仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

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私の生家はお寺でした。
私が高校生の頃でした。
夏の今頃、度々金縛りにあっていました。
祖母に報告すると、
「夏には背が伸びるから、筋肉の成長と骨の成長がズレてしまい、金縛りになるんだ・・・・。」
そんな、説明でした。
大学生の頃には金縛りにはならなくなりました。
 
イメージ 1
  今日の話題は「狐の剃刀」です。
  彼岸花に先立って狐の剃刀が咲き始めました。俣野の八坂神社で撮影。
 
 
そのころ、「盛徳寺に幽霊が出る!」 噂が立ちました。
寺は山の中腹にあり、境内を人が通っていました。
戸塚駅に向かうには盛徳寺の境内を素通りすると近道でしたから・・・・。
そんな通行人が、墓地に幽霊を見た・・・、というのです。
 
ある、暑い日の夕暮れ時、祖母が
「今晩幽霊が出るから・・・・・・、確認しよう!」言いました。
私は ”幽霊より祖母の方が強い!”  確信していましたから・・・・、
祖母に従って墓地に恐る恐る出かけました。
 
祖母は幽霊の正体を予測していたのでした。
盛徳院の墓の前に、大きな赤松があったのでしたが、5年も前に枯れてしまっていました。
その大木の根元が洞になっていて・・・・・・、その洞の中で朱の炎がボーッ、燃えているのでした。
 
こうした怪火現象(空中を浮遊する生体不明の火の玉現象)を鬼火と呼んでいます。
昔の人は人間や動物の霊や怨念が火の玉になって現われる・・・、考えてきました。
でも、現代人は何かの原因があって、火の玉が燃え上がると考えます。
今では怪火現象も滅多に見られないか、見ても原因を推理して、少しも怖くなくなってしまいました。
 
 
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    足柄の天神様境内の狐の剃刀。下草刈りを丁寧にしておかないと狐の剃刀は溶けてしまいます。
 
松の大木には松根油(しょうこんゆ)が溜まります。
そのオイルが蒸発して、松の洞で自然発火したのでしょう。
秋風が吹き始めると、自然発火は収まって、幽霊の噂も消えました。
 
昔は土葬が一般でしたから・・・・、土葬された場合骨の中に燐が発火する事があったのでしょう。
これが人魂(ひとだま)と呼ばれ、幽霊の提灯のような役割をしていました。
人魂は青い光ですが、松根油の炎は赤いものでした。
だから・・・・・、少し解っている人なら・・・・、
「盛徳寺に狐火が出る・・・!」と噂すれば良かったのでしたが・・・・。
 
昔は狐火は良く現れたそうです。
殆どが暑い夏の宵でした。
暑い上に風が無い・・・・、遠くの山裾に狐火が一列になって・・・・、ユラユラと燃えて、
消えたと思ったら、またボーッと燃えて・・・・、
”狐の嫁入り”と呼ばれ、提灯をつけて、嫁入り行列をしているんだ・・・・。
そう信じられていました。
 
狐の嫁入りは吉兆で、豊作が約束される・・・・・、等々良い事が期待されました。
狐はお稲荷様のお使いなのですから・・・・、災いはありません。
 
私は狐の嫁入りも、松根油の自然発火であろう・・・、思っています。
松並木に沿って、狐火が一斉に灯ったのが・・・・・”狐の嫁入り”だったのではないでしょうか。
 
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   江戸名所図絵、王寺の狐火(安藤広重)大晦日の晩、王子稲荷神社の榎の樹下に狐が集まります。     点々と狐火が赤く燃えています。筆者は榎の根に溜まったオイルが発火したものと考えます。 
 
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   葛飾北斎の狐の嫁入り図。大雨が突然に止んでお日様が顔を出した、
   そんな時に狐の嫁入り道中が見られたと言います。
   婚姻が不条理にも出来なくて心中することになった、そんな怨みが狐の嫁入りになった・・・・、
   江戸時代、そんな風に信じられていました。(広重・北斎両図ともウィキペディアから転載)          
 
ただ、歳時記では狐火は冬になるんだそうです。
江戸っ子にとっては”王寺の狐火”が有名で、大晦日の晩、王寺の榎の大樹の根元に狐が集まるそうです。
沢山の狐火が点れば、翌年は豊作になるのでした。
この話が有名なので、”狐火は冬・・・”、という事なのでしょう。
でも、一般には狐火は稲の花が咲く夏に見られた現象でしょう。
 
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       鎌倉広町緑地の狐の剃刀。広い緑地ですが兎山の麓に点々と咲いています。
 
まるで、狐火の様に咲く花があります。
山裾の細道に一列に咲きます。
遠目で見れば・・・・狐の提灯が灯っている様にみえます。
名前は「狐の剃刀」です。
この花が狐火を連想させたので・・・・”狐”の名がついたのでしょう。
剃刀は葉っぱや花弁が剃刀の形に似ているからです。
 
昨年は足柄の天神様の境内に群生している狐の剃刀を見に行きました。
そんなに遠くに行かなくても、鎌倉の広町緑地にも沢山咲いています。
兎山の登り口一帯に群生しています。
でも、背丈の高い草を伐採していないので・・・・、狐の剃刀は他の草に埋もれて消え入りそうです。
柴刈をしないと狐の剃刀は背丈が低いので・・・・、負けてしまうのです。
 
イメージ 4
     俣野の八坂神社に咲いた狐の剃刀。
     向こうに写っているのは今年移転された庚申塔、道祖神です。
 
俣野の八坂神社の境内にも狐の剃刀が咲いています。
此方は天王祭(8月の第一土曜日)にあわせて、境内の草刈りが行われますから、
狐の剃刀にとっては好都合です。
気持ちよく茎を伸ばして・・・・、狐の提灯の様に花を咲かせています。
花の向こうには庚申塔と道祖神が見えます。
今年、俣野町にあった小さい八坂神社が合祀されて・・・・・・、
その境内にあった神仏が転居させられたのでした。
 
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神仏の世界も合理化の波が渦巻いているのです。
行き過ぎた合理化の方が、鬼火よりズット恐ろしいのが現代です。
 
イメージ 6
                      宵闇で見れば、狐の剃刀が狐の提灯行列の様に見える事でしょう。
 
 
 
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はじめまして。
お教え頂きたいことがあって書込みいたします。

写真の庚申塔は東俣野中央公園の下にあった、小さな八坂神社のものですが、それの移転先となる「俣野」の八坂神社とは、どちらでしょう。
東俣野には2つ八坂神社があり、写真の庚申塔があった八坂神社と、龍長院近くの八坂神社は把握しているのですが、もしや後者に移転でしょうか、あるいは他の場所でしょうか。

2013/9/6(金) 午前 9:26 [ 魚茶 ]

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良くご存知ですね。龍長院さんの前の道(鎌倉古道)を200m南に下った処の八坂神社に移転されました。同じ町内に八坂神社が二つも要らない・・・・、と地元のトマト農家が仰ってました。東俣野神社の下は良い環境で、情緒もあったのですが、今はイマイチです。でも、初夏には山百合が咲きますので、少しは癒されます。

2013/9/6(金) 午後 5:19 [ yun**ake200* ]

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ありがとうございましたm(_ _)m。
移転先の八坂神社は、本殿からちょっと離れた鳥居の所に昔からの庚申塔があるのですが、そちらは8月に行ったばかりで、どこだろうと思っていました。
境内に移されたようですね。
同じ名前の神社が町内にあると言っても、本来は別の集落のもので、明治初期の神社統廃合に耐えたのに、氏子さんがいなくなったのでしょうかねぇ。
庚申塔の移動も残念ですが、神社が無くなるのも残念です。

2013/9/7(土) 午前 1:55 [ 魚茶 ]

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おはようございます。
記事を読ませていただくと、大変勉強になります。
狐のかみそり、という花も気になっていましたが
名前の由来等がよくわかりました。
花が好きなので、又、お邪魔させて下さいね。

2013/9/29(日) 午前 6:27 [ ブルービー ]


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