仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

文学散歩

[ リスト ]

平安女官の悩み

清少納言に紫式部と云えば平安時代一条天皇の后定子や中宮彰子に仕えたエリート女官だったのでしょう。和歌も上手だし書も出来る加えて漢文も諳んじている。頭脳も明晰で・・・・・。日本に科挙が無かったのはあんなエリート女官がゴロゴロしていたからでしょう。古代国や韓国は出来の悪い男性ばかりだから、科挙の試験をして優秀な官吏を選別せざるを得なかったのでしょう。そんな訳だから政変は安禄山の様に官吏が引き起こしました。また官吏は後宮にも出入りしますので、そっちの官吏は皆アソコをカットして役立たずにしました。私は高校の世界史の授業で「宦官」の説明を聴く度に「あそこの出血は止まらないだろうな?」思い皮膚看過で日本で良かった、想いました。
何時の時代もパワーエリートはいるモノです。防衛大臣の稲田 朋美サンなどは公務員試験(現代の科挙)も通っていないのに東大法学部卒を使って見事に振る舞っています。歴史観が偏っている嫌いがある事と直ぐ泣き出す性癖がある処は問題ですが、網タイツが似合うとは思いませんが、運が強くて、ライバルと目された丸川珠代氏や高市早苗氏それに昨今は小渕 優子氏もコケテいますし、運も良い様なので、何れトップに立つ器かもしれません。
イメージ 1
現代のパワーエリート女性稲田朋美防衛大臣、早稲田法学部出身で子持ちである所、運が在る処が良いと思います.
歴史観に偏向が目立ちますが・・・・。
パワーエリート特別職は私とは縁遠い世界です。平安時代の一般職、今日は、エリートでない女官の生活を推測してみます。
内裏と同じように摂関家も受領(国司が地方に根を張って財も実力も付けた貴族)も女官を抱えていました。女官の上位者は家の指図をし、奉公人である下男下女に命令して、家の財政を司り、食事や衣服や燃料を手配していたのでしょう。
山椒大夫の厨子王は関白師実の知遇を得て越後の国司になって離れ離れになった母を見つけます。
家族は冤罪で大宰府に流罪された父の救済の為に福島の磐城から越後から越前を経て京に旅行中に人買いに遭難したのでした。母と姉弟の面倒を見たのが奉公人の姥竹でした。名前からして竹の様に実直な乳母だったのでしょう。日本中の受領の家には姥竹のようなしっかり者が居て家の運営を任されていたのでしょう。
信貴山縁起絵巻の山崎長者の巻には、姥竹の様な女官頭が描かれています。
イメージ 2
山崎長者とは受領の一人です。名前からして山城の国の山崎に居た受領でしょう。サントリーの山崎工場の辺りの強欲な受領と思われます。農民から搾取をし。税(祖)は都に届けないばかりか種籾も自分の屋敷の蔵に隠してしまいます。貴山の中興である命蓮が加持祈祷すると山崎長者の蔵から米俵が飛びだして宙を舞って本来あるべき処に飛び去ったという話です。
上の図は山崎長者の蔵の扉が開いて米俵が宙を舞い始めたのを見て。女官頭が驚いている様を漫画の様に描いています。女中頭の左右には下女が居て、右側の下女は主人の処に報告に駈け出そうとしている様に見えますし、左の下女も歯を剝いて驚愕しています。館の室内には様々な仕事を分担している下女の姿も確認できます。女中頭の女官には次のような資質があったのでしょう。
①主人から絶大な信頼を胃もたれている。
②読み書き算盤が出来る(出納が出来る)
③下男・下女を指揮して家の切り守りする才覚がある。
このうち②,③は大概の女性が兼ね備えていたようです。伴大納言絵詞でも洛中の市場などで商品の販売をしているのは女性ですし、後白河法皇の梁塵秘抄(今様)では女性が洛中を行商する呼び声が記されています。下々の家では物つくりは男の仕事で出納は女の仕事に分別されていたのでしょう。物語で「柴刈り」はお爺さん「柴売り」はお婆さんの役割です。
信貴山縁起絵巻の女官(下女を含めて)は活き活きとした表情です。彼女らは雇われ人で主人の財産が無くなろうが別に問題は無いのでしょう。屹度欲張りな受領とドライな労使関係が在ったのでしょう。でも上級貴族となると違います。イメージ 3
伴大納言絵詞の左大臣源信の屋敷の様子。沢山の女官が嘆き悲しんでいます。応天門を焼いたのは自分の主人だと聞かされたからでした。物語は舎人の子供が喧嘩して、仲裁すべき親が喧嘩相手の子供を蹴とばした事から、子供が「僕は観たよ応天門に火をつけた人を!」叫んだことから真犯人が伴善雄である事が判明しました。
伴大納言絵詞は応天門が焼けて、時の大納言伴善男が「「犯人は左大臣の源信」ですと。と報告します。
すると左大臣家の女官は嘆き悲しみます。悲嘆の表情が実にリアルです。女官は「明日からは私の仕事は無い」と思ったのでしょう。高級貴族の屋敷では主人と女官は運命共同体なのでしょう。
一条天皇の寵愛が定子から彰子に移っては清少納言は自分が離縁されたような気になったのでしょう。主人と女官は運命共同体の絆で結ばれていたのでしょう。
一方高級女官もそれなりに悩みが多かったようです。病草子には現代のパワーエリートも悩んで居そうな病気が描かれています。エリートのキャリアー女性にとって仕事の他の悩みと云えば矢張り第一は美顔でしょう。下の絵は病草紙(京博)の顔に痣のある女です。女官は十二単を着こんで手鏡で自らの顔を観て、眉を曇らせています。一重の女は付け人で赤い上着の少女は娘でしょうか?二人とも心配しているのでしょうが、付け人はs不躾にも指指して何やら言っています。
イメージ 4
次は「口臭の酷い女」です。絵の右の女官は十二単までは着ていませんが着替え中のようです。屹度歯周病なのでしょう。右手で長い房楊枝を使って口臭の原因である歯周病を治療しています。手前の椀は薬でしょう。
一方付け人の一人は指さしていますし。もう一人は笑いこけています。主人は屹度お怒りでしょうに。
最後に太った女です。この絵は詞書きがついていますので、中央の太った女性は女官ではありません四条の高利貸しです。太り過ぎて左右の付け人の肩を借りて歩こうとしています。
イメージ 5
太った高利貸しの女。この絵には詞書きが添えられていますので太った女は四条の高利貸しである事が判ります。3人も付け人を従えて四条ンの市場に出たのでしょう、自分は熱いので上着は脱いで付け人に持たせています左右に付け人を添わせて肩を借りています。市場の男達も笑ってみています。市女笠の女は路傍に腰を下ろして乳を与えています。
古代も現代も女性は逞しくもしなやかに生きて来ました。でも次の事実は歴史が教えています。
①.古代は総じて母系社会で、女性がトップの時代は総じて平和を享受してきました。
②庶民の期待に反して戦乱が起きた後は女性が指導して平和を維持しました。女性は総じて聞き上手話し上手ですから、総意を形成して爺資する事に長けていたのでしょう。推古天皇も持統天皇もそんな女性固有な資質を持った指導者でした。古代末期平仮名を開発して駆使したのはパワーエリートの女官でした。私達はその恩恵を受けて平仮名で自分の考えを纏め他人に話し、文章に発表しています。考える読む聴く話す総てのコミュニケーションは平仮名の恩恵です。ソモソモコミュニケーション上手は昔も今も女性でしたから。『女性の方が長けている、特に平和な時代には』それは歴史の実証する事実で生物学は遺伝子や染色体から女性の方が優れていることを証明しています。今日も女性紺プレックに沈みながらも平和な一日が始まります。


ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。









.
yun**ake200*
yun**ake200*
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事