移るそうです。
 
勝沼のブドウが何時から始まったのか? 気になります。
 
大善寺の寺伝では養老2年(712年)行基菩薩が柏尾山で修業します。
夢に薬師如来が出現、手に葡萄を持って居られました。
行基菩薩は村人に栽培を勧めます、
”法薬になる・・・”   それが勝沼葡萄の起源だと伝えています。
薬師如来は左手の掌に葡萄を一房載せておいでです。
同像は秘仏で5年に一度御開帳です。次回は来年のようです。
 
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大善寺のHPを転載、掌に葡萄を載せています。
山梨博物館の展示では葡萄を除いていたように記憶しています。葡萄は後世の補作でしょう。
 
それが事実としても、大善寺さんの薬師如来は平安時代前半の作で、
行基菩薩よりは100年程度は後世の作です。
薬師如来の葡萄が行基菩薩が始まりだ…、というのは信仰の世界の話で、
事実はもっと、もっと後世の事でしょう。
葡萄自体が薬師如来の造像より遥かに遅く、後世に後付されたとも考えます。
法薬としての葡萄は鎌倉時代位までは遡る事が出来るのでしょう。
でも、現代のように「商品作物」としての勝沼葡萄は間違いなく江戸時代からでしょう。
というのは、芭蕉の句に以下があります。
 
 勝沼や 馬子も葡萄を食ひながら 芭蕉
 
江戸時代、勝沼の葡萄は江戸の町でも人気であったのでしょう。
笹子峠を通る馬子が葡萄を食べ食べ…、馬の手綱を曳いていたのでした。
 
でも、江戸時代の甲州ブドウは日本種であって、今のヨーロッパ種とは違います。
現代はあれこれ、沢山の種が開発され…、美味しい事驚きです。
 
美味しい・・、美味しい喜んで食べていると・・・、また血糖値が上がってしまいそうです。
行基菩薩の法薬も食べ過ぎれば体に毒になってしまいます。
 
気をつけながら・・、戴くことにしましょう。
 
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       試食をすれば、どれも美味しい…、迷います。
       これほど種の開発が進んだ植物は他にないものでしょう。キリスト様も驚かれる事でしょう。
 
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