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4月16日(日)は久々の快晴でした。「鎌倉祭り」も今日が最終日ですし、流鏑馬も行われます。そこでワイフと連れ立ってお出かけしまあした。朝10時鎌倉駅に降り立って真っ直ぐ妙本寺に向かいました。妙本寺の海棠を観たいと思ったのです。桜が終わると妙本字寺は海棠に加えて八重桜、山吹にシャガが咲き競うのです。
屹度中原中也も小林秀雄も海棠を観に連れだってこの寺に上って、二人の心の奥に溜まっていたわだかまりを吐き出そうとしたのでしょう。でも中也は若すぎて老獪な秀雄にたぶらかされて恋人の奪回は出来なかったのでした。
これは6年も前早朝の妙本寺祖師堂です。境内には4本もの海棠が咲きます。祖師堂の階段の井腰を下ろして街道を見惚れている人が居ますが中原中也は小林秀雄を呼び出して奪われた恋人の奪回を試みたのでしたが・・・・。
これは二天門の毘沙門天像です。
二天門の敷居前に賽銭箱が置かれています。賽銭箱には「境内整美の為にご協力ください」掲示がされていてその脇に栞が置かれています。無造作に文鎮代わりに置かれて石を持ち上げて栞を一枚貰います。栞には玄晶住職の法話がプリントされています。私はこの栞を大切にしています。ワイフはそれを良く知っていてバインダーに綴っていてくれます。
これが今月の玄晶住職の法話です。表題に『石中の火木中の花』とありました。ドン意味だろう?考えながら掃き清められた境内を散策しました。
中原中也と小林秀雄が並んで座って見詰めた視線の先にあったのが左の海棠です。
石の中には火はありませんが、打てば火が出ます。
木の中には、花の色も葉の緑もありませんが、時が来れば芽や蕾みが出て花が咲き、やがて実も成ります。
同じように、目には見えないけれど、大切なものが誰にもあります。それを仏性と呼ぶもので誰にも備わっているモノです。困難に遭遇した時心に迷いが生じ葛藤に苦しんだ時に自らの仏性に問いかければ、歩むべき道が照らし出されるのです。それは石を打ちつければ火が起せ木に花が咲くようなものです・・・・。
そんな日蓮様の教えなのでしょう。
私達は暫く海棠を眺めて小山を降りる事にしました。
庫裏の横には本堂が在って今晩のお通夜の準備に忙しそうです。流石に妙本寺は日蓮宗の霊跡寺院(別格本山)です。池上本門寺や身延山久遠寺さんからの弔意も案内されていて、お檀家が緊張した面持ちで葬儀社を指図しています。
私はご遺影に手を合わせてお檀家の方に尋ねてみました。
「当山では7年くらい前にご住職が遷化されたと記憶しています。すると今回の不幸はその次のご住職でしたか?、まだおわかったでしょうに・・・・・・」
するとお檀家の方が教えて下さいました。先代が亡くなられて玄晶さんが住職になりましたが、玄晶住職は先代の御子息では無くて、安国論寺のご住職が兼任されていたのです。
これはお通夜の準備に忙しい本堂です。
全国の日蓮宗の寺院から寄せられた弔意直ぐにこうした処に視線が行くのは私の生い立ちでしょうか?もうじき鎌倉は選挙です。議員の名が無いのは納得です。
住職は代わっても海棠の花は見事に咲いていますし、日蓮さんの教えは日々これ新たです。
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鎌倉ウォーキング
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