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文学散歩

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永井荷風への憧れ

昨日は実に暑かった。今日も天気予報では夏日が続くそうで深夜ラジオでは”熱中症対策”を報じています。「エアコンは節約しないでつけましょう」とおせっかいな事をアナウンスしているのは。高齢者が電気代を節約して熱中症になってしまう事故が多いせいでしょうか?
ソロソロ起きようかな?思っていると鶯の啼き声が響いて来ました。3月ごろはぎこちなかったものの。もう立派に啼き続けています。鶯もこの2か月間で立派な男に成長したようです。あれなら雌も寄って来ることでしょう。
寝床で鶯君の囀りを聞きながら「今日のブログは何を書こうか?」考えます。
普段から頭の引き出しを沢山用意しておいてその日に気の向く儘に書いているのですが。時折こういう事が起ります。書く事が思い当たらないのです。
熱中症・孤独死の連想で永井荷風を想い出したので、今日は永井荷風を書く事にしましょう。先週墨東奇譚を読みました。昨年の6月には浅草寺「ほうずき市」に行き更に浄閑寺や吉原の稲荷神社を詣でました。でも其処が永井荷風が墨東奇譚を書いた街とは知りませんでした。ですから浄閑寺でも吉原弁才天でも荷風の記憶を確認しないで素通りしてしまいました。今年もほうずき市に行って私娼窟「玉乃井」の面影を探してみたいものです。ベレー帽でも被って・・・・。
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これが墨東奇譚の表紙です。絵は朝日新聞の挿絵を木村荘八が描いたモノ小説家大江匡(荷風自身)が私娼お雪に自宅に連れて行かれた場面です。矢代安芸の「雨の慕情」を想い出します。
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ポスターは新藤兼人監督の作品女優さんは「墨田ユキ」さん。主演として活躍したのはこの一作品だけで大半はAV女優として不遇な役者生活を過したようです。この作品のイメージが強すぎたのか荷風の霊が乗り移ってしまったのか?私が中学生になった頃このポスターが街中に溢れていました。
ところで、我が家の筋向こうでアパートを建築中です。狭い通路に1棟6戸のアパートを見る見る建築して行きます。施行店は積水住宅です総じて疑問のある事業ですが1点だけ感心する事があります。それは兎角汚してしまう道路をこまめに掃除して居る事です。竹箒とミノを使ってゴミや泥を掃いています。お蔭で落ち葉や散った花で汚れ易い我家の前も綺麗です。(ワイフの名誉の為に書いておくと毎朝ワイフも掃除をしているのですが。積水住宅は仕事の前後に眼の届く範囲を掃除しています。アスファルト道路を竹箒で掃くのですから箒の先は見る見る傷んでゆきます。元々消耗品の竹箒ですが最後まで使い切るようです。道具を大事にして使い切る事は良い事です。屹度竹箒も嬉しい事でしょう。
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これはお寺のお掃除道具最近は送風機で吹き飛ばすのが流行りでしょうが。竹箒で落ち葉やゴミを掃き集めて堆肥にするのが常識でした。我が生家でも掻き集めた落ち葉は畑の茗荷の堆肥にしていました。写真のように穂先が均等に短くなって行くのが上手な使い方です。掃き後の地面や道具を見れば修行の程度が解ると教わりました。

私の体もアッチコッチ傷んでボロボロですが体も能力も使い切る事が使命と云うものでしょう。永井荷風が墨東奇譚を書き始めたのは昭和12年58歳の時でした。昭和20年66歳で東京大空襲で自宅「偏奇館)を焼失以降浅草から市川近辺の下町でしもた屋で「間借りを続けました。昭和27年70歳の時に文化勲章を受章します。
借家の近隣の人も浅草の演劇劇場でも隣に居る好々爺が文化勲章受章者だとは気付かなかったことでしょう悠々自適に孤独な生活を楽しみ昭和34年4月29日79歳で亡くなります。本八幡の借家で吐血し、孤独死しているのが発見されました。
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荷風は浅草の楽屋通いに熱中します。贔屓の女優高杉由美子の為に「停電の夜の出来事」を書きおろし自らも舞台に上ります。写真出典は「荷風流東京一人歩き/JTBブックス)
明治12年小石川のお屋敷の長男として産まれて。学芸大附属学校に学び。横浜正金銀行(現横浜銀行)に就職し米国やフランスで生活し慶応大学文学部教授として迎えられ三田文学を創刊した前半生に較べて後半生は惨めでありました。死後荷風愛用のバッグの中には世間が驚く現金が在ったそうです。荷風おじいさんは何時も大金を持ち歩いていたようです。屹度浅草の小屋に行って踊り子さんにばら撒いていたのでしょう。
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荷風の愛用した生活グッズ下駄は足が大きくて合う靴が無かったからでしょう。中央の竹籠(?)は惣菜買い出し用。左下のバッグに大金が入っていたので話題になったそうです。どれもこれも使い切るまで愛用する姿勢でいたようです。この精神が素晴らしい。写真出典同上。

上流から下流に転落する契機になったのは大逆事件で光徳秋水が特別高等警察に逮捕される現場に偶々居合わせた為だと云われています。何もできなかった自身の無能さに嫌気がさし、金にも資産にも名誉にも無頓着になって、精神的自由を謳歌し、江戸時代風の情の深い空間に耽溺していったのでした。
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此方が貸し間で使われていた炊事用具。七輪もアルミ鍋も昭和20年代の色と香りが浸みこんでいるようです永井荷風ファンなら幾ら出しても欲しい一品でしょう。写真出典は「荷風流東京一人歩き/JTBブックス」

私の住む戸塚にもホームレスが目立ちます。私達団塊の世代は60年代は安保闘争の闘志と云われ高度成長期には見事に転進して事業家として成功したモノも目立ちます、荷風の孤高なスピリッツは転向を潔しとはしなかったのでしょう。正直と云うか真っ直ぐな生き方が上流生活を捨てさせ下流生活の挙句に孤独死したのでしょう。とホームレスにはそれぞれの人生が在って荷風以上に劇的な人生が隠れているのかもしれません。
荷風がモノを大事にして、安物のペンを使って、銀行で貰った鉛筆を極短になるまで使い切っている様や擦り切れた下駄の歯を観るにつけて感服します。昔から日本人は道具にも命が在って道具を粗末にするとつくも神に祟られると信じられて来ました。大金を持っていた荷風なのですから大事な商売道具です。万年筆なら最高級品も買えたでしょうが。安物のペン先を愛用していたようです。名作が安物のペン先で書かれたのは楽しい事だと思いました。
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これは荷風が最期まで使っていた文机に執筆用具を揃えたものです。机は市川駅前の露店で150円で求めたものだそうです。左下の鉛筆は銀行のギフト用品で机上の小刀で不器用に削って使っていたようです。左上のペンは安物の柔らかいけれども太字のペン先で付け替えて使っていたようです。紅い軸のペンは校正用の朱筆のペンです印鑑が沢山あるのは戦前は著作権の確認の為に押印した為幾つも必要だったのでしょう一番大きいのは谷崎潤一郎氏からプレゼントして貰ったものだそうで「永井荷風氏著作権の証」と刻印されています。写真出典同上


私もすでに後半生です。荷風先輩に倣って道具を大事に使い切りようにしましょう。体もアッチコッチ疲れて来ました。でも神様仏様両親から戴いた唯一無二の体です。あと何年持つのか不確実ですが大事に使活きる事にしましょう。同時に時間も頭脳も使い切る事に腐心する事にしましょう。

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