|
昨日は大澤池の蓮の花を書きました。京の花をもう一題書きます。それは百日紅です。
鎌倉でも寺の多い街は百日紅が目立ちます。
お釈迦様の三大聖樹の一つが無憂樹で日本では百日紅がそのイメージを代表したのでした。
我が生家にも樹齢が100年の百日紅がありました。
その樹下に茣蓙を敷いて「おまま事遊び」をしたものでした。
主役は百日紅の落花」を盛ったお赤飯でした。
まま事遊びのお赤飯は、あとからあとから天空から散って来ました。
ドーナッツのように円環状の花がクルクル回りながら散って来て樹上を見上げれば。紅い天蓋のように美しいものでした。だから百日紅を無憂樹(憂いを無くす樹)に選んだのでしょう。
私の生家の百日紅は次に書きました。http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/47488719.html、http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/47486428.html祖母の結婚記念樹でもありましたで遊んだものでした。
祖母も亡くなって、もう40年近く経ちます。
学生時代の印象です、京都の街は百日紅が多く、中には白い百日紅も在るのだ少なからず驚いたものでした。
東山真如堂には紅白の百日紅が在りました。み寺を辞して法然院への道を進みながら何度も百日紅を見返したものでした。
東山真如堂の百日紅。このお寺には紅白の百日紅が見事に咲いて見せます。百日紅を見ていると友人(女性)が〝竹さん遅いわよ”振り返って眼で叱られました。真如堂の見返り阿弥陀像を思い起こしました。もう40年も前の記憶です。彼女は木場の材木屋さんに嫁ぎ今はもう鬼籍にあります。今回は盆の旅行で鬼籍に先立った友人を偲ぶ旅でもありました。)
この旅でも百日紅を観たいと思って事前に調べた処多くの人が京都御所を推薦していました。
御所の前庭に咲いて居る様なのです。中でも九条家の屋敷跡でもある 拾翠亭の百日紅を誉めている人が目立ちました。そこで8月22日開園日を狙って御所に向かいました。五摂家の一つ九条家は御所の西南の角に池を掘って(九条池)屋敷にされていたのでしたが現在はその遺構は宮内庁が所有し京都府が管理しているようです。私は仲間の後を汗を拭き拭き。強い日差しと暑さの中進みます。御所の前庭は玉砂利敷きですから足元が固まらず進み難いのです。何れ何時かは身障者向けに専用鋪道が整備されるかもしれない期待しながら進みました。友人が待ちながら方角を指さしてくれています。
御所前庭は松や椋(向く)の常緑樹ばかり、その中で紅一点の百日紅がお目立ちです。皇居前の松林の中に百日紅が混じればきっと印象に残る事でしょう。でも球砂利が敷かれているので歩きにくいのです。
御所前庭の百日紅
御所門前の百日紅の花
向こうの建物が 拾翠亭手前の池が九条池で厳島神社が池畔に祀られています神社の前から移す。
拾翠亭の二階から九条池を眺める「 拾翠」とは翡翠が多く飛び込むので名がついたものでしょう。この部屋で寛いでいると枕の下でカワセミが池に飛び込む音が聞こえたことでしょう。”宮池や翡翠飛び込む水の音”パクリです。すだれに透けて百日紅が見えています。蒸し暑い京都ですが水と風の処し方で涼しさを演出しているようです。
平等院と言えば藤の印象が強いのですが修復なった平等院を訪れて百日紅が鳳凰堂を飾っているのに気づきました。底抜けの青い空むくむく盛り上がる入道雲をバックに金色の鳳凰が輝いていました。百日紅は阿弥陀堂の荘厳を飾るには最適だと思いました。
修復なった平等院鳳凰堂はお堂の背後の山の土中に展示館を設えたのでした。雲中供養仏56体を新しく作って半分の28体を堂内に祀り残りの半分は旧体(国宝)を設置して現物国宝と模造仏を交互に展示していました。目の前直接に雲中供養仏を拝観し。宝相華模様の華麗さを確認出来たのは幸いでした。
また23日大覚寺の門前に泊まったのでしたが大覚寺の参道には百日紅が咲いて落花が産道や側溝を埋めていました。
大覚寺門前道に咲いた百日紅家人が落花を掃き集めておいででした。
京都府府庁舎前の鋪道にも紅白の百日紅があって21日22日宿泊した知恩院門前の白川沿いの舗道も街路樹は百日紅でした。地蔵盆大日盆を間近にして京都は祖先に感謝して祈る季節です。地蔵石仏や地蔵の軸飾る花は溝萩も良いけど百日紅が一番良いと思いました。花火も色々あっても一番に美しいのは線香花火であるようなものです。
ブロググランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





