仮想旅へ

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性神の民俗学1

テレビで福島裏磐梯の紅葉を報じています今年は夏暑く寒さが急激に遣って来たので紅葉は一段と見事だそうです。私は友人を誘って南会津に行きたいな思います。我家からの最短ルートはいろは坂から金精峠を越えて会津街道を北上します。紅葉と渓谷の美しい街道です。想います「金精峠」と云うのだから屹度大きな金精様が祀られているに違いない。今春は友人と吾妻渓谷中之条町の道祖神を巡りました。吾妻街道の金精様は小振りでしたが金精峠の金精様は山の神も驚嘆される立派なサイズと確信しているのです。何しろ川崎の金精祭りで神輿に担がれる金精様は大きいのですから・・・・。そんな次第で今日から数回に分けて日本の性神を紹介してみたいと思います。下ネタが多くなりますがお付き合い下さい。
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吾妻街道中之条の道祖神手前に沢山の金精様が囲んでおいでです。

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川崎金山神社の金精様お神輿に張子の金精様を乗せて”なんじゃマラこんなマラ”と掛け声を振り上げて川崎大師の周りを巡ります。この祭りはhttp://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/47220751.htmlに書きました。ピンクの金精様は新しくてエリザベスと呼ばれています。此方の神輿を担いでいるのは女性やハーフの方です。川崎に金山神社が招致されているのは製鉄業(フイゴが欠かせません)の関連です。
ところで今六本木のサントリー美術館で春画展が催されています。
パリのピナコテーク・ド・パリ美術館で「芸者の時代における春画」展が開催されているようですが外人は日本男性のアレが立派であるのに驚いて”歌麿”と呼ぶそうです。歌麿とは春画の作者の名で一般の日本男性は歌麿に迷惑しているのです。
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週刊文春の春画ブームを報じる記事筆者は江戸エロスよりも根が深い縄文人の”生命への敬虔な驚き”と理解したいのですが・・・。
でも態々「芸者の時代」と断りを入れているのはフランス人の国際感覚なのでしょう。
私は春画のように矮小な文化では無くて金精様を展示してほしかった想うのです。
藁人形の道祖神を観たらパリジャンヌには大受けすると思うのです
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秋田湯沢の鹿島様巨大な藁人形には巨大な金精様が取り付けられます。同様な藁人形を筆者は長野県聖高原の大岡村新潟県魚沼で観た記憶があります。秋田の湯沢だけが鹿島様と呼ばれて賽の神の色彩が強いようで他は単に道祖神と呼ばれています。
性神の始まりは古事記に見られます
イザナミとイザナギはお互いの体を見つめ合います。
そしてイザナギのアレを確認しますイザナミが誘って二人は交わります。その結果出来た子供は骨が無い蛭子でした。二人は葦で作った船に乗せて蛭子を流してしまいます。二人は禊をして再び交わります。今度はイザナギがリードしました。その結果生まれた子供が天照大神と月読尊であり素戔男尊でありました。
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陽石は道祖神が一般化される以前からの神の依る石でした(写真は吉野の博物館)

鎌倉の大町滑川の縁にも蛭子神社が祀られています。最初の子供が不具だったから海に流してしまったのは惨い事ですが縄文時代には魂の再生を信じていたのでしたから葦船に載せて海の彼方に送って再生をいのいったのでした。輪廻の世界観があったので再生を祈って実を浄めて交わったのでした。その結果日本創世の神々が産まれたのでした。
この夏私は友人と京都の下鴨神社を詣でました鞍馬方角の門より入りましたので、手水で身を口を浄めました、でも正しくは御手洗川(ミタラシ川)を渡って手足を浄めるのがお作法なのでしょう。
伊勢神宮も五十鈴川に架る橋(宇治橋)も古代には無かったと聞きます。
葉山の森戸神社の禊橋の案内にも「神社に参拝するにはこの川で禊をした」と書かれています。
ですから川は上流ほど清く下流に行く程汚れている穢れて居る事になります。人が川を汚すと災いは下流に滞り海底から災難が襲う事になります。水俣病やイタイイタイ病や今般の鬼怒川災害を思い起こさせます。
文芸春秋の同級生交歓の連載が在ります。財界の鞍馬天狗と評された中山素平さん(興銀副頭取から開銀創設)が一ツ橋大学水泳部時代の写真が載っていました。全員が赤褌をつけて居ました。文春の記事は当時は海で泳ぐことが多かったので若しも鮫が出たら褌を解いて陸に向いて逃げるのだと説明でした。
でも最近読んだ「便所の民族誌/斉藤たま」によると赤褌も赤腰巻も災難除けの呪術と説明して居ました、海底や水底に漂っている悪霊が人間の体に侵入すると溺死してしまうので赤いものを体に着けて魔除けにしたのだと説いていました。体に魔が浸入するのは尻の穴なので腰を赤い布で覆ったと説明して居ました確かに溺死した遺体を確認すれば肛門が開いてしまっています、肛門から魔が浸入し無いように魔除けと考えた方が良さそうです。
魔除けが赤褌や赤腰巻であったように金精様は災難が村に入ってこない様に結界を示す役を果たしてきました。
先の斉藤たま氏は同著で山で災難に逢いそうになったら男性は自分のアレを曝すと助かると説明しておいででした。何でも山の神は男性のアレがお好きであれを見せれば助けて下さるそうです。でも筆者の様に粗末なアレでは山の神は助けて下さらないかもしれません、やっぱり歌麿でなければ駄目かもしれません。それだからでしょう。秋田でも新潟でも金精様は大笑いするほど巨大なのです。斉藤たま氏は女性の立小便も詳しく説いておいでです。立小便は男だけに許された特技と喜んでいたのですが。野良仕事の多かった昔ですから立小便を余儀なくされたのでしょう。着物の裾を金隠しの向こうに行くようにして便器に屈むのだそうです。丁度洋式便器に座る直前の格好になります。そして排出したそうです。そんな訳で着物の着方が男女で違うのだそうです。
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青絵の和式便器左端の起ちあがった部分が”金隠し”男性自身を書くすので金隠しなのでしょうが女性が使って着物の裾を汚さない様にするのが目的でした。
私が長銀の大阪支店の自重をして居た頃初めて船場の実力者と取引に成功した事が在りました。その方には大変に良くして戴き船場の優良企業を次々に紹介して戴きました。ある時上司の常務と一緒にお相撲を案内されました。砂被りで観戦した後今里新地の料亭に案内されました。事前に「お宅の常務の三味線は生田流で良いですか?」尋ねられた理由は解りました。
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大坂の今里新地の料亭街昔は色町でしたが娼妓は存在せず芸妓置屋と料理屋だけで構成される情緒のある料亭街です。コーリアタウンの生駒山寄りに在ります。

今里新地は、「特殊料理屋」の営業が許可された場所で、娼妓は存在せず芸妓置屋と料理屋から構成されたいわば二業地でした。お座敷は駒方茂兵衛がお蔦を見初めたような廓の二階でした其処で私は船場の実力者に訊きました。
小錦さんは”お嫁さんを貰って嬉しそうですがあれでどうやって交わるのでしょうか?”
実力者は優しく教えてくださいました。
”女性が後ろ向きになって男性のお腹に体重を預けてするのですよ”
”洋式トイレのようにするんですね”
私の疑問は氷塊のように溶けたのでした。
この段は悪意も何もありまっせん。お気を悪くされたらごめんなさい。


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